Impregnable 1

「うーん」

 それはミラさんとのデ……お出かけから数日後のこと。

 僕は参謀用にと用意された執務室で頭を悩ませていた。

 僕の担当する第十層は、前任のフロアボスが使っていた空間をそのまま利用することになった。

 大きな改装は間に合わないとのこと。その第十層というのが、入ってすぐボス戦という作りなのだ。それはいいのだが、前任者とその配下達は引き抜かれるなり辞めるなりしたとのことで、人員はゼロ。

 今回は他の層から人を借りたり、魔王様から譲り受けた指輪で契約者達を喚 よ び出すなどで乗り切るしかないだろう。

 僕は契約状況と借り受ける人材を整理し、誰にどう動いてもらうかなどを考えていた。

 執務室の机で、卓上の紙にあぁでもないこうでもないとペンを走らせる。

 フェニクスパーティーのことはよく知っている。元仲間だ。だからこそ分かる。

 フェニクスが、強すぎるのだ。他のメンバーは付け入る隙がありそうだが、あいつは違う。

「レメさ──っ。さんぼー! ただいまもどりましたっ」

 とてとてと僕の前まで小走りでやってきたのは、犬の亜人にして僕の秘書である童女 どうじょ ・カシュ。

 彼女は毎度律儀 りちぎ にノックをするので、僕が聞き逃したのだろう。考えごとに集中しすぎたようだ。

「おつかれさま。マルコシアスさんはなんて言ってたかな」

 カシュには主に僕のスケジュール管理と、他の層の魔物さん達との連絡役をしてもらっていた。

 これがかなり助かっている。カシュは健気で働き者で可愛いので、他の職員達にも大人気。

 戻ってくる時にお菓子の山を抱えてくる時もしばしば。ついついあげたくなるのだろう。分かる。

「『いつでも大歓迎だ、兄弟!』と仰ってたので、さんぼーのすけじゅーるの中から空いている日をおつたえしておきました」

 第四層フロアボス・【人狼 じんろう の首領】マルコシアスさん。敵として戦ったことがあるが、あの時はフェニクスが一撃で倒してしまった。

 今は共に戦う仲間ということで、もっと詳しく彼の能力を知っておきたかった。

「ありがとう、カシュ。助かるよ」

 僕が微笑 ほほえ むと、彼女の表情がぱぁと華やぐ。

「わ、わたしはさんぼーのひしょなので……!」

「うん、カシュが秘書で良かったよ」

 カシュは顔を赤くして、俯いてしまった。小さな手でスカートの裾 すそ をぎゅっと握り、ぺたんと倒れている犬耳はぱたぱたと震えている。照れているようだ。

「あ、そうだ。今日の仕事はここまでにしようか」

 僕は作業を切り上げ、席から立ち上がる。

「え? まだおひるすぎ、ですよ?」

「うん。でもほら、約束があったろう? 一緒に魔王城近くを散策しよう、ってさ」

 ぴくっ、とカシュの耳が揺れた。

「は、はいっ。おぼえています」

 ミラさんとカシュ。二人とのお出かけの約束は同時。ミラさんとは済んだのに、カシュとはまだ。

「仕事も大事だけど、職場の近くに何があるかも分からないのはちょっとね。もしカシュが良ければ、一緒に回ってくれないかな?」

 考えごとがまとまらない時は、気分転換も重要。

 カシュの首が高速で上下に動いた。こくこくこくこくっ、って感じ。

「わ、わたしもレメさんとお出かけしたいですっ!」

 胸の前で両腕をぐっと握り、興奮気味に語るカシュ。

「それじゃあ、行こうか」

 そうして僕らは、少し早めに職場を後にした。

「あ、あのっ、レメさん……」

 カシュが躊躇 ためら いがちに僕を呼ぶ。すすす、と距離を縮めてきたことで意図を汲 く む。

 そっと手を差し出すと、カシュは安心したように唇 くちびる を綻 ほころ ばせ、自分の手を僕の手に絡めた。

 二人手を繫いで、魔王城裏に広がる亜人御用達 ごようたし の通りを散策する。

 色々目移りしてしまうが、カシュが強い興味を示したのはある店の前だった。

 看板には『スキュレーデザイン事務所』と書かれている。

「じつは……みなさんに色々おはなしを聞いていて」

 カシュが言うには、この事務所は魔王城の魔物達の魔力体 アバター デザインを考案しているのだとか。

 魔力体 アバター 衣装は、その道の素人である冒険者や亜人が自分で考えるのではなく、多くがプロのデザイナーさんに発注する。なんとなくのイメージを伝えたり、出来上がった案を見て意見を言うことはあるけれど。

 僕は魔王様が「任せておけ」と言っていたので彼女にお任せすることになったが、魔王様もここに足を運んだのだろう。一応、僕の方からも要望は出させてもらったけど、そこ以外はお任せした。

「わたしも、いつかここにお願いして、魔力体 アバター を考えてもらいたいんです」

 カシュの夢は、秘書ではなく魔物として僕に協力することだと、以前聞いた。

「そっか」

「は、はいっ! あの、それじゃあ、行きましょう」

「外から見ただけでいいの?」

「わたし、まだ子供なので。おきゃくさんに、なれないので」

 冷やかしになってしまうので、入店するべきではないという考え。

「ちょっと待ったぁっ!」

 僕らが回れ右したところで、店から誰かが飛び出してきた。

「ひゃう!」

 カシュが飛び上がって驚き、僕にしがみつく。

「お待ちなさいそこの犬耳幼女ちゃん。あなたもしかして……カシュちゃんではなくて?」

 出てきたのは、蛸 たこ の人魚 にんぎょ のお姉さんだった。上半身が人間の女性で、下半身が八本の触腕 しょくわん 。

「……何故この子の名前を?」

「何故って、このあたりに子供が歩いているのは珍しいし、犬耳で可愛くて人間 ノーマル と一緒にいるってことは、あれでしょう。噂の幼女秘書カシュちゃんでしょう。最近魔王城の人からよく聞くもの。ルーシーちゃんも言ってたもの!」

 ……情報源は魔王様か。

「うちを見ていたわよね? ご用件は? いえ、言わなくていいわ! そしてオーケーよ! 全てわたしに任せなさい! あなたに合う衣装を考えましょう! お代? そういう話は後よ!」

 興奮気味に語る女性が、触腕をカシュに伸ばす。

 僕はカシュを庇うように前に立つ。

「……あの」

「そう警戒しなくていいわ。わたしはただ、カシュちゃんの話を聞いてからどんな子かなどんな服似合うかなと考えていただけの、天才デザイナーだから」

 危ない天才デザイナーさんだ。僕が警戒を解かないのを見て、女性は肩を竦 すく める。

「ミラから聞いていたのよ。もしかしたら来るかもってね。彼女とは友人でもあるし、友人の友人を無下 むげ にするわたしではないわ。もし興味があるなら、どう? 少し見ていかない?」

 僕はカシュを見る。しばらく悩んでいたようだが、やがて小さく頷いた。興味はあるのだろう。

「じゃあ、少しだけ」

 事務所内はスッキリした空間で、応対用のソファーと机以外は、奥へと続くカウンターしかない。

 壁には額に入った写真が飾ってある。魔王城の魔物達だ。全てここでデザインされたものらしい。

「あのねカシュちゃん。実は何パターンかもう考えてあるの。というか試しに作ってみたの。着てみてくれない?」

「え、え……あの、えと、でもわたし、おかね……」

「いいのよ。業務時間外に趣味で作ったものだから……でもそうね、写真を撮らせてもらえたら、とても報われる思いだわ……はぁはぁ」

 ……………………。

「そ、それくらいならっ」

「じゃあ奥へ来て。あ、男はここで待ってて。女性の着替えを覗こうというのでなければね」

「……カシュ。何かあったら大声で叫 さけ ぶんだよ」

「ちょっと、それだとわたしがいやらしいことでもするみたいじゃない。変態じゃないんだから」

 猛烈に不安だったが、僕なら魔力の流れである程度は状況を把握出来る。少し離れるくらいならば問題ない。なによりも、カシュが興味を示しているのだ。邪魔はしたくなかった。

「で、ではっ、いってきます」

「うん、待ってるよ」

 笑顔で送り出す。万が一にでも何かあったらカシュのお母さんに合わせる顔がないので、全神経を集中させて状況把握に務めた。

 魔力体 アバター 生成は別にするので、彼女の用意したものとは衣装のみのこと。

 待つことしばらく。

「ぐはぁっ……!」

「だ、だいじょうぶですかっ!? 」

 という声が奥から聞こえてきた。

「え、えぇ大丈夫よ。あまりの可愛さに身体 からだ が吹き飛ぶほどの衝撃を受けただけだから」

 それは大丈夫なのだろうか。

「か、かわいい、ですか……? え、でもわたし……さんぼーの助けになれるくらい……つよい魔物さんに……」

「! も、もちろん強そうよ! でもそうね、こういうのって衣装だけじゃなくて振る舞いも大事だったりするものだから。たとえば……ごにょごにょ……というふうにすると、恐怖を煽 あお ることが出来るかもしれないわ」

 ごにょごにょの部分は耳打ちしたのか、よく聞き取れない。

「な、なるほどっ!」

 カシュは感銘 かんめい を受けたようだ。

 そして、ついにその姿を僕の前に表す。

 [image file=Image00027.jpg]

「────」

 現れたカシュに、僕は衝撃を受ける。なるほど、身体が吹き飛ぶほど。納得である。

「が、がお~。か、かみくだいたり、きりさいたりしちゃうのです……!」

 着ぐるみ風の衣装だった。一応、狼 おおかみ がモチーフなのか。カシュが被るフードは、耳付き。

 そしてその手はぷにっとした肉球つきの爪になっている。

 それを脅かすように掲げて、小さな口をせいいっぱい大きく開けて脅し文句 もんく を口にするカシュ。

 後ろのデザイナーさんは床に倒れてぴくぴくしながら鼻血を流している。

「わたしの目に狂いは……なかった……わ」

 目を閉じた彼女の首がカクンと傾く。カシュのあまりの可憐さに意識が耐えられなかったようだ。

「くっ」

 僕の方は、なんとか片膝 かたひざ を床につく程度で済んだ。普段からカシュを健気さと可愛さを知っているからこそなんとか耐えられた。そうでなければ危なかっただろう。

「ど、どうでしょうか、さんぼー。魔物さんになれてますか?」

 なれてない。こんな可愛い魔物に攻撃出来る冒険者がいるものか。そういう意味では最強の魔物と言えるかもしれないが。

 しかしそれをそのまま言うわけにはいかない。

 カシュは真剣に、恐ろしく強そうな魔物になりきっているのだ。

「とても素敵だね」

 立ち上がった僕は、優しげな微笑を意識しながら言葉を掛ける。

「ほんとですかっ!」

 表情を輝かせるカシュ。

「もちろん。でもカシュはまだ【役職 ジョブ 】も判明していないから、これに決めてしまうのは早いかもしれない」

「な、なるほど……」

 真剣な表情で頷くカシュ。

 その後、起き上がったデザイナーさんによる撮影会が始まり、あらゆる角度からカシュを撮った。

 八本の触腕と人間の両椀で合計十のカメラを操る様はすごかった。

 止まらない鼻血と荒い息さえなければ、その器用さに驚嘆 きょうたん 出来たかもしれない。

「さ、最高だったわカシュちゃん。わたし、将来あなたの魔力体 アバター を担当するのを楽しみに、これからの人生を歩んでいこうと思う」

 謎の決意を漲 みなぎ らせるデザイナーさん。

 色々言いたいことはあったのだが、カシュの嬉しそうな顔を見てぐっと呑み込む。

 少々性格や嗜好 しこう に問題があろうと、カシュを傷つけず、その上で喜ばせたのだ。文句は言うまい。

「あのっ、ありがとうございました!」

 ぺこりとお辞儀するカシュ。

「いつでも来てちょうだい。ほんと、いつでもいいからね」

 そうして、僕らは事務所を後にする。

「楽しかったかい?」

「はい! わたしはさんぼーのみぎうでになるのです!」

 やる気いっぱいのカシュ。

「それは楽しみだな」

「がんばります! マルコさんにもらったぷろていんも今日からのみます!」

 マルコシアスさんのところから帰ってきた時に何か持っていたが、プロテインだったのか。

「うん、それはまだ早いんじゃないかな」

「つよいまものになりたいので」

「それもいいけど、そうだ。近くにカフェがあったよ。魔王様オススメの絶品スイーツがあるらしいんだけど」

「スイーツ」

 カシュの瞳が輝き、一瞬よだれが垂れる。すぐに口許 くちもと を拭うカシュ。

「男一人で入るのは少し恥ずかしくてさ。カシュが付き合ってくれたら、嬉しいんだけど」

「そ、そういうことなら……。おともさせていただきます!」

「よかった。じゃあ、行こうか」

 僕らは手を繫いで、目的の喫茶店 きっさてん へと向かう。