Impregnable 1

「おし、酒が来たな。んじゃあ、えー、レメの再就職を祝って! 乾杯 かんぱい !」

 木樽 たる ジョッキを掲げるのは果物屋 くだものや の店主・ブリッツさんだ。

「乾杯です」

 応じるのはミラさんと、僕。僕らはある酒場に来ていた。仕事終わり、カシュを送り届けた後のこと。以前からブリッツさんが再就職を祝おうと言ってくれていて、今日実現したわけだ。

「いやーしかし、あれだな。まさか再就職先がアレとはな」

 ブリッツさんは魔王城とかダンジョンとか言わず、ぼかしてくれた。

 今の僕はレメとして呑 の みに来ているし──周囲が僕に気づかぬよう認識阻害の魔法を展開してはいるが──あまり注目は集めたくない。

「思っていたより、上手 うま くやれてます」

「それ以上ですよ。レメさんは間違いなくうちの救世主……勇者様です」

 ミラさんは可愛 かわい らしく両手でコップを包み、唇 くちびる を湿らせる程度に果実酒を口に含む。

 ……ぼんやりとした二年前の記憶だと、豪快 ごうかい に呑んでいた気がするが。

 触れないようにしよう。今可憐 かれん な姿を見せてくれている。それでいいじゃないか。

 ちなみに今日の彼女の種族的特徴隠しはニット帽とコンタクトだった。一度そんなに気にしなくてもよいのではと話したのだが、彼女は薄く笑うだけだった。彼女の気遣いは嬉 うれ しいしありがたいが、僕といる時に種族をずっと隠さなければならないというのは、なんか健全ではない気がする。

 だが確かに、元フェニクスパーティーの【黒魔導士】と亜人が仲良くしているという情報だけで、妙な勘ぐりをする者もいるんだよな。

 僕の脱退後にインタビューをしようと記者達がわんさか現れたが、誰 だれ 一人として僕を見つけられていない。全員に気づかれないレベルで『混乱』を掛けて撒 ま いたからだ。

 今では通行人に僕を『無個性な青年』以上に認識させぬよう魔法を掛け続けている。

 まぁ元々日々の修行で魔法を使わなければならないので、丁度よくもあるのだが。

「あれだろ? 見たぜ【雷轟 らいごう の勇者】んとこの攻略とかよ」

 店内は騒がしいので大丈夫だと思うが、ブリッツさんは声を小さくして言った。

「あぁ、あれが初めての防衛ですね」

 彼らはあの攻略で全滅してしまった。

 それと、映像の買い取りは予約時点で決める。つまり、上手く攻略出来なかったら映像は要らない、というのは通らないのだ。五人分の魔力体 アバター 再生成費用、この街までの移動費や宿泊費などの諸費用などを考慮すると、動画を配信しなければ完全に赤字。

 自分達が第一層で謎 なぞ の【魔人】に誘導され、【黒妖犬 こくようけん 】とグラさんに全滅させられた映像でも、配信しないわけにはいかない。

 よほど金銭的に余裕のあるパーティーならばボツという選択肢もあるが、彼らは違うようだった。

 それに一応、第四位パーティーの映像では見られなかった敵の動きもあったので、再生数はそこそこ伸びた。他の冒険者達にとっては、貴重な情報となっているようだ。

「ひったくりん時みたいな魔法を、全員に掛けてたんだろ? 【勇者】にも効くってのはマジですげーんじゃねぇか?」

 ブリッツさんの言葉に、ミラさんが大きく頷 うなず く。

「まじですげーのです」

 ブリッツさんを真似 まね たのだろうが、ちょっと彼女らしくなくて僕は笑ってしまった。

 そんな僕に気づき、ミラさんが拗 す ねたように上目遣 うわめづか いでこちらを見た。

「笑いましたね……」

「いや、なんか新鮮で」

「ひどいです」

「えぇと、ごめん」

「許します」

 よかった。許してもらえた。

「なんだかお二人さん、良い感じじゃねぇか?」

「よくお気づきですね、ブリッツさん。そうなのです、良い感じなのです」

 ミラさんがグッと椅子 いす を近づけてきた。

「あー、まぁ。仲良くさせてもらってます」

「いや、良いことじゃねぇか。お前さんは親しみやすいくせに距離をとるだろう? こう、オレのこともしばらく『ご店主』とかだったしよ」

 ……しっかりバレていたようだ。こう、分からないんだよな。

 友達の作り方が、もう思い出せない。子供の頃は自然に出来ていた筈 はず だけど、そうやって出来た友人達は【役職 ジョブ 】が判明すると共に消えてしまった。残ったのはフェニクスだけ。

 それで充分だったが、長いこと友人が出来なかった所為 せい で人との距離を縮めるのが苦手だった。

 ブリッツさんは友人だが、それも彼が友だと言ってくれたことがきっかけだし。

 カシュに対しても、果物を買う客としてのスタンスは崩さないよう気を遣っていた。

「……すみません」

「いやいや、そうじゃねぇよ。もっと自分を出してけってことさ。冒険者時代は知らねぇが、今ならその方が周りの奴 やつ も喜ぶだろうよ」

 そうだろうか。と考えていたところで、ぐいっとミラさんに腕を引かれる。

「ブリッツさんの仰 おっしゃ る通りです。レメさんはもっとご自身の気の赴 おもむ くままに発言・行動されてもいいと思います。たとえばほら、今私にしたいこととかありませんか?」

 そう言って唇を近づけてくるミラさん。酔ってます?

「人前でそういうことをする趣味は、無いです」

「では人のいないところに行きましょう」

 ミラさんの瞳 ひとみ を見るに理性の光は残っている。冗談と判断した僕はやんわりと彼女を引き離した。

「ケッ。羨 うらや ましいねぇ……おっ、あの牛っ娘 こ の姉ちゃん胸デケェな」

 僕らのやりとりを生暖かい目で見ていたブリッツさんが、少し遠くの給仕へと目を向けた。

 牛の亜人の女性で、短い髪がよく似合う快活 かいかつ そうな人だった。そして胸が大きかった。

 ガシッと誰かに頭を抱えられる。誰かというか、ミラさんしかいない。

「レメさんが見ていいのは、こっちです」

 僕の視界はミラさんの胸部で満たされていた。

「女性の身体 からだ に興味がお有りなら、私に仰って下さいな」

 思考を溶かすような、甘い声。酒の所為か、クラッとする。

「失礼、少しよろしいかな」

 僕らの卓の前に、誰かが立っている。周囲には酔ったカップルがイチャイチャしているように見えたかもしれない。そのことで文句 もんく でも言われるのかと思ったが、その人物を見て僕は固まった。

 ブリッツさんはジョッキを落とし、僕を抱えていたミラさんの手から力が抜ける。

「あぁ、やはり君だ。探していたのだよ、かなり苦労した。なんとか見つけられてよかったよ。レメ。久しいね、元気だったかい」

 そこにいたのは世界ランク第一位パーティーのリーダー──【嵐 あらし の勇者】エアリアルさんだった。

 僕は視界に収めた人に対しほぼ反射的に『混乱』を施 ほどこ せるが、彼程の人間だと抵抗 レジスト 可能。とはいえ、意識させないレベルの魔法だ。つまり彼は、僕が『混乱』で所在を上手く隠していると推測し、常に魔力を纏 まと いながら探していた、と考えられる。

「……お久しぶりです。何故 なぜ ここに……いや、え、僕を、探していた?」

「あぁ、目的から話すと──君に仲間になってもらいたいのだ」

 ──え?

 エアリアルさんは今年で四十二歳になる壮年 そうねん の男性だ。だがその鍛え抜かれた肉体は若々しく、まさに剛健といった印象。なのに態度は柔らかく、年に関係なく優秀な者は高く評価する。

 フェニクスと同じく、この時代に二人いる四大精霊の契約者でもあった。

 僕が彼の言葉に呆けたのも一瞬のこと、すぐに慌てて黒魔法を展開。

 というのも、周囲の客や注文を取りに近づいてきた給仕のお姉さんが「あれ? もしかしてそこにいるのって【嵐の──」というところまで思考が及 およ んでいるのが分かったから。

 思考を読んだとかではなくて、表情とか腰を浮かす動きで。

 気づきかけた者達の思考に空白を挟み、すかさず『混乱』させる。自分が一瞬前に誰を連想したかをど忘れした彼ら彼女らは、首を傾 かし げた後に各々の席や仕事に戻った。

 ……こんなところで騒ぎになったら困る。

 今はミラさんもいるし、折角 せっかく ブリッツさんが開いてくれた再就職のお祝い会なのだ。

「ほぉ……やはり」

 僕が何をしたか気づいたのか、エアリアルさんが興味深げに自分の顎 あご を撫 な でた。

「お久しぶりです」

「あぁ。おや、少したくましくなったかな」

「そうだといいんですけど」

 僕は腰を上げ、彼と握手。

 四大精霊の契約者は現在、二人。【湖の勇者】と【泥の勇者】は空席だ。

 エアリアルさんは同じ四大精霊の契約者として、フェニクスに目を掛けていた。

 その縁で、僕も面識がある。フェニクスの前で僕を馬鹿 ばか にするのはアルバくらいで、ほとんどの者は『【炎の勇者】の親友』をあいつの前で批判したりしない。

 だが言葉に出来ない分、思いっきり顔に出るのだ。あいつのいないところで言われることもあったかな。陰口はもちろんだ。僕に聞こえてしまっているので正確には陰口になっていなかったが。

 そんな中、エアリアルパーティーの皆さんは優しかった。

 僕の能力に気づいている様子はなかったが、全員人間が出来ていたとでも言おうか。

 いや、でも……エアリアルさんは何か勘付いているのか。

「それで……先程の話ですが」

 エアリアルさんを『体格のいい中年男性』としか認識出来ていない給仕のお姉さんに、彼が酒を注文。僕に許可をとってから、空いていた椅子に腰を下ろした。

 給仕が去ったタイミングで切り出した僕を、エアリアルさんが手で制す。

「うむ。だが少し待ってくれ。ご挨拶 あいさつ が遅れましたな、お二方。私はエアリアルという者です。一応、冒険者をやっています」

 世界一位で一応だったら、それ以下はどうなってしまうのだろうと苦笑する。

 ただ、彼のこの姿勢に僕は好感を覚えていた。敬意を抱いていると言っていい。

 少しランクの高い冒険者は「俺 おれ のこと当然知ってるだろ?」という態度をとる者がとても多いのだ。意識的無意識的という差はあるが、大体皆。

 だがエアリアルさんは常に、相手が自分を知らない可能性を考えて自己紹介する。

 有名な冒険者ではなく、一人の人間として相手に接する。そういうところも、すごく格好 かっこう いい。

「レメのご友人ですかな?」

「あっ、そ、そうですっ。あの、オレ、ファンですッ! そんでですね……サインとかって……」

 ブリッツさん……?

「あぁ、もちろんですとも。ありがたいことによく頼まれるものですから、こうしてペンを持ち歩いているのです。さて、どこに書きましょう」

 ブリッツさんが上着を脱いで、中に着ていた服の背中にサインを書いてもらっていた。

「レメ……オレ、お前と友達でよかったぜ!」

 僕もですよブリッツさん。このタイミングじゃなかったら感激したんだけどな。

「ははは、愉快なご友人じゃあないかレメ。フェニクス以外の友人が出来るのはよいことだよ。この街に来て、いい出会いに恵まれたのかな」

「そう、ですね」

 エアリアルさんが、興奮しているブリッツさんの握手にも応じた。

 それから彼はミラさんを見る。ミラさんはビクリと震えた。

「ふむ……そちらのお嬢さんは吸血鬼だね」

 さすがは一位と言うべきか。上手な変装を一瞬で見抜いた。

「……えぇ」

 警戒の色を隠せないミラさんに、エアリアルさんは朗らかな笑みを向ける。

「素晴らしい女性じゃあないかレメ。彼女は君と共に過ごす為 ため に、自らの種族的特徴を隠してくれているのだね。己 おのれ の種族を秘す価値が、君との一時 いっとき にはあるのだと考えている。いったいどこで、こんな素敵な女性に出逢 であ ったんだい?」

 ポカンとした顔になるミラさん。

 ──うん、この人はこういう人なんだよ。

 冒険者の中には露骨 ろこつ に亜人を嫌ったりする者もいるが、彼は違う。

「先程の様子を見るに、二人は恋仲なのかな?」

「友達以上かつ、恋人より遥 はる か上の関係です」

 ミラさん……? それもう妻しかなくない? 事実に反するよ……。

 心の中でツッコミつつ、ドキドキする僕だった。

「あっはっは。レメは優しく芯 しん の強い男ですからね、惹 ひ かれるのも頷けるというものだ」

 彼は本当に自然に人を褒める。嫌味もなく、爽 さわ やかに優しく。

「君がフェニクスのところを抜けたと聞いて心配していたが、素敵な友人と楽しく酒を呑めるなら無用だったな」

「いえ、気にかけてもらえるのは、嬉しいです」

 これは本当。まさかエアリアルさんが僕を気にしているとは、夢にも思わなかった。

「お二方、少しレメと話をさせていただいても? もちろん、席をお立ちになる必要はありませんよ。レメの方が構わなければ、ですが」

「僕は、問題ないです」

「私はレメさんの側にいます」

「ん~、まぁ聞いちゃいけねぇ話じゃねぇなら、邪魔しないで座ってることにしますかね」

 三者それぞれの答えを聞き、エアリアルさんは一つ頷くと僕を見た。

「それでは。……気を悪くしないでほしいのだが、今仕事は何を?」

 魔王軍参謀やってます、とは言えない。

「まぁ……その、冒険者ではないですね」

「あぁ、だが働いてはいるんだね。立ち直りが早い。君の精神力には感服するばかりだよ」

 ……まぁ、七年近く世間に叩 たた かれまくってもフェニクスと組み続けた【黒魔導士】ですからね。世間的には僕はかなり図太い神経の持ち主と思われていることだろう。

 エアリアルさんの場合は皮肉や嫌味ではないと分かるので、僕は曖昧 あいまい に笑った。

 世界一にこうもストレートに褒められると、どんな顔をすればいいか分からない。

「さて、風の噂 うわさ で君が次のパーティーを探していたと聞いた」

 探していた。過去形。そして正解。

 抜けてからパーティー探しはしていたし、ミラさんに逢えなかったら今でもしていただろう。

「えぇ、そうですね」

「もしまだ探しているなら、私達のところに来ないか?」

 話が本題に入った。戻ったというべきか。最初に目的を言ってたし。

「……色々と、疑問が」

「もちろん、なんでも訊いてくれ」

 酒が運ばれてきたので、給仕が離れるまで待つ。エアリアルさんは一口ぐびりと酒を呷 あお った。

「あの……どなたが抜けられたんですか?」

 パーティーは五人。これが大前提。エアリアルパーティーはしっかり五人いたので、誰かを勧誘するということは誰かが抜けたということ。

「あぁ、パナの奴がね」

「えっ、パナケアさんが……?」

 パナケアさんは三十二歳の【白魔導士】だ。ハキハキと喋 しゃべ る綺麗 きれい な女性。

 そう、【白魔導士】なのだ。

【黒魔導士】よりほんの少しだけ扱いがマシなだけの不遇【役職 ジョブ 】。実は僕が半ば追い出される形でパーティーを去るまでに七年も保 も ったのは、彼女の存在のおかげでもある。

 サポート系の不遇【役職 ジョブ 】を抱えても世界一位になれる、サポート系もまったくの無能ではない。実力と運用次第。そんな考えが仲間達の頭の中にもあっただろう。

 パナケアさんは僕とまた事情が違い、突然変異的な天才だ。もちろん相当な努力も積んでいるが、とにかく白魔法による強化と回復効果が凄 すさ まじい。

 僕をこき下ろす映像板 テレビ の実況者が、どうせ入れるならば【白魔導士】にすればいいと言うことがあった。あれはパナケアさんのイメージもあって出た言葉だろう。

「何があったんですか?」

「子供が出来たんだ」

「あ──よかった。それはおめでたいですね」

 彼女は同じパーティーの【サムライ】さんと結婚している。

「あれ、でも既にお子さんが二人いますよね?」

 一時的にパーティーメンバーが離脱することは間々あって、臨時で雇われる冒険者もいる。

「あぁ、だが冒険者は各地を回るだろう? そろそろ腰を落ち着けたいと相談されてね」

 確かに。連れて行くにしても置いて行くにしても、大変な選択だ。

 子供の側にいる為というなら、応援したい。

 どうやら夫婦で相談して、【サムライ】さんはパーティーに残るようだ。

「じゃあ、補充要員は……」

「固定メンバー、ということになる。臨時雇いではないよ」

 本当に世界ランク一位パーティーに迎え入れられる、ということだ。

「……どうして僕なんですか?」

「そんなに不思議かい? 君は四位パーティーの【黒魔導士】じゃあないか」

「無能だから、出ていけと言われても反論出来なかった。皆そう言ってますよ」

「私はそうは思わなかった。君ならばそれくらい、分かるだろう」

「……僕がパナケアさん程の遣い手だと?」

「正直 しょうじき に話そう、私には君の力の底が見えない。底知れないというよりは、どう計っていいかも分からないというべきかな。まず驚いたのは、脱退後に誰も君を発見出来なかったことだ。大騒ぎになって、君が不快な思いをするのではと心配だった。が、映像板 テレビ に出てくるのは不機嫌 ふきげん そうなフェニクスばかり」

 僕が抜けたことは結構なニュースになった。ファン大歓喜、ついに来たかと大騒ぎ。

 アルバが得意げに自分が引導を渡したと語り、普段温厚なフェニクスはカメラとマイクを無視。突撃インタビューが何度か試みられたが、あいつは沈黙を貫いた。僕を馬鹿にするようなインタビュアーの煽 あお りがあった瞬間映像が途絶 とだ えたことがあったが、多分機材が燃やされたんだろうな。

 世間は僕を嫌いでもフェニクスが大好きなので、やりすぎたインタビュアーに同情が集まることはなかった。僕は黒魔法で撒いたが、フェニクスはそうはいかない。だから彼ばかりが映像板 テレビ に映った、ということ。

「更には目撃情報さえもほとんどなかったこと。正確には観測出来る場所が限られていた。組合などだね。帰郷したのかと思い訪ねたが帰ってもいない。そこで思ったんだよ。フェニクスの君への評価は正当なモノで、常人が及びもつかない黒魔法の遣い手なのではないかと。飛躍していると思うかい? だが私は君がこの街にいる可能性に縋 すが り、探し歩いた」

 どこぞへ消えたのだろうと考えた場合は捜索の手がかりがなくなってしまう。それならばすごい黒魔法が使えて隠れているんじゃないか? と考えた方が希望が持てるという話、なのか。多分。

「結果、君は本物だと分かった。私が入店した直後の対応も見事だ。正直どういう理屈で誰も私に気づかないのか、まったく分からない。対象人数を多くすることで効力が下がっているだろう魔法で、抵抗 レジスト 用の魔力が一気に削 けず られた時は驚いたよ」

 あのエアリアルさんが、僕を評価してくれている。

 なんだか現実感がないくらい、すごいことだ。……だが。

「どうしてそこまで僕を? エアリアルさんのところなら、他にいくらでも候補はいるでしょう」

 エアリアルさんは質問を予想していたのか、淀 よど みなく答える。

「ふむ。一つはタイミングだな。一位と四位のサポートメンバーが同時期にやめ、君の方は働くことには問題がない。後はフェニクスの君に対する信頼が、気になった。無能などは有り得ないが、君らの攻略はあまりに自然だったからね。君がどうすごいのか、確かめたかったわけだ。他の三人に明かせない理由にまでは、もちろん深く聞かないつもりでいたよ」

 ……秘密があるところまでは、見抜かれていたのか。

「後……うぅむ、これは仲間には笑われてしまったのだが……」

 エアリアルさんが恥ずかしそうに顎を撫でる。

「君は、【魔王】ルキフェルを知っているかな?」

「それは、もちろん」

 ……僕の師匠なんです、とは言えない。

「私はかつて新人の頃にレイド戦、複数パーティーによるダンジョン攻略に参加したのだが……」

 あぁ、師匠が全滅させたというやつですね。

 僕に対しては黒魔法や、訓練の時に謎の魔法を使っていた師匠だが、【魔王】時代は超攻撃的な魔法でガンガン冒険者を退場させていた。

 ……多分だけど、黒魔術使いだとバレて国に目を付けられるのが面倒だったのだろう。

 今の時代、別に殺されやしないが、厳重な監視がつくことになる。

 それでも魔物側ならば悪役として人気が出そうだが、冒険者側でそれは無理。

 人々が冒険者に求めるものと、『魔王が使っていた黒魔術』はあまりに掛け離れている。

「ルキフェルを見た時には震えたよ。これは違う生き物だ、とね」

 のちに世界一位になる男をして、勝てないと思わせた魔王に師事していたのか、僕は。

 改めて師匠のすごさを再認識する。

「そして君を初めて見た時、一瞬だが同じ震えが身体を襲った」

「────」

 ……すごいな。鋭い 。

 魔王が子供に課すという訓練を僕がこなしたから、というだけではない。

 僕から師匠の気配というか、片鱗 へんりん を感じる理由はちゃんと存在するのだ。

 だが、隠している状態でそれを一瞬とはいえ感じ取るとは、さすがは世界一位。

「私達は君を歓迎する。君に報われてほしいと思うが、どうしても力を秘匿 ひとく したいのであれば協力しよう。だが私達の攻略次第ですぐに知れ渡るだろうがね」

 パナケアさんが抜けてもパーティーの総力が落ちず、もし上がったりなどすれば。

 誰でも気づく。あれ、この【黒魔導士】は無能じゃないぞ、と。

「と、いうわけだ。私はフェニクス達と同じ宿にいる。七日待とう。検討 けんとう してみてくれ」

 そう言って彼は立ち上がる。

 邪魔をした詫 わ びにということでお金をいくらか置いて、彼はゆっくりと店外に向かう。

「や、やったじゃねぇかレメ! 一位だぞ一位!」

 我がことのように喜んでくれるブリッツさん。うん。そうですよね、すごくいい話だ。

 僕はゆっくりとミラさんへと目を向けた。ミラさんは、微笑 ほほえ んでいた。

「おめでとうございます。冒険者の中にもレメさんの素晴らしさを理解してくれる方がいたのですね。短い間でしたが、夢のような時を過ごすことが出来ました。私、絶対に忘れません」

 ミラさんの声は、震えていた。自分の感情を押し殺して、僕の背中を押してくれている。

 笑っているのに、泣いているみたいだ。

 あぁ、エアリアルさんの言う通りですね。彼女は素晴らしくて、素敵な人だ。

「ミラさん、僕が引き受けると思ってるんですか?」

「……貴方 あなた は元々冒険者で一位を目指していたではないですか。魔物では所詮 しょせん レメゲトンとしてしか名を上げられません。顔も隠さなければならない……貴方が子供心に憧 あこが れた勇者とは違う……」

「ミラさんが示してくれた夢は、第二候補なんかじゃないよ」

「……じゃあ、一位の誘いを蹴 け って魔王軍に残るんですか? どうして?」

「どうしてって──」

 僕はミラさんの手を取って、立ち上がる。

「えっ、レメさんっ?」

「ブリッツさん、すぐ戻るので待ってて下さい」

「お、おうっ」

 店の外へ出る。外套 がいとう のフードで顔を隠しているエアリアルさんを発見。

「あの!」

 その背中に声を掛けると、彼はすぐに止まって振り返った。

「おや、もう決めたのかい」

「はい」

「そうか、嬉しいよ。では──」

「お誘いいただいて、本当に光栄に思います。でも、お断りさせてください」

 エアリアルさんは驚かず、穏やかに言う。

「理由を訊いてもいいかい?」

「僕は、一位になりたかった。一位に、入れてもらいたかったわけではありません」

 彼は僕の返答に、嬉しそうに微笑む。少年みたいな笑顔だった。

「……ふむ。なるほど、漢 おとこ だね。確かに頂点というものは、上り詰めるものであって引き上げてもらうものではない。どうやら私は無粋 ぶすい な申し出をしたようだ」

「いえ、冒険者の中にも僕を認めてくれる人がいると分かって、すごく嬉しかったです」

「あぁ、だが君は既に居場所を見つけている。そうだね?」

 ……そこにも気づいていたか。

「はい」

 頷く。エアリアルさんは、僕に手を差し出した。僕も手を出し、握手を交 か わす。

「楽しみだよ。君がどのようにして一番になるのか。その為には私達を越えなければならないね」

 いったいどこまで見抜いているのか。僕が戦うことを諦 あきら めていないことは、伝わっているようだ。

「その時が来たら、勝ちます」

「素晴らしい。まだまだ引退出来ないな」

 彼はニッコリと笑って、今度こそ宿へ帰っていった。

「な、な、なに、なにやってるんですか、レメさん」

 僕らの会話を呆然 ぼうぜん と眺めていたミラさんが、わけが分からないといった顔で僕を見る。

 僕は改めて、今度は彼女の両手を包み込むように握った。

「僕が決めて、魔王軍に入ったんだよ。ミラさんに救われて、夢が明確になった」

 ミラさんは黙って聞いている。

「僕は君達の勇者になると決めた。途中で追い出そうなんて、許さない」

 彼女の瞳を覗 のぞ き込み、からかうように笑う。

 ぽろぽろ、とミラさんの瞳から涙の雫 しずく が落ちてきた僕は慌てる。

「え、いや今のは違うよ、責めたとかそういうことではなくてですね──」

 きゅう、とミラさんが手に力を込めた。

「もう……とっくに私の勇者様ですよ」

 泣き笑いの表情、涙声での明るい声。

 僕は彼女の美しさに目を奪われた。数秒後我に返り、場の空気を変えるように軽口を叩く。

「……世界中の亜人に希望を与えるくらいにはならないとね。私達も冒険者ぶっ倒せるじゃん、ってくらいには思ってもらいたいな」

「ふふ……もう完全に魔物ですね。人類の裏切り者です」

 ミラさんがその頭を、僕の胸にそっと預けた。

 僕以外には聞こえない程の声量で、呟 つぶや く。

「……ほんとは、すごく不安でした」

「うん」

「喜んで、誘いに乗るのではないかと」

「僕は、ミラさんが止めてくれると思ったけどね」

「貴方の幸福が一番です。推しの幸せを願えない者にファンを名乗る資格はありません」

 推しと来たか……。

「そっか。でも僕が他の女性と関 かか わろうとすると──」

「虫は駆除しなければならないと思うのです」

「……まぁ、それは置いておいて」

 触れてはいけないこともある。

「これからもよろしくね、ミラさん」

「はい……!」

 顔を上げたミラさんと目が合った。微笑む。

 彼女はバッと距離をとった。見れば、曲げた人差し指の第二関節あたりをガジガジ嚙 か んでいる。

「どうしたの?」

「一度吸った所為で身体が味を覚えてしまって……吸血衝動がすごいことになってます」

「あー……」

「大丈夫です、我慢出来ます。でももしレメさんの方が我慢出来なくなったらすぐ仰って下さいね。というか私はその時が一秒でも早く来ることを望んでいます」

「深く分かり合うのがいいんじゃなかったっけ?」

「これ以上何を知りたいのですか? 服の下以外に隠しているものなどないというのに。うぅ」

 噓 うそ 泣きするミラさん。分かっていてもほだされそうになるから、彼女はすごいと思う。

「取 と り敢 あ えず、今日のところは戻ろう。ブリッツさん一人にしてるし」

「むぅ。分かりました」

 後日、フェニクスパーティーは第九層を突破。彼らの十層への進出が決定。

 攻略を翌日に控えた夜、フェニクスが僕を訪ねてきた。

 ◇

「げっ」

「その反応は酷 ひど いだろう、レメ」

 フェニクスがやってきたのは、その日の仕事も終わり宿に戻った直後のことだった。

 ローブのフードで顔を隠しているが、扉の前に立っているのは【炎の勇者】フェニクスその人。

 ……宿、教えてないんだけど。

 そういえば、正規の職員になったので魔王城が用意している寮に入れるらしい。

 種族ごとに違う建物らしいが、僕は魔人の寮に入ることになるだろう。

 ミラさんが吸血鬼の寮に入れようと画策していたようだが、何かがあって失敗に終わったらしい。

 この前は「触角 しょっかく と角の何が違いましょう……私は魔人なのでは?」とブツブツ言っていた。

 それよりも今は、突然の来訪者だ。

「いやお前さ、教えてないのに友達に宿突き止められた側になってみろよ」

 フェニクスは想像してみたのか、微妙な顔になった。

「……まぁ、少し怖いかもしれないな。だが、君も君だ。仕事が決まったのなら、教えてくれてもいいだろう」

 エアリアルさんに聞いたのか。同じ宿とか言ってたもんな。

 フェニクスは少し不機嫌そうである。

「その前に、どうやって僕を見つけたんだよ」

 フェニクスにだけ口調が少し荒くなるのは、やはり昔からの友達だからだろう。

「エアリアルさんに話を聞いて、この街で働いていると分かったから探すことにしたんだ。君なら高級宿はとらないだろうし、パーティーを抜けて節約するにしても不潔な安宿は避けるだろう? だから値段が手頃 てごろ で、エアリアルさんと会った酒場からそう遠くない範囲にある宿を片っ端から探して、魔力反応を確かめたんだ」

「ストーカーか何かか?」

 魔力探知は、極 きわ めて繊細な技術だ。こう、魔力反応は手相みたいなものなのだ。

 集中すると、周囲の者達の手相が見えるみたいな。これで個人を識別出来るかと言われると、難しさが分かると思う。ただ魔力が凄まじい人間は別だ。そういう人間は手に絵が描かれているとか、手自体がすごく大きいとか、ひと目で分かる違いがある。

 僕の場合は人並み以下に抑えているので、普通ならば見つけられるわけがないのだが。

 幼い頃からの友人レベルになると、まぁ近くにいればそうと分かる。

 昔話とかだと、親しい者に化けた悪魔の擬態を見破って退治したなんて話があるが、もしかするとあれは魔力探知で別人だと分かったのかもしれない。

 まぁ僕もそうだが、仲間くらいは見分けられる。何年も一緒に過ごせば覚えるというものだ。

「……君に、話があったんだ」

「だろうな」

 ここまでして「顔が見たかっただけ」とか言われたら扉を閉めるところだ。

「それに、魔力探知ならレメの方が得意じゃないか。私は大したことをしてない」

「いや、技術の話じゃなくて行動力の話をしてるんだ」

「逆なら君だって心配くらいするだろう」

 この場合、【役職 ジョブ 】ごと反対の方がいいだろう。

【黒魔導士】フェニクスが脱退し、どこかに就職したらしいと聞く。だが自分には顔も見せず、知らせもない。昔馴染 なじ みで、ずっとパーティーを組んでいたのに。

 ……まぁ、気にしないのは無理か。

「分かった、悪かったよ。なんとなく顔を合わせづらかったんだ」

 話したいことがないわけではないのだが。

 僕が降参するように両手を上げると、フェニクスは何故か申し訳なさそうな顔をした。

「いや、私の方こそ……」

「は? ……まぁいいや、呑みにでも行こう。そこで話せばいいだろ」

「……あ、あぁ。いいのか?」

「そりゃ別に……いやこっちが訊くべきだったな。明日攻略だから酒はやめた方がいいか?」

「それは大丈夫だ。【勇者】は酒に潰 つぶ れない」

 全体的に規格外なんだよな。こう見えて彼はご飯もかなり食べる。魔力を沢山作るとエネルギーを消費するのでその補塡 ほてん という意味合いもあり、それは僕も同じだ。

 だが【勇者】の場合は基礎代謝も高いんだよな、多分。

「それでも前日に呑んだことはなかっただろ、確か」

「一、二杯なら問題ないさ。君が気になるなら、水でもミルクでも構わない」

 あぁ、話をするのが目的なんだから、酒は必須じゃない。

「それでいいよ。僕もお酒って気分じゃない」

 僕も外套のフードをかぶり、二人して宿を出る。めちゃくちゃ怪しい二人組が完成したが、そのあたりはいつも通り魔法を使ったので、通行人に奇異の視線で見られることもない。

 僕の知っている近くの酒場へ行くことにした。料理が美味 うま くて早くて安いのだ。すごい。

「お前、ちゃんと記者とか撒いたか?」

「あぁ、途中で建物の上に飛び乗って屋根伝いに走ったから」

【勇者】にそこまでされたら、並の記者では追いかけることなど出来ないだろう。

「それより、君こそいいのか?」

「何が? さっきからお前変だぞ」

「いや……その……怒っているだろうと思って」

 言いにくそうに、ぼそぼそ呟くフェニクス。

「何を? ストーカー行為か? 不気味だとは思ってるぞ、安心しろ」

 職場のおかげで個性的な人や存在には慣れているから、驚く程では無かったな。

 からかうように言ったが、フェニクスの表情は晴れない。

「いや……パーティーの件だ」

 は? あ……あー、なるほど。そのことで心を痛めているわけか。自分が追い出したわけではないし、むしろ引き留めようとしていたのに、それでも僕が抜けたことに罪悪感があるのか。

「馬鹿だなぁ。あの程度で怒るなら、お前が【勇者】だって分かった時に怒ってるよ」

 十歳。神殿で【役職 ジョブ 】が判明した時、ショックなんてものじゃなかった。

 フェニクスが【勇者】だと分かった時、百パーセントの祝福を抱けたわけではない。

 それでも「よかったな」とか「すごいじゃねぇか」とか言えたのは、知っていたから。

 彼は物事を深く考えられる聡明 そうめい な人間であったし、いじめっ子に対しても復讐 ふくしゅう 心を抱かない優しい人間であったし、いじめっ子との喧嘩 けんか で僕が怪我 けが をした時も、自分のそれよりも僕の怪我を心配するようなお人好 ひとよ しだった。だから、納得してしまった。

 あぁ、そうか。こいつか。そりゃあ、認めるしかない。

「……そうだね、君はそういう人間だった。済まないレメ、疑うようなことを言って」

 彼が悪いことをしたわけではないのに、僕が怒るわけがない。

「はいはい。じゃあお前の奢 おご りな。僕は給料日前なんだ」

 そう言うと、ようやくフェニクスは笑った。

「あぁ、分かった」

 酒場についた。入る。なんだか騒がしい一団がいたが、まぁ酒場だし文句を言う程ではない。

 空いているカウンター席に並んで座った。適当に料理を頼み、水も注文。

「そういえば、レメ。恋人が出来たんだって?」

「……エアリアルさんめ、余計なことを」

 まぁ口止めしなかったし、彼への返答の為に手を繫 つな いで追いかけたのだ。人に知られたくないことだと考える方が難しいだろう。

「水臭いじゃないか、今度挨拶させてくれ」

 フェニクスの奴はなんだか嬉しそうだ。

「まず、恋人じゃない」

「……不誠実はよくないぞ。公衆の面前で胸に顔を沈めていたそうじゃないか」

 エアリアルさん? あれなのか? 友達が少なくて心配していた後輩がついに恋人まで……みたいな喜びで、ついつい人に話してしまったのか?

「友達だ、今は」

 正確には添い寝フレンドだ。ミラさんが言うにはだが。なんだこれ、めちゃくちゃ恥ずかしいぞ。

「ふふ、そうか。でも本当によかったよ」

「どーせ【黒魔導士】は非モテ【役職 ジョブ 】だよ。それより話ってなんなんだ?」

「出逢いはいつなんだ?」

「人の話を聞け」

 肩を押すように弱めに殴ると、フェニクスはおかしそうに笑った。

「いや、済まない。彼が言っていたが、素晴らしい女性だと言うじゃないか。気になってね」

「お前がこれまで付き合ってきた女性の話を延々 えんえん 訊くぞ」

「本題に入ろう」

「そうしろ」

 話したくないだろう、そうだろう。こういうのは本当に性格だと思う。人に話したくてしょうがない人もいれば、黙っておきたい人もいる。いや、ミラさんは本当に恋人ではないのだが。

「それで、今度こそ言えよ? 話ってなんだ?」

 先に運ばれてきた水を一口飲んでから、フェニクスは口を開く。

「先日の件だが、確認したいことがあって」

 パーティーを抜けた件だろう。他に思いつかないし。

「何故、一人で抜けることを決めてしまったんだ?」

「あぁ……」

 そうだよな。今更確かめもしないけれど、僕らは親友で。二人でパーティーを組んだのが冒険者としての始まり。一緒に一位になろうとフェニクスが言って、僕は応じた。

 あれ以上僕がパーティーに残ろうとしても、もっとこじれるだけ。それでも、相談無しにパーティーを抜けるのは、ある意味裏切りだ。約束を反故 ほご にしたようなもの。

 ただフェニクスは、僕を責めようというわけではない。今から行われるのは、確認作業。

 理屈を通し、感情の落とし所を探るもの。

「アルバもラークもリリーも……当然ベーラも、大事な仲間だ。だがレメ、私の、私達の出発点は、幼い頃の約束だったじゃあないか」

 ──『レメとなら一番になれる。百三十年ぶりの【炎の勇者】と最強の【黒魔導士】で、一番になろう』

「でも、僕が残るのは無理だっただろ。力は明かせない、もし仲間にだけ明かしても、アルバあたりは隠せないし隠そうとしない。アピールに使えるからね。それが出来ないなら、やっぱり僕は視聴者から見てお荷物の【黒魔導士】だ。そして──【役職 ジョブ 】は変えられない」

 神様が決めた適職。それが【役職 ジョブ 】。

 もちろん逆らう人生を送ることは出来る。困難だが、出来る。

 しかし、冒険者だけは例外。【役職 ジョブ 】以外での登録は不可能という規程だ。

「だが、四位まで来たじゃないか。後少しだったのに……」

 そう。四位と言えば世界トップクラスだ。

 僕らだって最初は最下位だった。新人は一番下から。

 それでも僕らはランクを凄まじいスピードで駆け上がった。

 ミラさんと初めて会ったのが二年前で、その時は十三位。だがその直後に四位にまで上昇していた。四位になった後、僕らは一度のランク更新を経ている。結果は、順位維持。

 功績だけで言えば三位以上に劣らない僕らが、停滞した理由は?

「だからだろ。四位で足踏みしたから、アルバの不満が爆発 ばくはつ したんだ」

 フェニクスは人類最強に相応 ふさわ しい【勇者】だ。

 一位でもおかしくないと、仲間は皆思っている。いや、一位になるべきだと。実績は充分。

 フェニクスは容姿も体格も自身の能力も契約精霊も優れている。映像板 テレビ への露出も多く、配信動画の再生回数だってトップクラス。では何故、三位以内に入れない?

 三位以上はもう何年も顔ぶれが変わっていない。

 だがフェニクスは【炎の勇者】だ。魔法剣持ちの【戦士】、目にも留まらぬ『神速』の射掛けを放つ【狩人 かりゅうど 】、攻防共に優れた【聖騎士】と戦力も揃 そろ っている。

「だが、次の更新で三位以内に上がれれば、評価も変わったかもしれない」

 不動の人気を誇る上位三パーティーに食い込めれば、風向きは変わったかもしれない。

【白魔導士】パナケアさんのように、たとえばダメージを受けた仲間の魔力体 アバター を修復するような視覚的アピールはないけれど。

 それでも、上位三位というのはそれだけ価値の大きいものだった。

 今いる上位三組を超えるということは、足手まとい込みで出来ることではない。

 三位以内に入ったということはすなわち、全員が超一流であるということ。

 もちろん、仮に入っても『【炎の勇者】の人気で食い込んだだけ』とか否定 ひてい 的な意見は出るだろう。だがそれを、きっと多くの冒険者ファンが諌 いさ める。

 その程度で上れる場所ではないと、分かっている人の方が多いから。

「そうだけど、それが無理だったって話だ」

 僕もフェニクスも一番を目指していた。

 一番になれば、それまで否定してきた人も僕を認めてくれる。だってそうだろう。

 エアリアルさんのパーティーを超えた者達の中に、無能が入っているなど考えられるか?

 そんな思考そのものが、彼らへの侮辱だ。

 ならば、一位のパーティーに【黒魔導士】がいるなら、その【黒魔導士】は優秀なのだ。エアリアルさんの誘いを受けても、きっと同じ結果は得られただろう。より伝わりやすいかもしれない。

 パナケアさんが抜けてもパーティーの総力が落ちないと示せれば、それでいい。

『あれ? 分かりにくいけど、彼がいるおかげでスムーズに攻略出来ているのか?』なんて、そんなふうに認識を改める視聴者が徐々に増えていった筈だ。

「それは……だが」

「実績や【勇者】人気以外で、三位に届かない何かがある。それは何かって考えた時、僕の存在が思い浮かぶのは仕方がない」

「だが実際は君がいたからこのスピードで四位まで上がれた」

「僕だけの力じゃあないだろ。それに新しく入ったベーラさん、彼女もすごく優秀だ」

「私達の攻略を観 み ているか?」

「あぁ、画面に齧 かじ りついてね」

 放送でカットされるところまで余すことなく。

「なら分かるだろう。ベーラの加入で画面映えはよくなったかもしれない。だが……」

 フェニクスが言 い い淀む。

「それも、思えば僕の所為だよなぁ」

 アルバ達は一流の冒険者だが、【勇者】のように劇的に成長するわけでも、僕のように魔王に鍛えられたわけでもない。

 僕らは同じ年代で、だからこそ努力にも限度がある。若いから伸びしろがあるが、若いから未熟な面もあるわけだ。僕は師匠のおかげで鍛えられたし、それに加えて二十四時間魔力を消費し続けることで限界値や技術を伸ばしている。だがそれは【黒魔導士】だから出来ること。

 僕はフェニクスと一位になりたかった。なるべく早く。自分の能力は当然、バレないように。

 だから、仲間を強く見せる方向で魔法を使った。

 結果として仲間達は実力以上の力を発揮することになったが、本来ならば一歩ずつ成長していくところを、僕の魔法によって阻 はば んでしまった。

『まったく問題なく常に最高の結果を出せる』状態が続いた為に、『ミスをして、問題に目を向け、地道に努力し、それを修正。結果、成長する』という道を歩めなかったわけだ。

「その点に関しては私も同罪だ」

 僕が抜けたことで、彼らの動きは年齢とこれまで積んだ努力相応になった。その状態で実際よりも自分達の力を高く認識しているので、現実との差異に苦労しただろう。

「でも、七層から動きが少し変わったよな?」

「あぁ、それはベーラのおかげだね」

 フェニクスが言うには、新人のベーラが僕の黒魔法が有用であったという仮定で攻略に臨もうと提案したのだという。

「……へぇ。アルバもそれを認めたのか? 想像出来ないんだけど」

「あぁ、私が言ったなら聞き入れてもらえなかっただろうけど」

 フェニクスは苦笑。

「だな。でも確かに、今のままだと……」

「あぁ、ベーラはよくやってくれているが……」

「まぁ、今まで以上に退場が多くなってるなぁとは思うけど」

 第五層ではベーラさん。第六層ではラークとリリー。第七層では【勇者】以外の三人が、それぞれ退場している。彼らの動きは変わったし、僕が抜けた直後と比べると、良くなった。

 それはつまり、本来の実力で戦うことになったということ。

 そして、彼らの本来の実力では魔王城の圧倒的攻略は無理だと分かった。歯が立たないという程ではないが、【勇者】がフェニクスでなかったら第十層まで辿 たど り着けはしなかっただろう。

「ラークとリリーはレメへの認識を改めたようだ。アルバも分かってはいるようだが、彼だから」

「分かるよ。でも困ったな……」

「一応、誤魔化 ごまか してはおいたが」

 レメはパナケアさんのように突然変異型の【黒魔導士】。だが古来より、優れた【白魔導士】が聖女や賢者などと呼ばれるのに対し、優れた【黒魔導士】は魔族側に多かったので魔女と呼ばれた。しかも最上級の遣い手は【魔王】で、都市を一夜にして死都へと変えた歴史もある。

 黒魔術師だと疑われるだけでも厄介 やっかい だし、国に付 つ き纏われればすぐに噂が流れ、結局はパーティーに迷惑が掛かる。だから隠していた。

 まったくの噓ではないし、パナケアさんのような前例がいるので受け入れやすい。

「そっか」

「レメ、私は……」

「フェニクス、それ以上は言うなよ」

 料理が運ばれてくる。僕は早速食べ始めるが、フェニクスは食器に手を伸ばさない。

 もぐもぐ。もぐもぐ。もぐも──あー、だめだな。話さなければダメなようだ。

「僕がお前に相談しなかった理由、分かるだろ。相談して、お前にそれ を言わせたく無かったからだよ」

 こいつが弱虫泣き虫意気地 いくじ なしだった頃から知っている。

 昔の約束を今も大事に抱えていることも。まぁ、そこは僕も同じだし。

「仮に。仮に、僕を追い出すくらいならお前らが出て行けって、アルバ達に言ったって無意味だ。いや無意味どころか最悪だな。一位になれなくなる」

 世間からの人気はランク評価の中でも重要な項目。

 だが考えてもみてほしい。無能だと思われている【黒魔導士】の親友を大事にするあまり、三人のパーティーメンバーを追い出す【勇者】を、誰が支持する?

 冒険者は視聴者を楽しませる為にいる。

 友情がいかに尊くとも、仕事の中でさえそれを優先しては評判はガタ落ち。

 ただでさえ僕をパーティーに置いていたのはフェニクス唯一 ゆいいつ の欠点とまで言われていたのだ。

 更に最悪なことに、その後で加入するメンバー達は僕を不満に思っても何も言えなくなる。

 下手なことを言ったら追い出されるからだ。

 そんなの健全なパーティーではないし、『人気』が落ちれば三位以内どころではない。

「分かっている。……だがレメ。なら私達の夢は、最初から叶 かな わないものだったというのか?」

 そういうふうに、思ってしまうよな。けど、今の僕は答えを持っている。

「フェニクスは、どうして僕と一位になりたかったんだ?」

「……何故って」

「僕となら一位になれるって言ってたけど、なれるとなりたいは違うだろ」

「……君が勇者だから。世界一になれば、皆にもそれが分かるだろうと思って」

 もちろん、今では彼自身一位になりたいと強く思っているのだろう。

 だが最初のきっかけは僕。当時の会話を思い出せば、分かること。

「なら、何の問題もない」

 フェニクスが怪訝 けげん そうな顔をする。

「どういうことだい?」

「僕は勇者になるつもりだ。昔も今も、そこは変わってない」

「エアリアルさんの誘いを断ったのだろう?」

「あの人にも言ったけど、一位は入れてもらうものじゃないだろ」

「新しいパーティーを見つけたのか?」

「うーん、ちょっと違うけど」

「レメ、私にも分かるように言ってくれ」

「いつかな」

「……自力で勇者になるから心配するな、ということかい?」

「仲間は見つけた」

 その人達は、僕の力を知っている。僕と共に戦うことを承知してくれている。

「そう、か……」

「だからさ、フェニクス。これからは──競争だな」

「え?」

「お前はライバルじゃなくて仲間がいいとか言ってたけど、僕も言ったよな? 『うかうかしてたらお前のことも追い抜くからな』ってさ」

 一緒に一位になりたかった。その夢は叶わなかったが終わったわけじゃない。形が変わっただけ。

「あ、あぁ。覚えているよ」

 こくこくと、フェニクスが頷く。

「どっちが勇者として上か決めよう。友達だからって、手は抜くなよ」

 僕が笑い掛けると、フェニクスはしばらく呆気 あっけ にとられていたが──最後には笑った。

「……私も、一位の座で君を待っているつもりだったよ」

 その笑顔は嬉しそうで、晴れやかだった。

「ふぅん? その割には泣き言が多いように聞こえたけど?」

「相談無しに脱退した上、連絡の途絶えた親友の薄情さを嘆 なげ いていただけだ」

「それは謝っただろ……」

「その上、新たな友人と恋人を連れて楽しく酒盛りとは……」

「拗ねるな拗ねるな」

 これでも食え、と料理の皿を彼の前に押し出す。

「……美味 おい しいな」

「だよな。しかも安い」

「ふむ、たまに来よう」

「やめろ有名人。お前のお気に入りだなんて情報が漏 も れたら大繁盛 だいはんじょう してしまう」

 店的にはその方が嬉しいのかもしれないけど。

「あはは」

 大して面白 おもしろ いことを言ったわけではないが、フェニクスは子供みたいに笑った。

 僕の言葉への反応というより、心のつっかえがとれた安心感の表れのように思えた。

「……うん。やっぱ一杯だけ呑むか」

「ん。あぁ、私は構わないが、どうしたんだい」

「なんとなくだよ」

 僕は給仕を呼び止め、酒を二人分頼む。そうそう酔いはしないが、それでも普段は控えている。

 なのに、どうして今日に限って呑もうというのか。

 運ばれてきた木樽ジョッキを、僕らはどちらともなく手に取った。視線が合う。

「ライバルに」

 僕がジョッキを奴の方に傾けると、半ば予想していたのか、フェニクスは破顔した。

「この場にいる、二人の勇者に」

 そんなことを言って、僕のジョッキに自分のを打ち合わせる。

 乾杯した僕らは、同時に酒を呷った。

【黒魔導士】レメは最早 もはや フェニクスパーティーの一員ではない。

 だが僕らは道を違えたわけでも、袂 たもと を分かったわけでもない。

 僕らはずっと友達で、憧れの勇者を目指し続け、互いに高め合う、ライバルだ。

 それから僕らはしばらく、くだらない話をした。

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「そんで、オレ様はクソ狼男 おおかみおとこ の爪 つめ をたたっ斬 き り、そのまま首を刎 は ねてやったわけよ!」

 どれくらい経 た ったろう。入店時からうるさかった一団の一人が、自慢げに叫んでいる。

 それを聞いていた他の者は大盛り上がり。

「……冒険者だろうか」

「さぁ、僕は見覚えないよ。百位以内ではないのは確かだ」

 百位以内と有望な新人は大体把握している。

 犯罪行為や迷惑行為でもなければ、冒険者がオフで何をしようと構わないとも思う。

 うるさいのは迷惑といえば迷惑だが、騒がしいのが酒場だし。

 だが聞いてみると、男は随分と亜人を見下しているようだった。

「はぁ……いるんだよな、『設定』に呑み込 こ まれる人って」

 自分達は勇者パーティーで、悪 あ しき魔物棲 す まうダンジョンを攻略する英雄なのだ、みたいに。

 もちろん現実と虚構 きょこう の境目が分からなくなっているわけではないだろうが、考え方が設定に引 ひ き摺 ず られる者は思いの外多かった。元々の性格も関係するのかな。

「酔っているにしても、過激な言動だ」

 フェニクスも渋面を作る。

「マジでクソ魔族共は平和な時代に感謝すべきってもんだ! 世が世ならオレ様に皆殺しにされてるわけだからな! ガハハ!」

 しかも彼の取り巻きだか連れ合いだかは、その言葉にうんうん頷いたり拍手したりしている。

 平和な世になって長いが、どれだけ経っても世界から差別は無くならない。

 亜人と仲良く出来る者もいれば、獣混 けものま じりなどといって馬鹿にする者もいた。

「……はぁ、出ようかフェニクス。気分が悪くなる」

「あぁ、話したいことは話せたし」

 僕らは勘定を済ませて帰ろうとした。が、その時だ。

「なんだお前、亜人か。ほぉ……獣混じりにしてはいい身体をしている。ふむ、ではこうしよう。貴様をオレ様の部屋で『退治』してやる!」

 犬の亜人の給仕を捕まえ、男は下卑 げび た笑みを浮かべる。彼の周囲から非難は無く、むしろ楽しげ。

「あー……もう、明日も仕事なんだけどな」

「大丈夫だレメ。私達二人なら、疲れる心配もない」

「お前のことを周りにバレないようにするのに、神経使うんだよ」

「そんなヤワな鍛え方はしていないだろう?」

「……はいはい、余裕ですよ。余裕ですとも」

 喋っている間も、僕らは男に近づいている。

「あの、その女性嫌がってますよね」

「加えて、貴方の差別的な言動は目に余る」

 男と、その取り巻き──えぇと十三人──が立ち上がる。

「あぁ? なんだテメェら、オレ様を誰だと思ってる?」

 その男はフェニクスでも見上げる程の巨漢だった。だが僕もフェニクスも冷静そのもの。

「知りませんけど、冒険者なら百位より下でしょう。顔に覚えがないので」

 男の顔に青筋が立つ。既視感があるよ。ミラさんを襲った【重戦士】もこうだった。

「よっぽど死にてぇらしいな」

 ドスの利 き いた声。僕は首を傾げた。フェニクスを見る。

「そうなのか?」

 フェニクスも応じる。不思議そうな顔をする僕に、優しく教えてくれる。

「もしかすると彼らは、私達を打倒する力が自分達にはあるのだと考えているのかもしれないね」

「あはは、そりゃ笑えるな」

 大げさに肩を竦 すく める僕。

「……頭沸いてんのかテメェら。いいか、オレ様は【勇者】なんだよッ!」

 あぁ、そう。【役職 ジョブ 】はそうかもね。でも──。

「お前みたいなのは勇者じゃないよ、ゴロツキの間違いだろ」

「後悔させてやるよ、クソガキ」

 酔っぱらい集団に囲まれる。無関係な客達は離れたり帰ったり、一部が静観したり煽ったりしていた。他の給仕や亭主が不安そうな顔でこちらを見ている。

「……俺も悪魔じゃねぇ。泣いて地面に這 は いつくばったら許してやるよ」

「ふざけたことを。貴様が女性に謝罪するのが筋だ」

「テメェにゃ関係ねぇだろうが!」

「このゴロツキは僕がやるよ」

「あぁ、任せた」

「テメェみてぇなヒョロガリが、オレ様を? ハッハ! 面白ェ!」

 決着までは数分掛からなかった。

『無個性な青年』にしか見えない僕の拳 こぶし を、男は避けもしなかった。きっと殴られてもノーダメージってところを見せて、僕に絶望感を味わわせたかったのだろう。肉体自慢には結構多くて、まぁ上手くいくことが多いのかな? そのあたりは分からない。

 防御力を全力で下げて鳩尾 みぞおち を突けば、基本的に一撃で沈むからだ。

 ランク不明の【勇者】さんが「こひゅっ」みたいな声を上げて白目を向き、顔面から床に斃 たお れる。

 一緒に倒れてしまわぬよう、フェニクスが咄嗟 とっさ に女性を引き寄せた。

「どうして地面に這いつくばってるんですか? 許してほしいとか?」

 返事はない。

 一瞬場の空気が凍るが、取り巻きの中では中心人物なのか、一人の男が叫んで飛びかかってきた。

 しかしその男性は近くにいた別の取り巻きに殴られて転倒する。

 ……面倒だから敵味方の認識を『混乱』させて、敵意を近くの者にぶつけるようにしたのだ。

 無関係な客もいるから、扱いが難しい。まぁフェニクスもいるし平気だろう。

 同士討 う ちを始めて戦力ダウンした酔っぱらい集団を、適宜 てきぎ 殴って気絶させていく。

「よし、終わった」

「こちらもだよ」

 最後の一人が床に倒れる。さすが【炎の勇者】。僕が一人倒す間に三人倒すペースだった。

 僕は気絶しているランク不明【勇者】の登録証を探り、情報を記憶。

「私の方からも報告しておこう」

「あぁ、そうしてくれ」

 人数が多くなると問題児が含まれる確率も上がるんだろうけど、問題は僕の遭遇率だな。

「衛兵が来たぞ!」

 先程店外へ退避した客の誰かが呼んだらしい。捕まってしまうと色々と面倒だ。

「急ごう」

「あぁ」

 フェニクスは腰を抜かしてしまった件 くだん の給仕さんを優しく抱き起こしてから、その手に食事代にしては多めなお金を握らせる。

「ご迷惑をおかけした詫びのようなものです。大変美味しい食事をありがとうございました」

 フェニクスを『高身長の青年』としか認識出来ない筈の給仕さんが、ポッと頰 ほお を染めた。

「あ、あの、あっちに裏口があるので……。助けていただき、ありがとうございましたっ」

 ありがたい情報を得た。

「行くぞ女たらし」

「その言い方は酷いだろう」

 苦笑するフェニクスと共に、給仕さんの指さした方向へ急ぐ。

 店外に出た僕らは、しばらく街を走った。

 誰も追ってこないことを確認してから、目についた路地に入る。

「あははっ。【炎の勇者】が酒場で乱闘とか、スキャンダルだな」

「あんな所業は見過ごせない」

「そうだけど、僕一人で出来たのに」

「二人だからすぐに終わっただろう?」

「まぁなぁ」

「……やはりレメの魔法があると、戦いやすいよ」

「知ってる」

 友達に謙遜 けんそん する必要もあるまい。

 どちらともなく、歩き出す。しばらくして、フェニクスがぼそりと話し始めた。

「明日、私達のパーティーは十層を攻略する」

「あぁ」

 知ってる。十一層に繫がる扉を守るのは、僕だし。

「その……勝つから、観て ほしい」

「あぁ、絶対に見る よ」

 大迫力の特等席でお前を迎え撃つのが、僕なんだから。

「一足先に、一位へ行くよ」

「それはどうだろうなぁ」

「……私が負けると?」

「明日になれば分かるだろ」

「私は必ず勝つ。それが勇者なのだと、教えてもらったからね」

「……いつまで覚えてるんだよ、それ」

 嬉しいような、気恥ずかしいような。

「一生忘れないさ」

 僕の宿の近くまで来た。

「じゃ、またな。僕は近々宿を移すけど、今度は突き止めるなよ」

「君が消息を絶たない限りはね」

「分かったって。仕事のことはちゃんと話す。その時は僕の方から顔を出すよ」

「あと、素敵な恋人も紹介してもらわないと」

「しつこいぞ」

 顔を見合わせて、僕らは笑った。次の日、僕らはまた顔を合わせることになる。

 冒険者と魔物として。【勇者】と【魔人】として。そして──人の勇者と、魔物の勇者として。

 親友と、戦うのだ。