さて、あれから数週間が経過したわけだけど。
僕はというと、絶賛就職活動中だった。世界四位のパーティーから抜けたはいいものの、次のパーティーはまったく見つからない。見つかっても、受け入れてもらえない。
一応、パーティーを探す方法は幾 いく つかある。
一つは人脈を駆使すること。残念ながらこれは使えない。
知人の数だけは多いが、僕への評価は『フェニクスのパーティーに何故 なぜ かいる【黒魔導士】』程度。肝心のフェニクスパーティーから抜けたことを考えれば、力を借りるのは難しい。
一つはメンバー募集のパーティーを探す。これはベターに思えるが、こういうのは基本的に求める【役職 ジョブ 】がハッキリしている。『急募・前衛職!』みたいな感じだ。間違っても【黒魔導士】が求められることはない。
一つは冒険者組合のマッチングサービスを利用する。お金も掛かるし絶対に仲間に巡り会えるわけでもないが、地道に探すよりも手っ取り早い。実は今日はこれを試しにきたのだ。
惨憺 さんたん たる結果だった。【黒魔導士】ってなんで存在してるんだろう。神様によるイジメなのではなかろうかと泣きたくなるほど、誰 だれ も欲しがっていなかった。
自分でパーティーを創るのも無理。パーティー創設が出来るのは【勇者】だけ。まぁ仮に僕が創設出来てもメンバーを集められないだろうから、この案はどっちにしてもボツだ。
「まずいな……」
実家に帰ることは出来ない。
僕が【黒魔導士】だと判明した時、両親は落胆した。まぁ仕方ない。【黒魔導士】が就 つ けるまともな職はない。冒険者が唯一 ゆいいつ だろう。それでも両親は僕の就職先を見つけてくれたが、結局僕はそれを蹴 け って冒険者になった。なもので、ちょっと顔を合わせ辛 づら い。
そうでなくとも、諦 あきら めるつもりはなかった。
「よしっ!」
僕は自分の顔をばしんと両手で挟み、暗い考えを頭から追い出す。
冒険者組合の支部から外へ出る。まだ昼間なので明るいし、街は活気に満ちている。
取 と り敢 あ えず……! 何か食べよう。お腹 なか が空 す いていた。
串肉でも食べようと市場の方に顔を出すと、一人の童女 どうじょ と目が合った。
すぐに僕だと気づいたらしく、彼女の犬めいた耳と尻尾 しっぽ がぱたぱたと揺れた。そのまま駆け出しそうな勢いだったが、彼女はぐっと堪 た え、代わりに手をぶんぶん振って存在をアピール。
僕は急遽 きゅうきょ 行き先を変更し、童女に微笑 ほほえ みを返す。そこは気のいい中年の大男が屋台を出す果物屋 くだものや 。
「よぉレメ」
「こんにちは。カシュも、こんにちは」
「はいっ! こんにちはです、レメさんっ」
亜人。広義にはゴブリンやオークを含む人に近い形をした生き物の総称。
ただ基本的には亜人と言えばほとんど人と変わらず、一部に種族的特徴を持つ者達を指す。
カシュは犬の亜人。茶色い毛髪はふわふわで、耳は人より高い位置に、ぺたんと垂れる形で生えている。つぶらな瞳 ひとみ は薄緑色。コロコロと表情が変わるので見ていて楽しい。
そんな幼い少女に、僕は懐かれていた。
「こんな金払いのいい常連さんを捕まえるとはな。やっぱ冴 さ えない男店主より、可憐 かれん な看板娘か」
店主のぼやきに苦笑を返す。カシュは店主の手伝いをしているわけではなかった。
屋台と屋台の隙間 すきま に布を敷き、その上には形の悪い果物が積み重なっている。店主が品物にならないと判断したものを、だいぶ値引きしてカシュに売らせているのだ。
といっても強制ではない。少しでも家計の助けになりたいと願うカシュに、彼女の母親と友人であるという店主が、ならばと今の形を提案した。
パーティーを抜けた翌日、かなり落ち込んでいた僕はたまたま働くカシュの姿を見て、とても勇気づけられた。励まされたといっていい。
カシュはまだ八歳。そんな少女でも懸命に働いている。パーティーを追い出されたからなんだ、落ち込んでいる暇などないだろうと。勝手に力をもらった僕はせめてもの恩返しとして果物を購入。
どうやら僕が最初の客だったらしく、カシュは大層喜んでくれた。
初めて労働で対価を得た時の喜びはよく分かる。その時の彼女の笑顔があまりに輝いていたものだから、ここのところ少し気分が沈むと自然とここへ足が向くようになっていた。
無垢 むく な笑顔を見ると、乾 かわ いた心に僅 わず かに潤 うるお いが戻る……気がする。
「今日は何にされますかっ」
興奮した様子で接客を始めるカシュ。
僕は幾つかオススメを見繕 みつくろ ってもらうと、一つを自分で齧 かじ り、一つをカシュにあげた。
カシュは最初こそ遠慮を見せたものの、僕が腕を引っ込めないのを見て、顔を綻 ほころ ばせながら受け取ってくれた。皮の赤い拳大 こぶしだい の果実は、身は黄色く僅かな酸味とさっぱりとした甘みが特徴的だった。球体というには歪 ゆが んでいるが、味に変わりはない。
「うん、おいしい」
僕が頷 うなず くと、カシュは嬉 うれ しそうな顔をした。
彼女も果物を両手で抱えて、そっと口をつけた。しゃく、と音がする。ぱぁ、と表情が輝く。
「で、どうなんだレメ。仕事は見つかりそうかよ」
「いやぁ、それがまったくで……」
「【黒魔導士】だもんなぁ」
「そうなんですよねぇ」
「く、【黒魔導士】もかっこういいと思いますっ!」
店主が僕を馬鹿 ばか にしたと思ったのか、カシュがふんすっと鼻息を荒くしながら言った。その優しさが胸に染 し みる。
「ありがとう、嬉しいよ」
僕が微笑むと、カシュが照れくさそうに俯 うつむ き、前髪を弄 いじ り始めた。指の隙間から見える彼女の顔は、赤くなっているようだった。
「黒魔法以外は使えたりしねぇのか?」
店主は店主で会って日の浅い僕を心配してくれている。
そう、世界全 すべ てが僕に冷たいわけではないのだ。
冒険者が【黒魔導士】を不要な存在だと見下しているだけで。
「無理ではないんですけど、どうにも適職以外のことに手を出すと大した成果が得られなくて」
【役職 ジョブ 】は適職を示してくれるが、それだけだ。
他の職種に興味を持っても、助けにはなってくれない。
「あーそうだな、分かるぜ。俺 おれ も仕立て屋になりたかったんだが、どんだけ練習しても【役職 ジョブ 】持ちには届かなくてなぁ」
「努力が報われるなら、その【役職 ジョブ 】持ちになっていたでしょうからね」
「ままならねぇな」
「割り切って、自分に出来ることをするしかないですね」
「だな。万が一ダメだったら、カシュの隣で果物売ってもいいぞ」
「あはは……ありがとうございます」
優しい果物屋さん達だ。
「きゃあ!」
少し離れたところから、そんな叫 さけ び声が聞こえた。
瞬時に視線を巡らせる。転んでいる御婦人を発見。
そして僕達のいる方向へ走ってくる怪しい男も視界に捉 とら えた。腕にカバンを抱えている。
続く御婦人の叫びでひったくりと確定。僕は少し考え、店主に声を掛ける。
「男の前を塞 ふさ ぐように立ってもらえますか? 大丈夫です、絶対に怪我 けが はさせません」
店主は僕が言うより先に道に出ていた。正義感の強い人だ。
「なんだレメ、何かしてくれんのか!」
「えぇ……まぁ、黒魔法ですからサポート程度ですけど」
男が迫る。
魔法というのは人を傷つけることも出来るわけで、それを取り締まる法もある。生活に必要な分をちょろっと使うくらいで逮捕されたりはしないが、あまり大っぴらに使っていいものじゃない。
だからというわけではないが、店主に主役になってもらおうと考えた。
ひったくりがナイフを振り回しながら通行人をどける。押しのけられて倒れる人もいた。
──捕捉完了。僕は周囲にバレないように魔力を練り、そして──男に魔法を掛けた。
「……っ!? 」
ひったくりが顔を顰 しか める。
次の瞬間には走る速度が歩行時よりも遅くなり、首を振り回し、手で喉 のど を押さえ始める。
「なんだ!? 重っ、急に暗くッ!? グゾッ、ぐるじっ」
一般的な黒魔法の効果は、正直他人には実感し辛い。能力減衰 げんすい ならば数パーセント、固定ダメージは体調不良程度、認識阻害は成功確率が低い上に持続時間が不安定だ。
たとえば、こういうことになる。
敵の【黒魔導士】がある冒険者に全力で黒魔法を掛ける。
攻撃力を三パーセント、防御力を三パーセント下げ、速度を心なし遅くし、思考に一瞬靄 もや を掛け、毒で気づかない程度のダメージを数秒から長くて数分、暗闇 くらやみ 状態で目に汗が入った程度に視界を阻害、混乱は五回に一回成功するかどうか。
とまぁ、こんな具合だ。ただ普通の【黒魔導士】は複数の黒魔法を同時に使えないし、出来ても二つ三つまで。前述のたとえは、個別に全力で行使した場合。
人数制限のない魔物側ならばいて困る存在ではないが、たった五人の枠を埋める程の価値を見出せないのも仕方がない。
じゃあ【黒魔導士】は魔物になれば? と思われる方もいるだろうが、そう上手 うま くいかない。
魔物はかつて魔族と呼ばれた種族が務める。
やはり敵というのは恐ろしい方が画面も締まるので、人の【黒魔導士】はお呼びではないのだ。魔物にも【黒魔導士】は多いし、わざわざ普通の人間を雇いはしない。
まぁ可能性がゼロとは言い切れないが、そもそも僕は冒険者でいたいのだ。
なんて考えているうちに、果物屋の店主がひったくりに躍 おど りかかった。
「アチョーッ! ハッァアアアッ! ドリャアアッッッ!」
謎 なぞ の叫びを上げつつ、まず手刀で相手の手首を叩 たた いてナイフを落とし、丸太のように太い腕で腹に拳を叩き込 こ み、くの字に折れたところで顔面にアッパーを決めた。
こう書くと迅速な動きに思えるが、実際の動作は緩 ゆる やかだった。
戦闘系の【役職 ジョブ 】持ちではないから仕方のないことなのだが。
それでも大柄で筋肉質なので、決まるとダメージはすごい。
「成敗 せいばい ッ!」
店主は自分の顔に手を当て、フッと微笑んだ。
テンションが上がるとこうなるのかぁ……と思いながら、僕は拍手する。
「すごい! 刃物を持った男をあんなにあっさりと!」
人混みに紛 まぎ れつつ、店主を称賛。退治される直前にひったくりを襲った異変に目を向けさせない為 ため でもあった。
目論見 もくろみ は成功。カバンの持ち主である御婦人が現れ感謝を述べたことで、周囲がドッと湧 わ く。
「ハッハッハ、いやぁ、人として当然のことをしたまでですよ」
実際、中々出来ることじゃない。僕がサポートすると言う前に飛び出していたし、パーティーをクビになった【黒魔導士】の魔法をあてにしてくれた。根が良い人間なのだろう。
僕はカシュに近づき、耳打ちする。カシュは驚いたように「きゃうっ」と身体 からだ を震わせたが、すぐにこくこくと頷いた。顔が赤い。
「て、てんちょーっ、かっこいいです!」
童女のそんな言葉に注目が集まる。当然その頃 ころ には僕は距離をとっている。
周囲の人々がカシュに気づき、店長という言葉に反応。カシュの隣には果物の屋台。今まさに武器を持った男を退治し、御婦人の荷物を取り戻した英雄の店が目前に。
御婦人を含め周囲の者達が屋台の前に殺到し、次々と果物を買っていく。
なんとなく、街路に立つ手品師の帽子 ぼうし に小銭を投げ込む感覚と似ているのかもしれない。
いい体験をさせてもらうと、その相手に何かを返したくなるものだ。
犯人の打倒を任せてしまったことへの礼には、足りないかもしれないが。
店主を見ると、視線が合った。
歯茎 はぐき が見える程の笑顔と、立てられた親指が向けられる。僕は店主に微笑みを返し、すぐにやってきた衛兵がひったくりを捕らえるのを確認してから、その場を後にした。
さて、僕は当然のように【黒魔導士】だ。だが十歳で【役職 ジョブ 】が判明してからのおよそ十年間、師に言われた訓練を欠かさず続けている。
魔法も筋力や戦闘技術のように、鍛 きた えれば伸びるものだ。
少々特殊な訓練の甲斐 かい あって、僕の魔法は『普通』の枠から外れている。
たとえばさっきのたとえで言うなら、攻撃力や防御力に加え速度を最大で五十パーセント低下させられるし、思考に断続的に空白を生じさせることが可能で、毒の固定ダメージ量も通常の数倍かつ長時間維持可能で、暗闇状態では視界が真っ黒に塗 ぬ り潰 つぶ される。混乱なら同士討 う ちさせることだって不可能ではなく、防がれない限り魔法自体が失敗することはない。
何故普通の【黒魔導士】ではないと仲間に言えないのか。これは師との約束でもあるのだが、理由もちゃんとある。
あまりに規格外だからだ。【黒魔導士】が「不遇【役職 ジョブ 】じゃん」なんて言われるのは、前述の通り効果が実感し辛いから。おまけに火や水と違い、黒魔法は実生活で何の役に立たないことも大きく評価を下げているだろう。
ただ、師や僕レベルまで効果を高めてしまうとちょっと問題が生じる。
今の黒魔法はかつて黒魔術と呼ばれた術式を劣化 れっか させたものだと言われている。魔王が人類の敵だった時、街の人間全員を『毒状態』にして殺戮 さつりく したこともあった。
師匠は多分、黒魔術の遣い手だ。今でも世界に危険視される力。それを、【黒魔導士】になったくせに冒険者を諦められないガキがしつこく頼み込むものだから、仕方なく訓練をつけてくれた。
師は世俗に興味がなく、村のはずれに一人で住む老人だ。静かな老後は、僕経由で情報が漏 も れれば崩れてしまうかもしれない。
確かに、僕が出来ることを話せばあのパーティーに残れたかもしれない。
倒された魔物は言い訳をしない。だからこれまでは上手くやれていた。だが仲間……特にアルバは騒ぎ立てるだろう。隠すなんて出来ないし、しない。
唯一無二の【黒魔導士】となれば話題性は充分。
最強の【勇者】と規格外の【黒魔導士】。しかも二人は幼馴染 おさななじみ で親友同士。
アルバは上へ行く為にビジュアル、強さ、【役職 ジョブ 】人気、話題性など必要なものを総合的に求めているわけで、僕がそれを満たせるなら認める筈 はず だ。
ただ、昔から人類の味方である勇者の力が大きいのと、大昔とはいえ人類を恐怖のどん底に落とした黒魔術とでは、国側の警戒度が段違いだろう。
まず間違いなく師のことが露見 ろけん し、迷惑を掛けてしまう。恩を仇 あだ で返すことだけは出来ない。
仲間に真の力がバレないようにしつつ、仲間達の勝利に貢献すべく一切 いっさい 手は抜かない。
それが、師匠が僕に課した弟子 でし になる条件。結果的に見下され続け、最終的に追い出されることになってしまったのだが、並より上程度の力を見せたところでアルバは納得しない。
【黒魔導士】の不人気が追放の理由なのだから。
不人気を覆 くつがえ す程の力となると黒魔術だが、それは出来ない。そういうわけで僕は【勇者】フェニクスの金魚のフン扱いで、ついにフンがとれたと皆喜んでいるわけだ。
「見ていましたよ」
「え」
驚いた。突然の声そのものではなく、その人が僕を見つけたことに。
今の僕 を見つけられるなんて、普通ではない。
僕の視界に入ってきたのは、一人の女性。
金色の長髪に、紅 くれない の双眼 そうがん 、豊満な胸にくびれた腰。抜群のプロポーションを誇る美女だ。視線は魂を吸い取られてしまいそうなくらいに妖 あや しく、弧を描く唇 くちびる の隙間から牙 きば のような白い歯が覗 のぞ く。
[image file=Image00012.jpg]
メガネを掛け、つばの広い帽子を被った清楚 せいそ な装い。
そんな美女だが、目の前に立つと僅かに違和感。帽子が窮屈そう? 何か挟まっているのか。
一瞬見えた。蝙蝠 こうもり の羽のような触角 しょっかく ? が生えているようだ。つまり美女は──吸血鬼。
「亜人はお嫌いですか?」
女性が悲しそうに目を伏せたことで、ようやく自分が無言だったことに気づく。
「い、いえっ。ただ少し……驚いて」
「ふふふ、四位の冒険者さんを驚かせてしまいました。自慢になりますね」
曲げた人指し指を唇に当て、こぼれるように笑う美女。
僕をレメだと知って声を掛けてきたようだ。
「えぇと、何の用でしょう」
「貴方 あなた のファンなんです」
──何かの冗談……って感じではないよな。
【黒魔導士】を好きになってくれる人もいるが、まぁ一般的ではない。あのパーティーで人気投票をしたら僕が最下位なのは前提で、四位とどれだけ票差が開くかが話題になるだろう。そんなわけで、声を掛けられることはあっても純粋なプラスの感情を向けられることは少なかったりする。
「先程の魔法、実に見事でした。近くに冒険者がいても気づかなかったでしょう。完璧 かんぺき な魔力制御です。加えて、複数の黒魔法をそれぞれ敵に合わせて最適化しつつ展開する手腕。私、見惚 みと れてしまいました。それで、追いかけるのが遅くなってしまったんです」
照れるように、広げた両手で頰 ほお を押さえる美女。
──何者なんだろう。
褒められて嬉しい気持ちと隠したものを見抜かれた不気味さが混じり合う。
「レメさん。貴方の黒魔法は本当に素晴らしいです。貴方を追い出したフェニクスパーティーは愚 おろ かだったと言わざるを得ません」
ぐいっと美女が顔を近づけてきた。綺麗 きれい すぎる顔が目の前にあるし良い匂 にお いがするし少し視線を下げたところにふよんっふよんっと揺れる胸がある。
手を握られてしまった。すべすべしていた。
「私の話を聞いてはいただけませんか? 貴方は相応 ふさわ しい立場と尊敬を集めるべき御方です。私にはそれを用意する準備があります。気持ち悪いと思われるかもしれませんが、パーティー脱退の報を聞いてからずっと貴方を探していたのです」
え、えぇと? つまり仕事の紹介、ということかな?
僕が戸惑っているのを見ると、女性は申し訳なさそうにバッと離れた。
「ご、ごめんなさい……私なんかがレメさんのような方に。ずっとお会いしたかったものですから、興奮してしまって。うぅ、はしたない私をどうか軽蔑 けいべつ なさらないで」
彼女の瞳が潤 うる み出したので僕は慌ててしまう。
「い、いやっ。嫌だったとかそういうのは全然なくて! ただ急なお話ですし……その、お名前も聞いていないので」
「お優しいんですね」
首を傾けて、花のような笑顔を浮かべる美吸血鬼さん。
指ですくうように涙を払ってから、女性は続けた。
「私、ミラと申します。あの、もしよろしかったら……その、無礼のお詫 わ びにお茶をご馳走 ちそう させてはいただけませんか」
その後で、絞り出すように「だめ……でしょうか」と小声で追加される。
ぐっ、こんなの断れる人間がいるのか? いいや、言い訳はよそう。
「だめじゃないです」
僕は断れなかった。促 うなが されるまま足を動かす。そのままミラさんと並んで歩く。
ミラさんが美しすぎる所為 せい か、道行く人々の視線は彼女へ吸い寄せられる。
世間への露出で圧倒的に勝っている筈の僕に気づく人はいない。アルバあたりなら華がないからだと言いそうだし、普通なら反論出来ないのだが、これに限っては違う。明確な理由がある。
だからこそ、僕を見つけたミラさんに驚いたのだ。
「あの、レメさん」
「なんでしょう」
緊張が表に出ないように応 こた える。
「万が一にも吸血鬼と歩いていると広まったらご迷惑でしょうし、少し離れて歩きます……か?」
僕を気遣いつつも、悲しげな声を出すミラさん。
大昔ならまだしも、今日日 きょうび 亜人に対する差別意識なんてものを持っている者は滅多 めった にいない。
ただ、やはり冒険者と魔物は仕事上敵なワケで。私生活でもベタベタしないのが好ましいとされている。必要がない限り関 かか わらないように、ダンジョンのある街では自然と冒険者と亜人で集まる施設や通りを分けていることも珍しくなかった。
人間と吸血鬼だからというより、レメと吸血鬼の組み合わせがよくないのではないかと案じてくれているのだ。
僕を見つけたのだから気づいていると思ったが……いや、だからこそ『万が一』と付けたのか。
「まさか。僕の方こそ申し訳ない気持ちです。ミラさんの男の趣味が悪いと思われてしまう」
ミラさんは目を見開いた後に、こぼれる笑みを押さえるように両手を口許 くちもと に当てた。
「本当に優しい人。私、信じてしまいますよ?」
上目遣 うわめづか いに見上げてくるミラさんが可憐すぎて、僕は思わずたじろぐ。
ありなのか。こんな完璧な生き物がいていいのか。世界はまったく不平等だ。でもまぁ彼女のような存在の為に差が設けられているならば仕方ないと納得してしまいそうになる。
それくらい魅力的な表情だった。
「え、えぇ、もちろん」
「嬉しい」
にっこりと微笑んだミラさんは、ぴょんっと半歩分近づいてきた。
彼女の金色の髪が跳ね、光を反射しながら舞う。
「これでも、嫌ではないですか?」
「……もちろんです」
勘違いしてはいけないぞレメ。彼女が僕のファンだというのが本当でも、そこまでだ。
【黒魔導士】として認めてくれている、ありがたい存在でもある。
「うぅ……私、顔が熱いです。憧 あこが れの人に会えて、優しくしてもらえて。こんなの夢みたいです」
彼女はそう言って自分の頰をぷにっとつまむ。
「いふぁいれす。夢じゃないみたいでした」
「えぇ、現実ですね」
「嬉しいです」
「そう言ってもらえると、僕も嬉しいです」
「え……でも、レメさんのような方なら世の女性が放っておかないのではありませんか?」
この人の中で僕の評価はどうなっているのだろう。
「いやぁ、そんなことは」
「またまた。世界ランク百位以内のパーティーに【黒魔導士】は三人しかいません。十位以内だとレメさんだけです。それに世界最高の攻略難度を誇る魔王城を歴代最速で攻略しているのだってレメさんの黒魔法があるからです。そもそも【勇者】フェニクスがフロアボス戦を一撃で片付けられたのもレメさんが魔法で全ての敵を弱らせていたからこそ成立していたというのに彼らはいったい何を考えてこんな高位の【黒魔導士】を追い出したりなんか……ほんと人間って愚か。まぁおかげで──」
「ミラさん?」
「──っ!? ふ、ふふ……って、友達も言っていたんですよぉ」
ミラさんが目を泳がせながら言った。
なるほど友達かぁ。そうだよなぁ。ミラさんがどす黒い空気を纏 まと いながら蔑 さげす むような目で勇者パーティーに悪態をつくわけがないもんな! 僕は力技で自分を納得させた。納得したのだ僕は。
「あ、あぁ、ご友人が。今度逢 あ う時があったら、感謝していたと伝えてくれますか? 自分を高く評価してくれる人が世界のどこかにいるというだけで、支えになりますから」
僕としてはフェニクスは変わらず親友だと思っているので悪く言われるのは良い気分ではないが、僕を評価するが故 ゆえ にパーティーの判断を過ちだと指摘しているワケで。
なんだかその視点は嬉しいのだった。僕は褒められ慣れていないのだ。他の四人はいつも絶賛されていただけに、自分が褒められると奇跡みたいに嬉しい。
「は、はいっ」
ミラさんはこくっと頷いた。
「それよりもっ。話が脱線してしまいましたが、恋人は本当にいらっしゃらないんですか?」
「……ですね」
「それは、【黒魔導士】に対する世間一般のイメージが影響しているのでしょうか」
世間一般のイメージというのは、まぁ陰気とか根暗とか性格悪そうとかケチな気がするとかそういうことだ。悲しいね。【黒魔導士】がいったい何をしたというんだ。
ちょっと離れた距離から対象に悪影響を与えているだけじゃないか。
「どうかな。僕自身、あまり面白 おもしろ い人間じゃないので」
僕の答えに、彼女はむっとしたようだ。控えめに頰が膨らんでいる。
「周囲を笑顔にする性質や話術は素晴らしいものですが、魅力的な人物の必須条件ではないと思います。私はたとえ話下手だろうと、優しい人に魅力を感じます。たとえば、自分が職を失っている中で犯罪者の捕縛に努め、なのに手柄は他の人にあげてしまうような。名誉ではなく正しいことの為に動ける、そういう人間をこそ、本来勇者と呼ぶべきなのです」
「────」
「……レメさん?」
僕が急に立ち止まったので、ミラさんが不思議そうに僕の顔を見る。
今は少し見られたくなかった。ミラさんではないけれど、手で顔を隠すようにかざしてしまう。
「だ、大丈夫です……」
「ごめんなさい、私何か失礼なことを言ってしまったでしょうか」
ミラさんがあたふたしている。
「違うんです。むしろ逆というか……」
「ぎゃく、ですか?」
こてん、と首を傾 かし げる彼女に、なんて言ったらいいものか悩む。
「あー、その、子供の頃、自分は【勇者】になるものだと思っていまして」
「存じてます。人の子には珍しくない話だそうですね」
ミラさんは急な過去語りに不思議そうな顔をしつつも、応じてくれる。
「えぇ、まぁ。でも僕は【黒魔導士】になっても、勇者になりたかった。【役職 ジョブ 】としては叶 かな わなかったけど、諦めがつきませんでした。で、気持ちだけは勇者でいようっていう意地のようなものがあるんです」
「そうなのですね」
でも【黒魔導士】を勇者と呼ぶ人はいない。似ても似つかない存在だから。
だからこそ、ミラさんの言葉が僕の弱っていた心に直撃した。
そんな、十年も誰も言ってくれなかったことを。いきなり言われたら、困るじゃないか。
目から透明の汁が出そうだ。男の意地でなんとか堪える。
「ありがとうございます。ミラさんの言葉、忘れません」
「え、あ、はい……え……勇者の部分ですよね……はい、お役に立てたのなら嬉しいのですけど……あの、私はレメさんのような優しい方、素敵だなって、そっちの方は……その」
「そんなに気を遣わなくても大丈夫ですよ。モテない自覚はあるので」
「……わざとですか?」
むぅ、とミラさんは少し不満げだ。逃げたのはバレバレのようだ。
仕方がないではないか。ミラさんは魅力的な女性だと思うが、出会って一時間も経 た っていない。
この状況でグイグイいけるような男なら、僕はとっくに百戦 ひゃくせん 錬磨 れんま だ。
実際は初心者もいいところなので、怖気 おじけ づいただけである。
ドラゴンには挑めるんだけどなぁ。女性への対応の方がよっぽど慎重を期す必要があると思う。
「ところでミラさん」
僕は露骨 ろこつ に話題を変えた。
ミラさんは恨みがましい目つきで僕をじぃと見ていたが、やがてふぅと溜 た め息 いき 一つ。
「はい、なんでしょうレメさん」
「僕はてっきりカフェとかでお茶をご馳走になるのかと思っていたんだけど、結構歩きましたね」
「オススメのお茶を出すところがあるんです」
「そうなんですね。お店の名前って分かりますか? この辺、僕も前はよく来たので」
魔王城が近いんだよね。偶然だろうけど。
「あまり冒険者の方は来ないところなので」
「あぁ、亜人の方々サイドのお店なんですね。僕が入っても大丈夫かな」
ダンジョンを有する街なので、ここにも冒険者と亜人に配慮した棲 す み分けがなされている。
魔王城の正面側に続く通りが冒険者の領域で、職員しか使えない裏口に面した通りが亜人の領域だ。亜人御用達 ごようたし の店には行ったことがない。
僕がパーティーを追い出された酒場は当然、冒険者の領域にある店。
「えぇ、こちらです」
さりげなく手を繫 つな ぐ形になる。
まずい……手汗大丈夫だろうか。気持ち悪いとか思われたらショックだ。
っていうか目にも留まらぬ速さで手を摑 つか まれた気がしたけどまぁ錯覚だろう。絶対に逃さないとばかりに強く摑まれている気もするが勘違いだ。
「……今通り過ぎたのが最後の店じゃ。ミラさん、このままだと魔王城に入ってしまいますよ」
「そうですね」
やがて魔王城裏口に到着する。なんだか厳重な警備を越えた気がするし、ミラさんが職員であることを証明する登録証を持っていたようにも見えた。
通り過ぎる魔物達が全員立ち止まって姿勢を正し、中には震えたり視線を床に向けて決してミラさんに向けない者達もいたが、きっと冗談か何かだ。
僕らは職員専用だろう転送機能の備わった記録石に触れ、次の瞬間小さな部屋にいた。
部屋というか、服屋の試着室みたいな狭い空間だ。
それこそ試着室のように、カーテンで外と仕切られている。二人だと少々手狭だ。
「隠れ家的なカフェって可能性は残っていないかな、ミラさん」
すっと僕から手を離したミラさんが、これまでとは段違いに妖艶 ようえん な笑みを浮かべた。
「ふふふ、本当に面白い人。最初から気づいていてついてきたのですよね」
魔物は冒険者と職務上敵対している。
吸血鬼のお姉さんが仕事を紹介してくれるといったら、それはパーティーの斡旋 あっせん とかではない。
「まぁ、どうせ無職だしいいかなって」
「もったいないことです。貴方のような【黒魔導士】には相応の立場が用意されるべきでしょう」
「四天王待遇とか?」
「参謀とかでどうでしょう」
実質的な魔王の副官だ。僕の発言は冗談だが、彼女からは真剣さが感じられる。
「……それ、人間にやらせたらダメなやつですよ」
僕、これでも魔王城攻略する側の人間なんですけど。
「まぁまぁ、それは魔王様も交 まじ えてお茶をしながらとしましょう」
彼女は魔王ではない。他の職員には魔王レベルで恐れられていたが、フロアボスだ。僕らが前々回攻略した階層の主。魔物は悪役っぽい衣装を着たり顔を隠したりするのですぐには気づけなかった。
「あぁ、それと──」
カーテンを開ける前、ミラさんが僕の耳に唇を寄せた。
「あなたへの評価と感情に噓 うそ はありません。騙 だま すような形で連れてきてしまってごめんなさい。どうか嫌いにならないでくださいね」
ふぅう、と鼓膜 こまく にミラさんの吐息。背筋に甘い痺 しび れが走る。
唇が離れる。目が合うと、ミラさんはくすぐるように笑った。
「行きましょう、魔王様がお待ちです」
魔王軍の就職面接ってどんな感じなんだろう。
僕今日私服なんだけど大丈夫かな。
◇
仕切りの向こうは広い空間だった。薄暗いのに視界は明瞭 めいりょう で、その点はダンジョンっぽい。
ちょっと驚いたのは、広い空間にはほとんどものがなかったこと。
僕らの入っていた小部屋が部屋の四隅に一つずつと、中央付近に一つ。
中央には石を削 けず り出して作ったような、長方形の机がある。これまた石で出来た背もたれの長い椅子 いす は、数が五つ。小部屋と対応しているのか。
椅子の並びを見て、僕はぴーんときた。あれだ。組織の幹部とかが会議する時のやつだ。
おそらく魔王が座るだろう席からは、他の四席が見渡せる。
……この部屋、会議室ってことでいいのかな。他に出入り口が見当たらないけど、転送石以外で行き来出来ない?
長卓に近づいて行くと、途中で声が掛かった。
「戻ってきたか、カーミラ」
あぁ、思い出した。そうだ、カーミラだ。
さて、勇者パーティーが英雄的な活躍を求められる光の存在だとすると、魔物は倒されることを求められる影の存在だ。もちろん時に勇者達が撤退を余儀なくされたり、撃退されたりなどの展開も盛り上がるが、最終的にはヒーローに勝ってほしいのが人というもの。
ダンジョン攻略はエンターテインメントだ。
視聴者に「楽しかった」とか「あそこで負けやがって」とか、内容への感想を持ってもらうのは幸運なこと。観 み てもらえたということだから。
でも、ダンジョン攻略での『演出』を現実に持ち込む人もたまにいる。
たとえば好きな冒険者がオークに負けた翌日、無関係のオークにいちゃもんを付ける酔っぱらいとか。そんなことが起こるとなると、ダンジョンで働く魔物さん達はもっと危険だ。
設定上とはいえ悪役を演じる亜人達は、個人が特定出来ないようにダンジョン用の装いと、ダンジョンネームと呼ばれる芸名を用意するようになった。
「はい、魔王様。【黒魔導士】レメ様をお連れしました」
恭 うやうや しく答えるミラさんと、ダンジョンで倒した吸血鬼が重な……らない。
あれ、おかしいな。僕の知ってるミラさんと魔物カーミラって本当に同一人物なのか? いやそうなのだろうけど。だけど僕の純情な部分がそんなまさかと虚 むな しい抵抗を試みる。
カーミラって残虐 ざんぎゃく で人間をいたぶるのが楽しくて仕方がないっていうキャラクターなんだけど。
しかも吸い取った相手の血液──実際は魔力──を操 あやつ って攻撃するのだ。
魔力がゼロになるまで吸われたり、仲間の魔力で作られた血の刃でざくざくと刺される冒険者が続出。しかも嘲笑 あざわら ったり罵倒 ばとう したりしながら攻撃してくる。
噂 うわさ ではカーミラにやられた冒険者には、その時の衝撃が忘れられず性癖 せいへき に甚大 じんだい な歪みを受けた者もいるとか。……哀れ、いや本人が幸せならそれでいいのかな。
ちなみに直接吸うのははしたないとかで、配下の吸血蝙蝠 こうもり 達にやらせるのだ。
直接なら吸われてぇ~とか軽口を叩いた冒険者が、退場する頃にはカーミラにひざまずいてお許しください女王様と懇願 こんがん する回なら観たことがある。
僕がそれらの記憶を思い起こしていると、ミラさんが横目で僕を見ていた。
僕が気づくと、恥ずかしそうに頰を朱色に染め、手を当てて照れる。
うん。信じよう。こちらのミラさんが本当の姿だと! お仕事に熱が入るなんてよくあることだ。むしろ自分の役に徹しているなんてプロじゃないか。尊敬に値するというものだ! 一度は自分を倒したパーティーの【黒魔導士】を職場に紹介してくれるなんて、なんて懐 ふところ の深い人なんだろう!
「貴様がレメか」
名前を呼ばれ、意識を現実に戻す。
「はい、【黒魔導士】のレメと申します」
なんだか魔王様、声が幼くないか? 小さな女の子みたいな声だ。
ダンジョンの情報は電網 ネット を漁れば出てくるし、大きなところではホームページがあったりする。魔王城にもあるのだが、さすがは最深部到達パーティーゼロのダンジョンといったところか、階層ごとの概要はあれど『未踏破』のページは空白だらけとなっている。
魔王城は全十一階層からなるダンジョンで、最深部に到達すると魔王との戦闘になる。
だが到達者は、いまだゼロ。
冒険者で現魔王城の主を見るのは、僕が初めてなのではないか?
緊張しながら、机越しに魔王様と相対するように移動。そして、僕は固まった。
……なるほどなぁと納得。それは小さな女の子の声がするわけだよ。
小さな女の子なんだもん。
燃えるような真紅 しんく の髪は身長ほどに伸びており、紅玉 こうぎょく の瞳は品定めするように僕に固定されている。やや目つきが鋭 するど いものの、とても可愛 かわい い顔をしていた。両の側頭部から、黒い角が生えている。
魔人だ。かつて魔族を率いた一部の権力者達が、皆魔人だったという。無論、魔王もだ。
彼女は椅子の上で片膝 ひざ を立て、その上に肘 ひじ を載せ、そこから更に手の甲に顎 あご を載せていた。
だらけきった姿勢にも思えるが、視線は刃のように研ぎ澄まされている。
「どうした、余に何かおかしなところでも?」
寝衣なのだろうか、ラフな格好 かっこう だが、別にそれを指摘するつもりもない。
「いえ、想像よりもずっとお若く見えたものですから」
「とても魔王とは思えぬと?」
「魔王の何たるかを知らない僕に、語れることがあるとは思えません」
僕の答えが気に入ったのか、彼女の視線が僅かに緩んだ気がする。
「ふむ、いいだろう。上司になるかもしれん人間を初対面から軽んじるような輩 やから ならば蹴り出しているところだが、貴様は違うようだ」
「そのことなのですが」
「うぬ? なんだ、今からこの魔王ルーシー様が配下の仕事について説明してやろうという時に」
「申し訳ありません、魔王様。素直に話してはついてきていただけないと思い、目的をぼかしてお連れした次第です」
魔王様の傍らに立ったミラさんが説明する。ミラさんの席含め二つが空席で、一つが巨大で真っ黒な鎧姿 よろいすがた の騎士、一つが燕尾服 えんびふく のような衣装に身を包む魔人の男性で埋まっている。
黒騎士さんの椅子は、ちゃんと彼? に合わせて巨大だ。
「なぬぅ? じゃあ何か、どういう目的だと思ってついてきた。よもや貴様、カーミラが少しばかり自分のファンだからといって、あわよくばおっぱい揉 も めるかもとか思ってはいまいな!」
ダンッ、と魔王様が肘掛けに拳を落とす。
すると床が揺れ、石で出来た肘掛けに拳大の凹 へこ みが生じる。
「思ってないです」
そんな度胸はない。だが魔王様は、そんな僕の答えをお気に召さなかったようだ。
「揉みたくないと申すか! 貴様それでも健全な男子なのか! おぉん!? 言っておくがカーミラのおっぱいは絹のような手触りにプリンのような弾力そして大きさに至っては──」
「魔王様」
ミラさんがニッコリと微笑むと、魔王様の顔が真 ま っ青 さお になった。彼女はすぐに咳払 せきばら い。
「つ、つまりカーミラは魅力的な女子 おなご だということだ」
「それは、えぇ。そう思います」
彼女は僕を高く評価してくれた。世間では見下されている【黒魔導士】だというのに、周囲の目があるところでも構わず。
なのに僕が照れて彼女への正当な評価に頷けずどうする。
室内ということで既に帽子を外していたミラさんの触角が、ぴくりと震えた気がした。
「そうだろうそうだろう。だから貴様がその色香にコロッと騙されて連れてこられても仕方がない。仕方ないが、そのような軟弱者ではいかんということをだな、余は言いたかったわけだ」
ちらちらとミラさんの様子を窺 うかが いながら、魔王様が言った。
「レメ様は全て見抜いた上で騙されてくださったのです。とても楽しいひとときでございました」
「……ほほう?」
魔王様が興味深いといった表情でミラさんを見た。
それからちょっと恨めしそうに僕を見た。
「まぁよい。それでは説明を始める、と言いたいところだが。その前に訊 き かねばなるまい」
「なんでしょう……?」
「こうしてじっくり眺めねば気づけなかった。上手く隠しているが、貴様の技量は人間のそれを超えている。百年の時を研鑽 けんさん のみに費やした【黒魔導士】と同等……あるいはそれ以上だ」
魔王城の魔物はかなりレベルが高いので、黒魔法も全力だった。配下……職員からそういった情報は得ていると考えるべきだろう。
だがミラさんといい魔王様といい、それ以上の何かに気づいている気がする。
「【黒魔導士】レメよ。【魔王】ルーシーが問う。──貴様を鍛えたのは、どこの魔王だ?」