今でこそ世界ランク第四位のパーティーを率いる私だが、幼い頃はいじめられっ子だった。
小柄だとか足が遅いとか力が弱いとかそんなことはなかったのだが、とにかく気が弱かった。自主性というものがなく、優柔 ゆうじゅう 不断 ふだん で、そのことを指摘されるとたまらなく恥ずかしくなって。
そんな、顔の赤くなった私を村の子供達は笑った。
それを助けてくれたのがレメだ。レメは【勇者】に憧 あこが れていた。だから困っている私を助けてくれたのだろう。
彼は特別喧嘩 けんか が強いわけではなかったが、頭の回転が早かった。弁も立つし、時に言いくるめ、時に不意を打ち、時に罠 わな に掛けたりして、複数人のいじめっ子達を追い払ってみせた。
それでもいつもボロボロだったが、「【勇者】は最後には絶対勝つんだ」と言って笑った。
今は子供だから真 ま っ向 こう 勝負だけで多人数を倒すことは出来ないが、十歳になれば神様が自分が最も結果を出せる【役職 ジョブ 】を教えてくれる。自分は絶対に【勇者】だから、その時の為 ため に今から訓練をするのだと身体 からだ を鍛 きた えていた。
私の言葉がどれだけ遅くともレメは待ってくれたし、「お前は考えるのが遅いんじゃなくて、深く考えてるんだな」と言い、私の心を救ってくれた。彼が辛抱 しんぼう 強く付き合ってくれたおかげで、私は思考を深く潜らせずに素早く判断を下すことが出来るようになった。
レメには多くの友人がいて、彼がいると私も自然と輪の中に入れた。
だからこそ、不思議でならなかった。
たかが適職を教えてくれるだけの儀式で、誰 だれ もが彼を見放したことが理解出来なかった。
目も当てられない程に憔悴 しょうすい した彼は、それでも私が【勇者】になったことを祝福してくれた。
【勇者】となった者は世界各地に点在する『精霊の祠 ほこら 』を訪ねなければならない。そこで自分を気に入る精霊がいれば、より大きな力を手にすることが出来る。
私は祠で悪態をついた。何が神、何が精霊。勇者になるべき人間に、誰よりも勇者に相応 ふさわ しい心を持つ友人に苦難を与えた。何が【役職 ジョブ 】だ、馬鹿 ばか 野郎。
私は『火精霊』に気に入られた。
【勇者】に選ばれた者は大抵が喜び、そうでない者もすぐに自分を特別な者だと勘違いし始める。だが『火精霊』はそういう人間が嫌いなのだという。神と精霊に八つ当たりするような馬鹿は久々で面白 おもしろ かった。そんな理由で私は百三十年ぶりの契約者になった。
どうして、自分だけこんなに恵まれてしまうのだ。
私は最悪の気分のまま村へ帰った。
これではまるでレメへのあてつけではないか。幾度 いくど となく自分を助けてくれた親友が夢を断たれたというのに、自分は【炎の勇者】になってしまった。
その後、私は自分を強く恥じることになる。
レメは立ち直っており、【黒魔導士】としての自分を鍛え始めていた。
嫌な顔をするどころか、聖剣を手に入れたことに興奮し我がことのように喜んでくれたのだ。
【勇者】はたった数年で歴戦の猛者 もさ よりも強くなれる。そういう才能を持っている。
レメはそこで挫 くじ けなかった。
ならば何十年も努力しよう。しかもただの努力じゃない、濃密で効率的な鍛錬 たんれん だ。そう言って笑った彼は、いつもと同じ決まり文句 もんく を言った。
「【勇者】は最後に絶対勝つんだ」そして「逆に言えば、最後に勝てば【勇者】ってことだろ? うかうかしてたらお前のことも追い抜くからな」
親友は、運命如 ごと きが捻 ね じ伏 ふ せられる男ではなかった。
その瞬間、私の将来は決まった。
「レメ、僕とパーティーを組んでほしい」
その言葉を、後悔したことはただの一度もない。
「はぁ? あのな、俺 おれ は最後に勝つけど、今はクソ雑魚 ざこ なの。冒険者になっても足を引っ張るだけだ。ていうか、友達だからって気を遣うなよ」
「そんなんじゃない。レメは絶対に強くなる。僕はレメとはライバルじゃなくて、仲間でいたい」
「……オススメしないぞ。【黒魔導士】なんて入れたら仲間も集まらない」
自分が【勇者】に選ばれたのは、そうでもなければ親友と肩を並べられないからだ。
「君となら一番になれる。百三十年ぶりの【炎の勇者】と最強の【黒魔導士】で、一番になろう」
レメは目を丸くし、真意を確かめるように私を見た。
「……なんかお前、変わったな」
「レメは変わらないね。僕はそれが本当に嬉 うれ しくて、誇らしいよ」
「気持ち悪いぞ、かなり」
彼が言って、ほとんど二人同時に吹き出す。
「っていうかお前、冒険者になりたかったのか?」
「いや、考えたこともなかったよ。さっきまではね」
「おいおい」
「でも、今はなりたい。今なら、レメが言っていた【勇者】への憧れが理解出来るんだよ」
目の前の称号無き勇者への憧憬 どうけい は、この先一生薄れることはないだろう。
「そっか……いや待て、今まで理解出来なかったのか?」
「あはは」
「何笑ってんだよ。……変な奴だなぁ。【黒魔導士】に構ってもいいことなんてねぇってのに」
レメは、自分から離れていった友人達を恨んでいないようだった。
「いや、気づいたんだよ。俺とあいつらは同じなんだ。俺は【黒魔導士】になってガッカリした。何の役にも立たないクソ【役職 ジョブ 】って思ってたから。あいつらもそう思ったから、俺から離れた。同じなんだよ、あいつらも俺も【黒魔導士】を見下してた。まったく【勇者】に憧れた奴 やつ が無意識の差別に気づかないとかアホすぎて泣けてくるわ」
「違うよ。僕が【黒魔導士】になっても、レメは見捨てなかった筈 はず だ」
「どうかな」
「いや、絶対だ」
その程度で自分に見切りを付けるなら、会った時にいじめっ子側に回っていただろう。レメは違う。私には確信があった。
「三年待て。使える【黒魔導士】になるからよ」
レメの言葉に、私は深く頷 うなず いた。
自分達は将来、冒険者になる。そしていつか出逢 であ う仲間達と共に、ランクを駆け上がるのだ。
そうして、見せてやるのである。
世界で一番格好 かっこう いい勇者がいることを。
◇
私は宿のベッドに腰掛けていた。
「レメ……」
彼が去ってから、何度目とも知れない思考。
どうすればよかったのか。
彼の判断は分かる。彼は師との約束を違 たが わない。しかしそれではアルバや他の二人は説得出来ない。元々限界が近かったのに上手 うま く対処出来なかった。
レメの必要性を私が説くほどに、彼が嫌われていくのが分かった。
【役職 ジョブ 】が判明してから十年と少し。様々なものが変わるには充分な時間。
二人の少年が夢を語り合っていた時とは違い、様々なしがらみがある。
もしそういったものを無視して、たとえばレメ以外をパーティーから締め出しても無意味なのだ。
パーティーは五人必要。残る三人をどこから集めても、結果は同じだろう。
そもそも三人は本当に優秀な冒険者なのだ。そんな三人に実力を悟られないよう立ち回りつつ最高の仕事をしていたのがレメだ。
新しく入ったのは、【氷の勇者】ベーラという少女。
まだ十三歳だが、【勇者】らしく戦闘能力は高い。
私達は新チームの連携を強める為に一旦 いったん 魔王城攻略を中止し、近場の他のダンジョンを攻略。これは配信用ではないので、映像はどこにも出回らない。
結果は……微妙と言わざるを得なかった。
アルバが振るう蛇腹状 じゃばらじょう の刃を持つ魔法剣は、見た目こそ派手だが扱いが難しい。彼は自分の技術が向上したことによって敵を気持ちよく薙 な ぎ払えるようになったと思っていたようだが、実際はレメが敵を黒魔法で軌道上に誘導していた。混乱や速度低下で足を止めさせて丁度斬撃が来る瞬間に敵が軌道上に立つよう調整してくれていたのだ。
同様にリリーの矢も的中率が下がり、ラークも敵の攻撃を思うように捌 さば けなかった。ベーラも緊張からか動きがぎこちない。
三人は少し調子が悪いだけだと言っているが、違う。
レメのサポートが消えたことで、敵を以前よりも強く感じ、自分達は素に近い実力で戦うことになっただけだ。
悔しいのは、それを言っても誰も信じないだろうこと。
認めさせたところでレメが戻ってはこないだろうこと。
三人はそれでも一流の冒険者だ。既に感覚のズレは修正している。ズレていた理由がレメだとは気づいていないようだし、修正したところでレメの抜けた穴はあまりに大きいのだが。
「……一緒に一番になるんじゃなかったのか、レメ」
彼が抜けるとは思わなかった。
「最後に勝つんじゃなかったのか」
どこかのパーティーに入っているならまだいい。でもそんな情報はない。
だからといって故郷に帰ったわけでもないようだ。
「君が諦 あきら めるわけない。それだけは有り得ない」
何をしているかは分からないが、彼はいずれ勇者になる。ならば、自分が最強の【勇者】になりさえすれば、いずれ彼が追い抜きにくるだろう。
「私はそうして、君を待つよ」
私は部屋を出てアルバ、ラークと合流。
ダンジョン近くでリリー、ベーラとも合流。
仲間を見回し、静かに告げる。
「魔王城を攻略し、私達が世界ランク一位を獲 と る」
◇
「ようこそ魔王城へ。【炎の勇者】フェニクス様と、その御一行ですね」
入ってすぐのホールに、魔王城の受付はあった。
「えぇ」
一つ頷き、登録証を受付嬢に渡す。女性は猫の亜人で、顔の上半分を隠す仮面を着用していた。
他の四人も同じように登録証を出し、本人確認が行われる。
「【勇者】フェニクス、【戦士】アルバ、【聖騎士】ラーク、【狩人 かりゅうど 】リリー、……あら、こちらは前回と違う方なのですね。【勇者】ベーラ。以上五名、確認致しました」
一瞬、受付嬢の口許 くちもと の形が不自然に歪 ゆが んだように見えたが、気の所為 せい か。
「ありがとう」
返却される登録証を受け取ると、女性が言った。
「【黒魔導士】レメはどうなされたのですか?」
「どっかで野垂れ死んでるんじゃねぇか? それか通りで物乞 ものご いでもしてるか。【黒魔導士】じゃ食ってけねぇからな」
受付嬢は私に訊 き いた筈だが、アルバが勝手に答えた。
「……アルバ、貴方 あなた という人は」
蔑 さげす むようなリリーの視線もどこ吹く風だ。
「オレばっか悪人にすんじゃねぇよ。レメが可哀想 かわいそう ってんならどうして庇 かば わなかった? オレがお前に耳隠せっつった時、アイツはお前を庇ってたじゃねぇか。オレはアイツに借りなんかねぇから好き勝手言ったが? 何もしなかったお前の方がよっぽど薄情なんじゃねぇの?」
エルフの【狩人】リリーが美しい眉 まゆ を顰 ひそ めた。
確かにかつて魔力体 アバター でエルフの耳を隠すか隠さないかの話になった際、レメと私は隠さなくていいと言った。
「無論彼に頼られれば、可能な限りの助力はしましょう。ですがあの話し合い、というより貴方の下品なショーというべきですか。あの場は彼がパーティーに相応しい実力を備えているか否 いな かが焦点だった筈です。仮に命の恩人であっても、わたくしは仕事のことで噓 うそ はつけません」
「ケッ、良い子ぶってんじゃねぇよ」
「……下劣 げれつ 」
「あぁ!? 」
「叫 さけ ばないで下さい、耳障りです」
「てめぇ……」
「……あの。喧嘩は、その……やめた方が。今から一緒にダンジョン攻略するわけですし」
【氷の勇者】ベーラが控えめに介入した。
氷のような髪と瞳 ひとみ をした、小柄な少女だ。自信なさげで猫背なのは、【勇者】としては非常に珍しい。自分のパーティーを作ろうとすらせずに他のパーティーに入るというのも、中々ない。
「……恥ずかしいところを見せましたね、ベーラ。ごめんなさい、猿 さる に人の言葉を向けたわたしが悪いのです。対話など成り立つ筈がないのだと、とうに気づいていたというのに」
「ざけんなよクソエルフ」
「……あーあー、面倒くさい……。何、苛々 いらいら してんのさ」
【聖騎士】ラークまで話に加わる。
「てめーには話しかけてねぇんだよ根暗。つーか攻略中もっと動けや、サボろうとすっからミスが増えんだろうが」
「……君も、ご自慢の魔法剣の精度ガタガタだったけど? 女遊びに時間使いすぎて、腕鈍ってんじゃないの」
「童貞は黙ってろや」
「悪いけど、君より経験あると思うよ。そういうの、鏡見て察せない?」
「……殺す」
一応この場にもカメラはあるが、買い取りの対象ではない。
魔力体 アバター に精神を繫 つな ぎ、ダンジョンに入ってからが本番。
[image file=Image00016.jpg]
だからといって、今から準備しようという時に喧嘩とは。
これまで、パーティーの不満点はレメだった。
パーティーのというよりは三人の、だが。
レメを共通の問題とすることで三人はある意味まとまっていた。レメはそれを知りながらもパーティーが上手く回るならそれでいいと、小さく笑った。
そのレメのおかげで、彼らが一流から超一流の冒険者として活躍出来ていたことを、三人は当然知らない。要 かなめ を欠いたことに気づくことなく、彼がいなくなったことで互いの欠点に目がつくようになった。その欠点というのは、レメのサポートで限りなく目立たなくなっていたもの。
彼らは自分自身でさえ、何故 なぜ 調子が悪くなったのか分かっていないだろう。
悪くなってなどいないのだ。超一流から、一流に戻っただけ。
感じる落差がそのままレメの功績なのだが、三人はその可能性を考えもしていないだろう。
「あの、喧嘩はやめてくださいって私、言いました」
意外にも、三人を止めたのはベーラだった。
三人の靴裏と床が固定される。氷結 されたのだ。
【氷の勇者】ベーラ。水の分霊の契約者。手に入れたのは氷魔法。
「ベーラの言う通りだ。新人が一番まともでどうする」
冷たくなりすぎないよう気をつけつつ、だが呆 あき れを滲 にじ ませて言う。
三人はバツが悪そうな顔をし、誰ともなく顔を逸 そ らした。
「……フェニクスさん、何故止めなかったんですか」
本来はリーダーである私が率先して仲裁すべきだったと、ベーラは暗に言っている。自分が言うべきと思ったことは言うタイプのようだ。
「顧 かえり みる機会になればいいと思って」
「かえり、みる? 何をですか?」
「自分達が何をしたか」
「あの……よく、分からないのですが」
「いや、いいんだ。君には期待している」
私は疑問に答えず、会話を終える。
三人の氷結が解除されたところで、魔力体 アバター に精神を接続する為の部屋──リンクルームという──へ向かおうとした。
「あークソ。むしゃくしゃするわ。なんなんだこれ、なんかおかしくねぇか。パーティーが強化されたってのに、いまいちパッとしねぇっていうかよ」
「ベーラはよくやってくれています。すぐに素晴らしい【勇者】になるでしょう」
「リリーは女子が増えて嬉しいんでしょ。まぁ攻撃力や制圧力は上がったよね。ただなんていうか、身体はいつも通りなのに結果が伴わない、というか」
ラークの言葉が終わるのとほぼ同時。ポン、と手を叩 たた いてアルバが笑い出す。
「あ! もしかしてあれじゃねぇか? 無職のレメがオレ達を恨んでしょっぱい黒魔法を掛けてんだよ。ハッ、あいつならやりかねな──ッ!? 」
我慢の限界だった。
アルバの胸 むな ぐらを摑 つか み上げる。彼の身体が浮き、足が地面に戻ろうとじたばたともがく。私の行動に、全員が呆気 あっけ にとられるが、構うものか。
「アルバ、アルバ。何度言えばいいんだアルバ。彼を悪く言うな。仲間の誰も、悪く言うな。君は何故それが出来ない。性格なのだろうな、きっと」
「ガッ、あっ、ふぇ、にく」
「私がこれまで君を罰しなかったのは、君とレメが仲間で、レメが君の振る舞いを許容していたからだ。だが考えてみてほしい。レメは君が追い出したようなものだ。それはパーティーを思ってのこと、私はそのこと自体を咎 とが めはしなかっただろう? 君がこのパーティーのことを思っているのだと、信じているからだ。では何故今、私は憤 いきどお っているのだと思う?」
彼の顔が蒼 あお くなる。
リリーが私の腕を下ろそうとし、あのラークまでもが慌て顔になった。ベーラは絶句している。
「君が彼を快く思っていないのは知っている。彼がいなくなって清々 せいせい したことだろう。ならばそれで終わりではダメか? 追い出した後もかつての仲間を貶 おとし めなければならない理由があるか? 一つハッキリさせておこう。仲間の欠点を指摘するのはいい。遠慮すべきではない。だが悪 あ しざまに言うべきではないんだよ。そしてアルバ、君は最早 もはや レメを仲間だと思っていないね」
アルバが私の指を剝 は がそうとするが、彼の力では両手であっても叶 かな わない。
「彼が仲間ではないなら、それはもう、ただの私の親友だ。このフェニクスが、友を愚弄 ぐろう されて笑う男だとでも思ったのか? そこが分からないんだよアルバ。分からない。仲間の大切なモノを尊重出来ない者とは、やっていけない。だからアルバ、今ここで約束してくれ。私は君を仲間だと思いたいのだ。レメや、仲間を、悪く言うな。約束するか?」
アルバは目が虚 うつ ろになりかけていたが、それでも辛うじて頷いた。
手を離す。落下した彼は床に膝をつき、思い切り咳 せ き込 こ んだ。
「……フェニクスさん。世界第四位のパーティーって、こんなにギクシャクしてるものなんですね。やっぱり上に行くほど辛 つら いことも増えるんだ……あぁ、冒険者って……」
ベーラは何か絶望している。リリーがアルバの背中をさすっていた。普段犬猿 けんえん の仲である二人だが、仲間意識はしっかりとあるのだ。
──レメがいなくなって緩 ゆる んだ団結は、別の何かで固めねばならない。
最初から、自分が断固たる態度で率いるべきだったのだ。元々私は人をまとめられるような人間ではない。ただのいじめられっ子だった。
だから、レメが損な役回りを演じてくれていることに申し訳無さを覚えつつも、リーダーとしての姿勢を変えようとはしなかった。
レメを失うことになった原因は、私にもあるのだ。
「他の三人も同じだ。仲良しごっこをしろとは言わないよ。気安い会話も些細 ささい な喧嘩も構わない。だが、心から仲間を蔑むことはもう、許さない」
自分以外の四人を見回す。
「従います、私は。第一、見下していたら仲間ではないでしょう」
ベーラは異論ないのか、すぐに応 こた えた。
「フェニクスの言う通りだ。でも分からないってのは噓だろ。僕もアルバもリリーも互いを好きじゃないけど、君が好きだ。君のパーティーにいたいし、君の役に立ちたいし、君を一番にしたい。僕らは明らかに停滞していたし、レメは明らかにこのパーティーに見合う魔法使いじゃなかった」
そもそも実力不足ではないが、問題はそこではない。ラークは続ける。
「アルバの馬鹿はまぁ、実際言いすぎだ。レメも気の毒だね。でもさ、大好きな君が実力不足の親友を頑 かたく なに庇ってたら、嫌な気分にもなるよ。悪く言いたくなる気持ちも、僕には分かる。だってそうだろ、昔の友達が無条件で最優先なら、僕らはどう頑張って君に認めてもらえばいいんだ」
結局、そこなのだ。私の態度が問題。
あるいはレメであれば、自分が悪いと言うかもしれない。
多分両方だろう。私もレメも彼の力を隠した。理由はあれど、そんなもの他の三人には知りようがないのだから。だが同時に、不満があるからといってアルバの発言が正当化されるわけでもない。
「私は最初から仲間全員を見ていたし、その上でレメを必要だと思っていた。君達からの共感が得られるとは思わないよ。だから過去ではなく、これからの話をしよう」
手を差し出すと、アルバは顔を歪めながらも手をとって立ち上がった。
「死ぬかと思ったぜ」
「謝罪しようか」
「……ふっ、要らねぇ。オレへの罰だろ、納得したよ。レメの野郎はマジで嫌いだけどな。おっと蔑んでるんじゃねぇぜ、相性 あいしょう の問題だ。それくらいは仕方ないだろう?」
何故か、アルバは嬉しそうに笑った。
「え、首絞められて笑ってる。このパーティーなんか闇 やみ が深いような……」
「新入りにゃ分かんねぇよ。この男は何年経 た っても仲間と距離を空けてたようなヤツなわけ。大親友以外とは、どういうわけか一線を引いて接してた」
……そんなふうに思っていたのか。
単に人と話すことがいまだに得意ではないだけなのだが。もしかすると私の態度が、レメを嫌わせる理由の一つになっていたのかもしれない。
……昔から、迷惑を掛けてばかりだなぁ。
一緒のパーティーになって恩を返す筈が、出来なかった。
「それが、コホッ、感情バリバリ剝 む き出しにしたんだ。あーぐそっ、いってぇ……。これぐらいは、どうってことねぇっつの」
「明らかにどうってことあるでしょう」
「うるせぇオレの心配をするんじゃねぇよクソエルフ。鳥肌立つだろうが」
「なんて失礼な人。それとも、柄にもなく照れているのかしら」
「あぁん?」
「……君ら、懲りてないでしょ」
アルバとリリー、そしてラークは通常運転に戻った。
ベーラだけが「え……丸く収まってるんですか、これ?」と困惑している。
「アルバ、ラーク、リリー、そしてベーラ。私と君達、この五人で魔王城を完全攻略する。難攻不落の魔王城を落とせば、世界ランク一位への道はグッと近づくだろう」
全員を見回す。
「君達の力は、私が認めた。だから、二度とくだらないことを考えるな」
アルバが鼻を鳴らし、ラークが肩を竦 すく め、リリーが頷き、ベーラは黙ってこちらを見た。
「私達の戦いに敗北はない。何故なら──」
親友の言葉を思い出す。
「勇者とは、最後に必ず勝つからだ」
自分の心に深く刻まれている言葉。
唯一 ゆいいつ 憧れた勇者が幼い頃に、何度も見せてくれた戦いと勝利。だからこそ、フェニクスは疑ったことがない。いや、絶対に噓に出来ないと思っていた。
必ず勝つのが勇者だ。だから自分は負けてはならない。
「君達が私を一番の【勇者】にするというなら、私は君達を世界一の冒険者にしよう」
歩き出す。
「さぁ、ダンジョン攻略だ」
◇
「おかえりなさいませっ、ご主人さま~」
「……………………」
私は一瞬幻覚を疑った。明らかにおかしな光景が目の前に広がっていたからだ。
私達は魔力体 アバター に精神を移し、記録石で前回攻略した第四層の先にあるセーフルームに転送された。
魔王城の階層情報はほとんど無く、第四層は私達の攻略によって世界に初めて知られたくらいだ。
過去第七層まで到達した人類だが、魔王城の階層情報はフロアボスが変わるとリセットされる。
先代の頃に何かあったのか、当代の魔王の配下は若い者中心になっているようだ。
実力はなるほど魔王城に相応しいが、歴戦の猛者というには若すぎる。
そして第五層。これまた情報の無い階層だ。
セーフルームの扉を開き、一歩踏み出した瞬間のことである。
何故か喫茶店 きっさてん のような場所に続いており、店内には美女が大勢いた。
それも、全員がメイドのような格好 かっこう をしているのだ。
「旦那様 だんなさま 、お嬢様、お疲れでしょう? わたくし共が、身も心も癒 い やして差し上げますからね?」
「……なんだ、これは」
◇
「これはやりにくいだろうなぁ」
僕は司令室にいた。ダンジョン内のカメラが映す映像を確認出来る他、トラップの発動タイミングや冒険者の攻略状況などを魔物に伝えることが出来る。
正面の巨大な画面は幾つにも分割され、一つ一つがカメラの映像を映し出している。
今は第五層に入ってすぐの場所を画面に展開。メイド服の女性達が、喫茶店に満ちている。
ちなみに第五層の防衛に僕は関 かか わっていないし、他の職員もこの場にはいない。
「さぁ、新生フェニクスパーティーの力を見せてくれよ」
映像を見ながら、僕は先日の出来事を思い出す。
一昨日。つまり参謀になると決めてから初めて出勤した日。
僕はマルコシアスさんの後にも、多くの魔物に挨拶 あいさつ をしようと出向いた。
マルコシアスさんの時ほど好意的でスムーズとはいかなかったが、契約をしてくれる人もいたし、力を見せてくれと言う人も、働きぶりを見てから判断すると言った人もいた。
どの人の意見も間違っていなくて、考え方の違いにすぎない。全 すべ て納得。
ちなみに契約してくれたのは第一層のフロアボス【地獄の番犬】ナベリウスさんとその配下【不可視の殺戮者 さつりくしゃ 】グラシャラボラスさんや、第二層のフロアボス【死霊統 す べし勇将】キマリスさんとその副官である【闇疵 あんし の狩人】レラージェさんなどだ。
この四人はマルコシアスさんと概 おおむ ね同じ動機で、つまりはフェニクスパーティーへの再戦が望み。
基本的に魔物のダンジョンネームと共に『【 】』で表現されるのは種族。
ただしフロアボス相当の強さを持つとダンジョンが認定した場合は、個別の銘 めい を与えられる。たとえばミラさんを魔物として表現するなら、単に【吸血鬼】か【吸血鬼】カーミラだけど、実際は【吸血鬼の女王】カーミラなどと言われることが多い。
冒険者側としても強そうな敵の方が盛り上がるし、倒した時に箔 はく がつくので魔物の銘は歓迎しており、配信動画でも積極的に触れる。
【吸血鬼の女王】カーミラ撃破! 【人狼 じんろう の首領】マルコシアス一刀のもとに斃 たお れる! などだ。
【勇者】を【炎の勇者】【氷の勇者】と表現するのに似ているだろうか。
とにかく銘でイメージを刺激するのだ。その点、希少な種族などは強さのイメージがつき辛いので、銘でどんな敵かを示す。
僕にも銘が付けられる。今魔王様が考えてくれているところだ。
フェニクス達とあたっている魔物は、銘を【恋情 れんじょう の悪魔】、ダンジョンネームをシトリーという。
僕が初めて魔王城の会議室に招かれた時、唯一欠席していた四天王だ。
彼女はネコ科を思わせる瞳と、ピンクの髪をしている。小柄で顔も小さく、見た目には十代前半の少女といった感じ。ツインテールに結 ゆ われた髪も彼女を幼く見せていた。
中々女性の魔物と僕を会わせようとしないミラさんだったが、シトリーさんには会わせてくれたし、会話中も特に介入してこなかった。
シトリーさんは僕の参謀就任をあまりよく思っていないらしく、魔王様に最も近い地位が、四天王から参謀に変わってしまったことを悔しがっていた。
それだけ【魔王】ルーシーさんが慕 した われているということ。
彼女は僕を見ると「可愛 かわい くない」と拗 す ねたように言って、配下のところに行ってしまった。
まぁいきなり信用されることの方がおかしいのだ。全体で言えば順調すぎるくらいに順調。
僕の担当は、やはり十層だった。だが十層のフロアボスの他に、別の仕事も割り振られた。
それは──っと、今は画面に集中しないと。
僕はメイドに満ちた喫茶店を見る。彼女とその配下は、中々ダンジョン攻略では見かけない方法で冒険者を倒すのだ。
◇
部屋に入った瞬間から、妙な感覚がしていた。加えて、この甘い匂 にお い。思考に靄 もや を掛け、難しいことが考えられなくなるような香り。
「えー、それ魔法剣ですかぁ? すご~い、初めて見た~。触ってみてもいいですか?」
一人のメイドがアルバに近づく。普段ならば敵の接近をそう易々 やすやす と許すアルバではないが、どういうわけか警戒は無し。
「あ? ……あ、あぁ。構わねぇよ?」
何を馬鹿な──いや、『魅了』か!
よく見れば、メイド全員が側頭部から上向きの角を生やしているし、腰近くから蝙蝠のような翼が生えているし、先端が鏃 やじり のような形状をしている尻尾 しっぽ が生えている。だが強く意識しなければ、それらが印象に残らない。
『魅了』はサキュバスやインキュバス……【夢魔】が持つとされる魔法だ。
人間と魔族が争っていた時は黒魔法に分類されていたようだが、現代ではそもそも【夢魔】がダンジョンに現れることはほとんどない。
『ネタダンジョン』などと言われる極端な雇用や構造で注目を集めるダンジョンで見かけることがあるようだが、普通は無い。
理由は幾つかあるが、要するに全年齢向けではないのだ。
世間が求めるのはドキドキとワクワクと爽快感 そうかいかん だ。戦いの熱量を求める者や、恐ろしい魔物を好む者もいるが、分かりやすく格好良 かっこうよ くが基本。
『魅了』は分かりやすく格好悪い姿を晒 さら してしまうし、画面の向こうには『魅了』が届かないので視聴者を置き去りにしてしまうし、敵の攻撃による画面の変化が勇者パーティーの発情しかないので見るに堪えないし、何より一般的に想像される『魔物との戦い』とは掛け離れてしまう。
彼女達は顔を隠すことを好まない。その美しい顔貌が晒されていては、種族的特徴があろうともどうしても『美女を攻撃する勇者達』という構図になってしまうのだ。
以上の理由から需要が無く、ダンジョン側も【夢魔】を雇うことは少なくなっていった。
だが、それは実際に出てくれば厄介 やっかい ということ。
【戦士】は攻撃力と機動力がウリだが、その分魔法耐性が低い。パーティー内で真っ先にアルバが『魅了』されてしまうのも無理は無かった。
──まずいな、このパーティーには【白魔導士】がいない。
広い店内を埋め尽くす程の美女、放たれる『魅了』。
見た目には美女の集団が微笑 ほほえ みながら近づいているだけだが、窮地 きゅうち だった。
私とベーラは【勇者】である為抵抗 レジスト 出来るが、それでもクるものがある。心を強く持たねば、攻略中など関係なしに誘いに乗ってしまいそうだ。【勇者】でこれなのだから、それ以外の【役職 ジョブ 】は抗 あらが えないだろう。
ラークは盾 たて を落としかけているし、リリーは弓を構えもしない。
戦闘能力とは別のところでの戦い。
更に【夢魔】は、現代のダンジョン防衛において有利な存在でもある。
私達は全員、魔力体 アバター で攻略と防衛を行う。
魔力体 アバター は魔力で出来ている。
そして【夢魔】が支配下に置いた人間から吸う生気や精気とは、魔力のことを指す。人間状態なら体内魔力をゆっくり吸われるだけだが、全身が魔力で出来ている魔力体 アバター で吸収 ドレイン されると、身体そのものが崩れていってしまう。
「こ、これ……は、てれびで、あはは……つかえる、かな」
ラークはまだなんとかダンジョン攻略への意識が残っているようだ。
確かに局はこれを喜ばないだろう。後で魔王城へ抗議するかもしれない。だが内容の明かされていない層への攻略を決めたのは自分達。
入った以上は勝利を目指すべきで、視聴者への受けなどは一旦置いておく。
さすがは魔王城の魔物というべきか、遠距離からの吸収 ドレイン が出来るようだ。
直接接触よりも効率は落ちるようだが、いかんせん数が多い。
庇うことも出来ないので、速やかに敵を全て退場させるのが最適か。
「……あ、リーダー。私に任せてください。ちょうど、新人としてアピールするタイミングがほしかったので」
私と同じく【勇者】であるベーラが進み出た。許可するように私が頷いた、その瞬間。
「え」「きゃ」「な──」と小さな悲鳴が幾つも上がる。
そして、すぐに全ての敵が氷柱の中に閉じ込められた。
「……大した展開力だ」
広い店内を埋め尽くすようにしていたメイド達が一体ずつ、時に数体まとめて氷結された。
他の三人はまだ魅了の余韻が残っているのか、ぼうっとしている。直 じき に元に戻るだろう。大きく身体の崩れている者はいないが、脆 もろ くはなっている筈だ。
「一つずつに込める魔力を少なくしているんです。そうすると、威力は下がりますが展開が早くなって、数も用意出来る」
十三歳ということは、【役職 ジョブ 】を得てから三年。大体三年で冒険者育成機関の課程を卒 お えることが出来るから、ほとんど出たて。
まだ魔力操作に甘いところはあるが、将来有望な【勇者】と言えた。
「前回の【黒魔導士】さんがどれだけ優秀だったかは分かりませんが、私の方が分かりやすく役に立ってみせます。それが求められているのでしょうから。顔面的に美女じゃないのは、実力で補う感じでいければと」
【黒魔導士】を追い出し【勇者】を入れるのは、戦力強化と人気獲得の為。それくらい誰でも想像がつく。意外だったのは、レメが無能故 ゆえ に追い出されたと決めつけていないこと。視線で私の言いたいことが分かったのか、ベーラは自嘲 じちょう するように笑う。そして彼女は口を開いた。
「本当に親友贔屓 びいき なだけなら、アルバ先輩を追い出す方が自然です。でも貴方は好き嫌いでチームメンバーを選ばなかった。そんな人が認めているなら、世間が言うほど無能ではないのでしょう」
ですが、とベーラは続けた。
「もし四位に相応しい【黒魔導士】だったなら、実力を隠してた理由が分かりません。まさか悪魔に魂でも売って、黒魔術や古 いにしえ の邪法を修めていたわけでもないでしょうし」
ベーラは自分で馬鹿げたことを言っている自覚があるのか、半笑いだった。私は呆れではなく半分当たっていることに表情を歪めたのだが、ベーラはそこには気づかなかったようだ。
魂は売ってない。ただ、師事し、鍛えられただけだ。
「黒魔術でもない限り、秘密にすることなんてないんだから言ってしまえばいいのに。とか、何も知らない新人は思ってしまうわけですけど」
黒魔術だから秘密にしていたのだ、とは言えない。一瞬探るような視線を向けるベーラだったが、私が何も言わないでいるとすぐに引いた。
「それにしても、ここ放送に使われますかね?」
生放送は滅多 めった にない。基本的には局が映像を買い取り、視聴者に受けそうな編集をして放送する。この攻略に無関係な会話もカットされるだろう。
追放された【黒魔導士】への会話というと気にする人間もいそうだが、ベーラは否定 ひてい 派ではなく、実力に関してはあったものとして考えてくれている。
テレビ的には面白くない会話だろう。
「全カットとかしないでいただけると……私としてはなるべく早くフェニクスパーティーの一員として認めてもらいたいので」
フェニクスパーティーのメンバー補充は世界中で話題になった。
精霊と契約している【勇者】であるベーラが見つかった為にすぐに募集を打ち切ったが、まだ納得出来ていない者も多い。連日我こそはという冒険者がメンバーの誰かしらに連絡してくるのだ。
「この五人で魔王城を攻略すると言っただろう?」
「それでも価値は示さないと。ここは実力主義のようなので」
二人の話はそこで終わる。三人がなんとか回復したからだ。
「あー……クソッ。二日酔いみてぇな気分だ」
「……自分が情けないです。フェニクス、ベーラ、申し訳ありません」
「……悪夢だねこれ。あのー、僕らの醜態はいい具合に短めに編集して、ベーラの氷結ぶっぱを前面に押し出すようにしようよ。正直 しょうじき 見られたくないけど、【夢魔】なんて滅多にいないし注目はされると思う」
「……でもラーク先輩は先程、テレビで使えるかな? と」
「珍しい魔物、苦戦する勇者パーティー、だが期待の新メンバーによって窮地を脱する──ってのがいいんじゃないか。僕らの恥ずかしいところは、テレビがフォローしてくれるさ」
三人が魔力体 アバター 修復薬を使った。
淡く光る薬液で満ちた試験管。蓋 ふた を開け、一気に煽 あお る。
損なわれた魔力を一時的に補充するアイテムで、一回限りの消耗品。これで補充した魔力はダメージ以外にも一定時間ごとに抜けていくので、回復薬ではない。一回の攻略で使用出来るのは一人一回まで。ただし二層以上を連続で攻略する場合は一階層一つまでとなる。
それとは別に、セーフルームまで辿り着けたらそこで一人一つまで購入可能。ただし修復薬は高価であることや、視聴者のウケがよくないことから冒険者に好まれない。それでも今この状況では必要だった。
「『難攻不落の魔王城』か。これあれだな、一応は魔族の本拠地って『設定』だからよ、それに沿って最悪魔物全部盛りなんじゃねぇか」
「確かに一層から珍しい魔物がいましたね。さすがに全種族は揃 そろ えられないでしょうが、有名な種は揃えているかもしれません」
「パーティーは五人だから、【白魔導士】がいない場合【勇者】以外を酷 ひど く消耗させる【夢魔】って脅威だよね。普通出すなよって思うけど……魔王城くらいになると一周回ってアリかもしれない。そのあたりは、最初に攻略するパーティーとして割り切らないと」
最初以降の者ならば対策を練って攻略に臨めるが、私達はぶっつけ本番。一度負ければ一層からやり直しで再挑戦可能だが、負けるつもりはない。
「問題はこの層だと、僕ら三人が役立たずになることなんだけど」
「……矢を放ちます。……『魅了』の効果範囲外から攻撃出来ればですが」
「ならオレだって魔法剣使うっつの。こんなごちゃごちゃした空間じゃあどうしようもねぇ。突破力のあるパーティーを崩す為の空間と配置だろこれ」
三人の言葉を聞き、私は決断する。
「私とベーラが先行する」
「あ、じゃあ私が先頭に立ちます。リーダーはご指示を」
魔王城でも魔法が上手く決まったことで自信がついたのか、ベーラの声には心なし張りがあった。
「では、任せよう」
「はい」
彼女が氷柱を避けながら進んでいく。
閉じ込められた【夢魔】は氷魔法のダメージからほとんどが退場しており、そうでないものもじきにそうなるだろう。魔力体 アバター では血は流れない。代わりに魔力が流れる。痛みは無い。だが衝撃は感じる。これは不思議な感覚だが、すぐに慣れるものだ。
また呼吸の必要がないが、本来生きるのに必要な機能は擬似的にでも再現しておかないと肉体に戻った時に問題が生じる場合があるらしく、空気を吸ってはそのまま吐き出している。
彼女が、垂れ幕で隠されていた次の空間への扉を見つけ──絶句した。
「どうした?」
訊くが、答えは得られなかった。
だがすぐにベーラが何を言いたかったか理解することになる。
「ダメでしょ~。退場してない敵の近くで他に目を向けるなんて」
氷漬けになっていたうちの一体、ピンクの髪をした少女が氷柱を砕き脱出、一瞬の隙 すき を衝 つ いてベーラの胸を腕で貫いていた。
魔力の粒子がきらきらと舞い、致死レベルのダメージを負ったベーラの身体が崩れていく。
「あ……」
ベーラが私を見た。ごめんなさい、と言おうとしたのか。途中で彼女が完全に消えた。
退場だ。死ぬわけではないが、今回の第五層攻略には戻ってこられない。
彼女が最後の力を振り絞り、垂れ幕を思い切り引っ張る。落ちる幕、露 あら わになる扉。
その扉には、セーフルームに繫がるものにだけ描かれる、ダンジョンの紋章が描かれていた。
つまりここは、入ってすぐがフロアボス戦の階層だったのだ。【夢魔】の中に、フロアボスが隠れていたのだ。そして、それはおそらくピンク髪の少女だろう。
油断しており、経験の浅い新人とはいえ【勇者】を一撃で退場させる腕前の持ち主。
彼女が息を深く吸う。すると散ったベーラの魔力が、彼女の口内に飲み込まれていった。
──吸収 ドレイン を人間以外にも行える? なら氷柱もそれで突破したのか。
まだ退場していなかった他の【夢魔】達も続々と氷柱を砕いて出てくる。
数は七と相当減ってはいるが、再び仲間に『魅了』を掛けられるのは厄介だ。
「ちょっとびっくりしたけど、さすがにあの早さで皆凍らせるには、魔法威力を下げる必要があったみたいだね」
「いきなりフロアボスと戦うことになるとは」
「君、フロアボスは一撃で倒すんでしょ? 氷の子が何もしなかったら、君が炎を使ってたよね。そうしたら、君の気取ったやり方が失敗に終わったのになぁ」
「その時は、貴方ごと一撃で焼き払うことになっただろう」
「……可愛くない子だね」
「【勇者】は格好いい存在でなければならない」
「君、嫌い」
「私は貴方を好ましく思う。勝利の為に策を講じ、難敵を最小の労力で退場させる。【勇者】以外の戦力も削 そ いだ。実に優秀な魔物だ」
「その割には、君達は真 ま っ直 す ぐなやり方ばかりじゃん」
「そういう【勇者】に、人々は憧れる」
聖剣──精霊が宿ったことで普通の剣が聖剣になった──を鞘 さや から抜く。
これがフロアボス戦ならば、仲間の消耗に気を遣う理由も無い。
「あぁ、クソッ!」
アルバが魔法剣を伸ばさず、単なる剣として振るう。近づこうとしていた【夢魔】が大きく引いた。ラークは盾で敵を弾 はじ き、リリーは弓ではなく鉈 なた で応戦。
数が大幅に減ったことで『魅了』にも多少耐えられるようになったのだ。
彼らも、自分の為 な すべきことは分かっているだろう。
「私達の戦いに敗北はない」
剣から噴き上がる魔力を見て、少女は顔を引 ひ き攣 つ らせた。だが戦意は消えていない。
──素晴らしい。
「でも、一人減った。魔王サマに辿り着けるなんて思わないで」
「【炎の勇者】フェニクス、貴方を倒して先へ進む者です」
「……【恋情の悪魔】シトリー……君、ほんと大っきらい」
豪炎を纏 まと った聖剣を手に、私はシトリーへと突き進む。
その日、私達は第五層を攻略。可能な限り早く、第六層へと攻略を進めることに決定した。