Impregnable 1

「さて、いよいよ第十層攻略ですが、これまでを振り返ってどうですか?」

 魔王城前、リポーターの男性からの質問。

 私達五人は映像板 テレビ 番組収録用映像記録石 ビデオカメラ のレンズを向けられ、インタビューに応じていた。

 映像板 テレビ 放送では、事前に枠が決まっている。この時間からここまで、という明確な区切りがあるのだ。だから攻略が成功するにしろ失敗するにしろ、早く終わってしまうとよくない。長ければ編集すればいいが、短いモノを長く伸ばすのは難しい。同じ映像を何度も見せたり、スローにしたりするにも限度がある。

 なので、攻略以外の部分で尺を稼ぐわけだ。

 意気込みを語ったり、勝利後に感想を語ったり。そういう映像が使われることも珍しくはない。

 魔王城は他のダンジョンと比べても展開が読めないので、第十層攻略前にインタビューさせてほしいと言われた時も不思議には思わなかった。きっと、魔王戦の前にもされるだろう。

「私達に続く形で攻略を進めた多くの冒険者が一層で全滅しているように、魔王城は非常にレベルの高いダンジョンです。数少ない二層以降への進出者達も皆、四層までに全滅している。設定されている『攻略推奨レベル』よりも難度の高いダンジョンという印象でしょうか」

 私達が攻略した時には遭遇しなかった謎 なぞ のローブの魔人と、黒魔法を使う【黒妖犬 こくようけん 】。これらが登場した時、突破出来た者はいない。

 そういう意味では私達は幸運と言えるかもしれないが、わざわざ触れまい。

 ……しかし、噂 うわさ を聞く限り相当数の黒魔法使いを揃 そろ えていたようだが、私達の攻略開始までに集められなかったのか? 謎のローブの魔人も、謎と言われているだけあって役割が不明だ。【黒妖犬】使い、と予想されてはいたが。

「なるほど。確かにこれまでほとんど退場者を出さなかったというのに、第五層から毎回誰 だれ かしらが落ちていますからね」

「難攻不落の名に恥じぬ魔物を揃えた、攻略し甲斐 がい のあるダンジョンということでしょう」

「第五層と言えば、【黒魔導士】レメ脱退後の初攻略でしたか。フェニクス氏は彼と幼い頃から親交があったようですが、親友の脱退が攻略に及 およ ぼした影響などはあるのでしょうか?」

 …………。

 レメのことは訊 き かない取り決めだった筈 はず だが、リポーターは何食わぬ顔でマイクを向けてくる。

 レメ脱退に関する私の意見は、世間に発表されていない。沈黙を貫いたからだ。レメは必要だったと言ったところで誰も喜ばず、望んでいるのは切り捨てたことが正しかったという言葉。

 そんなこと、口にしてやるものか。

 インタビューを切り上げてダンジョンに向かおうとしたが、そうなる前に声を上げる者がいた。

「レメさんは非常に優秀な【黒魔導士】だったと思いますよ」

【氷の勇者】ベーラだ。

 一瞬ぽかんとしたリポーターだったが、すぐに口を開く。

「え、えー、ですが貴女 あなた はそのレメ氏と入れ替わりでパーティーに入ったわけですよね。戦力強化を望まれて。そして実際に戦力はアップした」

「そう思うなら、貴方 あなた は見る目が無いですね」

「────」

 ベーラの冷笑に、リポーターは固まる。

「私の加入で強化されたものがあるとするなら、画面映 ば えでしょう。全体のバランスは前の方が良かったと思います。派手な戦いが見せられるようになった、それが私が加入したことの利点ですね。それだけだと思います。それ以上を語る程、私は恥知らずにはなれません」

 最早 もはや 驚くまい。ベーラは言いたいことをズバッと言う人間だと、もう分かっていた。

 最初は緊張からか大人しい印象を受けたが、短期間で慣れたらしい。

「れ、レメ氏が優秀な【黒魔導士】だったと? 噂では以前から仲間内でも問題視される程に役立たずだったと言われていますが」

「噂を根拠にモノを語ってしまうんですか? というか、それを新入りの私に訊いてどんな答えを期待しているのでしょう。……あぁ、そういえば第一位【嵐 あらし の勇者】エアリアルさんも、レメさんを褒めていましたね。これは噂じゃないですよ?」

「だ、第一位がっ? そんな話は……」

 個人的に会った時に聞いた話だ。彼らが知らないのも当然。

 顔を赤くしながら、リポーターはマイクをアルバに向けた。

「あ、アルバ氏はっ、以前のインタビューで明言されていましたね? ご自身が彼に脱退を促 うなが したと、そしてそのことは正しい判断だったと!」

「……これ、十層攻略前のインタビューだよな。いつまでここにいない奴 やつ の話を続けるんだよ。仕事をしろ仕事を」

 ラークとリリーが意外そうな顔をした。

 これまでのアルバならば、嬉々 きき としてレメの欠点を論 あげつら い楽しげに笑った筈。

 だが今は不機嫌 ふきげん そうな顔でリポーターに苦言を呈した。

 私達から望む答えが得られないと分かったリポーターは、しばらく悔しそうな顔をしたが、やがて当初の予定通りの質問を再開した。

「第七層から第九層まで三人が落ちていますが、第十層はどうなると思われますか」

「まだ見ぬ強敵が待ち受けているでしょう。ですが私達の戦いに敗北はない。それはこれまでの戦いが証明していましょう。今回も、そこだけは変わらない」

 その後、一人一人の意気込みを答え、インタビューは終了。

 カメラが止まった後で、私はリポーターを呼び止める。

「は、はぁ、なんでしょう。あれはわたしの独断ではなく上が──」

「どうでもいい。以後、気をつけていただきたい」

 目の前に立った私が切にお願いすると、リポーターは腰を抜かして震えてしまった。

 ベーラが私の袖 そで を引かなければ、リポーターは失禁したかもしれない。

「……あの、リーダーの幼馴染 おさななじみ 愛は分かったので、一般人を魔力で脅さないで下さい」

 魔法という形に練り上げずとも、人は魔力を感じることが出来る。たとえば人が感じる『気配』というのは、人から無意識に放たれた魔力を察知したものだとも言われる。

 これは感じる者が少ないだろうが、『殺気』も同じ。

【炎の勇者】が意図的に魔力を向ければ、常人はわけも分からず脳内が恐怖で埋め尽くされる。

 レメの黒魔法に比べれば魔力効率がかなり悪い上に、魔力を纏 まと う術を持っている者には効果が薄いので、ダンジョン攻略には使えない。あと、画面映えもしない。

「脅していないよ。注意していただけだ」

「物は言いようですね」

「……随分とパーティーに馴染 なじ んでくれたようだな。リーダーとして嬉 うれ しく思う」

「光栄です。レメさんが恋しくないですか?」

「からかうな」

「心配しているのです」

「物は言いようだな」

 ベーラが微 かす かに笑う。

「勝てますよ、このパーティーで」

「あぁ、分かっている」

 私達は魔王城へ向かう。

「ベーラにばかり働かせてしまっています。挽回 ばんかい せねばなりませんね」

「難度がさ、高いんだよね、やっぱ。でも、ここまで来てやり直しは嫌だしなぁ」

「……何が出てきてもぶった切る。もう落ちねぇ」

 三人もやる気は充分。

「さぁ、第十層を攻略しよう」

 ◇

 精神を魔力体 アバター へと移すリンクルームは、冒険者と魔物側で明確に異なる点がある。

 冒険者パーティーは上限が五なので、室内に接続用の繭 まゆ は五機だ。

 だが魔物側には制限がないので、その分多くの繭が必要になる。

 二つの繭が繫 つな がった装置は片方に本体が残るので、使った先から人を入れるということが出来ないし。僕らは今、魔力体 アバター への換装を済ませ、第十層へと転移していた。

 宮殿などの大回廊がイメージに近いか。いや、直線だから回廊ではないな。なんていうんだろう……廊下? 一気に壮大な感じが損なわれた気がする。まぁ、廊下だ。

 漆黒 しっこく の床の左右には、同色の高い柱が立ち並ぶ。天井 てんじょう もまた高く黒い。

 長い長い廊下には、二つの扉がある。

 一つ、冒険者共がやってくる扉。

 一つ、我々 が守護する扉。

 扉を隠すように背の高い石造りの椅子 いす があり、そこから下りの階段が設置されている。

 まぁ、玉座 ぎょくざ みたいなものだ。

 魔王様こそがこのダンジョンのマスターなので、あくまで『みたいなもの』である。

 僕は。いや──我 は、先程まで腰掛けていた椅子から立ち上がる。

 眼下には此度 こたび の防衛が為 ため に召集した配下が揃っている。

「もう間もなく、フェニクスパーティーがここを攻めてくる」

 全員が黙って僕……脳内では僕のままでいいか、僕の話を聞いていた。

「知らぬ者はいないだろうな。なにせ、貴様らを降 くだ した者達だ」

 僕の仲間はダンジョンの魔物。フェニクスパーティーがここに来るまでに退場させてきた者達。

 その強さを身を以 もっ て知っている。

 じゃあ、彼らはただ負けただけの弱者か? 違う。

「それでもなお、貴様らはここに立っている。何故 なぜ だ? 【炎の勇者】は人類最強に相応 ふさわ しい男だ。再戦を挑もうとも敗北は目に見えていよう」

 僕は敢 あ えて挑発するように問う。

「敗北を重ねる為にここに立っているのか?」

「否 いな ッ! 我らは参謀殿と共に勝利を得んが為に、再び立ち上がったのだッ!」

 真っ先に応 こた えたのは、【人狼 じんろう の首領】マルコシアスさん。

「そうですとも。この三首、次こそは奴らの喉笛 のどぶえ を嚙 か み切ってみせましょう」

【地獄の番犬】ナベリウスさんが続き、【不可視の殺戮者 さつりくしゃ 】グラシャラボラスさんが吠 ほ えた。

「あの【氷の勇者】、是非蒐集 しゅうしゅう に加えたい。参謀殿のお力があれば、それも叶 かな いましょう」

「私の矢をことごとく撃ち落としたあのエルフ……今度こそ腐らせてやる」

【死霊統 す べし勇将】キマリスさんと、その副官のダークエルフにして【闇疵 あんし の狩人 かりゅうど 】レラージェさんも呼応した。

 今回は【夢魔】、水棲 すいせい 魔物、【鳥人 ちょうじん 】などは呼んでいない。

 あくまでフェニクスパーティーともう一度戦いたいという意思を見せた者達だけを集めた。

 例外というか微妙なのは、四天王の黒騎士こと【刈除 かりそく 騎士】フルカスさんだ。

 彼女──実は中身は女性なのだ──とは一助 すけ っ人 と 一ご飯の契約を結んでいる。

 なので本来ならば僕が頼むという形でしか召喚は行われない。

 だがフェニクスに負けた後、彼女が僕の前にやってきて「ご飯」と短く何度も呟 つぶや いた。

 しばらく掛かって、僕は彼女が再戦を求めているのだと解釈。どうやらそれは合っていたようで、彼女はこの場にいる。

「それでよい。幾度 いくど の敗北を重ねど、その魂が不屈であれば真なる敗北は訪れないのだから。今日これより、我々が奴らを迎え撃つ。貴様らに望むのはただ一つ」

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 僕は全員を見回して、言った。

「──我に従え。勝利をくれてやる」

 レメゲトンは魔王軍参謀。

 威厳が必要ということで、魔王様と訓練して出来上がったのがこの口調である。

 最初は照れくささもあったが、人とは慣れる生き物。

 むしろ普段の自分が言えないことをガンガン言えるので、参謀向きであるかもしれない。

「ウォォォオッ! 参謀殿に忠誠を! 我々に勝利をッ!」

 マルコシアスさんと、連れてきた数人の【人狼】が雄叫 おたけ びを上げた。

 魔物達の中から、一人の吸血鬼が進み出る。【吸血鬼の女王】カーミラさんだ。

「我々は貴方様に従います。必ずやレメゲトン様に勝利を」

 彼女は片膝 ひざ をついて、忠を示す。僕は一つ頷 うなず いて、指示を出した。

「配置につけ」

 全員が僕の前から離れた。

 僕だけが席につく。

 そして、フェニクスパーティーがやってきた。

 僕と彼らの距離は遠く隔たっている。

 万が一にもレメとばれぬよう、仮面に変声機能を組み込んでもらっていた。

 更には、スイッチ一つで僕の声がこのフロアに設置されたスピーカーから流れる。

 仮面横の小さなスイッチをカチッと入れる。

『来たな、冒険者共』

 ちなみに、ここは第五層方式。つまり、入った瞬間フロアボス戦だ。他のフロアのように、僕の黒魔法でジワジワ追い詰めて、その階層の魔物に倒してもらうという方法もあった。

 だが、今回はこのやり方で行く。

 フェニクスパーティーと戦う意思を持った仲間と一緒に、彼らを一気に倒す。

 これは僕のわがまま。だが皆、従ってくれた。僕には皆を勝利に導く責任がある。

『第十層、渾然 こんぜん 魔族領域へよくぞ参った』

 彼らは一瞬立ち止まったが、すぐに歩き出す。

『我こそは魔王軍参謀、【隻角 せきかく の闇魔導士】レメゲトン』

【黒魔導士】だと弱そうで、黒魔術師だとよろしくない。ということで闇魔導士なのだろう。

 魔王様の苦労が窺 うかが えるネーミングだった。

 隻角は、僕が強くお願いして付けてもらった。

 魔力体 アバター 的にも一本角であるし、視聴者は不思議に思うまい。

 だが一部の者は、気づく筈だ。何故なら──。

「私は【炎の勇者】フェニクス! 貴殿を打倒し、魔王へと剣を振るう者だ!」

 僕へと届かせるように、フェニクスが叫 さけ んだ。

『それは叶わん。何故ならば貴様らはここで──全滅するのだから』

 僕の魔法は、相手を認識出来る距離ならば掛けられる。

 入り口付近の五人に、黒魔法を掛けた。瞬間、全員が表情を変えた。四人は苦しげな顔。

 だが一人だけ。我が友、フェニクスだけが──笑った。

「……! …………はっ。ははははは!」

 彼らしからぬ、大笑。

「そうか……そういう」

 口許 くちもと に手を当て、笑みを堪 こら らえようとするも失敗している。

 次の瞬間、彼は聖剣を抜いた。

 その刀身は赤く輝いていた。灼熱 しゃくねつ されているかのように、紅 あか い。

「全開で行く。時間を掛ければ我々が不利だ」

【炎の勇者】は、気づいたのだろう。レメゲトンが親友だと気づいたのだろう。

 そうだよな。僕が言わなくても気づくよな。それで、お前は全力で掛かってくるよな。

 分かってたよ。

『ここまで辿 たど りついたなら、お相手しよう──【炎の勇者】』

 フェニクス達の前に立 た ち塞 ふさ がる魔物がいた。

「出やがったな……」

 アルバが呟く。仲間達はフェニクスが急に笑い出したことに怪訝 けげん そうな顔をしたが、直後の言葉で気を引き締め直したようだ。

 蝙蝠の亜獣 あじゅう を従える【吸血鬼の女王】カーミラ。

 彼女は目許 めもと を覆 おお う仮面を着用し、扇情的 せんじょうてき なドレスを身に纏った妖艶 ようえん な吸血鬼。

「四天王ね。一回倒したとはいえ、最大四人も出てくるとなると厄介 やっかい かな」

 ラークがいつものローテンションで言った。

 ダンジョンにもよるが、四天王──あるいはそれに相当する幹部クラス──はどの層に配置してもいい。魔王城だと三層、五層、八層、九層だ。

 強さももちろん優れているのだが、幹部指定された魔物は他と明確に違う点がある。

 一度だけだが、担当以外の層にも出現していいのだ。

 それはダンジョンマスター戦か、その直前であることが多い。逆に言うと幹部を除くフロアボス相当のレア魔物達は他のフロアに居てはならないので、演説の後でリンクルームに戻ってもらった。

 例外は一つ。自ら訪れるのではなく、他者に召喚される場合。

 まだフェニクス達は僕の指輪を知らない。だからまずは、普通の攻略だと思わせる。

「あの黒騎士……フルカスは厄介です。私の矢では鎧 よろい を貫けません」

 鎧を着込んだフルカスさんは大きい。

 偉人の像とかを連想してくれるといいかもしれない。等身大じゃなくて、実物より大きく作られたやつだ。見上げる程に大きくて、どうにも『人』って感じがしないアレ。

 そんな【刈除騎士】フルカスは、黒く塗られた槍 やり を構えている。彼女の背後には、その配下である【龍人】数体が控えていた。人の形に、龍の鱗 うろこ と頭部を持った武人達だ。

 マルコシアスさん配下の【人狼】やナベリウスさん配下の【黒妖犬】など、通常魔物は配置換えという名目で呼んでおくことが出来た。今は隠している。

 特に【黒妖犬】達はよく懐いてくれていて、僕の意を汲 く んで動いてくれる。

「短期決戦を目指すなら、フロアボスを狙 ねら うべきですが……」

 フロアボスを倒せば攻略完了だからだ。だが【氷の勇者】ベーラの表情は険 けわ しい。

 彼女とフェニクスは僕の黒魔法をある程度抵抗 レジスト 出来るが、アルバはモロに食らっているし、【役職 ジョブ 】柄少し魔力を持っているラークや、種族の特徴で人間より多くの魔力を生み出せるリリーも苦しげだ。

 五人全員に全 すべ ての黒魔法を全開で掛けるのは不可能ではないが、あまりに魔力を使いすぎる。

 これはあくまでチーム戦。加減とは言わないが、効力を調整していた。

 動けなくはないが動きにくい、万全とはとてもいえない。むしろ不調。そんな感じか。体感はね。

「……あー、なんなら僕は置いてってくれて構わないよ」

「得策ではありませんわ。どこかのパーティーがそれをきっかけに全滅していたでしょう」

「【雷轟 らいごう の勇者】ですね。確かにこの低下率と黒魔法の種類はとても個人によるものとは思えません。第一層のように【黒妖犬】だけとは限りませんが、多くの黒魔法使いが隠れていると考えた方が自然でしょう」

 さすがの【氷の勇者】も、レメゲトンとレメを結びつけるには至っていないようだ。

 まぁ、その方が普通。

「鬱陶 うっとう しい。観 み てる奴が面白 おもしろ くねぇだろうが、黒魔法なんざ使ってもよ」

「単体ではそうですが、組み立て次第ではないですか。アルバ先輩も、もう分かっているかと」

 どうやら彼女が僕の力を認めてくれている、というのは本当のようだ。別にフェニクスを疑っていたわけではないが、実際に聞くとなんとも不思議な感覚である。

【勇者】だからというより、彼女の性質とか観察眼によるものなのだろう。

「ベーラ、テメェよりレメの方がマシなとこがあるぜ。あいつはウダウダ言わねぇんだよな」

「我慢強い人だったんですね」

 アルバは舌打ちした。だがそれ以上言い返しはしない。

「……オレに何秒か寄越 よこ せ、終わらせてやる」

 誰からも異論は出なかった。数秒任せるくらいならば問題ないと判断したのだろう。

 突き出されるフルカスさんの槍をフェニクスが弾いた。

 そのまま焼き切れて半ばから断たれた槍だが、フルカスさんは構わず二、三と突きを放つ。

 突きの瞬間にはもう、槍は直っていた。

 彼女が先代フルカスさんから受け継いだという魔法具だ。

「愚 おろ かしくもレメゲトン様に牙 きば を剝 む いた冒険者共に、血の誅罰 ちゅうばつ を」

 ミラさんは魔力体 アバター だと爪 つめ を伸ばしている。

 彼女は鋭 するど い爪で両方の手首を切りつけた。魔力体 アバター での自傷行為で流れるのは血ではなく──魔力。だが吸血鬼の血を操 あやつ る能力はしっかりと適用される。

 流れ出る血は地面に落ちることなく宙に浮き、彼女の周囲で浮遊する幾振りもの剣となる。

 蝙蝠達も準備万端とばかりに羽ばたいていた。

「……あの【吸血鬼】、ドSな感じが苦手なんだよね」

 言いながら、ラークが前に出る。

「武闘派の【龍人】さん方には申し訳ないですが、距離のあるうちに削 けず りましょうかリリー先輩」

「えぇ……! 『神速』は難しいですが、普通に矢を射るくらいなら……!」

 リリーが矢を射掛け、ベーラさんの氷結魔法が展開される。

「どんだけ遅くされようが攻防力が下がろうがなぁッ! 武器に黒魔法は掛けられねぇだろッ!」

 アルバは両手で魔法剣の柄を握り、切っ先を僕へと向けた。

 直後──剣身が僕に向かって急速に伸びてくる。

 そう。彼の力を落としても、これがある。

 魔法剣は使用者のイメージに従って動く武器だ。そして黒魔法は無生物には掛けられない。

 剣が僕に迫る速度を遅くすることは出来ない。本来ならば剣とは人が振るうものなので、人を遅くすれば斬撃の速度も遅くなるが、この魔法剣は違う。剣自体が動くからだ。

 敵が僕でなければ、あるいは手傷を負わせられたかもしれない。

 でも、僕は君を知っている。何年一緒に戦ったと思っているんだ。

 疾風 しっぷう を置き去りにする速度で迫る魔法剣による『伸びる刺突』。狙うは僕の頭部。

 僕は椅子に腰掛けたままだ。

「余裕ぶったまま死にやがれ!」

 確かに、君達を見下していたならばここで退場していたかもしれない。

 それくらい、良い攻撃だ。けど、そんなことをするわけがないじゃないか。

 僕は、剣が僕を貫く寸前に肘掛 ひじか けに肘を掛け、そこから伸びる拳 こぶし に頰 ほお を乗せた。

 僕の頭部を貫く筈だった剣が、背もたれに突き刺さる。

 僕は座ったまま、頰杖 ほおづえ をついている。

「な──」

 完全に当たる軌道、タイミングで外れたことでアルバが目を剝く。

『良い剣だ』

 彼の剣は蛇腹状 じゃばらじょう に展開される。剣の部分と伸縮する部分が継 つ ぎ接 は ぎになっている形だ。

 伸縮する部分に刃はない。そこを、摑 つか む。

『手を離した方がよいのではないか?』

 忠告ふうの挑発。アルバが自分のミスに気づいたのは一瞬後だが、その時にはもう遅かった。

 彼の魔法剣は攻撃の前の段階で、軌道を決める。どう動き、どう戻るかだ。

 今回の場合は僕の頭部を貫き、その後で手元に戻ってくるよう設定した筈。

 でも、戻ってくる時に相手が剣を固定していたら?

 魔法剣の戻ろうとする力は設定されたように働くので、双方で引っ張り合いになる。

 そこで話を少し戻そう。アルバは、僕の黒魔法をモロに食らっている。

 剣が戻るタイミングで、彼への魔法を一瞬強化した。思考に空白が挟まれ、視界不良が悪化。

 それで充分。彼がたたらを踏み、剣に引 ひ き摺 ず られるようにして仲間から離れてしまう。

「アルバ!」

 フェニクスの声。

「ふ、ふざけんじゃ、ねぇ……ッ!」

 剣を手放さないことは分かっていた。

 魔法剣もまた魔力で一時的に構築されたものだが、それでも元は父親にもらったもの。

 そもそも、【戦士】が剣を失っては終わりだ。その執着が、アルバに腕を失わせた。

「安心なさい。余裕を失うまで虐 いじ めてから、死なせてあげますからね」

 カーミラの『血の剣』だった。アルバの両腕、その肘から先が失われる。

「貴方の血はどんな味かしら、きっと薄くて水みたいなのでしょうね。私は要らないから、この子達の餌 えさ にしましょうか」

 自身の唇 くちびる を指で撫 な でながら、カーミラはアルバを嘲笑 あざわら う。

 亜獣が標的に襲いかかる。

 ……ミラさんは僕への態度に関して、アルバへ並々ならぬ怒りを抱えている。

 それが彼への態度に影響を及ぼしている、気がした。

「あぁ、もう……」

 ラークが慌ててアルバのフォローに走る。

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「来んなッ! 無駄だ!」

 そう。アルバは馬鹿 ばか じゃない。自分自身を駒 こま として考えられる。

 もう落ちると分かっていて、仲間に助けてもらおうなどとは思わない。

 ただ、考えが少し足りない。いや、普通なら充分なんだけど。

「あら、いいのかしら? ご自慢の魔法剣がない貴方なんて、口が悪いだけの野蛮人でしょう? 仲間に泣きついた方がいいのではなくて?」

「一度負けた奴が偉そうに吠えるんじゃねぇ! テメェ如 ごと き、両足があれば充分なんだよ」

 迫る蝙蝠や血の剣を回避し、時に蹴 け り飛ばすアルバ。

「負けていないわ。これから勝つの」

「魔物がッ! うちの【勇者】みてぇなことを吠えんな!」

 アルバの剣が僕の背後で止まった。彼の手が離れた時に僕も手を離していたので、当初突き刺さった椅子の背もたれに切っ先が埋まった状態。

 柄を握り、引き抜く。

『カーミラ、其奴 そやつ をまだ落とすな』

 僕は階段から下りながら命じる。

「ハッ、レメゲトン様の仰せの通りに」

 最新の本体情報が常に必要だが、魔法具も魔力体 アバター 展開時に再現される。

 当人が退場すれば、衣装と同じで付属物として魔力粒子になって砕け散る。

 だが本人の魔力体 アバター さえ健在なら、他人でも使用することが出来た。

 元々、アルバの魔法剣に使用者を選別するような機能がないのは承知済み。

 何年間も自慢されていたので、どのようなものでどのように使うかも分かっている。

 ──魔法剣、起動。

「……! まずい! アルバ先輩の魔法剣を使うつもりです!」

 ベーラさんが気づいた時には、僕は魔法剣を起動していた。

 見様見真似 みようみまね で使ったと思わせるように、使い方はアルバと同じ。

 ただし、使うのは片手だけだ。アルバと違って力が落ちているわけでもないし。

 さて、僕は誰を狙うだろうか。

「ちくしょう! ふざけやがって!」

 アルバは血管が浮くほど激怒して、僕を睨 にら みつけている。

 ミラさんの剣が脇腹 わきばら を掠 かす め、太腿 ふともも に亜獣が嚙み付 つ いた。

「えぇ、存分にあの御方を目に焼き付けなさい。貴方は闇魔導士たる彼の魔法によって、完膚 かんぷ なきまでに敗北するのですからね」

「むかつくんだよッ……!」

 さすがのアルバも、武器と両手を失っては四天王とやり合えない。

「ベーラっ! 防御を!」

 リリーの叫びに、ベーラは首を横に振る。

「あの魔人はアルバ先輩の動きを見切ってました! このパーティーをよく知っている! 魔法剣の軌道も変えるかもしれません!」

「なら広く展開すれば──」

「そうすれば魔力生成が必要になります! その間、私は氷結を使えなくなってしまう!」

 僕の攻撃を直線だと断じて予想軌道上に氷の壁を立てる。これは避けられるかもしれない。

 だからといって僕が左右や上に避けることを見越して大きな氷壁を展開すると、魔力が一時的に切れて再度練らなければならなくなる。

 どれだけ魔力を生み出せるかと、どれだけ魔力を体内に留めておけるかは別。

 ベーラさんは有望だがまだ【役職 ジョブ 】判明から三年。常人を遥 はる かに凌 しの ぐ成長スピードを誇る【勇者】だが、そもそも魔力関連の能力は伸びにくいものだ。

 彼女にとって、大規模魔法は乱発出来るものではない。

「ならば他の敵ごと──っ」

 リリーも気づいたようだ。

 敵全てと仲間の間に氷の壁を展開出来るなら、それでいい。フェニクスならばフルカスさんを後退させられるだろうし、【龍人】を近づけさせないことくらいリリーにも出来る。

 なんならラークが盾 たて で弾くだろう。しかし、アルバがまだ残っている。結果的に一人だけパーティーから離れてしまい、今もなお【吸血鬼の女王】に嬲 なぶ られている仲間が。

 彼を見捨てれば四人を魔法剣から守れるが、彼を守ろうとすれば魔法剣以外の脅威は残る。

 氷結魔法を一時使えないベーラに攻撃出来る位置に。

 冒険者は設定上正義側の存在。仲間を見捨てるべきではない。

 第四位ともなれば、そんな姿を視聴者には見せられない。

「アルバごとだ。急げ」

 フェニクスの指示に、ベーラさんは即座に従った。

 氷の壁の出現によって僕と魔法剣、それ以外で世界が分けられる。

 僕の魔法剣は氷壁に阻 はば まれる──寸前で止まった。すぐに伸びた剣身が戻ってくる。

 彼らの判断は読めていた。ベーラさんに魔力を使わせることこそが目的。

 いや、もう一つある。

「来い ──マルコシアス、ナベリウス」

 狼 おおかみ 状態の【人狼の首領】マルコシアス、そしてこちらもまた巨大なケルベロスに変化した【地獄の番犬】ナベリウスさんが出現する。

「よくぞオレを召喚してくれたッ、参謀殿ッ!」

「なんなりとお命じ下さい」

 僕の命令は簡潔。

「──破壊しろ」

「応ともッ!」

「承知致しました」

 マルコシアスさんが氷壁を殴りつけ、少し離れた位置でナベリウスさんが三首から火を吹いた。

 僕は続けて契約者を召喚する。

「──グラシャラボラス、キマリス、レラージェ」

【不可視の殺戮者】【死霊統べし勇将】【闇疵の狩人】も続けて現れた。

 グラさんが尻尾 しっぽ を振り、おすわりの体勢になった。

「……我々五体を連続で召喚されるとは……驚嘆 きょうたん すべき魔力ですな」

「それでこそ参謀に相応しいと言えましょう。ご命令を、レメゲトン様」

「事前に伝えた通りだ──グラシャラボラス」

 声を掛けると、グラさんが自分を含めた三体を不可視化する。

 彼らの動くべきタイミングも決めてある。

「おぉぉおおおおおッ! じきに開通するぞ、参謀殿!」

 目にも留まらぬ速さで放たれる左右の拳がガンガン氷壁を砕いていた。

「こちらもじきに溶かせます」

 氷が凄 すさ まじい勢いで溶けては蒸発していく。

「二体でタイミングを合わせろ」

「承知したッ!」

「レメゲトン様の仰せの通りに」

 僕はもう一度魔法剣を構える。次は、この剣で一人退場させるつもりだった。

 ◇

 敵の立ち回りは非常に巧みだった。

 黒騎士フルカスは攻めるのではなく私を押し止める為に動き、鎧姿からは想像もつかぬ俊敏な動きでこちらの攻撃を受け流している。

「私との再戦を望んでいるのかと思いましたが、時間稼ぎですか」

「一飯 いっぱん 一戦 いっせん の約定に基づき行動している」

 質の悪い変声機を使用したような声。

 聞き慣れない言葉だが……参謀の指示に従っている、というような意味だろう。

「彼は信ずるに足る男だと?」

 私の予想通りなら──私が彼を他人と間違える筈が無いが──彼らは逢 あ って間もない。

 だが、答えは明快だった。

「参謀は、仲間を勝たせる」

 それで充分とばかりに、フルカスは槍を振るう。

 どこへ行っても、彼は変わらない。ただ魔物は、彼の貢献を理解しているようだ。

 それが少しだけ、悔しい。自分には出来なかったことだったから。

「素晴らしい。ですが、勝つのは私達だ」

「語ることに意味が?」

「私は、あると考えます」

 口に出すことで、己 おのれ を鼓舞 こぶ するのだ。

 氷壁が展開されてすぐ、私は驚愕 きょうがく した。

 ──壁の向こうで魔力反応が増えた、だと。

 しかも魔力から判断するに、フロアボスクラスの魔物だ。それが、五体。

「ラーク、ベーラを」

「りょうかいっ……と!」

【龍人】の拳を盾で弾 はじ きながら、ラークがベーラの許へ向かう。

「全員警戒しろ。壁の向こうに五体の魔物だ。全てフロアボス相当」

「な──ッ。既に目の前に四天王が二人いるのですよ!? 」

 リリーの放った矢が【龍人】の腕に命中。鱗を超えて突き刺さる。

「……氷壁がじきに破壊されます」

 ラークの影からレイピア型の聖剣による刺突を繰り出しながら、彼女は苦々しげな顔をしている。

「どうなってやがるッ! 多くても六体じゃねぇのか、八体もいるなんて有り得ねぇ!」

 アルバの叫びは尤 もっと も。

 一階層ごとにフロアボスが一体、戦力でそれに匹敵 ひってき する徘徊 はいかい 型あるいは副官魔物が一体まで。

 これが基本。四天王という例外、彼本人、そしているならば副官。この層に現れていいフロアボス相当は、最大で六体。だが現時点で八体。

「だが現実に起きている。規程が守られているのならば、召喚魔法によるものだろう」

「でもあれは契約者を呼び出すのに、対象の肉体を構成する魔力を対価として消費するのでは!?  五体まとめて召喚したなら──そんなの魔王レベルの魔人ってことになりますよ……!」

 彼ならば、それも可能。

 十歳から今日この日まで、欠かさず己の魔力器官を鍛 きた え続けてきた彼ならば。

「フェニクス、オレらは無視して魔法を使え!」

 アルバの叫びに、応じることは出来ない。私の大規模魔法は周囲を巻き込んでしまう。

 焼き分けることも不可能ではないが、そんな繊細な魔力操作は目の前の敵が許してくれまい。強引 ごういん に踏み込めば剣技でフルカスを打倒することも可能だが、その場合は仲間から離れることになる。

 それが目的であることが動きから明らかなのだから、乗せられるわけにはいかない。

「氷壁、突破されます!」

 瞬間、壁が砕けて大穴が空き、少し離れた位置では壁がどろりと溶けて赤い炎が見えた。

「我が名はマルコシアスッ! 炎の勇者よ、手合わせ願おう! 行くぞ兄弟!」

 隠れていたのか召喚されたのか、彼の配下である【人狼】数体も進み出た。

「我が炎、我が牙、今度こそ貴殿に……!」

 壁を溶かしたのはナベリウスのようだ。

「……まだ更に三体いるんじゃなかったの」

 ラークの憂鬱 ゆううつ そうな声。

 三体への対応もそうだが、それよりも──。

「魔剣に注意しろ」

「分かってるよ。ちゃんとベーラはま……も、……る……え……?」

「────」

 ラークに落ち度は無かった。

 氷が溶け、二体のフロアボス相当がこちら側にやってきたのと、ほぼ同時。

 魔法剣が伸びたのだ。

 つまり、こちらの位置関係を目にした瞬間か、目にする直前に魔法剣の軌道を設定していたということ。さすがに後者は考えられない。一瞬見ただけなのだろう。

 魔法剣はベーラに向かって伸び、ラークはそれを弾かんと盾を構えた。

 だが、その切っ先が盾を躱した のだ。

 まるで意思でも持っているかのように盾を迂回 うかい した剣身が、ラークの胸を突き抜けた。

 心臓の位置、致命傷 ちめいしょう だ。

「いや……これ、おかし……しょ」

 いつもの眠たげな目ではない、ラークは目を見開いている。

 アルバの魔法剣を、完璧 かんぺき に操ってみせた。

 いや、違う。こちらの動きを読み、更に黒魔法で調整したのか。

「カーミラ、もういい。これ以上嬲る必要はあるまい」

「レメゲトン様が仰 おっしゃ るのなら、ここまでにしておきましょう」

 アルバの身には無数の切り傷と蝙蝠の嚙み傷が付き、腹部には血の剣が刺さっていた。

「感謝しますよ【戦士】アルバ。貴方の魔法剣で、【聖騎士】ラークを落とせたのですからね」

「……テメェ、覚えてろよ」

 カーミラは、ニッコリと微笑 ほほえ んだ。

「もう忘れました」

 蝙蝠達が一斉に吸血を開始、瞬 またた く間にアルバの身体 からだ は萎 しぼ み、崩壊した。

「はぁ、この子達のオヤツにもならないなんて……」

 それに伴い魔法剣も散り、なんとか剣身を摑んでレメゲトンを引っ張ろうとしていたラークの努力が無駄になる。

「ごめ……フェニ──」

 アルバとラークが退場した。

 敵の損害はベーラが凍らせ、リリーやラークが止めを刺した二体の【龍人】のみ。

 失った戦力とは見合わない。

「リーダー……今ので確信しました」

 ベーラはそれ以上言わなかったが、正体に気づいたことは私に伝わった。

「ここは私が行くべきでしょう。許可を」

 彼の動きは、こちらをよく知る者のそれ。

 ならば彼が唯一 ゆいいつ よく知らないだろうベーラを向かわせるのは、正しいように思えるが。

「まさか自分がやりたいから行くなとは言いませんよね」

 そうではない。いや、そういう気持ちはあるがそれを理由に誤った判断を下したくない。

 私の懸念 けねん は、彼ならば私達がベーラを使うことまで読んでいるのではないかということ。

「残る三体を警戒しつつ、速やかにレメゲトンを退場させます。リーダーはリリー先輩を守り、周囲の敵は全滅させて下さい。単純でしょう」

 ベーラは出来ると思っている。

「……いいだろう。頼んだ」

「はい」

 ベーラが飛び出す。

 敵の誰もそれを──止めない。

 ──やはり、読まれている。

「ベーラ!」

「誘われているのは分かっています!」

 リリーを置いて、彼女を追うわけにはいかない。

 私の邪魔をするように、魔物達が立 た ち塞 ふさ がる。

「参謀殿は我らに機会を下さった! 貴殿との再戦の機会をだ!」

 マルコシアスが叫ぶ。

「順番で言えば、わたくしからでしょう」

 ケルベロスことナベリウスが進み出る。

 第一層のフロアボス。最初に倒したから、最初に再戦する権利があるとの主張。

「全員で掛かってはこないのですか」

「それならば、もっと早く貴様らを全滅させる方法など幾らでもあった。参謀殿は我らの望みを汲んで下さったのだ」

 随分と良い上司のようだ。友として誇らしい。

 そして──随分と舐 な められているものだ。

【炎の勇者】を前にして、もっと早く倒すことも出来たなどとは。

 確かに、ここまでは相手が優勢。だが、勝負はまだ決まっていない。

「承知した。何人でも、お相手しよう」

 全員退場させて、戦わなければならない相手がいる。

 私は灼熱する聖剣を手に、敵を迎え撃つ。

 ◇

 ──よし。

 ベーラさんが飛び出してきたことで、予定通りにことを進められる。

 彼女が僕をレメだと気づくかどうかは重要じゃない。

 フェニクスパーティーの動きを読み切った敵だと判断してくれればいい。

 短期決戦の指示がフェニクスから出ている中で、二人も落ちたのだ。入りたての自分ならば魔王城攻略分しか情報を摑まれていない。アルバやラークの二人にしたような倒し方は出来まい。

 そう考えることに無理はない。

 フェニクスならば止めるかもしれないとも思ったが、許可したようだ。

「……!」

 氷の壁があったあたりを越えたベーラさんが怪訝そうな顔をする。

 僕の姿が見えなかったからだろう。

 グラさんに不可視化してもらった僕は、扉と椅子から続く階段に腰掛けていた。

「身を隠し……いえ、グラシャラボラスですか。気をつけて下さい! 不可視の敵がいるかもしれません!」

 冷静に推測し、仲間へ警戒を促すことも忘れない。優秀な冒険者だ。

 グラさんと戦った時、彼女はまだパーティーにいなかったというのに。よく勉強している。

「……想像していたより、厄介ですね」

 褒め言葉として受け取っておこう。

 ……これは多分、レメゲトンの正体に勘付いているな。

「不意打ちを狙っているのでしょうが、そうは行きません」

 彼女がレイピアを中空で振るった。すると、周囲に冷気が広がる。

 ──氷の粒を、降らせているのか。

 不可視化であって、不可触化ではない。

 見えないだけで、通り抜けるわけではない。

 確かにこの魔法なら、氷の粒の不自然な流れで敵の動きが把握出来る。

「捉 とら えましたよ」

 広範囲の索敵というより、不意打ちを防ぐ為の防御として展開したからか、僕のところまでは届いていない。

 だから、彼女が捉えたのは僕じゃない。床から生えた円錐形 えんすいけい の氷柱が貫いたのは、キマリスさんの操る死霊──かつて倒した冒険者の魔力体 アバター だ。

 氷柱が熱せられ、溶ける。死霊は【魔法使い】だ。

 そして不可視の敵は彼女への接近を再開した。

「な──」

 それでもベーラさんは即座に対応。今度は周囲一帯を氷結させ、巨大な氷塊とする。

 すると、今度は逆方向から『人の形をした動くもの』の接近を察知。

 死霊は冒険者の魔力体 アバター 。存在そのものが魔力で構築されており、更には魔力器官も機能する。

 見えない状態で僕なのかそうじゃないのか判断するのは、ベーラさんには困難。

 魔力反応ばかりは動画では確認出来ない。

 僕は必要な時以外は魔力を抑えているし、そう簡単には見つからない。

「くっ」

 そこからベーラさんは更に三体を氷塊に閉じ込めた。彼女の魔力消費は激しい。

「……っ。何故私に攻撃して来ないのですか。まさか眼中にないとでも?」

 アルバやラークのように、僕自身が退場の原因を作ろうとしていない。

 そこを、ベーラさんはそう解釈したようだった。

 眼中にないとか、そんな失礼なことは考えていない。

 が、まともにやり合うつもりがないのは事実だった。

 尤もらしい理由を幾つか並べることは出来るが、面倒だから二つ。

 一つ、フェニクスとは万全の状態で戦いたい。既に結構魔力を使っているが、まぁそのあたりはあいつも戦う時には同じになっているだろう。

 一つ、ベーラさんと戦いたいって人がいる。

 彼女が降らせていた氷の粒が止む。大規模な氷壁展開後に練った魔力も使い切ってしまったようだ。少しは余力を残しているかもしれないが、また練り直し。

「むしろ、貴様に夢中と言っていい。まぁ、私は参謀殿ではないが」

 剣で床を突く音。

 それをグラさんが聞いたのだろう、不可視化が解除される。

 現れたのは鎧姿の剣士。キマリスさんだ。彼は死霊術師であると同時に騎士でもある。

「死霊術師……」

「左様 さよう 。私はキマリスという。貴様と二層で戦えなかったのが残念でならないが、さすがは我らが参謀殿。このような機会を設けて下さった」

 フェニクスパーティーの攻略映像を観ていたキマリスさんは、【氷の勇者】を死霊としたかったのだという。戦う理由は人それぞれ。

「……私の魔力体 アバター をコレクションに加えたいんですか? やめてくださいよ」

「抗 あらが えばよい。剣の腕で勝敗を決しようではないか」

 ベーラは表情を歪 ゆが めた。

「最悪です。ここまで全て、参謀さんの作戦通りですか?」

 僕を狙って一人突出した彼女に魔法を使わせ、キマリスさんが一騎打ちで戦えるようにする。

「然 しか り」

「敵も味方も、上手 うま く使っている」

 ベーラさんはレイピアに冷気を纏わせたが、威力は心許 こころもと ない。

「安心召されよ。死霊は使わぬ。黒魔法も解けていよう」

 一騎打ちに入ったら邪魔は無し。その意思を尊重した。

「……綺麗 きれい な状態で死霊にしたいですもんね」

「フッ。では、参る」

 ベーラさんは──引かなかった。

 果敢に一歩踏み出し、鎧の隙間 すきま からキマリスさんの目を貫こうと鋭い突きを放つ。

「見事……!」

 だがキマリスさんは首を僅 わず かに傾けてそれを回避。

 彼の方も彼女に近づき、剣を胸に突き刺した。

「……次に来る時、これ 絶対に破壊しますから」

「ならばその時は、再び貴様を蒐集に加えよう」

 ぶわりと、キマリスさんから紫色の煙が生じ、それがベーラさんの口の中に吸い込まれていく。

 びくりびくりと震えたかと思うと、彼女の肌から血の気が引いた。

 死霊であると示す為の、見た目の変化。目からは光が失 う せ、顔からは生気が消える。

 彼女本人は、既に退場している。

「よくやった」

 声を掛けると、不可視化している僕に向かってキマリスさんは一礼。

「参謀殿の采配 さいはい あればこそです」

 不可視化があったから、僕かもしれないという思いもあって彼女は退場させられる威力の攻撃を放つ必要があった。姿が見えていれば死霊の格好 かっこう から【役職 ジョブ 】を判断し、適切な魔力量で足止めや無力化が出来ただろう。

「感謝と称賛なら、グラシャラボラスにしろ」

「彼にも、必ずや」

 して、と彼が続ける。

「私としましては、彼 か の【炎の勇者】も──」

「その話はもう終わった筈だ」

 冷たく返すと、キマリスはすぐに引き下がった。

「……失礼しました」

 フェニクスがキマリスさんの死霊になれば、第二層の戦力アップは確実だろう。

 だがそれを許すつもりは無かった。友達の魔力体 アバター を差し出すつもりはない。

 そもそも、あいつがそんな負け方をするものか。

「よい。個人的に勝負を挑むのは構わんぞ」

「……折角 せっかく の死霊が全滅してしまいます」

「一騎打ちをすればいい」

「【氷の勇者】にやられた者達を回収しても?」

 キマリスの返しに、僕は少し笑ってしまった。

 フェニクスも魔法を使わない、という条件ならばキマリスさんもいい勝負をするだろう。だがフェニクスがそれに応じる理由は無い。だからといってキマリスさんが死霊をけしかければ、前回そうだったように全滅させられてしまう。

 キマリスさんにとって、フェニクスは蒐集した魔力体 アバター を全て破壊した者。

 騎士としてではなく死霊術師として戦いを避けるのは理解出来た。

「許す」

 僕の許可を得てから、氷の中に閉じ込められた死霊を解放しに向かうキマリス。

 その頃 ころ 、フェニクス達の方がどうなっていたかというと──。

 ベーラさんは無駄死にではない。

 彼女はグラさんとキマリスさんの存在を仲間に知らせることに成功した。

 僕が召喚した五体の魔物のうち、これで四体が明かされたわけだ。

 グラさんの不可視化能力は知っていても厄介だし、残る一体は不明。いや、判明した。

 不可視化によって接近し、接近によって可視化された【黒妖犬】達。リリーは即座に弓を捨て、鉈 なた に切り替えた。彼女は自身の弓の腕に誇りを持っているが、そのことにこだわって手が遅れることはない。流れるような鉈捌 さば きで【黒妖犬】を切りつけ、時に頭部を刈り取る。

【黒妖犬】達の攻撃は低い。対応するには自然と腰を低くする必要がある。だからといって前だけ向いていては背後からの攻撃を許してしまうので、彼女は苦しい体勢で周囲を警戒する必要があった。どうしても機動力が下がる。

 そこに、黒魔法を掛ける。お馴染みの空白と混乱だ。

「……っ。来ると分かっていれば、この程度……っ!」

 エルフは人間より魔法耐性も魔力器官の性能も優れている。

 だから調整した僕の黒魔法にも、なんとか耐えられるだろう。

 耐えて、【黒妖犬】の相手が出来る。でも、動きは確実に落ちる。

 ──これくらいでいいだろう?

 レラージェも同じ判断をしたようだ。

「あっ……っ……!」

 リリーの脇腹に矢が刺さっている。傷口から滲 にじ む魔力は本来淡い光の筈だが、レラージェの毒によって濁っている。傷口から腐蝕 ふしょく が始まり、皮膚 ひふ がぐじゅぐじゅと溶けていく。

 その頃フェニクスの視界は、ナベリウスさんの三首が吐く獄炎によって遮 さえぎ られていた。

「こ、これは……、あの射手の……」

「レラージェだ、エルフの【狩人】。黒魔法を掛けられた状態で戦うのは苦しいだろう? 実力を出しきれず、敵の全力に屠 ほふ られる。あぁ良かったよ、これで私達は苦しみを共有出来た」

 柱の影からレラージェの声がする。

「……レメの黒魔法が、これ程だったと?」

「いや、もっとだろうな。参謀殿は貴様が『戦い』を続けられるように加減されていた」

 ……レラージェさんと戦った時も、傍目 はため には普通の黒魔法程度に映るよう調整したものだが、まぁ言える状況じゃない。

 レメゲトンの評価が上がるのは悪いことじゃないし。

「……貴女の矢を撃ち落としたこと、根に持っているのですね」

 ちらりと、リリーが弓へ目を向けた。

「くだらん挑発だ。だがいいだろうエルフの女、弓を拾え──グラシャラボラス殿!」

 レラージェさんの姿が露 あら わになる。

 ……魔王城の魔物は勝つ為に協力してくれるけど、基本的には真 ま っ向 こう 勝負が好きなんだよな。

 僕は指示を仰 あお ぐようにこちらを見た【黒妖犬】達に、手で『待て』と指示。透明になっている者同士は互いを認識出来るので、指示は伝わったようだ。

 レラージェの視線を受けて、僕はリリーに掛けた黒魔法を解除。

 確かに不意打ちで落とすよりも、対等な弓勝負で勝つ方が他のダークエルフや【狩人】持ちの魔物にとって希望になるだろう。

 警戒しつつも弓を手に取るリリー。

 矢筒に手を伸ばしたのは両者同時。

 矢を放つのは──リリーの方が早かった。

 さすがは世界で三人しかいない『神速』使用者。

 だが──。

「速ければいいというものではあるまい」

 レラージェさんは最初から早撃ち勝負をするつもりはなかった。

 彼女は思い切り横へ跳んだのだ。

 宙に流れる身体、外れるリリーの『神速』、そしてレラージェさんは落下しながらも矢を番 つが え、放った。

「くっ──」

 リリーは回避行動を取れない。

 レラージェさんの矢が喉 のど に突き刺さり、そこから腐蝕が始まる。

「【黒魔導士】殿の助けがなければ、貴様には速さしかない。正確性を鍛え、駆け引きを覚えろ」

 ……レラージェさん、うっかり【黒魔導士】に敬称を付けてますよ。中身が僕だと知っているからこそなのかもしれないが、彼女的には元フェニクスパーティーの憎っくき敵なのではないか。

 幸いというべきか、リリーにはそれを気にする余裕はない。

 首をやられては終わりだ。膝から崩れ落ち、リリーが倒れる。

 少し遅れて、その身体が分解されて光の粒子に変わった。

 ──後、一人。

 ──お前だけだぞ、フェニクス。

 ◇

『私を守らないで下さい』

 ベーラが走り出した後、リリーは小さく、だが確かに言った。

 私の前に立ち塞がる魔物達は一対一を破らないだろうが、それ以外の魔物はリリーを狙うだろう。

 そこで彼女を庇 かば うように動けば、思わぬダメージを負うかもしれない。

 助け合うのが仲間だが、リリーはこの状況では別々に戦う方が最終的に勝利出来る可能性が高いと判断した。

 そして……それは私も同じだった。仲間を側に置いていては、炎を全力で扱うのは難しい。

 ベーラに任されたリリーを放置することになるが、仲間の決意を無駄には出来ない。意見が合致しているとなればなおさら。

 視界が炎で塞がれている。

 馬車程の巨軀 きょく を誇る三首の猛犬──ナベリウスの獄炎だ。

 だが私は衣類に焦 こ げ一つ付けずに炎の中を突き進んでいく。

 これが、火精霊の本体と契約した者に与えられる加護だ。

 自らが御する熱に、その身を侵されない。

「貴殿の獄炎では、私を灼 や くには足りないらしい」

「ッ! なら、この牙はどうだ……!」

「突き立てられる牙を防ぐ加護は有していないが──」

 炎の中から迫る巨大な頭部に、私の聖剣が突き刺さっていた。

 三首の真ん中が私に嚙み付こうとしていたのだ。

「──嚙まれる前に敵を打倒するので、問題はない」

「がッ……」

 残る二つが炎を吐くのをやめる。

 私は眉間に突き刺した聖剣を抜き、そのまま彼の脇 わき を通り過ぎる。

「ま、待てッ……! まだわたくしは終わっていな……っ!? 」

 彼の身体が一瞬で燃え上がり、すぐに退場した。

 一瞬で身体を炭化させる程の燃焼に、魔力体 アバター が耐えられなかったのだ。

「次はマルコシアス殿でよろしいか? いや、グラシャラボラス殿がいたのだったな、失礼した」

 私は振り返りざまに剣を横薙 な ぎに一閃 いっせん 。今まさに私の背後を突こうとしていたグラシャラボラスの前脚が断ち切られ、そこから彼の身体に火が着く。

 後はナベリウスと同じだ。

「キマリス殿とレラージェ殿はどうされる。お二方には仲間を落とされた、私としては戦いの場が得られれば喜ばしいが」

 キマリスは死霊を消し、本人のみが進み出た。

「手合わせ願おうか」

「申し訳ないが、これ以外に剣を持っていない」

「フッ。いや、そのままで構わんよ。死霊は私の判断で仕舞っただけだ」

「では」

 死霊術師とは言うが、彼の剣の腕は卓越していた。実直で、確かな研鑽 けんさん に裏打ちされた力強く速い剣筋だ。だが、聖剣と打ち合うことは出来ない。剣身が触れ合った瞬間に溶けるからだ。

 こちらの振り下ろしを巧みに回避しようとした彼だが、横に跳ぼうとして失敗する。

 彼の足場が──真 ま っ赤 か に灼熱されて溶けていた。

「ベーラが負けたのも頷ける。素晴らしい剣捌きだった」

 体勢を崩した彼の身体に剣を振り下ろし、両断した。

 矢が飛んできた。

 私に届く前に焼けて灰になる。何度も何度も、近づきながら矢を放つレラージェ。

「レメは優れた【黒魔導士】だ。彼と共に戦えたことは私の一生の誇りだと断言出来る。だが、私は【勇者】だ。世界一の【黒魔導士】がいなくとも、敵にどれだけ優秀な参謀と【黒魔導士】がいようとも、関係ない。敵がどれだけいようと、どれだけ強かろうと。私は──勝つ」

 レラージェが弓を捨て曲刀を抜き放つ。

 彼女が私に近づく前に、その身を火柱が包んだ。

 火炎が消えた後には、レラージェは残っていない。

 彼女の魔力体 アバター は完全に破壊された。

「ハッ。ハッハッッハッ! なんという火力! なんという圧力! 離れているというのにこれだけの熱波! これが生身ならば我らはとうに呼吸が出来ずに倒れていよう!」

「待たせてしまったな、マルコシアス殿。だが後一人先客がいよう。カーミラ殿」

「私はレメゲトン様のご命令に従います。貴方と一騎打ちしろとは、言われていない」

「そうか、承知した。では、今度こそ──」

「あぁ、オレの番というわけだ!」

 マルコシアスが正面から突進してくる。

 鋭利な爪による突きを半身になってギリギリで回避し、撫でるように腕を斬 き る。

 そこから発火し、彼もまた──。

「ハッハァッ! よくぞ避けたな【炎の勇者】よ!」

 退場しなかった。

 咄嗟 とっさ に反転し剣を構える。

 衝撃。

 剣身で彼の突きを受け止めようとするが、後方に吹き飛ばされてしまう。

 流れる視界の中で一瞬前の攻防の結果を確認。

 ──なるほど。

 彼は右手で突きを繰り出した。そしてそれは確かに燃えていた。

 マルコシアスは斬られた次の瞬間には左手で右腕を引き千切ったのだ。

 魔力体 アバター とはいえ、己の身体に対して何の躊躇 ちゅうちょ もなく。そして投げ捨てた。

 身体から切り離された右腕だけが燃え、彼の身体は残った。

 そして左手で突いたわけだ。

 その左手も剣身に触れた。予測済みだったか、彼は牙で肘から先を嚙み切った。

 見事だ。

 私は柱に激突するその寸前、炎を噴かせた。火精霊は私に炎で飛ぶ魔法も与えてくれた。正確には火で飛んでいるわけではないとのことだが、細かい理屈はどうでもいい。

 風精霊程自由ではないが、空を飛ぶことが出来るということが分かればいい。

 衝撃を殺し、すぐに推進力を得る。グッ、と身体が加速した。

「ほうッ! さすがは四大精霊の契約者! そうこなくてはな!」

「貴殿のおかげで、私はまた一つ学びを得た」

「そうだろうなぁ! 撫でただけで敵を倒せるなどと勘違いしないことだ!」

「己の不熟を恥じるばかりだ。感謝する、マルコシアス殿」

「不要だ! オレはただ、貴殿を倒す為にここにいる!」

 残る両足で、彼は私を打倒するつもりのようだった。

 その心の強さに、敬意を抱く。

 彼我の距離が凄まじい速度で縮み、そして──凄まじい速度で離れる。

「……また闘おうぞ」

 その言葉に込められた意味を、私は汲み取る。

 つまり、私がレメに敗北することで攻略し直しになるから、また闘える。

 彼は信じている。レメが私を打倒すると。

 親友を認めてくれていることは喜ばしいが、【勇者】としては頷けない。

「その機会は得られない」

 彼の身体が上半身と下半身で二つに分かれ、同時に燃え上がった。

 地に足を戻した私に躍 おど りかかってきたのは、黒騎士フルカス。

 性別不詳の騎士、その槍だけは私の聖剣に耐え得る。断ち切った先から、先端をトカゲの尻尾のように落とし、再び穂先を生やす。柄も元の長さまで伸びる。

「先程までとは状況が違う」

 剣と槍で彼と戦い続けるのでは時間が掛かりすぎる。

 聖剣を振るう。斬撃の軌道上に炎が走り、爆発 ばくはつ するように広がった。

「……ごめん、参謀」

 そう呟いた声は、どこか少女のように聞こえた。

 フルカスも、退場。

 残るはマルコシアス配下の【人狼】、ナベリウス配下【黒妖犬】が数体ずつ。

 迫り来る彼らを焼き尽くして退場させる。

 もうすぐだ。

 最後は【吸血鬼の女王】カーミラと、その亜獣。

「レメゲトン殿と戦いたい。貴女はどうされる」

 グラシャラボラスが退場した時から、彼の姿は見えていた。

 階段に腰掛け、こちらに顔を向けている。

「カーミラ」

「レメゲトン様、どうかご命令を。私は──四天王です」

 二人の視線が絡 から み合 あ う。いかな心のやり取りがあったのか、レメゲトンは静かに立ち上がった。

「──【炎の勇者】を退場させろ」

「はっ」

 魔王軍参謀は、部下の意思を尊重する方針らしい。

 私を囲むように飛んでくる蝙蝠も、剣も、一瞬で炭化する。

 それでも彼女は血で生み出した剣をこちらに飛ばし続けた。

 ……なるほど、忠臣だ。私の魔力を可能な限り消費しようと言うのだ。

 私は地を蹴って彼女に肉薄、襲い来る剣を全て弾き、すぐに剣の間合いへ。

「前回貴女を倒したのも私だ。アルバにどんな恨みが?」

 彼女は確かに残虐 ざんぎゃく な魔物として知られるが、それはあくまで演出だ。だがアルバへの態度には明確な怒りが感じられた。

 腹を聖剣で貫かれた彼女は、フッと笑う。

「私の怒りよ。貴方にはあげない」

 彼女の身体が炎に包まれる。

 聖剣を抜いて離れた私は、マルコシアスに続き彼女にも驚かされることになる。

「身を焦がす思い程度、耐えられないとでもッ!?  こんなもの、私はとうに──」

 燃え盛る吸血鬼の肉体は、燃焼のダメージを受けながらも再生している。

 吸血鬼の再生能力か!

 前回打倒した時以上の火力だというのに、何故耐えられるのか。

 再生能力が上がっている、のか。そうは見えない。ではなんだ。意思、か。

 彼女は貫き手を突き出した。いや、血を槍状に形成し拳の先に纏わせているようだ。

 蒸発する先から再展開される槍が、私に迫る。

 それを回避し、胴を薙ぐ。灼熱された聖剣が、彼女を上下に分かつ。

 落下する上半身。彼女は首だけでレメゲトンを見る。

「申し訳ございません、レメゲトン様」

「気にするな」

「ご武運を」

「あぁ」

 カーミラの身体が赤に染まり、すぐに魔力の粒子と化す。

 つぅ、と頰に液体が伝う感触。手で触れると、出血を再現する魔力だった。

 ──最後の一撃が、掠っていたのか。

 四天王の名に恥じぬ、吸血鬼の女王を名乗るに相応しい、強者だった。

 私は彼らを束 たば ねる、このフロアのボスへと視線を向けた。

「これで、貴殿と戦う権利は得られたかな」

 辿りついたら相手をする、と言われていた。

「……あぁ、よくも我が配下を全滅させてくれたな」

「静観されていたように思うが」

「奴らの望みだ」

「では、貴殿の望みは?」

「知れたこと。貴様らの全滅。つまり、貴様の退場だよ」

「私に勝てるとお思いか」

「勝たねばならぬ、それが責務だ」

 彼がゆっくりと近づいてくる。

「それにしても、凄まじい力だな。仲間がいない方が強いのではないか?」

 試すような質問。

「……昔、そのことで悩んでいたことがある」

「ほう?」

「四大精霊はあまりに格が高すぎるとね。並び立つ仲間などいないのではないか、自分一人で戦う方が良い結果が出せてしまうのではないか。それが怖かった」

「それで」

「親友に叱 しか られてしまった。『お前一人が強いだけなら何も面白くねぇだろ』とね」

「そうか」

 想像してみた。毎回、たった一人でダンジョンに潜る男。苦戦も何もせず、淡々と敵を燃やして最深部へと至るのだ。最初はいい。二回目は? 十回目は? 百回目は? 観たいだろうか、そんな退屈なダンジョン攻略を。

 ダンジョン攻略はエンターテインメント。その大前提を決して忘れてはいけない。

 アルバの果敢な攻めに派手な魔法剣、リリーの流麗な動きと『神速』、ラークの安定感と時に繰り出されるシールドバッシュと斬撃、ベーラの見るも美しい氷結魔法。

 かつては、レメのサポートによって完璧な一体感を演出出来ていた。

 それらが視聴者の目を引き、心を躍らせる。

 そして、敵だ。

 アルバの魔法剣が奪われた時、防いだ筈の魔法剣がラークを貫いた時、ベーラが敵の策で魔力を使い切り一騎打ちで敗れた時、リリーが弓勝負で敗北し退場した時。

 この配信を観るだろう者達は目を瞠 みは るだろう。叫ぶ者もきっといる。

 仲間がいて、私がいて、敵がいて、ダンジョン攻略なのだ。

 そこにある戦いに、人々は心惹 ひ かれるのだ。

 自分が強すぎることを心配するなんて馬鹿だと、レメは言った。

 そして、こうも言っていた。

 仲間がいるから、面白い攻略が出来る。

 仲間を失ってから、出せる本気がある。

 普段は仲間を巻き込むから使えない魔法を、存分に扱える。

 孤独な攻略とは違う。こういう状況こそ、特別な強さの使い所。

 仲間が退場したからこそ、これは窮地 きゅうち に立たされた【勇者】の、逆転の物語になる。

「仲間を全て失った【勇者】の本気が、我は楽しみでならないがな」

「配下を全て失った【魔人】の本気を、私も楽しみに思っているよ」

 私は、思ってしまった。

 ──あぁ、邪魔だな。

 カメラもマイクも、邪魔だ。

 熱で自分に仕込まれたマイクを破壊。そして周囲一帯を炎で包み、カメラも全て溶かす。

 私の意図に気づいた彼が、声を親友のそれに戻した。

「……おい馬鹿、弁償しろよ」

「君と全力で戦う為だ。あれ はカメラに映せないだろう」

「【勇者】としてどうなんだそれは……」

 一番の盛り上がりどころを見せられないのは残念だが、こんな機会は逃せない。

 彼の本気を世間に見せるわけにはいかないし、ここまで来て本気で戦えないなんて受け入れられない。【勇者】にあるまじき行為だ。一生に一度と心に決める。

「どれくらい猶予がある」

「三十秒とか一分かな」

 誰かがカメラを持って、この部屋に転移してくる。

 せめて勝敗は観られるようにしよう。それくらいはしなければ。

「充分とは言えないが、贅沢 ぜいたく も言っていられないな」

 レメゲトンは仮面を外し、ローブのポケットに仕舞う。現れたのは、レメ。

「どちらが上か、だったね。決めようか、レメ」

「あぁ、フェニクス」

 私は聖剣を構える。

「【炎の勇者】フェニクス、君を倒す」

 レメの名乗りには、数秒掛かった。

【闇魔導士】レメゲトンを名乗るべきではないと考えたのだろう。彼はレメとして立ってくれているが、【黒魔導士】も違う。彼には、名乗りたい名がある。

 やがて、彼はこちらを見据えた。

「【隻角の黒魔術師 】レメ、お前に勝つ」

 誰にも言えない、だが彼が敬愛する師より受け継いだモノ。

「私は知っている、最後に勝つのが勇者なのだと」

「そうだな、だから 僕が勝つ」

 第十層最後の戦いが、始まった。

 ◇

 僕が師匠に直接何かを教えてもらったのは、三年だ。濃密だったけど、人によってはたった三年と思うかもしれない。

 けど僕は、村を去った後もずっと鍛えてもらっていると思っている。

 師匠の教えを僕が守る限り、僕は彼の弟子 でし だ。

 これから使う力は、平時には絶対に使用してはならないと言われているもの。

 それは師事してから一年が経 た った、ある日のこと。

 その日の訓練を終えてヘトヘトになっていた僕は、師匠の部屋に呼び出された。

 ダメ出しや説教だろうと思って赴 おもむ いた僕に、師匠は見たこともない視線を向けていた。

 いつもの面倒くさそうで、退屈そうで、厳しく冷たいものではない。どこか、温かい視線だった。

『レメ、お前はよくやっている』

 一瞬幻聴かと思った。師匠が僕を褒めるというのは、それだけ有り得ないことだった。

『え、え』

 僕の戸惑いを無視して、師匠は続ける。

『正直 しょうじき 、保 も って数日だろうと考えていた。だがお前は一年にも及ぶ訓練に、見事耐えてみせたな』

『師匠……?』

『今一度問う。お前は何故、勇者になりたがる』

 師匠に口答えしてはいけない。そうでなくとも、別に隠しているわけではないのだ。

 僕が勝手に夢を語ったことはあったけど、師匠の方から僕に興味を持ってくれたのはその日が初めてだったので、正直僕は驚くと共に嬉しかった。

『勇者は、格好いいから』

『それでは不足だ。憧 あこが れだけを理由に、この儂 わし の訓練に耐えられるものか』

 確かに、地獄に落ちるのとどちらがマシかと訊かれても答えに困るくらいに、師匠の訓練は厳しいけど。答えるまでには、時間が掛かった。僕は当時十一歳、感情を言葉に落とし込むのはとても難しい作業だった。

『本当、です。格好いい勇者になりたかったから』

『……』

『で、でも』

『なんだ』

『……その、六歳くらいの頃、父さんに剣を買ってくれって頼んだことがあったんです』

 師匠は黙って聞いている。

『でも「危ないから」「まだ子供だから」とか、色々言われて買ってもらえなくて。今は納得してるけど、当時は納得出来なかった。俺 おれ は欲しいのに、どうして理由を付けてダメって言うんだろうって。金が無いって言われた方がまだ諦 あきら められた』

 買う買わないではなく、買った場合の危険を挙げることで僕に諦めるよう促した。

 理由は納得出来るものでも、その言い方に僕は違和感を覚えたのだ。

 父さんの言葉は、まだ僕を心配してのものだったからいい。子供が求めるままに凶器を与える親とか怖いし、正しい判断だっただろう。

『それで』

『【役職 ジョブ 】が分かった日、その時のことを思い出しました。周りの皆が、俺が勇者になれない理由を挙げていくんです。「【黒魔導士】って時点で終わり」「黒魔法なんて何の役にも立たない」「筋力も俊敏も上がらないクソ【役職 ジョブ 】じゃん」って、だから俺の夢は破れたんだって笑うんです』

『……あぁ』

 その様子が想像出来たのか、師匠は静かに頷いた。

『俺も、その通りかもって思いました。でも、剣の時のことを思い出した。俺は勇者になりたいのに、なれない理由が幾つも積み上げられていく。結局は【役職 ジョブ 】が悪いってことなんですけど、いかに勇者から遠い【役職 ジョブ 】かを楽しげに語られた』

『その時に、何故諦めなかった』

『格好悪いから 』

 反射的にその言葉が出て、僕は驚いた。

 同時に、ストンと腑 ふ に落ちた。あぁ、そうだ。そうだったのだ。

 剣を買ってもらうのは諦めたのに、勇者になるのは諦められなかった。

 師匠に弟子入りして、常軌を逸 いっ した修行に取り組んでまで目指し続けている。違いは明白。

 幼い物欲と、己が定めた夢という違い。

『ずっと、小さい頃から勇者になるって決めてました。なのに、【役職 ジョブ 】が違うから諦める? そんなのは格好悪いじゃないですか。俺は【役職 ジョブ 】に憧れていたわけじゃあないんだから。敵を倒し、仲間を勝たせ、見る人を興奮させる、そんな仕事に憧れたんだから』

『黒魔術を修めたところで、露見 ろけん しない範囲での発動では貴様自身の手によって敵を倒すことは叶わんぞ』

『俺がいるから、パーティーは最高の戦いが出来る。そういう【黒魔導士】になります』

『己が最初に思い描いた、戦う勇者になれずとも、か』

『剣で斬ったり魔法を撃ったりするだけが戦いじゃない。そうですよね?』

 師匠は否定 ひてい しなかった。

『長く険しい戦い になる。高みに至らなければ、誰も貴様の価値に気づかんだろう』

『でも、決めたことだから』

『そうか……そうか』

 いまだに、僕はこのあたりの記憶を疑っている。

 だって、あの師匠が次の瞬間──僕の頭を撫でたのだ。

『お前は、特別な才能に恵まれているわけではない。器用でもなければ、身体も強くない。平凡な【黒魔導士】だ。ただ、一つだけ誰にも劣らぬ武器がある。分かるか?』

『……分かりません』

 その時、師匠の声は噓 うそ みたいに優しかった。

『お前はな、レメ。とても心の強い子だ。希望を絶たれ、かつての友に愚弄 ぐろう され、望んだ【役職 ジョブ 】は親友の手に渡った。それでもなお諦めず、怪しげな魔人に教えを請うた。大の大人が半時と保たず逃げ出す試練に耐え、今日この日まで鍛錬 たんれん を積んだ。儂はな、レメ。物を教えるつもりなどなかった。お前を追い払うつもりだったのだ』

 ……なんとなく、そうかもしれないと少しだけ考えたことがあったけど。

『だが、お前は意地悪な老人のしごきに、泣き言一つ漏 も らさなかったな。安心しろ、これまでの修行はデタラメなものではない。お前を鍛える為の訓練だったよ』

『分かってます』

 そこを疑ったことはない。たとえ意地悪だったとしても、訓練メニューを適当に作るような人じゃない。この人がそんなことをしたら、僕は死んでいたかもしれない。

 僕がギリギリ死なず、逃げ出してしまいたくなる程に厳しい訓練を組んだのは彼だ。

『レメ、お前を正式に弟子と認める』

『! っ。は、はい……!』

『だがレメよ。お前の意思は分かったが、本当のところは──戦う力も欲しているのではないか』

『え』

『力が欲しくはないのか』

 師匠の声があまりに真剣なものだったので、僕は思考を飛ばして本音を吐き出した。

『欲しいですよ。どんな強い敵も真正面から倒すような力が手に入るなら、俺だって欲しい』

『それを手に入れる為に、今以上の苦しみを味わうことになってもか』

『俺が頑張るだけでいいなら、なんでもします』

『良い答えだ。だがこの力には、問題がある』

『……問題、ですか』

『使用したその瞬間、お前と儂の繫がりが明らかになる』

『それは……問題ですね』

 師匠があるというなら、僕が強くなる方法はあるのだろう。

 だが彼はとにかく、自分とその力を世間に晒 さら したくないのだ。

『故 ゆえ に、条件を設ける。その力を使用してもよいのは──絶対に勝たねばならない相手と戦う時に限る』

『え……?』

 僕はポカンとする。

 だってそれでは、師匠との約束に反する。

『お前は律儀 りちぎ に儂との取り決めを守るのだろう。それはもう分かっている。だが、もしいつか、儂への誓いよりも優先される勝利が目前に現れたなら──勝手にしろ』

 師匠は、こう言ったのだ。自分のことはバレてもいいから、どうしても勝ちたい時に力を使え。

 僕は不覚にも、泣きそうになってしまった。

 人と関 かか わりたがらない師匠が、人目を避けて暮らす師匠が、僕を介してその存在が露見することを知った上で、僕に力の行使を許してくれたことが嬉しかった。

『だがその時は、貴様は非常に面倒な立場に立たされると知れ。ダンジョンで使うなら全てのカメラとマイクを破壊しろ。そして退場させた後にその魔物を脅せ。なに、使えば儂との繫がりが知れる。魔物であれば震えて従うだろうよ』

 ……なんだかすごく不穏な言葉が追加された。

『どうする、レメ』

『強くなりたいです。方法を教えて下さい』

 そうして、師匠は自分の角を折った。

 ◇

「……これ、実際に見せるのは初めてだよな」

 フェニクスだけは例外で、師匠や僕の力のことを知っている。

「あぁ、とっておきなんだろう?」

 隻角を──解放する。

 僕の右腕が変化した。

 黒く、硬質で、光沢のある何かが皮膚を覆う。

 肘から尖 とが った角のようなものが飛び出すが、これの色もまた漆黒。異変は肩まで及び、肩甲骨周りから、翼の骨めいた何かが生える。

 そして、魔力体 アバター に付けた偽物 にせもの の片角の逆。

 右側頭部に、魔王様や師匠と同じ角が生える。

 フェニクスが、一歩引いた。

 醜かったからではない。本能が感じ取ったのだろう。

 そのあまりに膨大な魔力に当てられ、危機を察知したのだ。

 魔力の余波で、第十層が揺れる。

「こんなものを、隠していたのか」

【嵐の勇者】エアリアルさんは、僕を初めて見た時に師匠を思い出したのだという。

 もしかしたら、感じ取ったのかもしれない。

 僕の中にある、師匠の角を。

 魔人の角は魔力を溜 た め、洗練する。より高密度、高純度の魔力は同じ魔法でも桁違 けたちが いの効力を発揮する。魔人は優秀な魔力器官から生み出される魔力を、己の二本角に溜めるのだ。

 大昔、勇者は精霊、魔人は角によって常人を超える魔法を行使した。

 貯蔵量は魔人によって変わるが、【魔王】ともなれば桁違いの膨大な量を受け入れられる。

 僕の魔力体 アバター 披露の際、魔王様が言い掛けていたこと。

 本来、魔人が片角になるということは──後継者に角を与えたということ。

 自分の強さを支える角の一本を、誰かに継がせたということ。

 僕の場合は違う。元々ゼロ本だった角に、一本追加されたもの。

 当時は知らなかったが、師匠は【魔王】。田舎 いなか のガキに、与えていいものではなかったのに。

 本当のところ、理由は分かっていない。だが師匠は我が子でも孫でもなく、僕に角を与えた。

 本来は人に適合しない角を、師匠は古 いにしえ の秘術を使いまくってなんとか適合させた。

 ただし、砕いて粉末にした角を、一日にひとつまみずつ。

 それを取り込んだだけで、僕の平凡極 きわ まりない肉体は悲鳴を上げた。当たり前だ。人間から、魔人に近づくのだから。別の生き物になるようなもの。楽に済むわけがない。

 角一本分を身体に馴染ませるのに、そこから一年以上掛かった。

 更にはどういうわけか今、角はこんな感じになっている。

 ……最初に取り込んだ時より、絶対に質量が増している。角の域を逸脱 いつだつ しているし。

 魔人への移植の場合は肘や額に付けるらしいので、僕への処置は例外中の例外。師匠だから出来た荒業。その所為 せい か、イレギュラーが起こっているようだ。

「何年分だい?」

 フェニクスは、笑っている。少し引きつっているが、実に楽しそうに。

「角の一部を取り込んでから、今日この日までに溜めた全ての魔力だ」

 僕の魔力器官は、いかれた訓練によって鍛えられすぎた。

 日常で、魔力を生成した先から使い切るのは段々と難しくなったのだ。

 それもあり、僕は黒魔法を鍛えながら角にどんどん魔力を溜めた。ちなみに角は血中に溶けて流れているわけではないので、ミラさんの吸血で一部が彼女に取り込まれたとかそういう心配はない。

 魔王の弟子の、約九年分の魔力だ。

 魔力体 アバター を生成した後で、本体から移しておいた。

 今この時、僕の魔力は四大精霊持ちに匹敵する。

 それを肌で感じているだろうに、フェニクスは一歩前に出た。

「いいのかい、それを私に使ってしまって」

「僕の知る限り、お前に単騎で勝てる奴はいないよ」

 エアリアルさんあたりなら分からないが、敢えて断言する。

 僕は言葉を続けた。

「──僕以外はな」

 フェニクスの全身が炎に包まれた。視線を向けるだけで苦しさを覚える程の炎。

 それが、ゆっくりと彼の聖剣に集まる。炎が凝縮され、剣に纏わりつく。

 その炎は、白かった。

「神々の焰 ほのお 、と呼ぶそうだ。精霊が言うには、この世のものなら何であろうと灼き尽くせる」

 触れたらどころではない。近くに寄っただけで塵 ちり 一つ残さず世界から消される。

 白い炎は、そういう代物だと分かった。

 それでも僕は、一歩踏み出す。

「いいのかよ、僕なんかに使っちゃって。ポンポン使える魔法じゃないんだろ」

 精霊の加護にも限度はある。いずれ回復するにしても、一度にこれだけ強力な力を引き出しては、疲弊するだろう。

 ここで僕に勝っても、それではどうやって魔王様に勝つのか。休養期間が必要になるぞ。

「私の知る限り、君より優れた勇者はいない」

 一呼吸置いてから、フェニクスは続けた。

「──私は、そんな君に勝ちたい」

 僕は、嬉しくなった。

 こいつは何故か、ずっと僕に憧れていた。それはいい。負けていられないと張り合いが出る。

 でも、どうなんだよ。お前、【炎の勇者】だろ。人類最強に相応しい冒険者だろ。

 いつまでも、僕を自分の上に置いていたらだめだろ。

 そう思っていたが、本当に良かった。お前は、ちゃんと僕に勝ちたいんだな。

 すごく嬉しいよ。

 僕は、拳を握った。

「時間がないのが不安だったけど、そもそも要らなかったな」

 互いにこの魔力量。それを一気にぶつけようというのだ、長期戦にはならない。

 フェニクスは一つ頷いてから、こう言った。

「思えば、君を斬るのは初めてだ」

 もう勝った気でいるのか。いや、自分を鼓舞しているのだ。分かっている。

 いいよ、乗ってやろうじゃないか。

「僕が、お前を本気で殴るのもな」

 フェニクスが、剣を構えた。

 互いの唇に笑みが刻まれ、刹那 せつな でそれが消える。そして僕らは、互いに地を蹴り。

 激突した。

 僕は角から引き出した魔力を黒魔法──いや黒魔術にも使っていた。

 数十秒で死に至る病を発症させるもの、永遠に光を奪うもの、思考の牢獄 ろうごく に閉じ込めるもの、外界の何も認識出来なくなるもの、石のように身体が動かなくなるもの。

 使えると知れただけで、世界から危険視される黒魔術の真髄 しんずい 。

 だが、フェニクスはその全てを桁違いの魔力で抵抗 レジスト 。

 予測してはいたが、それでもやはり尋常ではない魔力だ。

 それを抵抗 レジスト に使わせるのが目的。本命は物理魔法両方の、攻防力低下。

 フェニクスは、これを無視。

 ──へぇ、強気だな。

 複数の黒魔法を掛けられること自体が稀 まれ だが、掛けるのが難しいものは解くのも難しい。いくら奴でも、膨大な魔力が込められた複数の黒魔術をどうにかしながら戦いに集中するのは困難。

 そこで、幾つか『諦める』必要が出てくる。

 戦闘に集中出来る範囲で、ある程度の黒魔術を受け入れる決意をするわけだ。

 そこで彼は致命的なものや精神に影響を及ぼすもののみを全力で抵抗 レジスト 。

 攻撃力は保持したがると思ったが、防御力と共に低下を受け入れた。

 防御はまだ分かる。相手の攻撃を受けるよりも先に倒せばいい。

 だが肝心の攻撃力低下を受け入れるとは。

 ──いや。

 僕との距離が縮まるごとに、魔法攻撃力低下への抵抗を増している。

 神々の焰さえあればいいと、そういうわけだ。

 ジュッと、熱した鉄板の上に水滴でもこぼしたような音がする。焰の『熱』を防ぐ為に展開した魔力の層が、一瞬で破壊される音だ。膜という形を保てなくなり、魔力が搔 か き消 き える。

 近づくだけで燃え尽きるような炎熱。

 これを越える為には、熱を遮る何かが必要。そこで僕は魔力を幾重にも重ね、正面に展開。

 彼に接近するまでの時を稼ごうとした。

 それは成功しているが、凄まじい勢いで破壊されてもいる。

 一歩近づく為に、数百の層が壊れていく。

 ──ふざけるなよ、ほんと。

 人がコツコツ溜めた魔力をなんだと思っている。

 まったく、楽しいじゃないか。

 フェニクスが一歩近づく度に、床が、柱が、天井が──ダンジョンそのものが焰によって形を失い、消えていく。ダンジョンは魔力で構成された空間で、内装なんてものは変更の利 き くこだわりでしかないわけだが、だからといって跡形もなく消し飛ばすものではない。

 彼の通りすぎた後に残るものは無い。無だ。

 先を見通すことの出来ない暗闇 くらやみ 。それが剝き出しの魔力空間というもの。

 白い焰が、世界を壊しながら僕に迫る。

「素晴らしい魔力だレメ!」

「お前もな……!」

「私が勝つ! 君に勝って、君の正しさを証明する!」

「そうかよ勇者様。なら僕は、勇者が負けることもあるって教えてやる!」

「私の知る勇者は負けない! 最後は必ず勝つんだ!」

「あぁ、今日もそれは同じだよフェニクス!」

 フェニクスはどう考えているのか。

 勇者同士が戦えば、どちらかは負ける。でも彼の勇者は、きっと過去の僕で。

 僕に憧れた彼は、負けることを己に許せない。

 たとえ、『いつも最後に必ず勝つ親友』を、負かしてでも。

 僕を倒してでも、【炎の勇者】としての勝利を摑もうとする。

 それによって、友に敗北をもたらすことになっても。

 己が憧れ、目指すと定めた夢を諦めない為に。

 ──それでいいんだよ、フェニクス。

「君が示した勇者の形が、私を世界一へと昇らせるんだ!」

 翼、か。

 眩 まぶ しくてよく見えないが、紅蓮 ぐれん の翼に見えた。彼の背中に、炎の翼が生えている。

 燃え盛る焰が鱗粉 りんぷん のように散ったかと思えば、爆音と共に──フェニクスの身体が加速した。

 マルコシアスさんとの戦いで見せた、火による高速移動だ。

 僕の展開した膜の消滅ペースが急激に上がる。

「言ったろ! お前を追い越すって! 今日! ここで! 勝つのは僕なんだよ!」

 僕にも翼は生えている。翼の骨だけど。実際は変形した角だけど。

 角だから、そこには魔力が溜められている。洗練された、高密度高純度の魔力だ。

 これがあるから真の黒魔術を使えるのだし、これがあるからフェニクスの炎熱を防ぐ膜を張れたのだし、これがあるから──僕だって速く駆けることが出来るんだ。

 普通の魔力では量だけあっても、魔法にしない限り奇跡は起こせない。

 だが角で圧縮、凝縮された魔力ならば可能だ。

 魔力を噴出することで、身体を後押しする。

 身体に衝撃、頰肉がぶるんっと揺れた。ビリビリと全身が震えているようだ。

 視界が急速に流れていく。膜が剝 は がされていく。燃やされていく。一瞬で消えていく。

 フェニクスに多くの魔力を使わせた。防御力は最大まで下がっている。

 彼にあるのは、炎の強さ。神々の焰は規格外の魔法だが、それに相応しい魔力を消費する。

 それでいて、発動までに僅かな間がある。

 だからフェニクスは僕を斬る直前ではなく、激突の直前に発動したのだ。

 これだけの魔法、長くは保たないだろう。長期戦は無し。これ以上の駆け引きは無意味。

「レメ……ッ!! 」

 彼が。

「フェニクス……ッ!! 」

 目の前に。

「精霊よ……!」

 フェニクスが振り下ろす聖剣、僕を斬るのと逆側の刃が、爆 は ぜた。

 ここにきて、斬撃を更に加速させたのだ。

 ──考えることは同じか。

 僕の肘から突き出た角からも、魔力が噴出されていた。

 拳が、剣を迎え撃つ。

「角 これ を、使うからには……ッ!! 」

 ──師匠にもらった角を使って、負けるわけにはいかない……!

 激突。

 世界が揺れた。そして、がらりと色を変える。

 僕の背後も、全て焼き尽くされて消える。セーフルームに繫がる扉もだ。

 あるのは、僕ら二人が立つ地面。

 僕の展開した魔力と、術者は害さない精霊の焰によって、辛うじて残された足場。

 焰だけが世界の輝きであり、僕はそれを消そうとしている。

「う、おぉ、おおお……ッ!」

 激突と同時に、角が、僕の身体が、悲鳴を上げるのが分かる。

 消し飛ばされないのは、九年溜めた魔力を纏っているおかげ。

 それだって後何秒保つか。

 フェニクスの振り下ろしを、僕は殴りつけて受け止めた。

 拳が灼けていく。押されているのが分かる。でも、僕は更に力を込めた。

 ──勇者になりたかったんだ。

 幼い頃は力が足りなくて、色々と考えて乱暴者やフェニクスを虐める者達を追い払った。

 十歳になった後は【勇者】になれなくて、【黒魔導士】としての自分を鍛えた。仲間を勝たせるという戦いで、皆に認められる勇者になりたかった。

 二十歳。パーティーを抜けることになった。ミラさんや魔王城の皆に逢って、魔物を勝たせる勇者という形を見つけた。

 苦しいこともあったけど、僕は自分を不幸だと思ったことはない。不遇ではあったかもしれないけど、不幸ではない。

【黒魔導士】である子供を見捨てなかった両親、一緒に冒険者になろうと言ってくれた親友、僕に大切な角を継がせてくれた師匠、僕の力を認めてくれたミラさんや魔物の皆、僕を慕 した ってくれるカシュに、友人になってくれたブリッツさん、僕をパーティーに誘ってくれたエアリアルさん。

 彼ら彼女らがいたから、僕は自分の幸運を信じられる。

 だけどさ、本当は、本当は。

 僕が子供の頃に、憧れたのは。純粋に、格好いいと思ったのは。

 真正面から敵を倒して、仲間を勝利に導く──そういう冒険者だったんだ。

 僕は【黒魔導士】。冒険者である限り、そこから外れる動きは出来ない。

 でも、今は誰も見ていない。これは誰の目にも残らない。

 だから、他の誰の為でもなく、画面に夢中になって、将来を夢想した、あの頃の僕の為に。

「勇者になるんだ……ッ!」

 拳を、振り抜く。

 拮抗 きっこう はどれだけだったのだろう。

 数分にも数秒にも一瞬にも思えた。多分、ほとんど一瞬だったんだろうな。

 でも僕らは、それを一生忘れないだろう。こんなにも濃密な刹那は、記憶から消えてくれない。

 聖剣も拳も壊れず──互いにズレた 。

 フェニクスの聖剣が僕の左肩に食い込み、僕の拳が奴の胸に突き刺さる。

 先程までが噓のような、静寂が訪れた。

 僕の身体は──燃えていない。

 聖剣は、既に魔法を纏っていなかった。

 僕の拳が、フェニクスの背中まで突き抜けている。

「……四大精霊でも、君を灼くには足りないのか」

 フェニクスが、溢れるように笑う。悔しそうに、なのに満足げに。

 彼は剣から手を離し、僕のローブに手を伸ばす。そして、取り出した仮面を僕の顔に着けた。

「……どーも」

 角は、消えていた。身体の中に戻っている。魔力はもうすっからかんだ。また一から溜めないと。

「また、来るよ」

「迷惑な客だ、見ろ何もなくなっちまったじゃないか」

 フェニクスは僕の文句 もんく を無視。

「最後に勝つのが、勇者だから。私はまた、君に挑戦するよ」

「……あぁ、次も僕が勝つけどな」

「万全の君と戦いたい。私以外に角は使うな」

「角が必要な敵がそうポンポン現れて堪 たま るか」

「ふっ……レメ」

「あぁ」

「昔みたいに、格好いい勇者だったよ」

「そうかよ」

 その時、小さな悲鳴が聞こえた。

 どうやら転移用の記録石が無事だったようで、カメラを持った誰かが転移してきたようだ。

 しかし地面も台座も失って宙を漂う記録石の許に転移した誰かさんは、魔力空間内をふよふよと浮いている。それでもなんとかカメラを向けているようだ。

「え、えとっ! あ! いました! 【炎の勇者】フェニクスと【隻角の闇魔導士】レメゲトンです! ど、どうなってるのでしょうか! フェニクスの聖剣がレメゲトンの肩に……えっ、レメゲトンの、う、腕がフェニクスの胸を貫いています! こ、これは……!」

 魔力体 アバター を構成する魔力は、漏出すると淡い光を放つ。演出だ。互いに大怪我 けが を負った僕らは、互いの傷口から漏れる魔力粒子によって、仄 ほの かな光に照らされたように見えるだろう。

 フェニクスは、もう一度笑った。

 今度は称えるようなもの。【炎の勇者】フェニクスとしての微笑みだった。

「……素晴らしい戦いでした、レメゲトン殿」

「……貴様もな、【炎の勇者】フェニクス」

 そして──フェニクスの身体が魔力粒子となって、散った。

「え、え、え……? フェニクスの……たいじょう? っ! 退場です! フェニクスパーティー全滅! 【炎の勇者】フェニクスは、魔王軍参謀に敗北しました!」

「一部に誤りがあるぞ」

 局の者らしき女性に、僕は声を掛ける。

「ひゃわっ。な、な、なんでしょうか……?」

「奴の退場も、奴らの全滅も正しい。だが、敗北は正しくない。何故なら──」

 聖剣が消えたことで傷口を押し留めていたものが失われ、魔力体 アバター から魔力が漏出。

 僕の身体が消え、その意識がリンクルームにある本体へと戻った。

 精神が本体に戻ったことを確認した繭が、ゆっくりと開いていく。

「引き分けじゃないかな。まぁ、よくて僕の、辛勝」

 でもそうか、それは視聴者が判断すればいいか。

 僕は、待っていてくれた魔物の皆に笑いかけながら、繭を出た。

 第十層・渾然魔族領域にて、フェニクスパーティーを撃退。

 魔王城の防衛は、成功した。