Moto Sekai Ichi – Volume 1 raw

Title : 元・世界1位のサブキャラ育成日記 ~廃プレイヤー、異世界を攻略中!~ (カドカワBOOKS)
Author: 沢村 治太郎
ASIN : B07MKQ2CPY
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口絵・本文イラスト まろ

装丁 coil

contents

プロローグ ちっぽけな絶望と最高の世界

第一章 世界一位の男と騎士になりたい女

閑話一 生き地獄から天国へ

第二章 王子と少女と魔術学校

閑話二 ファンクラブの日常

エピローグ 新たなる暮らし、新たなる仲間

特別編 それもまた一興
あとがき

プロローグ ちっぽけな絶望と最高の世界

人生を賭か ける。それはとても難儀なことだと知った。

仕事、スポーツ、趣味、ギャンブル。なんでもいいが、全すべ てをなげうって何かを成さんとすることは、2034年の日本では難しい。

生活が、資金が、社会が、他人が、身体からだ が邪魔をする。一意専心とは、ごく少数の特定の人間にのみ許された特権的恩恵。

俺は学校などろくに通わず、成人してもろくに働かなかった。

ただひたすらに頂いただき を目指した。

文字通り、全て を賭けて。食事・睡眠・排せつといった最低限のこと以外の全てをそれ に捧ささ げた。

『世界一位』

結果がこれだ。何百万という人間の頂点。最も優れた者の証明。

実に爽そう 快かい ! なんたる愉悦!

世界中の誰だれ もが認める完全無欠の一位。全ての者に畏い 敬けい される、まさに神の如ごと き存在。ただ一度の敗北も許されることのない史上最強の頂点。それが俺だったのだ。間違いなく、俺だった。

俺の人生の結果。俺の人生の全て。

フルイマージョンVRMMORPG『メヴィウス・オンライン』世界ランキングぶっちぎり第一位。

それもこれも、今日までの話。
「………… 」

茫ぼう 然ぜん 自じ 失しつ とはまさにこのことだろう。

先日、俺のメインキャラ『seven』は破壊クラツク された。個人データだけでなくバックアップから何から全てだ。

被害は俺だけではない。その数およそ三千人に及ぶと聞いている。それも〝上位キャラ三千人〟だ。

犯人は既に捕まっている。奴やつ も上位プレイヤーのうちの一人で、なんでも「嫉しつ 妬と 心から軽はずみに犯行へと及んだ」らしい。キャラクターデータ三千人分を狙ねら いすましてクラックするなど、軽はずみで行えるワケがない常軌を逸した執念による所業のはずなのだが、メディアおよび一般人はそのあたりがよくわかっていないようだった。

さて、その後のメヴィウス・オンライン略してメヴィオンの運営からの発表はこうだ。

曰いわ く、全ての被害キャラクターの復旧は不可能。補ほ 塡てん は新規キャラクター作製時における課金免除等の優遇のみ。

何度問い合わせても、本社に突撃しても応答は変わらなかった。

「…………………… 」

俺は憤ふん 怒ぬ と虚無感に震え憎悪とともに胃液を何度も何度も吐き出したが、俺以外のプレイヤーはどうだっただろうか。

世論は「メヴィオン運営も被害者」といった風向きで、匿名掲示板16 chでも「まあ妥当な対応だろう」とのレスがほとんど。ツベッターというSNS上ではキャラクターを消された有名配信者がプッツンして暴れまわり運営本社の爆破予告にまで発展し警察沙ざ 汰た に。

しかし、その騒ぎが収まる頃ころ には、もうメヴィオンのクラック事件は完全に鎮火していた。ふざけんな。

「……はー……」

何もやる気が起きない。何も考えられない。溜た め息いき しか出ない。もう三日も水しか口にしていない。

俺の世界一位は、もう二度と戻ってこない。

「………… よし!」

こんなんじゃあ、いつまで経た っても駄目だ。

俺はパァンと膝ひざ を叩たた き、気合を入れて立ち上がった。

「死のう!」
◇◇◇
「──あれ?」

気が付けば、俺はメヴィウス・オンラインの中にいた。

そこはキャスタル王国王都ヴィンストンの大通り、俺がよく利用する食料品店『アイシクル』の前。

久々に見た中世ヨーロッパ風の街並み。親の顔より見ただろうこの剣と魔法のファンタジー世界に広がる風景を、もう二度と見ることはないと思っていた。だが、やはり何度見ても良いものは良い。帰ってきたなぁと感じる。

しかし……いつの間にログインしたんだっけ?

「ちょっと、邪魔! 店の目の前でぼーっと突っ立ってんじゃないわよ!」

背後からアイシクルの看板娘アイスちゃんの声がかかる。聞き慣れた声優さんの声だが……あれ、このセリフは聞いたことがない。知らないうちにアップデートがあったのか?

「……っ!  あ、の……ごめん。うちの店になんか用?」

俺が振り向くと、アイスちゃんは目を見開いて驚き、何な 故ぜ か急にしおらしくなった。よく見ると、頰ほお を薄く朱に染めている。

「おおー、可愛かわい い!」

俺は思わず声に出した。これは良い。とても良い。神アップデートと言っても過言ではない。

「な、なっ、なぁに言ってんのよ、もうっ!」

すると、アイスちゃんは顔を真ま っ赤か にしてそっぽを向き、そのまま恥ずかしそうに店の中へと去っていった。

素晴らしい挙動! もの凄すご いリアリティだ。俺がしばらくログインしていなかったうちに好感度システムか何かが導入されたのかもしれない。こっち路線も良いじゃないかクソ運営。これ目当てに相当数のプレイヤーが増えて市場が潤いそうだが……。

………… ん? あれ、なんか今……。

「──っ! 」

俺は食料品店のショーウィンドウに映った俺の姿を目にした。

ああ、やっぱり。違う。『seven』ではない。これは──

「……セカンド か」

頰を触り、顔を確かめながら、そいつの名前を呟つぶや いた。

メインキャラ『seven』と時期を同じくして作成したサブキャラ『セカンド』。まだなんの育成もしていない、経験値ゼロの〝倉庫キャラクター〟。青黒い髪と銀色の目に透き通るような白い肌、長身細身で超絶美形の期間限定課金アバターが、ショーウィンドウのガラスの中で驚きよう 愕がく の表情を浮かべていた。

「そうか、そういえば」

随分前に食料品店の前でログアウトしたのを思い出した。正月のイベントで使う予定だったもち米を大量に買い込み、メインキャラに渡し終えたところで放置していたのだ。

「………… はぁあああああ」

大きな溜め息が漏れる。sevenが復活したのかと無意識に一瞬でも期待した俺がバカだった。

俺のsevenは、世界一位は、もう何ど 処こ にも存在しないんだ。何度も何度も嚙か みしめたはずのことなのに思い出すだけで泣きそうになる。

駄目だ。今さらもう一度メヴィオンをやり直す気にはなれない。とっととログアウトしよう。

…………………… 。

「ん?」

ログアウトがない。というか、管理画面が開けない。バグッたか? とりあえず緊急停止ボタンを押して現実 に──?

……あ。いや、待てよ。

「──── ああ、そうか」

そうだ。現実なんてねーよ。どうして忘れていたんだ。そうだよ。そう。俺はもう──

「死んだんだった」
◇◇◇
「え、じゃあなんでメヴィオンの中いんの? 俺」

おかしいでしょ、これ。どういうことだよ。死後の世界がメヴィウス・オンラインってことなんですかねぇ?

確かに、心底願ったよ。「メヴィオンの世界に生まれていたら良かったのに」と、意識のなくなるその瞬間まで呪じゆ 詛そ のように唱え続けた。「できることならゲームの世界に生まれたかった」なんてさ、我ながらクソみたいな辞世の句だ。

………… もしかして、叶かな った?

アイスちゃんのNPCノンプレイヤーキヤラクター らしくない人間的なセリフも、ログアウトできない理由も、そうであったとすれば頷うなず ける。

「ま、待て。え、あ、痛っ!」

……痛い。頰をつねると、痛い……ゲームなのに、痛い……!?

……………… !!

「ふぉ、Foooooooooooooooooooooooo!!!!!! 」

生まれ変わった! ゲームの世界に!!

さ、最高だ! 最高だッ! 最っ高だッッッ!!  ありがとう!!  ありがとう!!!

「Fooooooo!!!! 」

俺は我を忘れた。人目など微み 塵じん も気にすることなく、奇声をあげながら小一時間踊りまくった。俺にとっちゃそれほどのことだった。人生で一番嬉うれ しかった。それこそ、世界一位を獲と った時よりも。何十倍も、何百倍も。

「Fooooooooooooooooo!!!!! 」

何千倍も嬉しかった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」

流石さすが に疲れた。ステータスを見ると、SPスタミナポイント がゼロになっている。

どんだけ動き回ったんだと思ったが、そういえばこのキャラはまだ何も育成していないからステータスが初期値のままだった。当然の結果である。

「はぁ……ふぅ……」

しかし、メヴィオンの中で息があがって疲れるなんて経験はこれが初めてだ。

実に新感覚。実に面白い。実にテンションが上がるッ! 俺は、俺はついにネトゲの世界に来たんだ!!

「Fooooo「取り押さえろ!」痛ぇ!? 」

「暴れるな!」

再び舞い踊ろうとした俺を、鎧よろい を着た人たちが押さえ込む。なんだなんだ!?

「こいつで間違いないな?」

「え、ええ……店先で騒いで迷惑なので連れていって」

食料品店の方を見ると、軽けい 蔑べつ の目でこっちを見やる看板娘のアイスちゃんがいた。

「何者だ貴様!」

恐らく騎士だろうNPCがそう問いかけてくる。いや、今はNPCではなく〝人〟なのか?

ともかくそう聞かれたらこう答えるしかない。

「なんだチミはってか? そうです、私わたす が」

「連行しろ!」

「イテテテテ! 痛い!」

痛い! ああでも痛いって新鮮!
……とかなんとかどうでもいいことに興奮しているうちに、俺は第三騎士団によって逮捕された。『キャスタル王国第三騎士団』というのは、まあ平たく言えば警察だな。

「どうしてあんなことをした?」

その騎士団の詰所で、俺は取り調べを受けていた。

「ちょっと、その……テンション上がっちゃって」

平静を取り戻した俺は、恥じ入りながら答える。

対面に座るのは、後ろで纏まと めたプラチナブロンドの髪が素敵な凛りん とした騎士の女性だった。可愛かわい いというよりか美人だ。でもこんなNPCは見たことがない。つまりこの世界特有の人物ということだろうか?

「ふむ……貴様、見たところ貴族か? 何家の者だ。何な 故ぜ 一人でいる。供はどうした?」

「いや、貴族というわけでは」

「我々第三騎士団に特権など通用せんぞ。誰だれ であろうと法を犯せばそれは罪となる。罪は悪である。悪を裁き善良な市民を守るのが我らの責務だ」

「いや、だから貴族じゃ」

「吐け、悪徳貴族め! もう調べはついている!」

「えぇ……」

駄目だこいつ話になんねえ。

「そうか、だんまりか……仕方ないな」

シャランという金属の擦こす れる音とともに、目の前の女騎士は腰のショートソードを抜いた。噓うそ だろ?

「ちょっ、待てっ。話す話す、話すから!」

「ふん、最初からそうすればよいものを」

うわあ、腹立つ。というか脅迫だろう、これは。そうか、さてはこいつアホだな? 参ったぞ、アホの相手はしたくない。

「名前と職業を言え」

「名前はセカンドです。冒険者です」

「噓をつけ!」

「どうすりゃいいんだよ……」

出で 鼻ばな を挫くじ かれた。

「貴様のその服、冒険者のものとは思えんほどの仕立てだ。相当に高価なものだろう」

ああ、なるほど。原因は装備か。確かにメインキャラほどではないが見栄えが良くなるように相応のレア服をこいつに着せていた。そのせいで今、俺は貴族と間違われているというわけか。

………… 非常にマズい。

第三騎士団の下層部と貴族たちとの軋あつ 轢れき は、ゲーム内でも有名な話だった。今取り調べをしている彼女の立場は、貴族とズブズブに癒ゆ 着ちやく した上層部の下で鬱うつ 憤ぷん を溜た めている正義感溢あふ れる騎士といったところだろう。目の前に蔓延はびこ る貴族どもの悪行、正義の名のもとに何度も追い詰めては、その度に上層部から圧力がかかり事実を握にぎ り潰つぶ され……いずれこう思い始める。「自分はなんの為ため に騎士になったのだ」と。

みたいなね? まあつまるところ、彼女は貴族がもの凄く大嫌いなのだろう。その様子から、それが人一倍のものだともわかる。そして俺は貴族っぽい装いをしている。

……ヤッベェぞ、これ。身分を証明する物が何もない。どうしよう。

「さあ、吐け! 一体何を企たくら んで──」

その時だった。バァーンという大きな音と同時に取調室の扉が勢い良く開き、体格の良い騎士のオッサンが入ってきた。

「シルビア! このド阿あ 呆ほう が!」

「 [image file=Image00005.jpg] ぃっ!? 」

そしてゴチーンという鈍い音とともに女騎士の頭をぶっ叩たた き、俺に頭を下げさせる。

「うちのバカが失礼した。代わって私が取り調べさせていただく」

「は、はぁ」

シルビアと呼ばれた女騎士は、目じりに涙を浮かべて頭を押さえ「うぐぐ」と唸うな りながら退室した。かなり痛そう。

「さて、すまんな。貴殿には威力業務妨害の疑いがある。まず身分と目的を簡潔に説明願う」

オッサンは何ごともなかったかのように口を開く。よかった、この人は話が通じそうだ。

「名前はセカンド。にじゅ、じゃなかった、えーと十七歳。冒険者」

本当は「佐さ 藤とう 七しち 郎ろう  二十八歳 無職 独身」だが、このキャラのステータスには十七歳と出ていたので、そっちの方を答えておいた。

冒険者というのも偽りないだろう。メヴィオンでは、プレイヤーは冒険者として世界を旅させられる設定だったはずだ。

「なるほど。食料品店の前で奇声をあげて踊っていたところを現認されているが、何故そのようなことを?」

「つい、我を忘れて……すみません」

「認めるのだな。目的については?」

「店に迷惑かけるつもりはなくて……これといって目的はないです……」

……なんか、うん、すげぇ情けない。ここはもうきちんとした社会の中 なんだなと痛感する。いつまでもゲーム感覚でいたら駄目だ。

「なるほど。故意に営業を妨害したわけではないとの主張でよいか?」

「はい」

「わかった。では相手側にその旨を伝えてくる。その間に薬物検査を行うが構わないか?」

「は、はいぃ……」

………… 恥ずかしっ。
その後、薬物中毒の疑いも晴れ、食料品店アイシクルの店主から示談を持ちかけてもらい、お金を支払って晴れて釈放となった。

すみません、すみませんと何度も頭を下げる俺に「今度うちの店で何か買ってね」と言ってくれた店主のおばちゃんの優しさを絶対に忘れまいと誓う。

「……しっかし、世の中こんなんでいいのかねぇ?」

俺はインベントリの中にある金貨の山を見て呟つぶや いた。現在の所持金は、二十億CLと少し。俺の感覚で言えば大した金額ではない。

そして示談金は、たったの十五万CLぽっち。十五万CL……記憶が正しければ「これ装備して脱初級者」といったレベル帯の防具すら満足に買えない程度の金額だ。

ああ、ちなみに貴族と勘違いされた格好良いレア服は詰所を出てからすぐに着替えた。今は街の商店で適当に買った焦げ茶色と黒のレザー装備を着ている。胴・脚・手・靴の四つ、おまけに耳ピアスを加えて合計二百三十万CLだった。これが高いのか安いのか、いまいち謎だ。

うーん、こりゃ早急にこの世界の貨幣価値を調べる必要が出てきたぞ。

「おっ」

そんなことを考えていると「ぐぅ~」と腹の虫が鳴った。よし、丁度良いのでメシにしよう。金銭感覚を摑つか むのも、一食いくらとか一泊いくらとかそういうのが一番身近でわかりやすいんじゃないだろうか。

俺は折角だからと大通りまで歩いて、そこそこ活気のある木造の風情ある宿屋に入った。見たところ高級宿ではないが、かといってボロ宿でもない。例えるならビジネスホテルのような丁度良い具合の宿屋だろう。

「一泊いくらですか?」

「  」

受付の女の子にそう聞いたのだが、彼女はぽかーんと口を開けたままこちらを見つめて何も喋しやべ らない。

「あのー、もしもし? 一泊いくら?」

「へっ、あっ、ご、ごめんなさい! えっと一泊でしたっけ!?  えーと、えーと!」

改めて声をかけると、何故か知らないが頰ほお を染めてテンパりだした。アイスちゃんと初めて会った時もこんな感じの反応だった気がする。俺が悪いのかこれ?

「ええとですね、朝晩食事付きで一泊七千CLになります。素泊まりなら四千CLです」

しばらくすると値段を教えてくれた。安ぅ!?

え、じゃあ俺の買った全身装備二百三十万CLって、実はメチャクチャ高級品だったんじゃ? ……まあいいやもう買っちまったんだ。気にしたら負け負け。

「じゃあ素泊まりで五泊」

「はい、かしこまりました!」

受付の子は嬉き 々き とした表情で頷うなず くと、部屋の鍵かぎ を渡してきた。その際ちょこっと手が触れてしまったのだが、童貞の俺が童貞らしく意識して赤面するよりも先に彼女がゆでダコのように真っ赤っかになった。ここで疑念が大きくなる。

俺は首を傾かし げながらも、今日から泊まる部屋を確認した。一人部屋にしてはそこそこ広い。明かりはランタン、ベッドはまあまあ、トイレは共同だが驚くべきことに水洗であった。風ふ 呂ろ は一階に浴場があるのを知っているので心配はしていない。

俺は再び一階に降りて、ガヤガヤと賑にぎ わう酒場で早めの夕食をとることにした。カウンター席に座り、この店の名物であるハンバーガーを注文する。

待機している最中、ふと違和感を覚えた。前後左右から、ちらちら、ちらちら、と。

……あー、なるほどわかった。めっっっっっっ ちゃ見られてるんだこれ。

大勢の客で賑わう酒場のあちこちから視線を感じる。それも、特に女性からの熱のこもった眼まな 差ざ しを。

ここで俺の疑念は確信へと変わった。

原因は〝アバター〟だ。期間限定の課金アバターで超絶美形に整えた結果がこれなのだ。

ただのネトゲキャラが美形であっても誰だれ も見向きもしないが、それが現実世界であったら話は全くの別。

凄すさ まじく気分が良い。ここがもう単なるネトゲの中ではないという事実を体中にひしひしと感じ、背中をゾクゾクと快感が駆け抜け、ついつい笑みがこぼれる。

メヴィウス・オンラインの世界。ここでの努力は、決して無駄にはならない。俺にとってこれ以上ない、たった一つの最高の条件。

「ネトゲなんか頑張ってもなんの意味もない」「ネトゲで世界一位になっても仕方がない」「早く現実に戻らないと」「ちゃんと学校に行きましょう」「真ま 面じ 目め に働こう」「この先どうするつもり?」

今まで言われ続けた正論、心の奥底にあった不満。その全すべ てが覆る世界。

「はは、ははは!」

笑いがこみ上げる。

決めた。俺、また世界一位になろう──。

[image file=Image00006.jpg]

第一章 世界一位の男と騎士になりたい女

「うー……」

二日ふつか 酔よ いでズキズキと痛む頭を持ち上げて部屋を見渡す。良かった、夢ではなさそうだ。

昨晩は調子に乗り過ぎた。異世界転生祝いという大義名分のもと、慣れない酒をがぶ飲みしたのが良くなかった。ここはもうゲームの中ではなく現実なんだから、そりゃ二日酔いするっちゅーねん。

今は……窓から差し込む陽光の角度からして、だいたい十時頃か。掛け布団をはいだ時に舞ったのだろう埃ほこり が太陽に照らされてキラキラと光っている。俺はほんの少し肌寒さを感じ、掛け布団を手繰り寄せて腹にだけ被かぶ せた。季節は春くらいだろうか? 実に過ごしやすい陽気だ。心なしか空気も澄んでいる。微睡まどろ んでいるだけで心が浄化されるようであった。

そうして頭痛が治まるまでしばらくぼんやりとしてから、静かに立ち上がる。すると、俺はわずかな食欲を自覚した。丁度よいので、遅めの朝メシを食いながら今後の方針を固めることにする。

「さて、何を食うかね」

長年のソロ活動でもはや癖のようになった独り言を呟つぶや き、一階の酒場へと降りていく。

「あっ、こんにちはセカンドさん。昼食ですか?」

「ええ、まあ。カレーライスお願いします」

「かしこまりました~」

もう昼時だった。俺は昨夜知り合ったやけに愛想の良いウェイトレスに注文し、カウンターに着席。思考に耽ふけ る。

うーむ。まず目下の課題としては、やはり〝必ひつ 須す スキル〟の習得だろう。このメヴィオンにおける必須 と呼ばれるスキルの数々、習得していなければ脱初心者どころかお話にもならない。

となれば、優先順位の第一は〝経験値稼ぎ〟に置き換わる。

メヴィオンのゲーム性は主に経験値システムで成り立っている。スキルを覚えるためにも経験値が必要で、ステータスを上げるためにも経験値の積み重ねが必要だ。ステータスは経験値獲得時ならびにスキルランクアップ時に伸びる。また、キャラクター作成時に設定した成長タイプと、習得しているスキル種およびそのランクによって伸び方が変わる。経験値の獲得方法は単純で、魔物を倒すかクエストを遂行するかのどちらかである。

スキルは戦闘術や魔術や生産など多種多様にわたり、各スキルに「16 級~1級」その上に「初段~九段」までのランクが設けられている。更にその上に「タイトル」と呼ばれる特別ランクが存在するが、それについては今考えても無駄だろう。もちろん、スキルランクを上げるためにも大量の経験値が必要となる。

「あれ、そういえば」

俺はカレーを食いながらステータス画面を開く。

ああ、やっぱり。この『セカンド』の成長タイプも『seven』と同じく〝オールラウンダー〟だ。オールラウンダーとは経験値獲得時におけるステータスの伸びが偏りなく均一で、良く言えば世界一位向け、悪く言えば器用貧乏である。まあいずれ全てのスキルを上げきって世界一位を目指すのだから、ステータスが変に尖とが ってしまう特化型より全てのステータスを完かん 璧ぺき に上げきることのできるオールラウンダーの方が圧倒的によいと言える。そのかわり、他の成長タイプより序盤の育成が相当厳しくなるが。

……と、すれば。使うしかない、あの方法 を。

俺は空になったカレー皿をカウンターに返して「ごちそうさま」と一言、食事代を払って酒場を後にした。

向かった先は、王都で一番大きなポーション専門店だった。
「この『解毒・解呪・回復ハイポーション+プラス +プラス 』をあるだけください」

「は……はっ!? 」

俺の言葉に「意味がわからない」といったような顔で啞あ 然ぜん とする店員さん。

「あの、失礼ですが、在庫を含めますともの凄すご い金額に……」

「何個ありますか?」

「えー……現在、六百三十個ほど御座います」

「じゃあ全てください」

「は、はぇえ……」

店員さんは目をぐるぐると回しながらこくこくと頷うなず いて、店の奥へと引っ込んだ。多分在庫を取りに行ったんだろう。

解毒・解呪・回復効果を持つ二段階強化のハイポーション、一個あたり十二万CLである。

十二万CL×六百三十個=七千五百六十万CL……まあ、大した額じゃない。六百個ちょいだと少し心もとないが、仕方ないとしよう。

「お、お、お待たせしましたぁ」

汗だくで六百三十個のポーションを運んできた店員さんにお礼を言って、商品を確認。特に問題なし。現金で一括払いして、ポーションを全てインベントリに詰め込む。

「後九千個ほど必要なので、入荷しておいてください。また近いうちに買いに訪れます」

俺はそうとだけ言い残し、店を後にした。
さて。この高級ポーションで一体何をするのかと言うとだ。

それは、かつてメヴィオンの中で「ダイクエ戦法」と呼ばれていた、反則級の序盤の経験値稼ぎである。

このダイクエ戦法とは、昔の8bitゲーム『ダイナソクエスト』に存在した「固定ダメージを与えるアイテムを回避率の高い敵に投げつけて倒す」という小技を参考に編み出された経験値稼ぎの方法だ。

何ど 処こ の誰が発見したのかは知らないが、実は解毒と解呪と回復の効果を併せ持つポーションにはアンデッド系の魔物に対して固定ダメージを与える効果がある。

本日購入した『解毒・解呪・回復ハイポーション++』は、アンデッドに固定で千二百ダメージだ。これはヴァイパーゾンビというアンデッド系の中でも比較的経験値がおいしい中級魔物のHPヒツトポイント をギリギリ削りきるダメージ量である。

すなわち、ヴァイパーゾンビにこいつを投げつけることで、初心者だろうが三歳児だろうが、誰でも確殺することができるのだ。

素晴らしく楽ちんで簡単で効率のよい経験値稼ぎの方法である。が、しかし、この方法は一部の上級者のサブキャラでしか行われていなかった。

何な 故ぜ なら、途と 轍てつ もなくお金がかかる のである。

ダイクエ戦法を使って、いわゆる中級者と呼ばれるレベルのスキルとステータスを用意できる分の経験値を稼ぐには、このポーションが最低でも一万個必要だった。計十二億CLである。そんな金額をポンと用意できるのは、やはりメインキャラを他に持っている者くらいだろう。

それに加えて、魔物を倒した際に得ることのできる経験値は、自身の累積獲得経験値量によって変動する。すなわち、経験値を得れば得るほど弱い魔物から得られる経験値が少なくなってしまう。つまり、ヴァイパーゾンビが雑ざ 魚こ になるくらい経験値を上げて強くなってしまったら、もうこのダイクエ戦法は意味をなさないのだ。

よって、ダイクエ戦法は序盤の経験値稼ぎとしては、金に糸目をつけなければ非常に優秀だが、それはあくまでも序盤のみであり、中級者以降は通用しない。

ただまあ可及的速やかに強くなる方法としてはこれ以上ないくらいの裏技なのだが。
「まさか俺がやる日が来るとはなぁ……」

王都から馬で二時間ほど進んだ鉱山の裏手にある大洞どう 窟くつ の奥。有名な狩場のはずだが、人っ子一人いない。

もしかすると、この世界ではまだダイクエ戦法は発見されていないのかもしれない。もしくはポーションが高価すぎて誰もやらないか、はたまた初級者の数が少ないのか。いまいち謎だが、誰もいないということは狩り放題ということだ。僥ぎよう 倖こう である。

そんなこんなでしばらく洞窟を進んでいると、あることが判明した。大洞窟の中はゲームの時と比べて異様に暗かったのだ。インベントリから雑貨屋で買っておいたカンテラを取り出し、左手に持って先へ進む。一番高い値段のカンテラを買ったからか、今度は洞窟内が異様に明るくなった。

「……うわぁ」

いた。発見した。うごめくヴァイパーゾンビたち。体長一メートル超のヘビのようなウツボのようなにゅるにゅるした魔物だ。見ているだけでもおぞましいのに、粘液がこすれ合ってネチョネチョと音を立てていておまけに腐臭が酷ひど いという五感に訴えかける最悪の状態である。

とっとと終わらせて帰りたいところだ。俺はターゲットを取られないようにこっそり近付き、ポーションを一つずつ投げつける。

バジュウ、バジュウ──と、とてもポーションとは思えない音をたてて、ヴァイパーゾンビが一匹もう一匹と瞬時に蒸発して逝く。

あっ……なんか気持ち良いかも。

一掃したら、次の狩場へ。それを延々と繰り返して元の狩場に戻ってくると、また湧わ いてきているので一掃する。そうして一切の休憩をとらず、ひたすらポーションを投げ続け、ついに六百三十個全すべ てを投げつくした。

経験値量は、まあ及第点。この調子なら、近いうちに必須スキルを大方取りきってスキルランクも上げることができそうだ。

「しまった日が暮れたか」

洞窟から出ると、日が暮れていた。思った以上に真っ暗だ。そして王都を出る際に買ったばかりの俺の馬が見当たらない。まさか逃げやがったか? そこそこ値の張る馬だったので少し不安になる。

「ブヒヒィン」

……と思ったらいた。黒くろ 鹿か 毛げ だからか闇やみ に紛れてよく見えないだけだった。おお、よしよしセブンステイオー。お前黒くてわかりにくいぞ。なんとかしろ。

「あ、そうだったそうだった」

そこでふと思い出す。経験値が少々手に入ったため、《乗馬》スキルを習得することにした。習得条件は五分以上馬に乗ることなので既に満たしている。俺は《乗馬》のランクを16 級から一気に9級へと上げた。《乗馬》は9級から加速と安定が跳ね上がる。必要経験値量もそれほど多くないので、序盤は9級で止めておくのが一番コストパフォーマンスが良いというのは常識だ。

「よーし。帰るぞセブンステイオー」

俺はセブンステイオーにまたがって帰路を急いだ。鉱山から王都への道はメヴィオン初級者時代に何度も何度も往復したので目を瞑つぶ ってでも行ける。セブンステイオーもスイスイ進んでくれた。こいつ、なかなか夜目が利くようだ。

しばらく行くと街灯が見えてきた。やっと王都だ。メシ食って酒飲んで風ふ 呂ろ 入って寝よう!

「止まれ!」

……おおっと。なんだか嫌な予感がする。

「貴様、何者だ!」

聞き覚えのある凛りん とした女性の声。確か、シルビアとかいうおつむの弱い美人の女騎士だ。

「あー……昨日きのう はどうも」

馬から降りて挨あい 拶さつ する。若干恥ずかしい。

「むっ、昨日のセカンドとかいう輩やから か。こんな夜更けに何をしている」

シルビアは覚えていたみたいだ。それに、対応も少しだけ、ほんの少しだけ柔らかくなっている気がする。多分あの上司にたっぷり [image file=Image00007.jpg] しか られたんだろう。

「ちょっと鉱山の方へ」

「鉱山だと? 貴様が? 一体何をしに?」

訝いぶか しむ目。なるほど、職務質問的なやつだこれ。王都の警察様はご苦労なことだ。

「経験値稼ぎだよ。鉱山の裏手にある大洞窟だ」

「……貴様、噓うそ も大概にしろ。あのような危険な場所へわざわざ魔物を倒しに行っただと? 意味不明だ」

「ん……?」

よくわからない。

「どういう意味だ? あそこのヴァイパーゾンビは結構おいしいと思うんだが」

「ふむ。そうか、わかった。貴様には常識というものがないのだな。もしくは頭のネジが一本ないかだ」

残念なものを見るような視線。なかなかに腹立たしい。

………… ん? いや、待てよ。こいつ、さっき「危険」と言ったか?

俺は不意に直感した。もしかして……。

「なあ、一つ聞きたいんだがいいか?」

「……構わん」

もの凄く渋々という感じで頷うなず くシルビアへ、確認するように質問を投げかける。

「ダンジョンって二十一個あるよな?」

メヴィオンの醍だい 醐ご 味み とも言えるダンジョン、その数は全部で二十一だ。プレイヤーは皆こぞって攻略に挑戦し、情報を共有して各々が楽な周回方法を模索していたのだが……。

「何を言っている? ダンジョンは十九個だ」

やはり。ということは──

「そのうち何個攻略されている?」

「十三個に決まっているだろう」

う、うわぁ……噓だろ……。

「わかった、ありがとう。もう行っていいか?」

「ふん、とっとと行け」

シルビアの「変な奴やつ だな」というような視線を背中にビシビシと浴びながら、宿屋へと馬を走らせる。

……なるほどな。だいたい理解した。

この世界では、死=死、なのだ。

何を当たり前のことを……と、五分前の俺なら笑うだろう。

いや、笑いごとじゃねぇよ。つまりは「わざわざ死の危険を冒してまで強くなる人は少ない」のだ。何故かって「死んだら終わり」だから。

そして「何千回何万回と死の危険を冒さなければ知り得ない情報を俺は知っている」ということ。

それは、つまり。

「は、ははは、ははははははっ!」

笑いが止まらない。

世界一位。思ったより早く到達できるかもしれない。
◇◇◇
朝がきた。非常に清すが 々すが しい気分で起き上がり、酒場で朝食をとる。

今日は王立大図書館へ行く予定だ。ある程度の経験値を稼いだとなれば、次に向かうべき場所はここである。

『王立大図書館』──通称「コミケ」。多分この世界ではそんな別名などないだろうが。

何な 故ぜ コミケなどと呼ばれているのか。それにはメヴィオンのスキル習得システムが関係している。

スキルを習得する条件としては、主に二つある。一つが、スキル本を読むこと。もう一つが、スキル習得クエストを完遂すること。前者は基礎的なスキルに多い条件で、後者は応用的なスキルに多い条件だ。

そして、王立大図書館にはたくさんのスキル本が存在する。

もうおわかりだろう。メヴィオンを始めたばかりの初心者たちは『キャスタル王国』の『王都ヴィンストン』へ訪れたら、真っ先に王立大図書館でスキル本を片っ端から読むのだ。読むといってもページをパラパラとめくるだけで条件を満たしてしまうので、一番右端の棚からスキル本を取っては戻し取っては戻しと結構なスピードで順々に本棚を巡っていく。それを大勢の初心者プレイヤーやサブキャラ育成組が列をなして黙々とやるものだから、その様子がまさにコミケみたいだと言われ別名が付いた。中には「最後尾」と書かれたプラカードを自作して掲げる者や「〇〇〇完売」などとチャットを打って謎の情報戦を繰り広げようとするお調子者もいた。

……なんて懐かしんでいるうちに、王立大図書館に到着した。二千CLの入館料を払って中へと入る。俺はさっそく右端の棚に向かい、コミケよろしく高速スキル本巡りを始めた。

そう、経験値を稼いだら、お次はスキルの習得である。メヴィオンというゲームは、スキルを覚えなければ何も始まらないのだ。

今回覚えようとしているのは【剣術】【弓術】の基礎的なスキルを二つずつと、【魔術】の壱ノ型と呼ばれるスキルを四属性分である。

【剣術】【弓術】だけでなく【槍そう 術じゆつ 】【体術】【盾術】など様々な種類のある戦闘系の〝大スキル〟には、それぞれ「歩兵・香きよう 車しや ・桂けい 馬ま ・銀将・金将・角行・飛車・龍りゆう 馬ま ・龍りゆう 王おう 」と九種類の〝小スキル〟が存在する。今回は【剣術】の《歩兵剣術》《香車剣術》と【弓術】の《歩兵弓術》《香車弓術》の四つを習得する予定だ。歩兵は通常攻撃、香車は貫通攻撃のスキルである。

さて、ここまでは難なく習得できた。お次は【魔術】だ。

【魔術】に関しては、火・水・風・土の四属性が存在し、それぞれ壱ノ型・弐ノ型・参ノ型・肆し ノ型・伍ご ノ型と五つの種類がある。王立大図書館に置いてある魔導書は、メヴィオンの時と変わらず四属性の壱ノ型だけだった。この感じだと、弐ノ型と参ノ型の魔導書は『王立魔術学校』に、肆ノ型の魔導書はダンジョン攻略の報酬として、伍ノ型の魔導書は高難度クエスト完遂後に獲得できるはずだろう。

と考えている間に、壱ノ型もつつがなく習得完了だ。ここで覚えたかった基礎的なスキルの本は全すべ て読み終わったので、そそくさと図書館を後にする。

今後の方針としては、【弓術】 [image file=Image00008.jpg] 【剣術】 [image file=Image00008.jpg] 【魔術】 [image file=Image00008.jpg] 【召喚術】の順番で育成していこう。【弓術】による遠距離からの攻撃で安全性を確保しつつ経験値を稼ぎ、次にダメージ効率と使い勝手の良い【剣術】で地盤を固め、火力の高い【魔術】で格上相手の切り札を準備する、という計画だ。

育成方針の四つ目【召喚術】について、これを比較的早めの段階で育成しようと思っている理由としては、俺のアバターだ。このサブキャラ「セカンド」を作る際に購入した『期間限定アバター』には『プレミアム精霊チケット』が付属していた。これを用いればレアな精霊を召喚できる確率が非常に高くなる。強力な精霊を召喚できる可能性が高い現状、【召喚術】を上げない理由はない。ただ【召喚術】はそれメインで戦うには限界がある補助的スキルなので、【弓術】【剣術】【魔術】をある程度上げてから育て始めるのが良いだろうと判断した。

さて、方針が決まったら、さっそく習得したスキルに経験値を割り振ってランクを上げよう。

《歩兵弓術》を16 級 [image file=Image00008.jpg] 三段に、《香車弓術》を16 級 [image file=Image00008.jpg] 初段に。これが弓術のみで戦える最低ラインだと思っている。四属性の【魔術】壱ノ型は全て16 級 [image file=Image00008.jpg] 5級まで上げて、ここで一いつ 旦たん 止めておく。壱ノ型は5級から発動準備時間が短縮されるのだ。他は16 級のままでも問題ないと思うが、一応《歩兵剣術》だけ9級に上げておく。やむを得ず近距離戦闘を行う時の保険だな。

ここまで上げて配分できる経験値が底をついた。まあこんなもんか。基礎スキルは一ひと 先ま ずこれでいいだろう。後は必要になったらまたコミケに行って習得すればいい。

「よし、弓術の必ひつ 須す を覚えないとな」

【弓術】の必須スキルは、歩兵と香車に加えて桂馬・銀将・金将・角行・飛車である。ほとんど全てだ。ただ、龍馬と龍王だけはいらない。非常に強力ではあるが、無駄に派手で準備時間が長く使いどころが少ないうえにコストがバカ高いため、育ちきっていないキャラクターにおいてはかなり実用性の低いスキルだと俺は思っている。

それぞれ、《桂馬弓術》は精密狙撃、《銀将弓術》は強力な単体攻撃、《金将弓術》は範囲攻撃+ノックバック、《角行弓術》は強力な貫通攻撃、《飛車弓術》は非常に強力な単体攻撃という特性があるスキルだ。特に《桂馬弓術》と《金将弓術》と《飛車弓術》の三つは必須中の必須。これらを覚えているだけで取れる戦法の数が一ひと 桁けた も二ふた 桁けた も変わってくる。

ただ、これらのスキルは歩兵や香車の基礎スキルとは違い、スキルクエストの完遂が必要だ。とは言ってもそれぞれの習得条件を満たすだけでクエストの受注などを行う必要はない。

俺は武器屋に立ち寄り弓を買った。購入した弓はロングボウ。シンプルでスタンダードな大弓だ。

「よし行くぞー、セブンステイオー」

宿屋の馬小屋へ戻り、セブンステイオーにまたがって出陣。向かう先はまたも鉱山である。

その道すがら、森へ寄り道。土の上でぷよんぽよんと飛び跳ねているなんの変哲もないスライム目掛けて、俺は馬上からロングボウで《歩兵弓術》の一撃を加える。

スカッと外す。そりゃ一発で当たるわけがないなと思いながら、もう一発、もう一発と当たるまで繰り返した。

「ぴきぃ!」という断末魔の叫びとともにスライムが絶命し飛び散る。俺は森を後にして、街道に出てからステータスを確認した。

「よしよし」

習得条件を満たしたため、弓術のスキル欄に《桂馬弓術》が加わっていた。条件は非常に簡単で「馬上から魔物を仕留めること」ただそれだけ。

その後も鉱山へ向かうまでに《銀将弓術》と《金将弓術》の習得条件を満たしスキルを習得した。それぞれ「二十回連続一撃で魔物を仕留める」「三メートル以内にいる魔物を十体連続で仕留める」という簡単な条件である。

次に覚えるのは《角行弓術》だ。こいつは少し面倒くさい。というのも「《香車弓術》を用いて魔物を五体同時に仕留めること」と「《香車弓術》と《桂馬弓術》を複合して用い二十五メートル以上の距離から魔物を二体同時に仕留めること」の二つの条件を満たさなければならない。

俺は鉱山に入ると、カエンアリの群れを探してうろついた。カエンアリという下級魔物は、個々の力は弱いが何十匹という数で群れを成して行動し、チームプレイで攻撃してくることが多い。特にその巣には何百匹という数が固まっており、囲まれたら非常に厄介である。ただ、距離さえ置いてしまえば取るに足りない相手だ。超遠距離から《香車弓術》をぶち込めば、二つの条件を同時にクリアすることができる。

「おっと、いたいた……」

俺はカエンアリの群れを発見すると、息をひそめて距離をとった。目算で三十メートルほど離れてから、《桂馬弓術》を使って狙ねら いを定める。

バシュッという小気味良い音とともに、弓矢は赤と白のエフェクトを纏まと って飛んでいく。赤が香車、白が桂馬のエフェクトである。

「……よっしゃ」

小さな声でガッツポーズ。矢はカエンアリを十匹以上も貫いた。作戦は一発成功、スキル欄に《角行弓術》が増えていた。

俺はカエンアリに場所がバレないうちに、さっさとその場を後にした。
さて。最後は《飛車弓術》である。

これが最も面倒くさく、そして最も強力なスキルだ。

何故強力かって、こいつは火力の花形〝倍率攻撃スキル〟なのである。16 級でも純火力の250%の威力で単体攻撃が可能で、九段まで上げればその倍率はなんと600%にまで跳ね上がる。【弓術】において最も手軽に大火力を出せる実用性抜群の単体攻撃スキルなのだ。

しかし習得条件の面倒くささときたら、他の面倒くさいスキル全てを含めてもワーストテン入り濃厚というほどである。

その条件とは、まず「《銀将弓術》で千体の魔物を仕留める」こと。これはまあやっているうちに自然と満たすからいい。次に「《銀将弓術》でクリティカルヒット五百回」これもまあ自然と埋まる。

クリティカルヒットとは、ステータスの一つであるLUK幸運 の高さと《クリティカル》スキルのスキルランクと装備の追加効果に依存して発生率の変動する倍率上乗せ現象で、発動すればクリティカルランク16 級で150%、九段で300%もダメージが上乗せされる。習得は簡単で、一度でもクリティカルヒットが発生すれば覚えられる。

クリティカル発動率の計算式は「LUK/10 +補正値」となっている。現在の俺の《クリティカル》のランクは16 級。LUKの数値が31 で、装備効果はなし。よって、発動率は16 級の補正+10 %に加えてLUK31 を10 で割って、約13 %となる。ちなみにクリランク九段だと+40 %の補正がもらえる。

話がそれた。《飛車弓術》の習得条件に戻ろう。

とにもかくにも、先に述べた二つの条件は時間さえあれば余裕でクリアできる。何が問題かって、最後の一つの条件なのだ。

それは「《桂馬弓術》と《銀将弓術》を複合して用い五メートル以上の距離から他プレイヤーのHPヒツトポイント を50 %以上減少させる攻撃を行った魔物を三回連続一撃で仕留める」というもの。

もう考えるだけで面倒くさい。

まず誰かが魔物に襲われている状況に出くわさなければならない。その上そいつのHPが50 %以上削られるまで待たないといけない。加えて一撃で仕留めなければならないので敵が強い魔物だと困る。そして一回でも失敗すればまた最初からやり直し。最悪だろこれ。

ここがまだネトゲの中なら、誰かに頼んでHP50 %削られるまで待ってもらって……と比較的簡単にこなせるかもしれないが、ここはもう実際の世界だ。HPが50 %も削られるという状況は、すなわち命の危機だ。頼んでも無理だろう。じゃあそんな状況に三回出くわせと? そっちの方が無理だ。

しかし、《飛車弓術》はどうしても欲しい。【弓術】には決して欠かせないスキルである。

「……まあ、観念して他を埋めておくしかないか」

仕方がないので、俺は銀将で魔物千体と銀将でクリティカル五百発の条件を埋めておいて機会を待つことにした。

その機会は、思いもよらぬ形で訪れることとなった。
◇◇◇
転生から一週間が経た った。

俺の経験値稼ぎは順調で、ポーション専門店の店長と店員と三人で朗らかに世間話をするくらいには『ダイクエ戦法』をこなしており、残り五百本をやり切れば一万本分投げた計算になる。

スキルランク上げの方も順調だ。《飛車弓術》は未いま だに習得できていないが、それ以外の【弓術】スキルはまあまあ上がっている。《香車弓術》《桂馬弓術》《銀将弓術》は五段で止めておいた。効果はそれぞれ「110%の貫通攻撃」「狙撃成功率90 %」「200%の単体攻撃」である。《金将弓術》と《角行弓術》は三段で止めてある。効果はそれぞれ「80 %の範囲攻撃+ノックバック」と「180%の貫通攻撃」だ。

ここまで上げてもまだかなりの経験値が残っているので、ダイクエ戦法が如い 何か に反則かがよくわかるな。

また【弓術】スキルをかなり上げたことで、ステータスの中でDEXがかなり突出してきた。AGIもそこそこ上がっている。DEXは器用さを司つかさど るステータスだが、【弓術】においては火力に直結する数字である。高ければ高いほど弓矢の威力は上がるので、悪いことは何一つない。AGIは素早さを司るステータスで、これも上がれば上がるだけ戦闘が有利になる。

「そろそろ剣術かねえ」

そんなことを考えながら、今日も今日とて大洞窟への道を行く。

セブンステイオーも俺の呟つぶや きに「ブヒィン!」と同意してくれているので、《飛車弓術》の習得はとりあえず置いておき、ダイクエ戦法が一通り終わったら【剣術】スキルを上げていくことに決めた。
「うわあっ!」

鉱山に差し掛かった時、林を挟んだ向こう側から切羽詰まったような声が聞こえた。

──もしや。俺は若干の期待を胸に、セブンステイオーから降りると、ロングボウを構えて林に飛び込んだ。

「くそ、撤退だ! 退路を切り開──うげっ!」

………… 人と魔物。荒い呼吸。金属音。土の匂にお い。滴る血。恐怖。悲鳴。

それは俺が知っている『メヴィウス・オンライン』の光景ではなかった。

十メートルほど前方では、第三騎士団だと思われる騎士たちが魔物に囲まれていた。その数は六匹。魔物の名前はスカーレットマンティス、毒々しい赤色をした巨大なカマキリである。

第三騎士団は苦戦しているようだ。たった今撤退を指示していた騎士は、魔物の一撃で首がぷらりとおかしな方向へ曲がり仰あお 向む けに倒れた。地面に倒れ伏しピクリとも動かない者は、彼を含めて五人。剣を構え輪形に陣を取っている者が五人。このままでは、彼らも嬲なぶ り殺されるだろう。

「……………… 」

この時、俺は憤ふん 怒ぬ した。

「これで飛車弓術を覚えられるかもしれない」と一瞬でも歓喜した自分に。「確実性を上げるために残りの五人のHPが削られるまで待つか?」などと考えた自分に。

違うだろうが。人が死んでるんだ。あれはプレイヤー じゃない、人 だ。

……俺と一緒だ。あの人たちは、人生を賭と したものを志半ばで奪われた。そして今、更に奪われようとしている。

俺はプッツンしてしまった。もう止まらない。許していいことじゃない。あの絶望 は、我慢ならないんだよ。

「伏せろッ!! 」

力いっぱい叫んだ。

第三騎士団の五人は、弓を構える俺を見るやいなや指示通りに伏せてくれた。

バシュッ! ──溢あふ れ出る真紅のオーラに彩られた《香車弓術》の矢が、直線上にいた三匹のスカーレットマンティスを貫く。

スカーレットマンティスたちは体に大きな風穴を空け、ばたりと絶命した。《香車弓術》五段の貫通力は並大抵のものではないと改めて思い知った。

「ギギギギ」

威嚇するような声をあげ、俺をターゲットする残りの三匹。どんどんと接近してくる。距離は十メートル足らず。よし、敵の意識がこちらに向いたことで、どうやら騎士たちは危機を脱したようだ。

……………… あれ? 結果オーライ、か?

あまりにも「すんなり」だったからか、俺は急激に頭が冷えてきた。よくよく考えれば、スカーレットマンティスなんて大した魔物ではない。現状の俺のステータスなら、勝てない方がおかしいくらいだ。

となれば、これ以上の好機はない。俺は気を取り直して、ここぞとばかりに《桂馬弓術》に《銀将弓術》を上乗せして構える。

ドバンッ──という重低音とともに、大きな白銀のオーラを纏わせた矢が射出される。

先頭のスカーレットマンティスに着弾した瞬間、白銀の光が爆発し、その大きな体たい 軀く の八割方が木っ端微み 塵じん に飛び散った。スカーレットマンティスに五段の《銀将弓術》はかなりのオーバーキルのようだ。

間髪を容い れず二発目。二匹目も同じ運命をたどる。そして最後の一匹。こいつだけクリティカルヒットが出て全身が吹き飛んだ。虹にじ 色いろ のエフェクトが一瞬だけ煌きらめ く。与えたダメージは「1566」と出ている。クッソ低い……まあこの武器で今のステータスとランクなら、こんなものなのだろう。まだまだ先は長い気がしてきた。

さて、それでは本題の……。

「よしッ!」

覚えていた! 《飛車弓術》!

一時は諦あきら めたがなんとかなった! 我ながら完かん 璧ぺき な判断だったな。途中から意識を切り替えてよかった。チャンスをふいにするところだった。

……そこで、ふと我に返る。騎士たちはどうなった?

「すまない、ありがとう。助か──あっ」

周囲を警戒しながらこちらに来た第三騎士団の五人。お礼を言った騎士は、聞き覚えのある凛りん とした声をしていた。

「セカンド……殿。この度の助すけ 太だ 刀ち 、感謝の言葉もない」

女騎士シルビアは、兜かぶと を取って顔を見せると、頭を下げた。心なしか疲れた顔をしている。当然か。命の危機だったうえ、仲間が殺されたんだからな。

「まあ気にするな。彼らを連れて帰ろう」

俺がそう声をかけると、シルビアと他の四人の騎士たちはビシッと綺き 麗れい な敬礼をして、仲間の亡なき 骸がら へと向かっていった。

……浮かれている場合じゃないな。俺は両手で顔をパンと叩たた いて引き締め、彼女たちの手伝いをするため、その後に付いて行った。
◇◇◇
第一印象は最悪だった。

苦労を知らず甘ったれた環境でぬくぬくと育ち、他人に迷惑をかけることをなんとも思っていない、常識知らずの若い貴族の男だと思っていた。

それがどうだ。スカーレットマンティス六匹をものの二十秒で葬った。それも十メートル離れた位置から、ただのロングボウでは有り得ない威力の【弓術】で、だ。

彼は一体どれほどの研けん 鑽さん を積んだのだろう。

穢けが れきった貴族などと一緒にして、もはや申し訳が立たない。

私はどうだ? 幼い頃ころ から騎士の道を志し、剣一本で今までやってきたこの私は。

駄目だ。何をやっても駄目だ。剣の才能が無いと家では馬鹿にされ、やっと入った第三騎士団では下の下、それも見事に浮いている。

実力が全く伴っていない。ただ正義正義とうるさいだけの小娘としか思われていない。その正義でさえ私は貫き通せていない。

貴族の不正を暴き追い詰めれば、必ず上司から圧力がかかる。その上司の不正を暴こうと動けば、同僚から邪魔が入る。

権力の狗いぬ どもめ。全く嫌になる。この王国が、この制度が、嫌になる。

見てみろ。仲間が死んだ今でさえ、この腐りきった上層部は私たちの命の恩人を取り込んで良いように使ってやろうと必死だ。

窮地に陥った原因も無能な指揮官と上層部からの無理難題のせいだというのに。

これが騎士団なのか? 私がかつて憧あこが れ、目指した騎士の姿なのか?

だとしたら、私は、もう……。
◇◇◇
「セカンド殿。冒険者ギルドに入るつもりはないかね?」

第三騎士団に助太刀したのち、俺が連れてこられたのは高級そうなソファーの置いてある騎士団の部屋だった。

そこで感謝されるのかと思いきや、俺の向かいに座ったオッサンが開口一番に喋しやべ った言葉がそれだ。

「冒険者ギルド?」

「おおっと、話が急すぎたね。なんでも、セカンド殿は冒険者にもかかわらずギルドに所属していないと聞いたのだ」

確かに所属していない。しかし、所属する理由もない。

キャスタル王国の冒険者ギルドというのは、魔物討伐などの依頼の斡あつ 旋せん を統括して行う組織である。言わば国民と冒険者との橋渡し的な役割……というのは建前で、その実は王国が冒険者を一方的に管理するために個人情報をすっぱ抜く腐った組織なのだ。

何な 故ぜ そんなことを知っているのかというと、メヴィオンのストーリーにそう書いてあったんだもの。

「ありがたいですがお断りします」

「ほう。悪い話ではないと思うが」

「いえ結構です」

「理由を聞いてもいいかね?」

やけに食い下がるなこのオッサン。何が目的なんだろうか?

「特に金に困っていないし、組織に縛られるのが苦手だからでしょうか」

隠しても仕方がないので俺は正直に理由を話した。すると、オッサンは「困ったなあ」という表情をする。若干鬱うつ 陶とう しい。

「何か?」

「いや。我々騎士団としては、セカンド殿のように優秀なフリーの冒険者を放置したくないんだよ。特に今回、セカンド殿の実力は大々的に明らかとなってしまった。このままでは君を取り込もうと特権階級の方々が躍起になるだろう」

「つまり、冒険者ギルドが俺を守ってくれると」

「そうなるね」

怪しい。俺の実力が大々的に明らかとなったと言うが、目撃者は現場にいた第三騎士団の連中だけだ。あいつらが喋らなければ良いだけじゃないのか? オッサンはどうして俺をそこまでしてギルドに所属させたいんだ?

……うーん、意味がわからん。別に所属しても構わないが、なーんか「世界一位」の足を引っ張る要素になりそうな気がしてならない。

「やっぱり所属はしないでおきます」

「……そうか」

俺がキッパリそう言うと、オッサンは引き下がった。そして、思案顔で口を開く。

「では、うちからシルビアを供に出そう。第三騎士団が付いていれば、ある程度の牽けん 制せい にはなる」

シルビアをお供に……なるほど。おつむは弱いが彼女は美人だ。男なら傍そば にほしくなる。だからこそ、このオッサンの提案を受け入れるのは怖い。

恐らくこれが本当の狙ねら いなのだろう。と言っても、その狙いがなんなのか俺にはよくわからないわけだが。

「貴族はどのような手を使って取り込もうとしてくるかわからない。シルビアは貴族に対して厳しい騎士だと王都でも有名だ。かなりの牽制になると思うが、どうだろう?」

オッサンの追撃。シルビア推しが凄すさ まじい。

……ん? 少しわかった気がする。

シルビアは貴族に厳しい。そして、騎士団の上層部は貴族と繫つな がっている。すなわち、騎士団はシルビアが邪魔。ということはつまり、シルビアを左遷したいわけか?

おおっと、話が変わってきた。だとすればだ、もしかしたらこれ、実は俺にとって凄すご い良い提案なのでは?

何故かって、カモがネギ……じゃなかった、美人の女騎士を無償で仲間に引き入れるまたとない機会だ。

「どのくらいの期間、来てくれるんです?」

「ふむ。それは本人に聞いてみよう──シルビア」

そう聞いてみると、オッサンはドアを開けてシルビアを呼んだ。少し待つと、鎧よろい を脱いだ状態のシルビアが現れた。

「シルビア。お前はこれからセカンド殿の護衛として任についてもらう。任期だが、騎士団としてはお前とセカンド殿の意見を尊重しようと考えている」

「──っ! 」

オッサンの言葉にシルビアが驚く。そうだろう。事実上の左遷だ。それも、俺とシルビアの意見を尊重するだなんて、そりゃつまり俺の言葉一つでシルビアの任期が決まってしまうということ。やはり、騎士団はシルビアを煙たく思っているようだ。

「………… 」

シルビアは沈黙し、俯うつむ いた。ゆさっと動いたそのほど良い大きさの胸に、ついつい目がいってしまう。

「任期の希望は特にないか?」

「……はい」

オッサンはシルビアを暗に黙らせた。そして視線がこちらを向く。俺が任期を決めろということか。それなら──

「二年ではどうでしょう?」

決めていたことを口にした。二年。それだけあれば、十分に世界一位を目指せる。

俺の言葉を受け、オッサンは表情を動かさずに言った。

「承知した」

こうして女騎士シルビアが俺の護衛となった。
◇◇◇
左遷だ。騎士団に厄介払い された。

その事実を嚙か みしめながらも、私はセカンド殿の護衛として宿屋へ同行し、その一階の酒場で共に酒を飲んでいた。

護衛だからと言って断ったのに、セカンド殿は「いいからいいから」としつこく誘ってきた。私はショックな出来事が多かったこともあり、その誘惑に負けた。

「なあ、取引しないか」

そんな折である。セカンド殿が突然そのようなことを言い出した。

良い具合に酔っぱらっていた私は「話を聞こう」などと返してしまった。その取引が、今後の私の人生を大きく変えてしまうとも知らずに。

「シルビアはもっと騎士として誇り高く働きたいと思っているはずだ。俺はその手助けをしたい」

名前を呼ばれて少しドキッとする。セカンド殿の容姿は非常に優れていた。絶世の美男と言っても過言ではないほどに。私は、今の今まで剣ばかりで色恋にうつつを抜かす暇などなかったが、こうして酒を飲んでゆっくりしているとそのような女の気持ちも湧わ いて出てきてしまう。

いや、そんなことより彼の話だ。彼の言葉は、今の私の気持ちを的確に表していた。騎士として誇り高くありたい──それは幼い頃ころ からずっと心にあった私の大志である。

「もしも今の騎士団に、現状に嫌気がさしているのなら、すっぱりと第三騎士団を辞める覚悟をしてほしい。そして、俺に付いてきてくれないか」

衝撃発言だった。

俺に付いてこい!?  こ、こいつは何を言っているんだ……っ!?

「ななな、なん、にゃにをっ」

「待て待て落ち着け! これは取引と言っただろう」

そ、そうだ。落ち着け私。これは取引だ。決して、ぷ、ぷぷプロポーズなんかではない。くそっ、顔が熱い!

私はグラスの中身を一気にあおった。ふぅ……少しは落ち着いたか。

「思うに、シルビアは邪よこしま な権力に屈することが我慢ならないんだ。なら相応の実力をつけりゃいい。そのための手段を俺は持っている」

うむ、確かにそうだ。しかし簡単に言う……。

「私はヴァージニア騎士爵の次女だ。騎士となって武功を立てることこそヴァージニア家に生まれた者の役目。ゆえに四歳の頃から剣の道を歩んできた。ずっと、十三年間ずっと剣の鍛錬をしてきた……だが、駄目だった。私に剣の才能はなかった。兄にも姉にも、親にすら蔑さげす まれた。私は負け組だ。やっと騎士になったって、正義の一つも貫けやしない……」

ぐちぐちと語ってしまった。相当酔いが回っているようだ。

「あー……」

すると、セカンド殿は言いづらそうに口を開く。

「すまないが言わせてもらう。剣の才能がないなら他を試してみるべきだ。槍やり でも弓でもいいさ」

「き、貴様──ッ」

私はカッとなって、セカンド殿の胸ぐらを摑つか んで立ち上がり……そして、思いとどまった。

何をやっているんだ、私は。セカンド殿の言う通りだ。

私はいつからか意固地になって、剣ばかりを修練してきた。才能が無いと言われ続けても、剣ばかりを……。

「……騎士とは……鎧を纏まと い、剣を持ち、馬に乗り……ピンチに颯さつ 爽そう と駆けつけるヒーローなのだ……」

私は騎士になりたかった。立派な騎士に。悪になんか絶対に屈しない、正義の味方に。

……なんとまあ情けないことか。涙が出てくる。

幼き日の私が今の私を見たら、一体どう思うだろうか? きっと嫌われる。鎧を着ていても、剣を持っていても、馬に乗っていても、第三騎士団に所属していても。

だって、私はちっとも騎士じゃない。それが自分で痛いほどわかるのだ。

「そうやって騎士に勝手な憧れを押し付けるのはよした方がいいぞ。武器なんかなんでもいいんだよ。重要なのはピンチに颯爽と駆けつける正義の味方って部分だけで、剣とか鎧とか関係ないだろ?」

「………… 」

全くもってセカンド殿が正しい。その通りだ。剣に、形にこだわる必要などない。重要なのは、騎士としての心だ!

そうだ。そうなのだ! あのような腐った団体など、本当の騎士のいる場所ではない! 騎士団を辞めても、騎士を辞めるわけではない! 私が変われるのは、今この時しかない!

「セカンド殿! 私は決めた。貴殿に付いていく!」

[image file=Image00009.jpg]

言ってしまった。しかし後悔はしない。私はもう彼に賭か けると決めたのだ。

私の高らかな宣言を聞いたセカンド殿は「そうか」と言って嬉うれ しそうに笑った。自然と頰ほお が熱くなる。少々、飲みすぎてしまったかもしれない。

「なら、俺の夢を語ろう!」

セカンド殿はそう前置きすると、熱く語り出した。なんでも「世界一位」になるのだとか。

呆あき れて笑ってしまうような、実に大雑把な夢だ。だが、そう言って微ほほ 笑え む彼の笑顔は少年のようで、その瞳ひとみ は輝いて見えた。そうか、この人は本気で世界一位を目指しているのだな……と、素直にそう思えた。

ならば、私は共に行き、その手伝いをしてみたい。きっと面白いことが起こる。そう確信できる。

ああ、こんなに清々しい夜は初めてだ。私の未来は明るかった──!
◇◇◇
「……ふぅ」

シルビアとの酒盛りを終えて部屋に帰った俺は、ベッドに腰かける。

「ふ………… ふふ、ふはは、ははははは!」

思わず笑いが出た。美人の女騎士ゲットだぜ!

いやぁー、こんなにも作戦通りに行くとは思わなかった。

傷心している女性を酒に酔わせて口説き落とすという下劣極まりない方法だったが、それがどうしたというのか。勝てば官軍である。そして、きっと彼女のためにもなる。

シルビアは多分【弓術】か【魔術】の才能がある。十三年も【剣術】をやってきて箸はし にも棒にもかからないなんて、成長タイプがDEX特化型かINT特化型としか思えない。生産タイプの可能性もあるが、それでもいい。とにかく仲間ができたということが非常に大きい。これで魔物との戦闘における安全性が飛躍的に向上する。

面倒くさそうな騎士団と縁を切らせて、こちらに引き込めたのも大きい。といっても、今すぐ騎士団に辞表を叩たた きつけろというような話はしていない。

表面上は第三騎士団の人間として任期の二年を全うしているように見せ、その実は俺に騎士団の情報を垂れ流し続けるという、言わばスパイである。実際、シルビアには「セカンドを口説いて騎士団に引き込め」という指示が出ていたようだが、それが馬鹿正直に俺に伝わってしまっては全く以もつ て意味がない。見るからに職務に忠実でお堅い印象のシルビアが、まさか騎士団の指示に従わないとは向こうも考えてもいないだろう。

全く一石二鳥、いや三鳥、いやいや四鳥の成果だ。明日からの日々が楽しみである。シルビアの育成に、【剣術】の必ひつ 須す スキル習得、経験値稼ぎ、ダンジョンにも行きたいし、レアアイテムのドロップを狙ねら ってみるのも面白そうだ……と。そんなことを考えながら、俺はベッドに横たわり、前途洋々たる気分で眠りについた。
◇◇◇
翌朝。シルビアと落ち合い、宿屋一階で共に朝食をとる。

「さて、今後の方針を決めるぞ」

俺が沈黙を破ると、シルビアは少し怪しむような視線をこちらに向けてくる。

「その、昨夜はかなり酔っていたから、詳しい話を覚えていないのだが……本当に、強くなる方法を教えてくれるのか?」

信じたいが信じられない、といった表情だ。

「安心しろ。ああ、その前に大体で構わないからスキルとステータスを教えてくれ」

「む……まあ、仕方ないか」

シルビアはしばし逡しゆん 巡じゆん したのち、口を開いた。

「私は馬術と剣術以外は特に上げていない。剣術は歩兵・香車・桂馬・銀将を扱える。それぞれ2級、馬術は11 級だ」

「なるほど。ステータスは?」

「……DEXが121、INTが103、後は全すべ て二ふた 桁けた だ」

「そうか。ちなみにSTRとAGIとLUKは?」

「STRは79 、AGIは98 、LUKは15 だ」

「ん、わかった」

思った通りだ。彼女はDEX型。そしてINTも不自然に高い。これは確か、そう『魔弓術師タイプ』だ。

「よし、方針が決まった。シルビア、弓術をやろう」

「弓術だと? 確かにDEXはそこそこ高いが、私は弓なぞ扱ったこともないし、それに……その、騎士らしくない」

まーだ言ってるよこの娘こ は。

「お前は多分、魔術と弓術に特化している。いずれは魔弓術師だな」

「魔弓術なんて聞いたこともないぞ?」

え、あれ、この世界にはないのか? メヴィオンでは割と人気のジョブだったはずだぞ。

「魔術と弓術の複合スキル、知らない?」

「……知らんな」

あかん。

「とにかくそういうのがあるんだよ。お前はそれを目指せ」

あんまり納得していないのか「まぁわかった」と言って渋々頷うなず くシルビア。そうと決まれば、色々とやらなきゃいけないことが出てきた。

「じゃあ今日の予定を言うぞ。まずは武器の購入、次にスキルの習得、夕方から経験値稼ぎだ。何か意見はあるか?」

「待て、私はあまり金を持っていない。実家に頼るわけにもいかんし……」

「金は気にするな。そこそこある」

「………… 念のため聞くが、幾らだ?」

「一週間前は二十億CLあったが、今は八億CLくらいか」

「  」

アゴが胸に届きそうなくらい口を大きく開けて固まるシルビア。

……おかしい。数億CLくらい、ダンジョンに行けばすぐに稼げるのに。

ああ、いや、そういえばこの世界ではダンジョンがまだ攻略されきっていないんだったな。ならダンジョンを周回するような変わり者も少ないというわけか。だとすれば、ダンジョン産のアイテムは更に希少価値が高いのでは? つまり、儲もう け放題じゃないか……?

「まあいいや。それじゃあ行くぞ」

俺の目的は金稼ぎではなく世界一位だ。ゆえにそれ以上の思考を止や め、シルビアを連れて武器屋へと向かった。
「毎度ありぃ」

機嫌の良い武器屋の店主の声が響く。今回はシルビアのロングボウに加え、俺のロングソードを買った。その様子を見ていたシルビアは「ありがとう」とロングボウのお礼を言いつつ聞いてきた。

「セカンド殿は弓術師ではなかったのか?」

「今日から剣術も上げる」

「……ええと」

シルビアは返答に困ったように声を詰まらせた。そうか、シルビアにしてみたら十三年頑張ってもちっとも芽が出なかった【剣術】を簡単に「上げる」なんて言われたらそりゃ面食らうだろうな。少し申し訳ないことをしてしまった。

「図書館で弓術の基礎スキルを覚えたら、弓術の必須スキルを習得がてら、俺の剣術の必須スキル習得にも付き合ってもらう」

「ん? ああ。んん?」

シルビアは混乱している。なんだか初心者にメヴィオンのイロハを教えているような気分になってきた。

「まあ、あれだ……俺に付いてこい」

面倒くさくなってそう言うと、シルビアは何故か頰ほお を染めて「わかった」と頷いた。ちょっぴりドキッとした。美人って得だなぁ……。
「な、な、ななな、なァっ!」

昼時。王都と鉱山の間にある森の中で、シルビアは〝ななな星人〟と化した。

「な、何な 故ぜ そんなことを知っている!?  どうしてそんなにサラッと私に教える!?  貴殿は何者なのだ!? 」

えらい剣幕で詰め寄られる。

「どうしてそんな怒ってんの」

「怒ってなどいない! 呆れ果てているんだ!」

じゃあ怒鳴らないでほしい。びっくりするだろうが。

「角行弓術に飛車弓術の習得方法など! ひ、秘匿中の秘匿事項だぞ!?  貴族が代々継承して独占している情報だ!」

あー……なるほどわかった。そんなんだからこの世界はレベルが低いんだな。

「貴族ってやっぱ利権とか好きなんだなぁ」

「当たり前だ馬鹿者! こんなことが貴族どもに知れてみろ! 拷問されて殺されるぞ!」

シルビアは俺のためを思って怒ってくれていた。良いやつだな。

しかし世界一位達成のためには、シルビアに【弓術】を覚えさせて後方支援してもらう必要がある。後方支援が《角行弓術》も《飛車弓術》も使えないとなると、それは流石さすが に仲間にした意味がない。

「じゃあこの情報はシルビアで止めておいてくれ。それでいいか?」

「ふざけるな馬鹿者! 私がそんな上級弓術を扱っていたら直す ぐにバレるわ馬鹿者! 馬鹿者っ!」

馬鹿者が気に入ったのかな?

「だったら人前で使わなきゃいいだろ」

「ぐ……それならば、まぁ」

お、納得したか?

「……いや、それにしても危険だ。貴族どもはどこから嗅か ぎ付つ けてくるかわからない。その上ただでさえセカンド殿は目立つし……既に目を付けられている可能性も……」

なんかごにょごにょ言い出した。

「安心しろ、何かあったら俺が護まも ってやる。黙って付いてこい」

さっき無意識に成功した口説き文句作戦を使ってみる。流石さすが に二回目は効かないか……?

「………… わ、わかった」

効いたみたいだった。
その後。「なななっ!? 」といちいちうるさいシルビアを連れながら、《桂馬弓術》《銀将弓術》《金将弓術》《角行弓術》を習得させる。俺の時と同じく、彼女もつつがなく覚えられた。

加えて俺も《桂馬剣術》《銀将剣術》《金将剣術》を習得した。それぞれ「精密攻撃+急所特効」「強力な単体攻撃」「全方位への範囲攻撃」である。《角行剣術》と《飛車剣術》は面倒くさいので後回しだ。

なんてことをシルビアに話すと、彼女は驚きすぎて目を回し始めた。何故そんなに困惑しているのか聞いてみると、シルビア曰いわ く「スキルの習得条件をここまで詳細に把握している者など聞いたこともない」らしい。

いや、こういう世界なんだから、スキル研究者みたいな学者がいて、スキルの習得条件を研究していてもおかしくないんじゃないか?

俺の疑問に対して、シルビアはこう答える。「習得条件を絞り込めたとしてもそれを公表してなんの得があるんだ?」

……仰おつしや る通りだわ。利権を自ら手放す人なんて、実際の世界ではほとんどいないね。

「しかし、今日は一生分驚いたような気がする」

日が傾いてきた頃ころ 、シルビアはそんなことを言った。

「まだ最後にひと驚きあるぞ」

俺は悪いた 戯ずら 心からそう言うと、シルビアに大量のポーションを譲渡する。

「なっ、こっ、こんな高価なポーションを……あんなにたくさん買っていたのか!? 」

ポーション専門店で大量購入している時にあまり驚いていなかったのはそういうことか。俺が店員とあまりにも和わ 気き 藹あい 々あい と喋しやべ りながら買っていたから、あれが何千万CLの取引とは思わなかったのだろう。

「まだ驚くのは早いぞ。これをどう使うと思う?」

「……待て。怖くなってきた。まさかこれ全部を尻しり から入れろなどとは言わないだろうな?」

「言わねえよ。俺をなんだと思ってるんだよ」

「変人だ」

「即答するな!」

失礼なやつだ。これから大量に経験値を獲得させてやろうというのに……。

「まあいいや。行くぞ」

鉱山裏の大洞窟へと向かう。数分後、洞どう 窟くつ 中に今日一番の「なななぁ!? 」が響き渡ったことは言うまでもないだろう。

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◇◇◇
「今日はダンジョン行くぞー」

「……聞いてないぞ」

シルビアはジト目でこっちを見てくる。そりゃそうだよ言ってないもん。

「パーッとやって、すぐ終わりだぞ」

「そうか、セカンド殿がそう言うなら──って騙だま されないぞ! 今度は一体何をやらかすつもりだ!」

「お前のためだシルビア。飛車弓術、覚えたいだろ?」

「……いや、まあ、覚えられるなら覚えたいが」

「なら決まりだな」

今回は乙等級ダンジョン『ロイス』を周回する。目的はシルビアの《飛車弓術》習得と、俺の《角行剣術》《飛車剣術》の習得である。

ダンジョンは甲乙丙と三ランクに分けられており、甲が上級・乙が中級・丙が下級といったところだ。丙ダンジョンが最も多い九つ、乙ダンジョンが六つ、甲ダンジョンが五つである。その上にもう一つだけダンジョンがあるが、今語っても仕方がない。

何な 故ぜ 、いきなり中級のロイスダンジョンに行くのか。その理由は三つある。

一つは、出現する魔物の攻撃力だ。俺は既にダイクエ戦法によってある程度経験値を獲得しステータスも成長しているため、防具を装備していなくても下級の魔物からはダメージが通らなくなってきている。そのため《飛車弓術》習得の条件である「プレイヤーのHPヒツトポイント 50 %を削った魔物」という点において、下級魔物に自身を何度も何度も殴らせるよりは中級魔物に二、三発殴ってもらった方が簡単に済むのだ。

二つ目の理由は、魔物のHPとVIT防御力 の低さだ。このロイスダンジョンに出現する魔物は、すべて攻撃特化型である。ただし、STRが高い代わりにHPとVITは同レベル帯の魔物と比べて約三分の二程度なのだ。つまり、敵は攻撃力が高いので注意が必要だが、防御は柔らかくHPも少ないから倒しやすいのである。

そして三つ目。それは、ダンジョンの攻略報酬だ。ダンジョンを攻略、すなわちダンジョンの最下層まで進みボスを倒すと、ボスからのドロップという形で攻略報酬が獲得できる。ロイスダンジョンのボスは「火か 炎えん 狼ろう 」という大きな狼型の魔物、そのドロップに『炎狼之弓』というレア武器がある。火属性効果の付いた優秀な大弓で、魔弓術師が中級者から上級者へと成長する間、プレイヤー皆がお世話になっていた人気武器だった。

つまるところ、二人でスキル習得の条件を満たしつつ、レアドロップを狙ねら って周回しようというのが今回の目的である。

スキルランクの調整もバッチリできている、と思う。ダイクエ戦法でシルビアの経験値は爆上がり、【弓術】もかなり上げて、《桂馬弓術》と《銀将弓術》はそれぞれ初段になっていた。加えて俺の【剣術】も《桂馬剣術》が三段、《銀将剣術》が初段になっている。これは二人でロイスダンジョンを周回できるギリギリレベルのスキルランクだろう。いざとなったら俺も弓を出せば火力不足は補えるし、高級な回復ポーションもわんさか持って来ているし、難なく周回できると踏んでいる。

「さて、ここだな」

王都ヴィンストンから馬で半日。理由の一つに比較的近場だということもなくはない。

「本当に入るのか? 大丈夫なのか?」

不安げなシルビアを引き連れて、俺は躊ちゆう 躇ちよ なくロイスダンジョンへと足を踏み入れた。少し赤っぽい岩に囲まれた広大な洞窟のようなダンジョンである。

「こ、これは血か……? いや、こういった色の石なのか……」

シルビアは先ほどからビビりまくりで、キョロキョロと周囲を見回しながらロングボウを構えて俺の後ろを進んでいる。

「いたいた。ターゲットしてきた魔物からなるべく銀将で倒せ。後、経験値溜た まったらクリティカル優先で上げてけよ。まだ慣れていないなら桂馬と銀将の複合も練習しとけ」

約二十メートル先に敵影を発見した。カエンリザード、数は四体。余裕だ。

「わ、わかった……!」

シルビアは腰が引けていたが、しっかりスキルは発動できている。大丈夫そうだな。

初撃はシルビアの《桂馬弓術》と《銀将弓術》の複合だった。どちらも初段。白銀のエフェクトとともに射られた矢は遠距離からカエンリザードの胸部に命中し、運良くクリティカルを発動させながら──ドカンと、胸に大穴を空けた。

「………… へっ?」

シルビアがぽかんと口を開けて呆ほう けた声を出す。

呆あつ 気け なく絶命するカエンリザード。その間に俺は残りの三匹を《歩兵剣術》で一撃ずつ与えてターゲットをもらい、ひとまとめにしてから《香車剣術》で一気に片づけた。ちなみに《歩兵剣術》は通常攻撃で、《香車剣術》は貫通効果を持つ攻撃である。

《角行剣術》の習得条件は「《香車剣術》を用いて魔物を三体同時に一撃で仕留めること」と「《香車剣術》と《桂馬剣術》を複合して用い魔物の急所を二体同時に十回連続で貫くこと」の二つ。これで早くも一つ目の条件を満たすことができた。

「どうした?」

ぼけーっとするシルビアに声をかけると、シルビアはハッとして気を取り戻した。

「せ、セカンド殿。私、もしかして、もの凄 [image file=Image00011.jpg] [image file=Image00012.jpg] [image file=Image00012.jpg] く、強くなってないか……?」

そして今更なことを言う。

「約束したからな」

俺がそう言って笑いかけると、シルビアは一瞬だけ目を丸くしてから、花が咲いたような笑顔を浮かべた。こうしていればかなりの美人なんだが、普段がアレだからな……もうお前ずっとその顔でいろと言いたくなる。

その後、俺たちはロイスダンジョンをサクサクッと快速で進んでいった。「セカンド殿!」「凄すご いな!」「ありがとう!」「すンごいな!」とやたらテンションの高いシルビアは絶好調で、後方支援として非常に役に立った。仲間にして正解である。

「私、魔弓術師になるぞ!」

なんか急に凄い乗り気だ。どうやら今の今まで自分の実力に半信半疑だったみたいだ。まあなんであれシルビアの調子が上向きなのは良いことである。
「おっと。シルビア、ストップだ」

ダンジョンに潜ってからかれこれ六時間ほど。浅瀬の階層をぐるぐると周回しながら、雲うん 霞か の如ごと く湧わ いて出てくる魔物をばったばったとなぎ倒し、そろそろ奥へ進むかと深い階層へ足を踏み入れたあたりで、俺たちは一度歩みを止めた。ここに至るまでにもう三千匹近い数の魔物を倒しており、シルビアの《飛車弓術》習得条件も残りは一番クリアの難しい例の一つだけとなっている。

そして、この場で止まった理由。それはお目当て の魔物が出てきたからだ。

そいつの名はホノオトロール。攻撃力抜群の大型魔物だが、光り輝くつるつるの頭部が実にわかりやすい弱点で、ヘッドショットならシルビアの《銀将弓術》初段であれば確実に一撃だ。前方に見えるホノオトロールの数は三体。うん、おあつらえ向きだな。

「五メートル以上離れた場所から桂馬と銀将の複合で頭部を狙っておけ。俺が合図したら撃て」

「うむ、承知した。だが……何をするつもりだ?」

「まあなるようになる。決して取り乱すなよ」

シルビアに指示を出して、俺はホノオトロールへと向かっていった。

HPは満タン。VITの数値的にも、ホノオトロールの攻撃はクリティカルが出たとして六回は耐えられるはず。大丈夫だ。大丈夫。

……いや、大丈夫じゃない。すげえ怖い。でも後衛には絶対に必要なんだよなあ、《飛車弓術》は。

ああ、目の前まで来た。一番近くにいる一体のホノオトロールが俺をターゲットする。

そして、高々と、大きく、棍こん 棒ぼう を振りかぶって──

「セカンド殿っ!! 」

──その瞬間、何が起きたのか俺はよく覚えていない。

脳を揺らす衝撃。吹っ飛ぶ意識。なんだこれ。聞いてないぞ、こんなの。

「ゲホッ」

地面にはいつくばって、口の中のものを出す。大量の血と、砕けた奥歯だった。

俺のHPは四分の一も削れていない。ヤッベェ……奥歯治るかなこれ。メヴィオンだったら、腕がもげても高級ポーション飲めば治るんだが、この世界ではその保証がないことを失念していた。

これは、マズいか……?

「……まだだぞー」

ぐわんぐわんと揺れる視界の中で、俺は即効性の高級回復ポーションを握りしめながら、つい、そう言ってしまった。あまりの痛みと衝撃のせいか、まともな判断ができていない。

でもさ、女の子の前だと格好つけたいじゃん? 一応ね、一応、もう一撃くらい耐えてみようと思ったのさ。この苦痛が無駄になるのは、できるだけ避けたいから。

ちらりとシルビアを見る。涙で滲にじ んでよく見えないが、どうやら待ってくれているようだ。

「……っひ……」

見上げるほどの大きさのホノオトロールが、こちらへ向かって突進してくる。俺の喉のど 奥から悲鳴のような声が出かけて、必死で堪こら えた。

………… 踏ん張れ。ここで逃げたら舐な められる。取り乱したら情けないやつだと思われる。俺は世界一位だ。世界一位が無様を晒さら すことなどあり得ない。この世界でも、サブキャラでも世界一位になるんだろ? だったら後衛に《飛車弓術》は必要不可欠だぞ。ここが頑張りどころだ。なぁに死にゃあしない。少し、いやかなり痛いだけさ。そうだ、覚悟を決めろ! 耐えろ! 意地だ! 根性だ! ここで耐えきったら格好良いぞ! 漢おとこ を見せろ! 世界一位──ッ!!

「── [image file=Image00013.jpg] っ!! 」

ゴルフのように振り抜かれた棍棒が俺の体を壁際まで吹っ飛ばす。肺が押お し潰つぶ されて、思うように呼吸ができない。

だが、そんなことはどうだっていい。問題はダメージだ、HPだ。どうだっ、俺のHPは……よし。よしっ……!

「う……撃、てっ!」

蚊の鳴くような声だった。それでも、シルビアはわかってくれた。

バスンッ──《桂馬弓術》と《銀将弓術》の重低音が響き、その直後、目の前のホノオトロールの頭部が、木っ端微み 塵じん にはじけ飛んだ。ははっ、ざまぁみろ。

「……………… さて」

後二体。俺はポーションを飲み手を口に突っ込んで奥歯が生えていることを確認すると……泣きそうになった。

やめるにやめられなくなったからだ。

これで損傷が元に戻らないとでもなれば、やめる理由になったのに……ああ、もうやめたい……でも引っ込みつかない……。

いや、弱音は吐くな。クソったれ。やるしかないだろ? 俺は世界一位なんだよ。この世界でも、世界一位に返り咲く。その座は、俺のものだ。俺の人生だ。存在意義だ。何処の誰だれ にも渡さない。

世界一位。世界一位。世界一位。

「世界一位。世界一位。世界一位。世界一位。世界一位。世界一位。世界一位。世界一位。世界一位。世界一位。世界一位。世界一位。世界一位。世界一位。世界一位。世界一位。世界一位。世界一位。世界一位。世界一位。世界一位。世界一位。世界一位。世界一位」

ぶつぶつ、ぶつぶつと、念仏のように呟つぶや きながら。俺は残り二体のホノオトロールへと向かって、ゆっくりと歩を進めた。
「この、馬鹿者! 大馬鹿者っ!! 」

全すべ てが終わった後、冷たい岩の上に寝転がる俺。俺の胸に抱きついて、泣きながら罵ば 倒とう するシルビア。

なんとも不思議な充足感。我慢してよかった、と。心底そう思えた。
◇◇◇
「ひ、飛車弓術……!」

自身のステータスを見たシルビアは、目を見開いて愕がく 然ぜん としている。その目元はまだ赤く腫は れていて、目は充血していた。わんわん泣かれながら散々言われたからな。無茶をするなとか心配かけるなとか、後、感謝とか。

……さて。俺の予想が正しければ、騎士道を重んじるシルビアのことだ。跪ひざまず いて、こんな感じで言ってくるだろう。

「──セカンド殿。飛車弓術習得のため必要なことだったとはいえ、つらい思いをさせて済まなかった。しかし仲間との約束のために己の骨を挫くじ くその気概、誠に感服した。人生十七年、これほどに感銘を受けたことはない。このシルビア・ヴァージニア、貴殿と共にあることを誇りに思う。どうか生涯の忠誠をここに誓わせてほしい」

ほらね。そこで俺はこう返して煙に巻くのさ。

「気にするな。黙って俺に付いてこい」

目を点にするシルビア。直後、彼女は「ははは」と笑って言った。

「セカンド殿、そうやって口説き文句を言っておけば私が黙るとでも思っているのか? 全く困った男だ」

わっはっは。笑い合う。はははは、はは、は……。

………… あれ、予想外だぞ?
その後。気を取り直してロイスダンジョンを進んでいくうちに、シルビアのちょっとした変化に気が付いた。

表面上は今までとあまり変わらない「ぽんこつ女騎士」といった感じなのだが、俺が少しでも魔物の攻撃を受けそうになったりすると、もの凄い怖い顔をして《飛車弓術》で魔物をぶち殺してから、もの凄い剣幕で説教してくるようになった。

なんでもシルビアは「セカンドの騎士」となったらしい。俺を護まも るのが彼女の仕事だと言う。うーん、ごっこ遊びのようなものだろうか? しかし十七歳でごっこ遊びってお前……。

そして、ついには「セカンド殿は前に出るな」とか言い出した。なんだろうか、うーん、凄い面倒くせえ。まあいいや、放っておこう。残るはボスだけだからな。

「ここが火炎狼のハウスだ」

ロイスダンジョンのボス、火炎狼。大きな狼の姿をして、その体に炎を纏まと っている強力な魔物だ。炎の障壁のおかげで貫通攻撃くらいしか満足にダメージが通らない。メヴィオンではロイスダンジョンを訪れた中級者たちが皆一様に「こいつ面倒くさい」と評価していた覚えがあるが、如何いかん せん記憶が曖あい 昧まい だ。

ただ、確実に、一つだけ覚えていることがある。それは──

「よし、ハメ殺す ぞ」

「う、む?」

ある一時をさかいに、火炎狼の評価が「クソ雑ざ 魚こ 」へと変へん 貌ぼう をとげた。

その要因が〝ハメ殺し〟である。この攻略法が発見されてからというもの、手ごわいはずの火炎狼は寄ってたかっていじめられる可か 哀わい 想そう な存在と化してしまった。

「いいか? まず俺が角行で攻撃する。火炎狼は俺をターゲットにして走ってくるから、俺はそれを金将で弾はじ く。そしたら今度はシルビアが角行で攻撃しろ。で、お前をダーゲットに駆け寄ってきた火炎狼を金将で弾け。そしたら俺が角行を撃つ。後はずっとこのループだ」

これが火炎狼のお手頃な攻略法、その名も金角ハメ太郎。二人以上で行える有名なハメ技である。

《角行弓術》は、火炎狼の炎の障壁を貫通してなお十分なダメージを与えることができ、加えて12 級以上ならば確実にターゲットを引っ張ってくるダメージ量となる。《金将弓術》は、金角ハメを二人でやる場合、9級以上からのクールタイム減少さえ満たしていれば問題はない。そして何より、火炎狼の攻撃パターンが非常に単純で、遠距離攻撃を一切してこないのである。ゆえに、この鬼畜なハメ技が簡単に成り立ってしまう。

「ま、待て。そんなに簡単でいいのか?」

「いいも何も、これが一番安全だからな。成功させるポイントとしては、角行を使う時はギリギリまで待ってからだ。これはクールタイムの調整だな。金将の再使用時間六秒を稼ぐために引き延ばせるところはそこしかない」

「な、なるほど……」

「さあ行くぞー」

俺はなんの警戒もなしにボスのいる場所へとズンズン入っていく。シルビアは少し緊張しているようだが……この分だと、またあまりの呆あつ 気け なさに「ぽかーん」となりそうだな。

「オォオオオーン!」

こちらに気付いた火炎狼が、遠とお 吠ぼ えをしてから勢い良く突進してくる。

「い、いきなり来たぞ!? 」

「おし。じゃあ俺が吹っ飛ばした後、狼が俺に攻撃するギリギリで角行な」

俺はシルビアと話しながら火炎狼に《角行弓術》を放つ。赤黒いオーラを纏まと った矢が火炎狼を貫くが、火炎狼はビクともしていない。

「き、効いていない!? 」

シルビアが驚く。当たり前だろボスなんだから。滅多なスキルじゃダウンはとれない。ただダメージはしっかり通ってるんだなこれが。

「金将はこのくらいの位置でなー」

火炎狼が後二メートル弱といった距離で《金将弓術》を放つ。金色のオーラを纏った矢がぶち当たると同時に、まばゆい黄金のエフェクトが弾け、火炎狼は五メートルほど吹っ飛ばされて後ずさった。《金将弓術》最大の魅力、ノックバックの効果だ。

「さー、そろそろまた来るぞー。俺の直前で角行だぞー」

「あ、ああっ……わかっている!」

シルビアはまだ緊張がほぐれていない様子。

火炎狼は体勢を立て直すと、性懲りもなく俺の方へ突進してくる。

「キャウゥン!」

俺の前方三メートルといった位置で、シルビアの《角行弓術》が火炎狼を貫いた。

火炎狼は「痛ってぇ!? 」みたいに鳴いてから、シルビアの方をギロリと睨にら みターゲットすると、シルビア目掛けて突進していった。アホだなぁこの魔物。

「もうちょっとギリギリでもいいぞー」

火炎狼を《金将弓術》で吹っ飛ばしたシルビアに指示を出す。シルビアは真剣な表情でこくりと頷うなず いた。

……それから。俺とシルビアは、だいたい十五回くらいそれを繰り返した。

俺は「暇だなー」とか「晩メシ何食べる?」とか、色々言っていた。五回目を過ぎたあたりから、シルビアも俺の雑談に応じるようになった。晩メシはまたあの酒場がいいらしい。

そして十六回目くらいの頃ころ 。

「せー、せー……宣伝」「でんぷん」「プリン!」「リヒテンシュタイン」「む、なんだそれは」「異国の名前」「……まあいいか。いー、印鑑」「快感」「かーかーかー、火山」「ざっくばらん」「らぁ [image file=Image00011.jpg] [image file=Image00012.jpg] [image file=Image00012.jpg] イ麦パン」「パターン」「……これタかアかどっちだ?」「あっ」「あ……」

暇つぶしに〝しりとり〟ならぬ〝こしとり〟をしていたら、火炎狼が死んだ。

「……くっそハズレかー」

俺は火炎狼が倒れた場所に残っていたドロップアイテムを見て残念がる。

「む?」

シルビアも気付いたようで、近付いてきた。

「な、これは!? 」

何をそんなに驚いているんだろうか。『火炎狼の毛皮』くらいで。

「火炎狼の毛皮ではないか!?  これがハズレ!? 」

「えっ、そうだけど」

「ば、馬鹿を言うな馬鹿者! 商人に売れば百万CLはする高級品だぞ!? 」

「ひャ……!? 」

思ったより高い! いや、高すぎるぞ!?

ロイスダンジョン産のアイテムなんていったら最高で『炎狼之弓』の八十万~九十万CLくらいなもんだ。火炎狼の毛皮なんて五万で売れりゃマシな方だった。

単純に考えて二十倍以上の価値だ。オイオイオイ……。

そう考えると、甲等級ダンジョンのレアドロップなんかは一体どうなっちまうのか? ……駄目だ、今からニヤニヤが止まらん。

「よし持って帰ろう」

「うむ。当然だ」

俺はほくそ笑み火炎狼の毛皮をインベントリに入れ、ロイスダンジョンを後にする。

ボスを倒した後の道は、地上まで直通の親切設計だ。「如何に移動を短縮するか」はMMORPGの完成度として非常に重要な部分だろう。その点においてメヴィオンは酷ひど い。瞬間移動系の魔術は上級者にならないと覚えられないというクソシステム、中級者以下は何処へ行くにも馬やらテイムした飛ひ 龍りゆう やらで時間をかけて移動だ。だから、こういったダンジョンの出口のような細かい気遣いがとてもありがたく思えてしまう。感覚が麻ま 痺ひ してるな。

「おっし、飲みに行くか」

「ああ。望むところだ」

外はもう夕暮れだった。つまり、丸一日ダンジョンにいたことになる。

夕日の眩まぶ しさに目を細めながら、シルビアと共に帰路へと就く。俺が「次はもっと攻略時間を縮めて周回しよう」と言うと、シルビアは「どれくらいだ?」と聞いてきた。「最低でも一日三回」と言うと「ははは馬鹿者」と乾いた笑いが返ってくる。

その後は、趣味の話をしたり、家族のことを聞いたり、くだらないことで笑い合ったりしながら、王都ヴィンストンの宿屋まで帰った。

他た 愛わい のない会話。なんの変哲もない日常。まったりとした育成。

……なんだろうかこれは。前世では考えられないくらい幸せだ。俺の異世界サブキャラ生活は、シルビアという仲間を得た今、楽しさで一杯である。

そして、育成すればするほど、着実に近付いてきているのがわかる。この世界での──本当の〝世界一位〟に。

閑話一 生き地獄から天国へ

「──凄すご い! 凄いです! 有り得ない記録だぁあああっ! seven一いつ 閃せん 座ざ 、これで今期最後のタイトルとなる一閃座戦を制し、見事防衛です! そしてなんと! 前人未到! 通算獲得タイトル百期となりましたぁーッ! 」

会場全体に、実況の興奮した声がこだまする。

観客席からは拍手喝かつ 采さい が、中継モニタでは大量のコメントが氾はん 濫らん を起こしていた。

「合わせて連勝記録も更新ですね。三十二勝に伸ばしました。通算で言いますと、獲得タイトル数、タイトル在位期間、勝数、勝率、そして連勝記録。全すべ て一位です。未いま だ一つも破られていません。その影すら見せません。いやあ、文句なしの世界一位、今期も健在です」

「素晴らしい記録です! まさにメヴィウス・オンラインを代表するプレイヤーですね」

「個人で彼以上に活躍できそうな選手はまだまだ現れませんね。今後に期待ですが、正直、勝てる気がしないというのが……ははは。ここまで周りが敵だらけの状況で更に調子を上げてきているというのも理解できませんよ、ええ」

「元世界ランカーである解説のT41to5uTONたるとすとーん さんをもってして苦笑いさせてしまうのがseven一閃座です! 流石さすが は世界一位といったところでしょうか」

「彼の素晴らしいところはね、単に強いというだけではなくて、魅せるプレイをしてくれるところだと思うんですよ。ある種、立派なエンターテイメントとして成立しているんです。だから実況中継がこれほど盛り上がるんだと僕は思います」

「同感です! 実況させていただく度に、ドキドキハラハラと手に汗握る戦いが繰り広げられるので、こちらも負けじと気合が入ってしまいますね。さて、話は尽きないところですが、ここでメヴィオンTVをご覧の皆様にお知らせが──」

メヴィウス・オンライン世界ランキング第一位のsevenとは、俺のことである。

順位はイロ・レーティングで決まる。といっても、通算成績がずば抜けている俺のレートはぶっちぎりで一位。誰だれ も追いつけない。誰も追い越せない。そして記録も破れない。

そりゃそうだろう。メヴィウス・オンラインなんていう今時ありふれたVRMMOに人生賭か けている男なんて、俺くらいなもんだろうから。

こんなネトゲにマジになっちゃってどうすんだ? ははは、バーカ。どうにもなんねえよ。

ただ、そうだな……今思えば、だが。すげえ楽しかったな。俺の青春だった。人生の全てだった。

「乙でーす、sevenさん。良い勝負でしたねー」

誰かが話しかけてくる。こいつは誰だったっけか? ああ、そうそう。チームの後輩だ。

なんと返そうか。あれ? 俺はなんと言えばいい? いや、なんと言ったんだったか? どうにも思い出せない。

喋しやべ る後輩。何かを返す俺。すると、チームメンバーが次々と集まってきた。皆、口々に俺を労う。

「打ち上げしましょうか! 後、百期のお祝い!」

誰かが言った。「ついでみたいに言うな!」と何ど 処こ からともなくツッコミが加わる。皆「わはは!」と笑った。

そうそう、こんな感じだった。毎日が充実していた。楽しくてしょうがなかった。

チームの拠点で机を囲み、バーチャルとはいえ酒と食事を楽しむ。中心はいつも俺だった。心を許し合った仲間たちとのくだらない会話が、バカみたいなふざけ合いが、最低で最悪で、最高で。

「んじゃあそろそろ解散しますかー」

皆、去っていく。明日が仕事のやつ、学校のやつ、浪人生に留年生、専業主婦もいた。皆それぞれがそれぞれの事情を持っていた。

ゆえに、俺は独りになる。ネトゲなんぞに四六時中ログインできる者など、この2034年の現代社会では稀け 有う な存在だった。

「息継ぎ しとくか」

ぼそりと呟つぶや く。直後、俺は管理画面を開いてログアウトを選択した。

パッ──と、意識が現実 へと切り替わる。即座に起き上がり、ベッドの真横に置いてある収納ケースから液状高栄養食を一つ手に取って、そのまま洗面所に足を運んだ。代わり映えのしない砂糖味の汁を一気に飲み干しながら、俺は便器に向かって用を足す。空腹も何も満たされないが、必要な栄養だけは補給できる。そして、不必要なものは、体の外へ。

……うーん、最後にトイレ掃除をしたのはいつだっただろうか。前々回の大型アップデートの時だったから、確か、そう、三か月前。道理で臭いわけだ。

俺は洗面所を出ると、すぐさまベッドに戻った。食事、終了。排はい 泄せつ 、終了。息継ぎ完了である。そしたら、また、メヴィウス・オンラインの中へ──……

「……………………? 」

ログインできない。

あれ? ん? おかしいな。あれ? どうして? え、何な 故ぜ ? あれ……?

何度確認しても、何をやっても、何分待っても、駄目だった。

……調べないと。大丈夫、大丈夫だ。そんな馬鹿なことがあるか。きっと運営がなんとかしてくれる。

背中を冷や汗が伝っていく。心臓が痛いほど鼓動し、耳鳴りがぐわんぐわんと視界を揺らし、喉のど 奥を火鉢でかき混ぜられるような不快感が襲う。

………… それから、どれほどの時間が経た っただろうか。必死に情報を搔か き集あつ め、そして、俺のsevenが消えたことを知り、俺の世界一位がもう二度と戻ってこないのだと理解した瞬間、俺は静かに胃の中のものを全て吐き出し──
「────ッ !!  はぁっ…… はぁっ…… はぁっ……! 」

夢、だった。

周囲を見回して理解する。王都ヴィンストンの宿屋。ここは、いつもの部屋だ。

「…………~っっっ 」

よかった……よかった、よかった、よかった……!!

体中が安あん 堵ど で満たされる。かつて、これほどに「生きていてよかった」と思ったことがあっただろうか。いや、ない。今、俺の全身は歓喜に打ち震えている。

……また、あの日常を送れるのだ。シルビアと、メヴィウス・オンラインを遊べるのだ。これ以上に嬉うれ しいことなど、何もない。

「……ふぅ……」

落ち着いた。最悪の目覚めだったが、今の気分は悪くない。

さて、今日は何をしよう。ロイスダンジョンの周回か、はたまたスライム狩りか。たまには息抜きにショッピングなどもいい。

そうだ。弓術師用の軽けい 鎧よろい を買ってやったら、あいつは喜ぶだろうか?

いや、きっと喜ぶに違いない。よーし、そうとなれば、なるべく見た目が騎士っぽいやつを選んでやろう。あの歳とし で騎士ごっこをするくらいだからな、未練がましく憧あこが れ続けているのがバレバレである。

俺はシルビアの喜ぶ顔を思い浮かべながら、コップに水を入れ、一気に飲み干した。

なんの味もしない、ただの水。だが、何故だか、心と体が満たされていくような気がした。

きゅるる、と喉の奥が鳴る。「あー生き返った」とオヤジくさいことを呟いて、俺は自じ 嘲ちよう するように笑った。

第二章 王子と少女と魔術学校

三週間が経た った。

俺とシルビアは来る日も来る日もロイスダンジョンを周回し、今や一日六回は攻略できるようになっている。

ダンジョン周回で経験値はガンガン溜た まり、俺もシルビアも「駆け出し中級者」から「選え りすぐりの中級者」くらいにはレベルアップしたと思う。この世界の中級者が一頭の牛だとすれば、俺たちはシャトーブリアン。お中元のそうめんだとすれば、ちょこっと混じっている色付きの二本ってなもんだろう。

俺の【剣術】スキルはといえば、早々に《角行剣術》と《飛車剣術》を習得し、順調にランクを上げている。現状どちらも初段だ。効果はそれぞれ「素早い強力な貫通攻撃」と「非常に強力な単体攻撃」である。

そして、今日。ついに求めていた物が出現した。

「むっ、これは……!? 」

いち早く気が付いたのは、シルビア。

いつも通り火炎狼を金角ハメ太郎で処理し、いつも通りゆうに百枚を超えた火炎狼の毛皮を回収しようと近付いた時である。そこに落ちていたのは、燃え盛るような緋ひ 色いろ をした大弓だった。

「やっと出たか!」

ああ、長かったー……いやぁ長かった。

物欲センサーとは言い得て妙で、ドロップ率2%はあるはずの『炎狼之弓』はなっかなか出てくれなかったが、百何十回目でやっと落としてくれた。ありがとう火炎狼。十ダースも殺してごめんよ。

「これがセカンド殿の求めていた炎狼之弓か! ううむ、なんとも強そうだ」

シルビアは地面に落ちている炎狼之弓を見て感心したように言う。どうやらこいつは何か勘違いしているようだ。

「いや何言ってんの。これシルビアのだよ」

「………… へ? ええぇっ!? 」

そう伝えると、彼女は目を点にして固まった。

「魔弓術師になるんだろ? しばらくはこれ使ってりゃ間違いないから。ほら」

俺は困惑するシルビアに炎狼之弓を持たせて、一発撃ってみろと言う。しおらしく「う、うむ」と頷うなず いて、恐る恐る弓を構えるシルビア。

ボゥッ── 《歩兵弓術》で射られた矢は、瞬時に炎を纏まと い火矢となってダンジョンの壁へと飛んでいく。

「な、なんだこれは!?  どうなってるんだ!?  凄すご いぞ!? 」

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何な 故ぜ か急激に語ご 彙い が貧困になったシルビアが、目を丸くして驚いている。

「いや、全然凄くない」

「え、いやいやいや、えっ?」

俺の言葉を受けても「凄いぞ?」とシルビアは言うが、こんなので喜んで満足してもらっちゃあ困る。【魔弓術】としてはヘッポコも同然なのだから。何故なら、だ。

「魔弓術は弓術に加えて高い練度の魔術が要求されるからな。全く使える状態になっていない。少なくとも火属性の攻撃魔術・参ノ型を覚えてから喜べ」

「……そ、そうなのか。浮かれてしまってすまない」

しょぼんとするシルビア。少し言い過ぎた気もするが、まあいいや。

「ところで、この間買ってもらった軽鎧ばかりか、こんなに良い弓を私がもらってしまってもよいのか?」

「ああ、いいぞ。これから俺は魔術にシフトしていくから特に使う予定はない。シルビアが役立ててくれ」

「本当か? では、ありがたく………… ん? 待て、今なんと言った?」

「魔術にシフト?」

「それだ。私は聞いていないぞ」

「すまん言ってなかった」

「………… 」

全くこいつは、とでも言いたげな目でジトーっと見られる。ダンジョンのことも【魔術】のことも、俺はあえて言い忘れている。シルビアの反応が面白いからである。今回はいまいちだったが。

「弓術、剣術ときて、お次は魔術か……世界一位も夢ではないな」

いよいよ現実味を帯びてきた。それがシルビアもわかっているのか、彼女は感心するように呟つぶや いた。

「まだまだ先は長いさ。それより今後のことについて相談がある。王都に帰るまでの道で話し合おう」

「うむ、承知した」

長らく世話になったロイスダンジョンを後にする。そして、俺とシルビアの拠点は大きく変わることとなった。
「王立魔術学校へのコネ?」

帰り道、俺はシルビアに相談を持ち掛けた。

「そうだ。お前はヴァージニア騎士爵家の次女なんだろう? コネかなんかないか?」

【魔術】スキルを習得するには〝魔導書〟を読む必要がある。壱ノ型の魔導書はコミケに置いてあるが、弐ノ型と参ノ型の魔導書は基本的に魔術学校にしか置いていないのだ。

その上、俺は魔術学校内の何ど 処こ にそれらの魔導書が置いてあるのかがわからない。メヴィオンでメインキャラを使っていた頃ころ は、弐ノ型も参ノ型も時短のためにオークションという名の裏ワザでリアルマネー取引をして入手したからな。全部で三万円した。まあ俺にリアルなんてなかったから痛くも痒かゆ くもないが。

ともかく、俺はなんとしても魔術学校へと潜入 しなければならない。

何な 故ぜ 、潜入なのか。それはやはり時短である。

王立魔術学校は、教師と学生以外は立ち入り禁止だ。じゃあってんで正規ルートで入学しちまえば、そりゃ中に入ることは可能になるが、転入のための試験を受けて面接を受けて手続きを済ませて金払ってさぁ入学となるまでにどれだけ時間がかかるかわからない。もちろん入学式なんて待てない。

だからこそ、コネを使って「ちょっと魔術学校を見学させてもらえませんかね?」としたいところなのだが……。

「む、無理だ。私は剣の才能がないと父上に見放されているのだぞ? こんな不出来な娘の頼みなど聞き入れてもらえるとは思えん」

「聞く限り、お前の親おや 父じ は実力主義者なんだろ? だったら今のシルビアの実力を見せてみたらどうだ?」

「いや、それでも厳しいだろう。父上は剣の腕一つで武功を立てて騎士爵となった人だ。剣を捨てて弓に逃げたなどと言われるやもしれん。それにあの頑固者に弓が受け入れられるかどうか……」

シルビアの父親への苦手意識が凄すご いことになっている。まあそんな感じだろうとは薄々思っていた。

……うん、致し方あるまい。こうなったらもうシルビアパパを騙くらかす しかない。

「よし、俺に良い考えがある」

「……何故だかもの凄く嫌な予感がするんだが」

「平気平気、詐欺師によって得意なウソ違うから」

「言ってることが全然平気じゃないぞ!? 」

俺はシルビアをなだめすかして、作戦概要を説明した。名付けて、ダマクラカス作戦──決行は明日である。
◇◇◇
「お初にお目にかかります、ヴァージニア卿きよう 」

──厄介だ。娘が連れてきたその青黒い髪の青年を見るやいなや、俺はそう直感した。

その会釈一つとってみても心技体ともに満ち足りている。剣術の腕だけで比べてみても、騎士爵である俺が引けを取ってしまうほどだろうとわかる。

彼の見目麗しい姿は同性の俺ですら目を奪われるほど。見るからに仕立ての良い服は、一体いくらするのか想像もつかない。靴は艶つや のある革製、かなり高位の魔物のものだろう。また特筆すべきは、彼の纏う外がい 套とう だ。見る者を吸い込んでしまいそうな漆黒と群青、そこには色とりどりの宝石が惜しげもなく鏤ちりば められており、まるで星々の輝く夜空のようであった。

だが、その美しき装飾は外側のものではない。外套の内側なのである。それが何を意味するか。彼は秘めている。恐らく、何かとんでもないものを。

「父上。こちらは異国の貴族のお方、セカンド殿に御座います」

久しぶりに会った我が娘がおずおずと彼を紹介した。シルビアよ、相変わらず噓うそ が下へ 手た だなお前は。眉まゆ が小刻みに動いているぞ。

さて。これで彼が少なくとも貴族ではない ことはわかったが……では、何者なのか。

一つだけ、たった一つだけ、俺は思い当たる。それは──王子 。

我がキャスタル王国の第一王子であるクラウス殿下は剣術に長た け、その腕は王国でも上位に食い込むほどと言われている。第二王子のマイン殿下は、名門『王立魔術学校』の第一学年の首席であられるとの噂うわさ だ。

目の前の彼の眩まばゆ いほどの自信、溢あふ れ出る富、強したた かな出い で立た ち、理知的な眼光、そして超越的なまでの余裕。どれをとっても俺の知る王族に引けを取らない。

……よし。ここは一つ、試してみるべきだろう。そう考えた俺は、あえて対等 に振舞うことにした。怒り出すなら、その程度の者だったということ。ボロが出るなら、詐欺罪で逮捕してしまえばいい。

「うむ、セカンド殿だな。俺はノワール・ヴァージニアだ。よろしく頼む」

「よろしく」

……驚くべきことに。彼は余裕をもった笑みで、たった一言、そう返してきた。

俺は確信する──彼は、異国の王族だ。間違いない。

そこいらの穢けが れた貴族どもならば、騎士爵ごときにこのような対応をされれば激げき 昂こう するに決まっている。怒りを堪こら えたとて、必ず行動や言動のどこかが綻ほころ び隙を露呈する。ましてや王族を騙かた る貴族だとすれば、そのような戯たわ け者が礼を失した俺の対応を前にこの余裕を出せるわけがない。そもそも彼は自分が王族だなどと一言も騙っていやしない。

で、あれば。ここは正直に申し上げ、非礼を詫わ びるべきであろう。

バン、と音がする。俺の頭がテーブルに当たった音だ。

「セカンド殿下 。試すような真ま 似ね をして申し訳なく存じます。如い 何か 様よう な罰も受けましょう。しかし許していただけるならば、このノワール、如何様なことでも引き受けましょう」

千載一遇の好機、逃す手はない。

あのシルビアがわざわざ連れてきた人物だ。我が娘に剣の腕はなかろうとも、人を見る目は確かだということを父である俺は知っている。セカンド殿下はまず間違いなく悪人ではない。その目的はわからないが、俺が彼の役に立つことで我が家の、果てはキャスタル王国の利となるならば、この機を摑つか むためなんとしても率先躬きゆう 行こう すべきであろう。

俺は頭を下げたまま、セカンド殿下の言葉を今か今かと待っていた。願わくばそれがヴァージニア騎士爵家にとって良いものであるように、と。
◇◇◇
どうしてこうなった、と。俺はそう言いたい。

ダマクラカス作戦とか言って変に盛り上げたが、単に「レア服を着て異国の貴族のフリをしてシルビアパパを騙して魔術学校への紹介状を書かせる」だけのつもりだった。

剣の実力一つで騎士爵となった叩たた き上げの男の紹介状だ。権力 はなくとも信用 はある。きっと王立魔術学校からは明るい返事が来ると俺は読んでいた。

しかし実際はこうだ。

なんだこれ。なんでノワールさんは頭を下げてんの? 殿下って何? 試す? 罰? もう意味がわからない。

ちらりとシルビアを見る。目が点になって固まっている。なんなんだよこれ。わけわかんねぇよ。

………… あ、いや。でも一つだけわかっていることがある。それは──

「面を上げよ」

──便乗すべきだということだ。

俺が堂々と沈黙を破ると、ノワールさんは静かに顔を上げた。

不思議なことに、俺の後ろに立たせているシルビアが今どんな顔をしているかわかる。きっと「何言ってんだこいつ!? 」みたいな仰天顔だ。だが、もう後戻りはできない。こうなったらもう行けるところまで「なんか偉い人」のフリを続けることにしようと決めた。

「こちらこそ騙すような真似をしてすまない……事情があって身分を隠している。わかってくれるか?」

「はっ。他言は致しませぬ」

お。出たとこ勝負だったけど、こりゃ行けそうだぞ。

「今日は二つの頼みがあって参った」

「はっ。なんなりとお申し付け下され」

……ノワールさん、えらい騙されっぷりだ。一体どんだけおかしな勘違いをしたらこうなるんだ? だんだんヴァージニア家が心配になってきた。あんた騎士なんだからキャスタル国王に忠誠を誓ってるんじゃないんですかねぇ? そもそも素性の知れない人物にここまで頭こうべ を垂れる意味がちょっと……流石さすが シルビアの親父と言わざるを得ない。いろんな意味で。

しかし、いくら相手がぽんこつ父 だからって気を抜いてはいけない。俺は頭を必死にフル回転させて次の言葉を考える。

「ではまず些さ 細さい な頼みごとからだ。王立魔術学校へのコネクションが欲しい。なんとかなるか?」

「は。第一学年への転入であれば、今直す ぐにでも紹介状を書きましょう。第一学年の主任であるケビンというエルフの男とは、その昔戦場を共にしておりました」

……ワーオ。ノワールさんは信用のある人物だとは思っていたが、まさかそこまでとは考えていなかった。凄いぞこの人。しかし、転入はまずい。期間が長すぎる。ちょろりと潜入してちょろちょろっと魔導書を読めればそれでいいのだ。

「短期間でよい。案はないか?」

「ふむ。でしたら、短期留学という形を取るのがよろしいかと」

「なるほど」

良い案だ。異国からこの国の魔術学校を見学しに訪れたとでも言えば筋は通る。期間はどうしようか。できるだけ短めが良いが、二~三日にして魔導書の場所が見つからなかったらマズい。

おっと、そういえばシルビアも火属性の弐ノ型と参ノ型を覚えるんだったな。シルビアも俺と同じでパラパラとページをめくっただけで覚えられるだろうか?

……うーん、不安だから少し長めに期間をとっておくか。

「わかった、期間は二週間だ。その形で紹介状を頼む」

「御意に」

ノワールさんは頷うなず きつつ、その目はちらりとシルビアの方を向いていた。

そろそろ次の頼みが気になる頃ころ だろう。そしてそれがおそらくシルビアに関することだと予想しているのだ。ノワールさん、かなり頭が切れる。なのにどうしてこんなにおかしな勘違いをしているのだろうか。ただそのお陰でこっちは助かっているからなんとも言えないが。

「さて。些細な頼みごとが終われば、次に来るのは重要な頼みごとであろう」

「左様で御座いますな」

俺のテキトーな言葉に、納得したような表情で返すノワールさん。俺は居住まいを正し、口を開いた。

「単刀直入に言おう……朕ちん はシルビアが気に入った。彼女には弓術と魔術の才がある。どうか朕の供として同行を許してはくれまいか」

頭を少しだけ下げて願う。ここでシルビアの同行を認めさせておけば、後々第三騎士団にスパイがバレて諍いさか いになった際、ノワールさんを味方に付けることができると思ったのだ。できればヴァージニア家直々のお墨付きが欲しいところである。

……しかし、いくら咄とつ 嗟さ に一人称が思いつかなかったからって「朕」はどうだろう。ノワールさんは目を丸くしていた。いかん、流石さすが にマズかったかも。

「あ、頭をお上げくださいッ」

ノワールさんの慌てたような声。俺はゆっくりと顔を上げた。

「不出来な娘ですが、殿下がよろしいのであればなんなりとお使いください。しかし、本当にシルビアを……?」

疑念が残るようだ。そりゃそうか。ノワールさんの中では、シルビアはまだ剣の一つも満足に扱えないただ騎士に憧あこが れるだけの夢見る少女なのだろう。

「確かに彼女に剣の才はない。しかし弓魔においては、その腕まさに天下に轟とどろ くものと言えよう。朕が保証する。シルビアは騎士団から離れ、朕と共に来るべきである」

俺は自信満々に宣言した。

「シルビアに然さ 様よう な才が……」

ノワールさんはそれでも信じられなかったようだ。手ごわい。

「第三騎士団から彼女を二年の契約で借り受けている。期間が済んだら、朕のところへ来てほしいと騎士団に頼むつもりである。その際ノワール殿の力を借りたい」

ここまでしてシルビアが欲しいんだ、という風に見せてみる。

「……恐れながら……いや、畏かしこ まりました」

ノワールさんは否定の言葉を言いかけて、すぐにそれを否定する。そして決心したような顔でこう言った。

「希こいねが うは獅し 子し 奮ふん 迅じん の活躍。この地に座していようとも、必ずや届くであろうその喝かつ 采さい をこの家で待つことに致します」

「…………っ 」

ノワールさんの言葉の後、シルビアの感激するような息遣いが聞こえた。何言ってんのかよくわからなかったが、つまりOKってことでいいのかな? いいんだろうな。

「その心意気、天あつ 晴ぱ れである。朕はヴァージニア家を決して忘れることはない」

俺は満足気に頷き、できるだけ大らかに微ほほ 笑え むと、シルビアを連れてヴァージニア邸を後にした。

……不思議なことに帰路を歩く足が少し震える。いやぁ緊張した。シルビアは帰り道の間ずっと「この馬鹿者!」「大馬鹿者!」とうるさかった。

「セカンド殿といると心臓がいくつあっても足りん」なんて言うが、俺は知っている。最後にノワールさんがお前の弓の才能を認めて送り出した時に少しだけ涙目になっていたことをな。心臓を痛めて正解だっただろう。

しかし、まあ、これで王立魔術学校へのコネはできたが……なんだか予想以上に大変なことになりそうで少し怖い。

人を騙だま したりなんかするもんじゃねーなと、心底そう思った。
◇◇◇
「ポーラ校長。少々お話が」

王立魔術学校、校長室。スラリと伸びた手足に美しい顔立ちをした耳の長い男が無遠慮に入室してくる。

その男は、本棚に囲まれた部屋の中心でたくさんの書類が積まれた机に向かい黙々とペンを動かしている、まさに姥うば 桜ざくら といった眼鏡めがね の女性ポーラに話しかけた。

「名前で呼ぶなといつも言っているでしょう、ケビン先生」

ポーラは溜た め息いき まじりにそう言うと、ペンを動かす手を止める。

「よいではありませんか。ここでは二人きり、ですよ」

「あら、私を口説いているのかしら?」

「ははは。ふた回りも年下の女性を口説こうなど、紳士としてのポリシーに反しますね」

「そういえばそうだったわね貴方あなた ……」

微笑むケビンを見て頭を抱えるポーラ。その様子を見たケビンはフォローするように言った。

「おっと、勘違いしないでいただきたい。ポーラ校長に魅力がないと言っているわけではございません。せめて、後もう少し、そう、後ほんの百歳くらい年をとっていただければストライクなのですよ、ええ」

「……エルフのくせに熟女好きとは始末に負えないわよね」

「ん、今何か?」

「独り言よ」

ちなみに王立魔術学校の校長ポーラ・メメントの年齢は四十九歳、第一学年主任・第一学年A組担任であるケビンの年齢は百三十歳だ。ポーラは人間なので歳とし より若く見えるくらいの真っ当な外見だが、ケビンはエルフなので百年以上生きていてもそれが実年齢とは思えないほど若々しい外見をしている。

「ところでなんの話? 雑談をしにわざわざ訪れたわけじゃないでしょう?」

ポーラがそう聞くと、ケビンはパチンと指を鳴らして答えた。

「ノワールから手紙が来た」

「あら珍しい……でも、ただの手紙ってわけじゃなさそうね」

ポーラはケビンの表情を見て感付く。

「その通り。手紙にはこう書いてあった──異国の然さ る高貴なるお方が魔術学校の見学を希望している。我が娘シルビアと共に貴殿の組へ二週間の短期留学を願う──と」

「………… 」

ケビンの表情が真ま 面じ 目め なものになると同時に、ポーラの表情もまた固まった。

依頼自体は大したことがない。二週間の短期留学などどうとでもなる。問題なのは、依頼してきた人物と、依頼した人物。

「貴方、どう思う?」

ポーラが問いかけると、ケビンは待ってましたとばかりに口を開く。

「あの堅物のノワールが高貴なるお方 だなんて言っている。つまりノワールが認めざるを得ないような器の持ち主だ。それも実の娘をわざわざ護衛に付けた上ご丁寧に紹介状まで書いて案内するレベルの相手ときた。これは異常事態だね。今すぐ対策を立てる必要がある」

「概おおむ ね同意よ」

腕を組んで唸うな る二人。

一体どのような人物がどのような目的で短期留学しに来るのか、手紙には何も書かれていない。わかっているのは「セカンド」という名前だけ。

「普通なら、怪しいと……そうなるんだろうけどねぇ」

「ええ。あのノワールからの手紙となると……」

絶対に無視はできない。それほどにノワールという「真面目が服を着て剣を振っているようなお堅い騎士爵」への信頼は厚いものがあった。

……それから、しばらく経た ち。ポーラは少なくない時間を思考に費やして、おおよその対策を立てた。

「私が思いついた対策は二つ。一つはそのセカンド君を異国の王族と仮定してこれ以上ないくらいの手厚い待遇で二週間至れり尽くせりで過ごしてもらう。もう一つは、全すべ ての学生を平等に扱っているというスタンスのまま短期留学手続きを済ませて後は触らぬ神に祟たた りなしよ。さあどっち?」

語る方も聞く方も、苦々しい顔をしている。

「後者の方がマシ、かなぁ……仕方なくだけど。うちの組ではセカンド君だけ特別扱いできない理由がある」

ケビンがそう言うと、ポーラも頷く。

「そういえば、そうね。だって貴方の組には──」

「ええ、そうです。僕のA組には──」

──マイン殿下がいらっしゃるから。
◇◇◇
ダマクラカス作戦から一週間が経った。あれから俺とシルビアは火炎狼の毛皮を売ったり経験値を稼いだりと、なかなかに充実した日々を過ごしていた。

経験値稼ぎは主にスライム系の魔物で行った。王都から鉱山へ向かう道の途中にある『スライムの森』を奥へ奥へと進んでいくと、経験値のおいしいレアスライムがよく出る場所があるのだ。

その中でも一番の収穫は、ホーリィスライムから『回復魔術の杖つえ ・中』をドロップできたこと。ドロップ率0・05%の激レアアイテムである。この『回復魔術の杖・中』は、装備している状態に限り、誰だれ でも簡易的に【回復魔術】の《回復・中》が使えるようになる非常に便利なアイテムだ。特に、成長タイプをヒーラー系に設定したキャラクターが持つことで、その真価を発揮する。何な 故ぜ なら、ヒーラータイプが扱う時だけ「+プラス +プラス 」の効果が追加されるのである。++は二段階強化といって、これが付くと通常の約250%の効果が期待できるのだ。《回復・中》の++ともなると、中級者程度のHPヒツトポイント であれば50 %以上の即時回復が見込めるレベルだ。砕けた奥歯など屁へ でもない回復量である。単価八万CLの高級ポーションを節約できると考えれば、この追加効果が如い 何か に強力かわかるだろう。

俺とシルビアはどちらもヒーラー系の成長タイプではないので++は得られないのだが、それでも無条件で《回復・中》が扱えるようになるのは大きい。ありがとうホーリィスライム、素晴らしい贈り物だよ。彼も草葉の陰で「ぴきぃ!」と喜んでいることだろう。

とまあ、そんなこんなで王立魔術学校へ向かう当日となった。

「本当の本当に構わないのか?」

シルビアが顔を寄せて聞いてくる。さっきからこればかりだ。

「半分はお前が倒したんだからお前の取り分だって何度も言ってんだろ」

なんでも、火炎狼の毛皮を売った金の半分は「私には多すぎる」らしい。百二十枚あった毛皮は一枚あたり約百万CLで売れた。百万×百二十で一億二千万CL、その半分で六千万CLがシルビアの取り分である。

「炎狼之弓に加えてこんな大金までもらってしまってよいのだろうか……」

うじうじうじうじと、鬱うつ 陶とう しいことこの上ない。これからいよいよ魔術学校に潜入しようという大事な時にこんなんじゃあ、教師どころか学生にまで舐な められても文句は言えないな。ここは一つ活を入れておくべきだろう。

「いいか、よく聞けシルビア。六千万なんてな、稼ごうと思えば一日で稼げる。端はした 金がね だ端金。俺たちゃ世界一位を目指すんだよ。六千万ぐらいでぴーぴー言ってんじゃねえ」

「い、いちにちでろくせんまん……」

いかん、更に腑ふ 抜ぬ けた。

「意識低いぞ。お前はもう世界一位のチームの一員なんだ。自覚を持て」

「……チーム?」

「そう、チームだ。いずれ結成するからな」

メヴィオンは『チーム』と呼ばれるプレイヤー集団を作ることができる。最低四人必要で、チーム結成クエストを完遂する必要があるが、非常に簡単なので誰でも問題なくチームを作り多人数で遊ぶことができた。

この世界でも同じシステムなのかはわからないが、世界一位を目指す上ではチームを作っておいて何一つ損はない。何故ならチームマスターの権限が非常に効率的なのである。チームメンバーのステータスやスキル一覧を勝手に覗のぞ けたり、チーム限定通信で離れた場所から指示を出せたりと、とても便利なのだ。仲間が増えた際には是非とも作っておきたい。

「私が……セカンド殿の、チームの一員……?」

目をぱちぱちと瞬かせて呟つぶや くシルビア。だんだんと自信が湧わ いてきたみたいで、その顔に気合が入り始める。

「うむ、そうだな! 私は世界一位を目指す男の、第一のチームメンバーだ! なよなよしていられんな!」

急に元気になった。やたら第一 を強調している。幹部にでもなるつもりか? そして多分もう六千万のことは忘れている。このぽんこつっぷりがなんとも愛らしい。

そんな会話をしている間に、俺とシルビアは王立魔術学校へと到着した。王都のど真ん中から馬で一時間ほどの距離にある見上げるほどにでかい城のような建物が校舎だ。

「ようこそ、お待ちしておりました」

馬から降りた俺たちを、二十代くらいの若い男と三十代後半くらいに見える女の二人が出迎えた。

「お出迎えわざわざありがとう御座います、先生方」

俺は思いつく限りの敬語で対応する。ネトゲばかりでちっとも学のない俺でも、流石にこちらが生徒であちらが先生ならば礼儀を重んじるのだ。隣で意外そうにしているシルビアを見えないように肘ひじ で小突きながらお辞儀をした。

「セカンド君 ……で、構わないかい?」

若い男の方が聞いてくる。ああ、まだ名乗ってなかったな。

「ええ。俺がセカンドで、隣がシルビアです。これから二週間よろしくお願いします」

俺がにこやかにそう言うと、男と女は一瞬だけ視線を交わした後、女の方から口を開いた。

「私は校長のポーラ・メメントです。よろしくね。そして彼が」

「セカンド君がこれから入る予定の一年A組の担任、ケビンです。よろしく」

二人と握手をする。校長は女性なのか、意外だ。それとケビン先生、彼がノワールさんの言っていたエルフだな。二人は俺との挨あい 拶さつ を済ませると、ついでという感じでシルビアとも挨拶を交わしていた。ところでシルビアはどういう扱いになるんだろうか?

「早速質問なのですが、シルビアは同じA組になりますか?」

「ええ、そうなります。留学期間中の宿泊先は寮ではなく宿なので、部屋が離れることもないわ」

ポーラ校長が答えてくれた。そうか、シルビアは俺の護衛ということになっているんだった。しまったな、今の質問はおかしかったか。

「さて、行きましょうか」

ケビン先生の案内で校舎の中へと入っていく。よし、大丈夫そうだ。今のところ特に怪しまれてはいないようだが……これから二週間、気を引き締めないとな。とかなんとか考えていたら、いつの間にか校舎の中に入っていた。廊下には人っ子一人いない。もう授業中なのだろうか。尋ねてみようかと思ったところで、先を歩くケビン先生がちらりとこちらを振り返り口を開いた。

「今日は午前中に授業を、午後に校舎の案内をしようと考えている。どうかな?」

「案内はケビン先生が?」

「いや、学生だよ。先日A組の中で募ってね、もう決まっているんだ。午後は基本的に自由課題を行う時間なんだけど、優秀な学生なら手が空いているからね」

「そうですか。ありがたいことです」

よぉーしよぉし。じゃあ授業中は適当に時間潰つぶ して、午後になったら案内人の学生から情報を搾り取ってやろう。と言っても魔導書の在あ り処か を聞くだけだが。

「さあ、着きました。ここがA組です」

俺が一人でほくそ笑んでいるうちに、一年A組の教室へと到着した。

躊ちゆう 躇ちよ なくドアを開けるケビン先生。ちらっと教室を覗いてみると、中は大学の講義室のように座席と机とが扇形に設置されており、階段状にずらりと並んでいた。学生たちは三十人くらいだろうか。全員黙って着席しており、なんとも静かなものである。

「おはようございます皆さん。さて、先日告知した通り、本日から二週間、二人の留学生がここA組で共に過ごすこととなります。それでは紹介しましょう。セカンド君、シルビアさん、入ってきて」

ケビン先生は淡々と喋しやべ ると、俺たちを呼んだ。どうやら出番のようだ。

俺とシルビアは教室に一歩足を踏み入れた。その瞬間……。

「────っ 」

学生たちは一斉に息を吞の み、そして、俄にわ かにざわついた。

俺もこの世界に来て随分経つから、その理由は大いにわかっている。きっと、俺の容姿が原因だ。現実にはあり得ないくらいの美形だからな。流石さすが は課金アバターと言わざるを得ない。

「それでは自己紹介を」

教壇まで来ると、ケビン先生にそう促された。

「ジパングという島国から見学に来ましたセカンドです。どうぞよろしく」

「し、シルビア・ヴァージニアだ。よろしく頼む」

俺がさらさらと述べてさらりと優雅にお辞儀をすると、一部の女子たちから「きゃあっ」と黄色い声があがった。一方の男子学生諸君は至って静かである。彼らの視線は俺の横、どうやらシルビアの凛り 々り しさに見み 惚と れているようだ。

「ありがとう。では二人はそちらの席に」

俺とシルビアは大勢の視線を感じながら、最前列の真ん中から一つ右の場所に着席する。

「今日は折角ですから、改めて基礎の復習から行うことに致しましょう」

俺たちが席に着いたのを確認したケビン先生は、早速授業を開始した。俺にとっては退屈な時間だろう。そう思い、話半分で聞いていることにした。
約三時間後、午前の授業が終了する。

授業の内容は、予想に反して衝撃的だった。なんでも「魔術の行使は理解の深さが重要」で「魔術師志望者は理解を深めるため学校に通っている」のだとか。

……聞いたことないぞ、そんなの。【魔術】は魔導書をテキトーにパカッと開いたら覚えられるんじゃないのか? 少なくとも王立大図書館で覚えた壱ノ型はそうだった。魔術を理解とか、理解の深さとか……メヴィオンのストーリーの中でNPCノンプレイヤーキヤラクター の誰かがそんなことを説明していたような気もするが、基本的に「些さ 細さい な会話は飛ばす主義」だった俺が一から十まで覚えているわけもない。

授業を聞いている間に「もしかしたら魔導書をチラ見するだけじゃ弐ノ型や参ノ型は覚えられないかも」という不安がだんだんと押し寄せてきて居ても立ってもいられなくなった俺は、授業終了と同時にケビン先生へと詰め寄った。

「午後の案内の方を紹介していただきたい。共に昼食をとり、親しん 睦ぼく を深めたいと思う」

あまりに焦っていたからかタメ口みたいになってしまった。ケビン先生は一瞬だけ目を丸くした後、笑顔で口を開いた。

「もちろん構いません。ええと、ああいた。マイン君」

「あっ……はい。お呼びですか、先生?」

ケビン先生に呼ばれてこちらへやってきたマインという男子学生。彼は美青年というよりは美少年といった風で、身長はシルビアより少し低い百六十センチくらい、非常に線が細く、おどおどとしていて気弱な印象だ。そして俺と向かい合うと上目遣いになるせいか、男の子と言うよりは女の子と言った方が納得できるような可愛かわい らしい顔をしている。

「午後の案内の準備はできているよね。セカンド君が早く打ち解けるために昼食を一緒にとりたいんだそうだ。予定は前倒しになるけれど、食堂の案内もお願いしていいかい?」

「あ、はいっ。ボクは大丈夫です」

「それはよかった。ではよろしくね」

ケビン先生の言葉にマインが頷うなず く。サラサラの金髪がふわりと揺れた。

「失礼。彼に魔術のことについて尋ねても大丈夫でしょうか?」

俺はマインから情報をむしり取る前に、去り際のケビン先生に一応聞いておいた。むしり取り損になったら嫌だからな。

「……問題ありませんよ。彼はこの第一学年の首席ですからね」

「なるほど。愚問でしたか」

俺は自じ 嘲ちよう するように笑ってそう返した。首席だってさ! むしり取り放題じゃないか。やったぜ。

「マイン、案内よろしく」

内心でほくそ笑みながらにこやかに声をかけると、マインは一瞬だけきょとんとした後、笑顔になって頷いた。

「うん! よろしくね、セカンドさん」

よしよし。警戒されていない。この調子で魔導書の在り処を聞き出してやる……と、その前に。

「シルビア、食堂に行くぞ」

「むっ、わ、わかった! すまない、通してくれ、すまないっ」

女子学生に囲まれて質問攻めに遭っていたシルビアを救出する。授業終了後にケビン先生のところへ急いでいなければ俺もああなっていたかと思うとゾッとするな。今後は何か対策を考える必要がありそうだ。

「すまない、待たせっ──」

駆け寄ってきたシルビアは、突如として停止する。その視線はマインの方を向いていた。

「ま、ままま、マイン殿下、で、ございますか?」

……………… へっ? 殿下?

「学校内では身分の差はありません。どうか対等にお願いします」

ついさっきまで微ほほ 笑え んでいたマインが、無表情になってそう言った。

殿下、殿下……つまりマインは、このキャスタル王国の王子ということか?

「し、失礼いたし……失礼した。マイン殿」

シルビアは萎い 縮しゆく してすぐさま謝る。怒られ慣れているやつの動きだなありゃ。

それにしても、王子ねぇ……初めて見た。ちょっとイメージと違う。「ひれ伏せ!」みたいな感じだと思ったら「対等にお願いします」か。へぇ~、じゃあ対等に扱ってやろうじゃないか。

「さぁ、セカンドさん。一緒に食堂へ行こう」

すると、マインが俺の手を引っ張ってきた。やけに積極的だ。

ん? 美女のシルビアに冷淡で、美男の俺に積極的。なんか引っかかる。

………… こいつまさか。いや待てよ。いやいやいや、でも……うーん? いやー、どうだろう。確かに昔の王様や武将にはそういう人が多かったと聞くし……んー、どうなんだ? すげぇ気になる……それによっては俺も真剣に向き合わなきゃならん。まさか王子様に狙ねら われる日が来るとは……どうやって断ればいいんだ? ……あー、よし。もうストレートに聞いちまおう。

「なあマインよ。お前、そっち の気があるのか?」

「え……えええぇ!?  違うよ! いきなり何言い出すの!? 」

「  」

マインは顔を赤くして否定した。シルビアは顎あご が外れるんじゃねえかってくらい大きく口を開けて絶句している。

「だってシルビアよりも俺に対してなんか、ちょっと、その……アレというか」

「アレって何!?  違うからね! ボクはストレートだよっ!」

「そうか? そうか」

言ってしまってから気付き、少し後悔する。カミングアウトのタイミングは人それぞれだ。俺が干渉していいことではなかった。反省である。だが、ここで謝ってもマインが嫌な思いをするだけだろう。ということで、俺は話題を逸そ らすべく隣を歩いている相棒に話を振った。

「シルビア、なんか言ってみろ」

「わ、私か!?  い、いや、マイン殿下はおそらく第二王子であらせられるからして女性には常に警戒を」

「真ま 面じ 目め かっ」

「あ痛っ!?  叩たた かなくてもいいだろう!? 」

食堂への道すがらギャーギャーと言い合う。幸いなことに、食堂に着く頃ころ には、俺たち三人はもう十二分に打ち解けていた。
◇◇◇
「どうでしたか」

校長室。問いかけるポーラに、ケビンは答えた。

「彼、とんでもないね。第二王子を知らなかったよ。噓偽りなく」

「あら……それは」

「全身から溢あふ れ出る余裕 が凄すさ まじい。一体全体、何処の王族なんだか……」

ケビンはセカンドが纏まと う独特の雰囲気を思い出し、溜た め息いき をつく。

それはセカンドがこの世界を「ゲームとしてとらえてしまう感覚」の名な 残ごり であり、本気で世界一位しか 見据えていないがゆえの余裕なのだが、ケビンにそれがわかるはずもなかった。

百年以上生きていたとて、わかるわけがないのだ。ゲームに人生の全すべ てを賭か けた男の感覚など。

「そういえば、ジパングとかいう島国から来たと言っていたよ。ジパング国の王 なのかな?」

「決め付けるのは良くないわ。でもまあ、少なからず第二王子よりは格が上ということね……」

出向いた国の第二王子を知らない。すなわち、知る必要すらない。つまり、ジパングはキャスタル王国を下に見られる国だと言っていることになる。

「ジパング……聞いたことがないなぁ。少し調べてみるよ」

「お願いね」

会話を終えると、再びそれぞれの仕事に戻っていく。二人の胃が痛くなる二週間が始まった……。
◇◇◇
「セカンドさん。ボク、貴方のことが気に入りました」

閑散とした学食にて。俺が牛丼を食い終わると、マインがそんなことを言ってきた。

折角の食後の余韻が損なわれるような高慢な言葉に、少しカチンとくる。

「おい。なんだその上から目線は。俺は世界一位(予定)の男だぞ」

俺が言い返すと、マインは満面の笑みを浮かべた。

「そういうところです、セカンドさん! ボク、こんなあけすけ な人と話すの初めてだ……!」

ほわほわ~っとした表情で自分の世界に入っていくマイン。

「王立魔術学校に入学すれば身分の差はなくなると聞いて楽しみにしていたのですが、皆さんやはりボクのことを第二王子としか見てくれません。王宮でも学校でも、ボクは第二王子でしかないんです。本当にボク自身のことを見てくれる人なんて、母さんくらいしか……」

ふーん。まあ、よくある話だよな。

「セ、セカンド殿っ」

シルビアに脇わき 腹ばら を小突かれる。おっと、声に出ていたか。

「いや、いいんですよシルビアさん。ボクはセカンドさんのそういうところを好きになったんです」

「い、いやしかし、あまりにも失礼では」

「ボクを王子だと知って開口一番にそっちの気がどうとか真正面から聞いてくる方ですよ? もう失礼もへったくれもありませんよ」

「………… 」

シルビアは何も言えなくなった。

俺はぐいっとお冷を飲み干して、本題に移ろうと口を開く。

「ところでマイン。お前、魔導書が何処にあるかわかるか?」

「ええと、学校の中だったら、壱ノ型と弐ノ型が図書室にありますよ。参ノ型も図書室にあるんですが、貸し出しには司書長の許可が必要です。それと、肆し ノ型は──」

「待て待て待て。ここに肆ノ型もあるのか?」

「いえ。肆ノ型は王宮に保管されていたはずです。一度だけ見たことがありますね」

「そうか……」

残念だ。もしここに肆ノ型の魔導書があれば、ドロップを求めて甲等級ダンジョンを周回しなくて済んだのだが。

「セカンドさん、読みたいんですか?」

「ああ。弐ノ型と参ノ型を読みたい」

俺が即答すると、マインは興味深そうに聞いてきた。

「ジパングでは魔導書は珍しい物なんですか?」

「……そ、そうだな。珍しいな」

ヤベェそういえばそんな設定あったわ。たった半日ですっかり忘れてた。

「ちょ、ちらっと見るだけでいいんだわ、これが。どんなもんなのかなっていう、ね?」

なんとか誤ご 魔ま 化か そうとしたが、しどろもどろになる。あかん。

「あはは、そんな焦らなくてもいいですよ。後でちゃんと図書室にも案内してあげますね」

「あ、ああ。ありがとう。助かる」

怪しまれてはいないみたいだ。ギリギリセーフだったか。

「では、そろそろ行きましょうか」

マインはそう言って立ち上がると、俺たちの案内を開始した。
「最後に、ここが図書室です。もう閉まっていますが」

午後のマインによる校舎案内は、勘弁してくれってほどにクソ丁寧で、メインディッシュの図書室に至る頃にはもうすっかり日が暮れていた。

確かに体育館やらグラウンドやら大講堂やら、その立派さに「おおー」と唸うな るような場所は多々あったので、案内してもらって良かったと思わなくはない。

しかし、マインの説明はいくらなんでも長すぎるのだ。築何年だの誰だれ が建てただの、こっちは全く興味がないと言っているのに、何度も何度も「ちなみに~ちなみに~」といちいちうんちくを挟んでくる。

[image file=Image00015.jpg]

マインが学年首席というのも頷ける。こいつはきっと知識マニアだ。知識を蓄えずにはいられないタイプの王子なのだ。

「図書室は王立魔術学校の学生なら誰でも利用できるので、さっそく明日にでも利用してみてください。ちなみに、この図書室の司書長さんは王立大図書館で働いていた経験もある優秀な女性の方で、その能力を見込んだ校長が直々にスカウトを──」

まーた始まった!

「あー……オーケーオーケー、こっちだおかしな 王子」

俺はうんちくが止まらなくなったマインの背中に手をやって、優しく帰り道へと誘導する。シルビアも流石に辟へき 易えき したのか、疲れた表情で後を付いてきた。

「マイン、帰りはどうするんだ?」

話題を変えるためにそう尋ねると、マインはきょろきょろと辺りを見渡して言った。

「そろそろお迎えが……」

「お迎えにあがりました」

次の瞬間、何処からともなくメイド服の女が現れる。なんじゃそりゃあ。

「今日はとても楽しかったです。では、また明日。セカンドさん、シルビアさん」

マインはそう言ってにこやかに手を振りながら、メイドと共に去っていった。

「ふぅー。肩の力が抜けたぜ」

「それはこっちのセリフだぁ……」

俺の呟つぶや きを聞いたシルビアが頭を抱えながら憎々しげに反応する。

「セカンド殿……本当、もう本当にお願いします……心臓に悪すぎるんです……本当に……」

本当に本当にと連呼しながら俺に懇願してくる。今日一日で精神的にかなりキたみたいだ。可か 哀わい 想そう に。いったい誰がこんなことを?

……あっ。でもちょうど良かったかもしれない。何な 故ぜ なら──

「大丈夫だ。シルビアは明日からずっと図書室に缶詰だぞ。火属性魔術を覚えるんだろ?」

「………… むっ」

【魔弓術】の習得には【魔術】の習熟が必ひつ 須す である。最低でも火属性の『炎狼之弓』に合わせて《火属性・弐ノ型》と《火属性・参ノ型》くらいは覚えておいてほしいところだ。

「俺とは別行動だ。よかったな」

そう言って微ほほ 笑え みかけると、シルビアは「それはそれで……」と小声で呟いて唇を尖とが らせた。拗す ねているのかなんなのかわからないが、ちょっと可愛かわい い。

「──だよなぁ、ハハハ」

「ハハ、笑えるな」

不意に、薄暗い廊下の奥から話し声が聞こえてきた。俺とシルビア以外にもまだ校舎に残っている学生がいたみたいだ。

図書室は入れないし、今日はもう宿に帰るか──と、俺がそう言おうとした時。

「それにしてもよ、見たか? 留学生とかいうやつ」

「ああ、見た見た。ヤッベーわ。男も女も」

どうやら俺たちの噂うわさ 話ばなし が始まったようだ。俺は気になって、廊下の端に寄り聞き耳を立てて息をひそめた。シルビアも気になるのか、俺の後ろにぴったりとくっついて離れない。

「マイン王子と一緒だったぜ。ありゃ何かあるな」

「あー、あのマザコンのガリ勉?」

「お、おいっ、そんなこと言ったらっ」

「平気だって誰も聞いてねーよ。お前もホントは思ってんだろ?」

「……まあ。確かにあいつムカつくよな。上から目線でさぁ、身分を気にするなとか嫌みにしか聞こえねーし。だからぼっちなんだよ」

「ハッハッハ、完全にぼっちだな。ざまあ見ろ」

「なー。ハッハハ」

うわあ……凄すご い嫌な気分になった。陰口だこれ。

しっかし、マインのやつぼっちなのか。というかこれ間接的にいじめられてねーか?

……しょうがないなあ、俺が友達になってやろう。もしかしたらキャスタル王家にコネクションができて肆ノ型の魔導書を見せてもらえるかもしれないし。いやー、しょうがないなあ全く!

俺がウンウンと一人で頷うなず いている間に、ゲラゲラ笑う彼らの陰口は更にヒートアップする。

「どうせあいつ成績だって金積んで書き換えてんだろ? 王子だからって調子乗ってるよな。俺らは真ま 面じ 目め にやってんのにさ」

「嫌になるよな。そのくせ表では優等生ぶりやがって」

「あのまま留学生とやらと仲良しこよしで大人しくしててもらいたいね。ゴミは一ひと 纏まと めに、なんつって」

「おうおう、だったらあの落ちこぼれ獣人 もな」

「あ、忘れてた。あの無能もか。ハッハッハ!」

「ハハハハハ……は?」

──その時だった。

なんと、シルビアが飛び出していった。

「えっ……何やってんの?」と、いつもシルビアが言っているセリフが、今度は俺の口から出ることとなった。

「り、留学せっ!? 」

「貴様、それは獣人差別 か?」

「はっ!? 」

「獣人差別かと聞いているんだ」

あー、なるほど。シルビアの正義感が駆り立てられたのか。それなら仕方ないな。

しかし、久々に騎士らしい姿を見たなあ。もはや懐かしい。

「いやっ、おま、お前は知らないかもしれないけど、F組にエコ・リーフレットっつー落ちこぼれがいるんだよ!」

「そうだよっ、本当に無能でさっ。そいつがたまたま獣人なだけだ! 差別じゃねえって!」

陰口ボーイズは必死こいて、くっせぇ言い訳をする。

「そうか。では次に、私とセカンド殿をゴミ呼ばわりした件について伺おうか」

「………… げッ」

彼らの顔がみるみる青ざめていく。

「は、話せばわかるよ。な?」

「問答無用!」

怒れるシルビアの〝げんこつ〟が二発炸さく 裂れつ し、彼らは頭を押さえて泣きながら逃げ去っていった。シルビアのSTRが低くて助かったな、お前ら……。

「ふふ、成敗してやったぞ」

シルビアはこちらを振り返り「どうだ見てたか?」と自慢げに笑った。もしこいつが犬だったら尻しつ 尾ぽ をブンブン振っていそうだ。

後々問題にならなきゃいいが……まあ、気にしててもしゃーない。

「帰るぞー」

俺はケビン先生にもらった宿屋への地図を見ながら、校舎を後にした。

……落ちこぼれ獣人のエコ・リーフレット。一応、覚えておくか。
◇◇◇
翌日。授業をぼんやりと聞き流して、午後。俺たちは図書室に来ていた。

「全属性の弐ノ型の魔導書を見たいんですが」

「はい、構いませんよ。少々お待ちくださいね」

受付にいた司書らしき女性に話しかけると、彼女は愛想良く頷いてから図書室の奥に行き「こちらです」と四冊の魔導書を持ってきてくれた。

「………… よし」

俺は一番上の魔導書を手に取り、パラパラとおざなりにめくった後、自身のスキル覧に《火属性・弐ノ型》が増えているのを確認して一安心、魔導書をシルビアへと手渡した。

別に〝深く理解〟とか関係なかった。多分、もう既に使ったことがある 魔術だから、十分に深く理解しているという判定になったんじゃないだろうか。どうだろうな。まあどうでもいいや、覚えられたんだし。

「む、もうよいのか?」

「ああ、習得した」

「……相変わらずだな」

呆あき れ顔がお のシルビアを横目に、俺は残りの三冊もパラパラと軽くめくって、シルビアへと渡していく。

オッケー、全部覚えた。お次は参ノ型だ。

「あの、参ノ型の魔導書って見ることは可能ですか?」

「ええと……少々お待ちください」

弐ノ型を要求してから数分と経た たずにそんなことを言い出す俺に対して、司書さんはちょっぴり困惑しつつも、図書室の奥へと向かっていった。

しばらく待っていると、彼女は大変に化粧の濃い五十歳くらいの太ったおばさんを連れて戻ってきた。

「初めまして、司書長のシルクですわ。貴方は噂の留学生さん?」

「ええ。セカンドです」

おばさんはシルクという名前らしいが、その風ふう 貌ぼう は全く以もつ てシルクっぽくない。どちらかというと荷物を包んでパンパンにふくれた唐草模様の風ふ 呂ろ 敷しき みたいなイメージだ。

「イケメンですわねぇ~! お会いできて光栄ですわ」

「は、はあ」

ガシッと両手で握手してきた。ぷにぷにとしたクリームパンのような手だが、紫色のネイルのせいで紫いもパンのようにも見える。

「さて。参ノ型の魔導書をご覧になりたいとのことですが、いくつかお聞きしても?」

「構いません」

「まずは目的を教えていただけますかしら?」

シルクがニコニコと問いかけてくる。しかし目の奥は笑っていなかった。

「俺の国では珍しいものなので、一目見ておきたいと思いまして」

「なるほど。では、弐ノ型を流し見しておられたのも?」

「そうですね。大変珍しいものでした」

「失礼ながら申し上げますわ。中身にあまり興味がないようでしたら、参ノ型も弐ノ型と似たようなものですから、パラパラとご覧になってもつまらないのではないかしら?」

むむ。

「いえ、そんなことはありませんよ。中身からではなく、本そのものから感じ取れることは多くあります」

「例えば、どのような?」

ぐぬぬ。

「今まで使ってきた人たちの思いであったり、歴史であったり、色々です。そもそも珍しいものですから、手に取っているだけで感慨深いものがあります」

「なるほど。しかし、その理由ではお貸しすることは難しいですわねえ……」

くっそ、このオバサン手ごわい。

「実を言いますと、参ノ型の貸し出し手続きは方々からの許可が必要で、書類に残せるような正当な理由が必要なのですわ。申し訳ありませんが、今回は貸し出しをお断りさせていただきます」

「……わかりました。残念です」

ぐわあああ、駄目だった! 甘く見てたなあ、ちくしょう。

シルクはぺこりとお辞儀をすると、ニコニコ顔のまま去っていった。甘いようで辛口な人だ。ただこれは賭か けてもいいが、彼女は甘いもの好きだ。きっとそうに違いない。であれば、スイーツで釣るという手も……いや、焦るな。まだ十日以上ある。ここはじっくりと好機を待とうではないか。

「セカンド殿、どうだった?」

シルビアのいる席に戻ると少しうずうずした様子でそう聞かれたので、短く一言「駄目だった」と答える。「セカンド殿でも駄目なことがあるのだな」と何故か嬉うれ しそうに言うシルビアに若干腹が立ち、「さっさと覚えろ」と返してデコピンしておいた。

コミケを訪れた際、シルビアは《歩兵弓術》と《香きよう 車しや 弓術》のスキル本を十五分ほど読んだだけで習得完了していたのに対し、《火属性・壱ノ型》の魔導書はうんうんと唸うな りながら一時間ほど熟読しなければ覚えられなかった。例の〝深く理解〟というやつだろうか、それとも相性の問題か。成長タイプは【魔弓術】特化だというのに【魔術】の習得に苦戦しているあたり、何か特別な理由があるのかもしれない。

「ううむ、これは二週間で覚えられるかどうか……セカンド殿、何かコツ のようなものはないか?」

シルビアが助けを求めるように聞いてきた。

コツ、極意、ポイント……俺の嫌いな単語だ。俺が前世で世界一位だった頃ころ 、駆け出しのプレイヤーどもが「強くなるコツ教えてください」「PSプレイヤースキル 上げるコツとかってありますか」とかなんとか、散々質問してきやがった。これが鬱うつ 陶とう しいのなんのって。「世界一位に近道聞いて楽してやろう」という至極利己的な魂胆が見え透いていて、非常に不快だった覚えがある。

……それがどうだろう。この世界に来てから改めて聞いたコツという言葉。驚くべきことに、俺はちっとも不快ではなかった。

シルビアは「二週間で習得できなかったら俺に迷惑がかかる」という思いから、恥を忍んで俺にコツを聞いてきているのだ。その気遣いがとても心ここ 地ち 良い。ネットの中の希薄な人間関係とは違う、実に密度の濃いやり取り。これは前世とは雲泥の差である。不快なものか。むしろ頼られて嬉しいくらいだ。

「よし、今日は別行動のつもりだったが予定変更だ。俺が教えてやる」

俺は〝人にものを教える悦よろこ び〟という人生で初めての感情を嚙か みしめながら、すまなそうにしつつも嬉しそうな顔をしたシルビアの隣に座った。
「今日はここまでだな」

図書室が閉まる時間になったので、魔導書をパタンと閉じる。

初めて魔導書の中身をまともに見たが、そこに書いてあった文章はやたら長ったらしく難解だった。一度も読んだことはないが、まるで論文のようだと感じた。

こんなものを読むよりもっと実用的なことについて勉強しておいた方が万倍良い。そう確信した俺は、シルビアに「どんな効果の魔術なのか」「どんな魔物に効果的か」「どのように運用すべきか」「火力とその計算式」「各ランクにおける準備時間やクールタイムの変動」などといった攻略wikiばりの情報を思い出せる限り解説した。

途中、シルビアは「全すべ て暗記しているのか?」と半ば呆れながら聞いてきたので、もちろんと即答した。俺はこのようなことしか勉強してきていない。だが、これだけは、メヴィオンについてだけは、誰だれ よりも勉強したのだ。ゲームの外の現実では微み 塵じん の役にも立たなかったこの知識が、今では何より強力な武器になる。それが嬉しくて仕方ない。ゆえに俺の解説は白熱した。以降、シルビアは真剣にメモをとりながら俺の話を熱心に聴く真ま 面じ 目め な生徒となった。

「習得できたか?」

「……いや、すまない。まだみたいだ」

「そうか。まあ気にすんな」

シルビアが申し訳なさそうに首を振る。そりゃ一日で覚えられたら王立魔術学校なんて建たないわな。

魔導書を返却し、図書室の外に出る。西日に照らされた廊下から、どこか懐かしい匂にお いを感じた。メヴィオンに熱中するあまりに失われた青春時代を再びメヴィオンで取り戻しているようで、なんとも言えない感情になる。俺は首を左右にポキポキと鳴らし、ぐーっと伸びをして、さて帰ろうかと歩き出した。

……その時である。

「ほわーっ!」

突如、俺の目の前にちっこいネコミミ美少女が現れた。

そいつは猫のように大きな目を真ん丸にして叫んだと思ったら、今度は口を「ぽけーっ」と開けたままこっちを見ている。青緑色の瞳ひとみ は陽光を反射して光っており、口の端には鋭く尖とが った歯が覗のぞ いていて、栗くり 色のふわふわしたショートカットの髪からぴょこんと耳 が飛び出ている。おまけにスカートの後ろからにょろんと尻尾まで覗いていた。猫だろうか?

……それにしても凄すご いアホ面だ。

「ちょーいけめん!」

喋しやべ った。

「俺のことか?」

「そうだよ!」

なんか可愛かわい い。

「あたしえこりーふれっと! あなたは?」

エコ・リーフレット。ほほう、君が噂うわさ の。

「セカンド」

「せかんど!」

エコは俺の名前を呼ぶと、笑顔全開で近寄ってきた。そして、俺の後ろにいたシルビアに気が付く。

「あっ! あなたは?」

「シルビア・ヴァージニアだ。よろしく頼む」

「しるびあ! よろしく!」

笑顔で握手する。握手したまま手をブンブン振るのでシルビアが困っている。

なんだろう。こいつを見ていると、どうしてか幸せな気分になるな。

こんな愛あい 玩がん 動ぶ、いや、見るからに無害な彼女が「落ちこぼれ獣人」とか言われていじめられているのか……言語道断だ。許してはおけん。

「なあエコ。お前、何か困ってることとかないか?」

お節介かと思いながらも、俺はつい尋ねてしまった。

「え? べつにないよ?」

別にないらしい。あれ?

「そうか? 何か困ったことがあったら俺に言えよ。なんとかしてやるから」

「ほんと!?  ありがとう!」

あぁ~可愛い。飼いた、じゃなかった、仲間にしたくなるな。

……しかし、気になることが一つある。

「なあ。ところでこの大荷物はなんだ?」

それはエコの横に置いてある台車。彼女の身長に並ぶほどの量の荷物が積まれている。だいたい百四十センチってところか。

[image file=Image00016.jpg]

「これ? これはね、みんなにたのまれたの」

あっ……なるほど、なるほど。パシリだな、これは。

荷物はよく見ると全て本だった。きっとF組全員分の返却本なのだろう。こんなに大量の本を台車に載せて、一人で図書室まで運んできたのか……健けな 気げ だ。

「大丈夫か?」

「だいじょぶだよ。あたしけっこーちからもちなんだー」

エコは平らな胸を張って「ふふーん」と誇らしげにしている。

「そうか。でも折角だから手伝ってやろう」

「ほんとに!? 」

「ああ。この俺が直々に手伝ってやろう。滅多にないことだぞ、光栄に思え」

俺が偉そうに言うと、エコはひとしきり喜んだ後、何な 故ぜ だか悲しげな顔をした。

「せかんど、ありがとう! でも、これはあたしひとりでやるね」

「ん? 何故?」

「だってあたし、このくらいしかやくにたたないから。だからみんなのおてつだいをがんばるの。もっともっとやくにたったら、みんなあたしにやさしくしてくれるとおもうから」

「………… 」

不意に、心臓が痛くなった。何かを思い出したんだ。

……何を思い出した?

俺の心の奥底から「やめろ」という声が響いてくる。

やめろ、エコ。それは──

「じゃあねー!」

エコは元気に手を振ってから、荷物をよいしょよいしょと運ぶ。

その実直で必死な様を、馬鹿に一生懸命な姿を……そして、空回りし続け、決して嚙み合うことのない努力の歯車を目の前にした俺は、その痛みの根底 を思い出した。

無駄。

ネトゲなんかやったって、なんにもならない。誰よりも努力して、世界一位になったところで、所しよ 詮せん はネトゲ。

本当は俺自身が一番よくわかっていた。こんなことに人生賭けるなんて、無駄でしかないって。

「……そう、無駄なんだよ……」

あの絶望のどん底を味わい、俺は嫌と言うほど思い知らされた。

自分の努力が如何に無駄で儚はかな いものだったか。自分が如何に馬鹿でクズでカスで救いようのない人間だったか。何度も何度も反はん 芻すう して、それから無様に死んだ。

俺は逃げた。現実はどうにもならないからと楽しくてしょうがないネトゲに逃げた。面倒だからと社会から逃げた。他人から逃げた。生活から逃げた。嫌だから逃げた。思い通りにならないからと癇かん 癪しやく を起こして駄々をこねる子供のように、俺が勝手に思い込んだ理不尽に対して理不尽なまでに怒り、自己欺ぎ 瞞まん と正当化を繰り返し、最後の最後には無責任に何もかもを放り出して、生きることから逃げた。

そしてこの世界に来た。まさに奇跡だ。神の祝福と言っていい。こんなにどうしようもない俺は、何故だろうか、奇跡的にも、救われてしまった。

……だが、果たして、彼女にも奇跡は起きるのだろうか?

エコはいずれ、俺と似たような絶望を味わうことになる。いや、既に味わっているのかもしれない。

彼女の気持ちが痛いほどわかる。だからこそ、それに気付いてしまったからこそ、俺がこの手で救ってやりたいと、誰だれ よりも強く思うのだ。

「セカンド殿?」

シルビアの心配するような声で、俺は我に返った。

エコは既に荷物を全すべ て運び終えて、もうそこにはいなかった。

「………… すまん。帰ろうか」

俺はふらふらと校舎を後にする。エコ・リーフレット、どこか俺と似た彼女のことを考えながら。
◇◇◇
深夜。俺は宿屋のベッドで横になり、あれこれ思索する。どうにかしてエコを救えないものかと。

「あいつは本当に無能なのか?」

仮に無能だとして、どうして無能なのに名門『王立魔術学校』へと通えているのか。そこが気になる。

王立魔術学校は各学年がA~Fの六組に分かれていて、Aに近付くほど優秀な生徒が集まるという。しかし、F組とはいえここは王国でも有数のエリート校だ。エコも入学できたからには魔術の知識はあるのだろうし、少なからず魔術を扱えるはずである。

では何故「落ちこぼれ」などと罵ののし られているのだろう? 原因は、いくつか考えられる。

一、彼女の成長タイプが戦闘術特化型で魔術関連のステータスがのきなみ低い。

これが一番可能性が高いだろうと読んでいる。魔術を扱えてもINTが低けりゃ微塵もダメージにならないからな。無能と言われても仕方ないだろう。

二、魔術は習得しているがMP量が足りていない。

これも十分あり得る。いくら魔術を覚えようともMPが足りなけりゃ使うことはできない。だが、壱ノ型や弐ノ型が使えないほどにMPが低くなる成長タイプなど俺は聞いたことがないので、この線は薄いと思われる。

三、MPは足りているが魔術を習得できていない。

あんな感じ のエコに、あの小難しい魔導書が読めるとは考えづらい。可能性は高そうだ。

四、彼女が獣人だから。

これはあまり考えたくないが、シルビア曰いわ く「キャスタル王国では獣人差別やダークエルフに対する迫害などは根深いものがある」らしい。ただ、あくまで一因だろう。獣人差別が本人の能力の無さと相まって、ことが大きくなっているのだと思う。

うーむ。さて、どうしたものか……。

ああでもないこうでもないと悩みながら、俺は夜を悶もん 々もん と過ごした。
そして翌朝。

一晩かけて色々と考えた結果、俺の中で一通りの結論が出た。それは──

「シルビア。エコ・リーフレットを勧誘しようと思う」

エコを仲間にする。その上でステータスを見せてもらい、彼女の成長タイプを予想、向き不向きを確認し、シルビアと同様に彼女が得意であろう役職ジヨブ を見み 出いだ すことにした。

人の役に立ちたいと言って彼女は頑張っていたが、今のままではその努力は無駄にしかならない。彼女が役に立てる環境を整えるのが救い になるのではないかと俺は考えた。

「……セカンド殿。私の道は貴方と共にあり、貴方の道は私と共にある。これほど嬉うれ しいことはない。私は果報者だっ」

シルビアもエコをどうにかしたいと思っていたようで、感激の表情を浮かべて俺に跪ひざまず いた。朝っぱらから騎士ごっこはやめていただきたい。

「まだエコが話を受けてくれるかわからん。駄目だったらステータスだけでも見せてもらって、彼女に向いている道のアドバイスをするぞ」

俺たちの仲間になるということは、学校を辞めるということだ。簡単な決断じゃない。俺は断られる前提でエコに話を持ち掛けようと思っている。

「うむ、それがいい。セカンド殿の助言がなければ、私は自分の秘めたる才に気付くことはなかった。彼女にも気付かせてやってほしい」

頷うなず くシルビア。方針が定まった俺たちは、少し爽さわ やかな気分で登校した。
「なっ……! 」

校門を通り過ぎた辺りで、シルビアが声をあげる。

俺たちの前方には、泥だらけで道の真ん中に座り込むエコの姿があった。

……明らかにおかしい 。俺は激しい違和感を覚えた。

「ど、どうしたんだ!?  何があった!? 」

シルビアが真っ先に駆け寄る。

俺は走りながらも周囲を観察した。違和感の原因はすぐさま判明する。

道行く学生の誰もが、エコに話しかけようとしないのだ。

素通り、見て見ぬふり、無視……名状しがたい悪意をひしひしと感じた。

「おい、エコ。どうした? 大丈夫か? 転んだか?」

俺は手を伸ばして、なるべくことも無げに、そう尋ねた。

「だいじょぶだからっ!!  はなしかけないで!! 」

拒絶の絶叫だった。エコは俺の手を振り払うと、必死の形相で立ち上がり、逃げるように走り去る。

ああ……これだ。これ。これだよ。最悪だ。一度だけ嗅か いだことがある、あの臭い。

絶望の臭いだ。

彼女に何があったのかはわからない。だが、これだけはわかる。エコはやはり気付いていた──その努力の無駄 に。

そして突き付けられたんだ。「そうやって無駄な努力を続けて誤ご 魔ま 化か していても現実は変わらないんだよ」と。今までずっと目を逸そ らしてきた現実を、絶望という形で無理矢理に直視させられたんだ。

駄目だろう、それは。悲しすぎる。誰だって夢を見ていいんだ。そうだろ?

「……救おう」

ぼそりと呟つぶや き、エコの後を追う。差し出がましいのかもしれない。多少の不安はあった。でも、シルビアは言うまでもなく付いてくる。

俺たちの道は共にある──シルビアの発言の意味がわかった。

心強い。仲間って、頼もしい。

こんなんでよかったら、エコもなってみないか……?
「こないで!! 」

エコを袋小路に追い詰めた。

この状況まで持ってくるのに一時間以上も掛かった。もうとっくに授業が始まっている時間だ。

それにしても、こいつめちゃくちゃ足が遅い。だが追い付いてその腕を摑つか んだら摑んだで、今度は結構な力で振り払われて、また逃げ出されてしまうのだ。

あれから一時間はその繰り返しで、ついにシルビアはバテてしまった。エコはまだSPスタミナポイント が残っていそうな様子だ。

足が遅い。力が強い。SPが多い。そして、INTが低い……?

──もしや。俺の中を、ある一つの予想が駆け巡る。

「大丈夫だ、安心しろっ。私たちは君に話があって来ただけだっ」

シルビアがぜぇぜぇと息を切らしながら言った。

「はなしなんてない! かえって!」

エコは頑かたく なに拒絶する。

「もうほっといて!! 」

彼女の目から涙が溢あふ れ出た。今まで我慢していたのだろう。エコはボロボロと泣きながら、その場にしゃがみ込んだ。何があったのか聞きたいが、今はそれどころではなさそうだ。

「ううううっ!」

近付き、手を差し伸べようとすると、彼女は泣きながらも必死に腕を振り嫌がった。

……駄目だ、話にならない。だが、このまま放っておいたらそれこそ駄目だ。彼女は落ちる一方である。それがよくわかる。つまりは、俺のように自殺しかねない。

どうする、どうする……俺は思考を巡らせ、たった一つだけ思い付いた。

賭か けだ。大きな賭けだ。ただ、やってみる価値はありそうだ。

もし俺の予想が違ったらとんでもないが、今はもうこの賭けしかないだろう──

「シルビア、驚くなよ」

俺は一言そう伝えると、エコに近寄る。

「こ、こない、でっ!」

エコの弱々しい拒絶。そんな彼女の目の前で、俺は……剣を抜いた 。

「セカンド殿、何を──ッ!? 」

焦るシルビア。だがもう止まらない。

直後、俺は自分の左手を斬り落とした。
◇◇◇
「え……?」

エコは目の前の状況が理解できていないのか、呆ほう けた声を出す。

「ば、馬鹿者っ!! 」

「来るな」

応急処置をしようと駆け寄ってくるシルビアを制止する。

「きゃああっ!? 」

エコが驚きよう 愕がく の悲鳴をあげた。

悲鳴をあげたいのはこっちだよ……ああ痛ぇえええ……!

ぐぅうう……あー、クッソ、辛抱だ!!

ここでエコをチームメンバーにしておけば、絶対に世界一位が近付くはずなんだ!

何な 故ぜ ならっ──

「エコ、お前には回復魔術が向いている。これを使って俺の手を治してみせろ!」

──彼女は『筋肉僧そう 侶りよ 』なんだッ! ……多分!!

「で、で、できないっ。できないっ」

エコは泣きながら首をブンブンと振って否定する。

「いいから、やれ! その杖つえ を持て!」

俺はインベントリから取り出した一本の杖をエコに押し付ける。

それは『回復魔術の杖・中』──手に持ってさえいれば誰だれ でも【回復魔術】《回復・中》が使えるようになるホーリィスライム産の激レア杖。

エコの成長タイプが『筋肉僧侶』なら! ヒーラー系成長タイプ限定の「+プラス +プラス 」の追加効果が発動し、俺の手が瞬時に再生するレベルの回復量になるはずなんだ!

「がぁああああ痛ぇえ! 早くしてくれ!」

「でも! でも!」

「でもじゃねえ! できるっつってんだろ! 早くしろォッ! オラァアアアア!! 」

「う、うんっ! うん!! 」

俺は怒鳴った。全身から脂汗が吹き出て、目め 眩まい と吐き気が酷ひど い。あぁそろそろ限界。

エコは泣きながらカクカクと頷いて、震える手で必死に杖を構えた。

………… そうだ。やれ。お前は役に立てる。自信をつけろ! 気付け! それが、逃げ道 だ!

「あっ……!? 」

多分、それは驚きの声。自分のスキル欄に《回復・中》を見つけたのだろう。

「い、いま、なおすっ!! 」

エコはぎゅっと握った杖を振って、一生懸命に《回復・中》を発動させる。

次の瞬間。眩まばゆ い光が杖から迸ほとばし ったかと思うと、俺を包み込み──

「なおってっっ!! 」

──そして、エコの叫びとともに俺の左手は、何ごともなかったかのように元の姿へと戻った。

ああ、助かった……。

「わ、わぁあああっ」

エコは自分の出した眩い光に驚いて尻しり 餅もち をつきながらも感嘆の声をあげていた。なんだそれ。

「あ……すまん……ちょっと、無理」

「セカンド殿!」

俺は血を出しすぎたせいかまともに立っていられなくなったので、ふらふらと地面へ寝転がった。なるほど、勉強になったな。この世界ではHPヒツトポイント や欠損が回復しても体調はすぐには戻らないようだ。

[image file=Image00017.jpg]

オエッ。気持ち悪い。しかし世界一位たる者、人前で吐くなどという無様は許されない。あー、嫌だ。もう駄目、許してくれ……と。そうして、ゲロを出したくない一心で吐き気を我慢していると、そのうちに意識を失っていった──……
『筋肉僧侶』

俺がエコの成長タイプに気が付いたのは、彼女を追い掛けていた時だ。

足が遅く、力が強く、SPが多く、そして魔術学校では落ちこぼれ、すなわちINTがもの凄すご く低い。とても魔術師とは思えないそれらの要素が、筋肉僧侶の特徴にぴったりと当てはまるのだ。

筋肉僧侶は、INT・AGI・DEX・LUK幸運 の全すべ てが極めて低水準。特にINTとDEXは他のどのタイプと比べても格段に低い。その代わりに、HP・MP・SP・STR・VIT防御力 ・MGR魔術防御力 は高水準、中でもHP・MP・SPはバカみたいに高くなる。中級者のシルビア相手にスタミナ勝ちするほどに、だ。

INTが低いので【魔術】は向いていない。DEXも低いので【弓術】は向かない。STRはそこそこあるがAGIが低いので上う 手ま く立ち回れない。INTが低いのにMPが多い。これらの要素だけを見れば、箸はし にも棒にも掛からないように思えるだろう。だが、一部の上位ランカーたちはこの成長タイプを好んでチョイスしていた。

それこそ、名の知れたチームともなれば、メンバーの一人に必ずこの筋肉僧侶タイプがいた。

何故か。それは〝壁役〟だ。

筋肉僧侶はその高いHP・SP・VITを活い かして【盾術】を用い、仲間たちの〝壁〟となって魔物からのダメージを一身に引き受ける。そしてダメージを受けた傍そば から自分自身で【回復魔術】を用いてHPを回復するのだ。

つまり、MPが切れるまでずっと壁で居続けられるのである。

また【回復魔術】は【魔術】と違って、その効果がINTの数値に左右されない。何故ならINTとは【魔術】スキルの攻撃力に直結する能力値であり、回復魔術の効果とはなんら関わりがないからだ。

すなわち、筋肉僧侶とは壁役をこなしながらも自己回復し続けることで延々と壁役を果たすことが可能な、筋肉もりもりマッチョマンのヒーラーを育成するための成長タイプなのである。これは別名「再生壁」と呼ばれていた。HPを削られども削られども倒れない、まるで自己再生でもしているかのように堅固で粘り強い壁役ということだろう。まあ実際に自分でかなりの量を回復しているので、再生しているようなものなのだが。

そう。筋肉僧侶は、それくらい強力な成長タイプなのだ。従来の壁役である重戦士や重騎士などを尻しり 目め に壁専門として最前線で活躍する壁のプロフェッショナルなのである。

そんな筋肉僧侶のエコが仲間になれば、だ。

前衛、中衛、後衛。筋肉僧侶のエコ、オールラウンダーの俺、魔弓術師のシルビアで、文句なしのチームが組める。もっと上を目指せる。世界一位がぐっと近付く。

どうしても欲しい──俺はそう思ってしまった。

確かに、過去の俺に似た彼女の絶望に濡ぬ れた心を救ってやりたいという気持ちはあった。俺はその救い方を奇跡的に知っていたのだから、手を差し伸べないわけがない。

しかしそれと同じくらい、世界一位を目指すために「従順な仲間が欲しい」という気持ちが俺の中で大きくなっていた。

俺は彼女を利用しようとしている。回復魔術なら役に立てるぞと、だから仲間になれと、そうやって。

思えばシルビアの時もそうだった。彼女の心の隙すき 間ま に付け込んだ、半ば無理矢理な勧誘だった。

彼女たちは、それでいいのだろうか? 俺は、これでいいのだろうか? 不安だ。

無茶やって、気を引いて、なんとか引っ張って行って、付き合わせて。でも、付いてきてほしいんだ。頼むよ。頼む。付いてきてくれ。俺に、俺に──

「………… ん……」

……なんだか、怖い夢を見た。目が覚めるとそこはベッドの上。よく見ると、宿屋の部屋だとわかる。

「おい」

「気付いたかっ!」

俺が一言発すると、シルビアは弾んだ声をあげて手を握ってくる。

「……無茶をするな。この手がなくなったら世界一位にはなれんぞ」

俺の右手を優しく撫な でながら、言い聞かせるように語りかけてきた。

「言いづらいんだが、そっちじゃなくて左手だ」

「………… 」

シルビアの顔が赤く染まる。

「痛っ」

彼女は頰ほお を膨らませて無言のまま俺にしっぺをすると、今度は心配そうな表情で沈黙を破った。

「……随分と、うなされていたぞ」

やっぱりか。確かに寝覚めは最悪に近かった。

ふと思う。夢の中で抱いたあの疑問を、彼女に問いかけられたらどれほど楽か。

しかし、弱音は吐けない。吐いてはいけない。世界一位たるもの、人に弱みを見せてはならない。

「なんてことはない。心配するな」

つっけんどんに言葉を返すと、シルビアは「そうか」と一つ頷うなず き、それから見み 惚と れるほどに凛り 々り しく笑って口を開いた。

「心配するな、か。それはこちらのセリフだな。私は、そしてエコは、救われたのだ。他の誰でもないセカンド殿によって救われたのだ。そこに打算や策略があったって構うものか。自分ではどうすることもできなかった境遇から、セカンド殿は軽々と救い出してくれた。この事実が、私にとって大切なのだ。大丈夫、そのままでいい。何も心配することはない。私は、貴殿の騎士。何処までも付いていくさ」

言うだけ言って、部屋を出ていく。

俺はその後ろ姿をただ見つめ、啞あ 然ぜん とするよりなかった。

寝言を聞かれていた? いいや、きっとそれだけじゃない。多分シルビアは、最初から全てお見通しだったのだ。俺が彼女の弱みにつけ込んで利用しようとしていたことも、時折それを不安に思っていたことも、何もかも。

その上で、彼女は、あえて自分から言ってくれた。「付いていく」と。

……良い女だ。心底、そう思った。

「せかんど!」

得も言えぬ安心感ゆえか、しばらくぼんやりとしていると、エコがドアを蹴け 破やぶ るくらいの勢いで部屋に飛び込んできた。

俺の胸にボフッとダイブすると「ごめんねっごめんねっ」と涙声で言う。

何が「ごめんね」なのかはわからない。だが謝っているということは、チャンスということだ。

「エコ。もう一度言うぞ。お前には回復魔術が向いている。学校を辞めて俺のところに来い」

俺はここぞとばかりに言った。彼女を利用するために。それが彼女の救いになると信じて。大丈夫、シルビアのお墨付きだ、これでいい。不安になど思う必要はない。

エコは俺の勧誘を聞くと、ガバッと顔を上げ、泣きながらも満面の笑みを見せた。

「うれしい! あたし、やくにたてるの!? 」

「そうだ。一緒に行こう」

俺は熱く誘う。エコは笑顔で頷こうとして……突如、その顔に陰りが差した。

「うー……でも……でも……」

悩んでいるようだ。行きたい、でも、行けない。そのような苦悩に見える。

……ワケがあるのか?

「なあ。何か学校を辞められない理由があったりするか?」

「なんでわかるの!? 」

エコは目を丸くして驚きの声をあげた。

「世界一位だからだ。ほら、話してみろ」

俺は堂々と頷いて、エコの言葉を待つ。

「あのね……」

エコは涙をぐしぐしと拭ぬぐ うと、ぽつりぽつりと語り出した。

なんでも、彼女は王都から遠く離れた獣人の村出身らしい。

エコは幼い頃ころ からMPがアホみたいに高く、それを知った父親があちこちで自慢したところ「エコには魔術の才能があるんじゃないか」と村中で期待され始めた。

話はどんどんと大きくなり、そして去年。村人全員からかき集めたお金で名門『王立魔術学校』に入学させてもらったんだとか。

田舎いなか の獣人村から出た天才。エコが立派な魔術師になれば村おこしに繫つな がる。そんな浅はかな考えだったのだろう。

何な 故ぜ 入学試験に受かったのか。エコは成長タイプのせいでINTが異常に低いだけで、スキルの習得や魔術知識の勉強にはなんの問題もなかった。むしろ優秀だった。弐ノ型も風と土の二属性は既に習得していた。ただし、INTが激低いため威力はそこらの学生の半分にも満たない。ゆえに「落ちこぼれ」なのだ。

「……だから、やめられないの。むらのみんなのきたいをうらぎれないの」

村の皆の期待。それが何を生んだのか。

大きな大きな重り だ。一人の少女の心を押お し潰つぶ し、今も尚なお すり潰そうと動いている。

「……大丈夫だ。ここに、逃げ道 を用意しておいたぞ」

「え……?」

「逃げられるんだ。幸いなことに、良い逃げ道がここにある」

俺の時とは違って。

「いい、にげみち?」

「ああ。安心しな」

俺は深く頷き、エコに語った。

「いいか、俺は世界一位になる。世界一位だ。わかるか? 全世界で一番なんだ。俺より強いやつなんて誰だれ もいないんだぞ。そして、お前はそのチームメンバーになるんだ。よく考えてみろ。これ以上に名誉なことがあるか? 王立魔術学校なんて鼻クソだ。宮廷魔術師なんて目じゃない。村のやつらもきっと満足する、いや満足しすぎて三日三晩ぶっ続けで祭りを開いてからお前の銅像を村のど真ん中に建てて未み 来らい 永えい 劫ごう 語り継ぐだろう。伝説的栄光だ。お前が村に帰る頃には、きっと全員が土下座して泣きながら出迎えるくらい偉くなってるはずだ」

「………… ぷっ、くふふっ」

「あぁ~エコ様ぁ~、よくぞお戻りになられましたぁ~! まず村長がこう言うだろ? そしたら次にお前の親おや 父じ がこう言うんだ。エコぉ~、セカンド様のサインをもらってきてくれぇ~!」

「きゃははっ!」

「他の村の男たちはどうしてるか気になるって? オイオイ、足元を見ろよエコ。ほら、さっきからお前が歩いてんのは、跪ひざまず いた男たちの上だぜ!」

「きゃっはっはっは!」

エコは笑った。大声で。膝ひざ を叩たた いて。お腹なか を抱えて。元気良く。

俺もなんだかおかしくなってきて、一緒に笑った。嫌なことなんて何一つ考えない。今目の前のことをとにかくひたすらに楽しむ。ただそれだけのことが、とても難しかったんだと思う。

ひとしきり笑い合ってから、エコはハッキリとこう言った。

「せかんど! あたしいっしょにいく!」

こうして、筋肉僧そう 侶りよ の獣人エコ・リーフレットが仲間に加わった。
◇◇◇
翌日。俺はシルビアとエコと共に、校長室を訪れていた。

「エコを本日付で退学処理、そして俺の供としてA組への在籍許可をお願いします」

「します」

俺がそう言うと、エコも一緒になってお願いをする。ポーラ校長は呆あつ 気け にとられている。

自分でも無茶苦茶言っている自覚はあったが、この話が通る自信もあった。何故なら、昨日きのう の「エコ泥だらけ事件」が多くの生徒に目撃されていたからだ。

「……少し、時間をいただけますか?」

「構いません。どれほど待てばいいでしょうか」

俺は高圧的に出る。怒りを前面に押し出して。

「昼に緊急で役員会議を開きます。その後には結論を出しましょう」

よし。恐らく俺の要求は通る。

「では結果を楽しみにお待ちしています。午前中は欠席とさせていただきます。それでは失礼します」

そうとだけ言って、俺たちは校長室を後にする。

「セカンド殿。何故あのようなことを?」

部屋を出てすぐ、シルビアが首を傾かし げながら聞いてきた。

「俺は留学生だ。それも異国の貴族の。その目の前でいじめ が発覚したんだ。それも獣人 のな」

「……なるほど。もしジパングが獣人を丁重に扱う国だとすれば」

「厄介だと考えるだろうな。それにたとえそうでなくても印象はすこぶる悪い。その上、ここの教員たちはいじめを見て見ぬふりをしていたと言われても仕方のない状況だ。これ以上問題を起こしたくはないだろう。なるべく穏便に済まそうとするはずだ。ゆえに俺の要求は通って然しか るべきだ」

「せかんど、あたまいい!」

「ふふん、世界一位だからな」
その後、図書室でシルビアの魔術勉強を見ていたら、あっと言う間に昼になった。

学食へメシを食いに行くと、マインが目ざとく気付いたようで、小走りにこちらへやってくる。

「セカンドさん! 聞きましたよ。エコさんをお供にするんですって?」

おい何故知っている。たった半日で噂うわさ が広まったのか? クソみたいな学校だなここは。

「こいつは優秀な回復魔術師だ。それを見抜けないようじゃ、この学校の程度も知れるな」

俺はついついイラっときてそんなことを言ってしまった。すると、マインは「あはは」と笑い出した。

「どうした?」

「いやあ、セカンドさん相変わらずですね! そういうストレートなところ本当に好きです」

「……お前やっぱり、ホ」

「セカンド殿ぉっ!」

シルビアに小突かれながら、王子に向かって云うん 々ぬん と鬼の形相で怒られた。なんだか母親みたいだ。その傍らで「ほ?」と首をかしげるエコが可愛かわい かったので、 [image file=Image00007.jpg] しか られつつも撫でておく。

「シルビアさんも相変わらずですね。エコさんも仲が良さそうで重畳です」

マインは俺たちのそんな様子を、微ほほ 笑え みながらもどこか羨うらや ましそうに眺めていた。
「おや、こちらでしたか」

俺が牛丼を食い終わった頃、担任のケビン先生が現れた。

「ああ、どうでしたか?」

そう尋ねると、ケビン先生は頷いて答える。

「問題なく認められましたよ。エコさんはセカンド君のお供として、今日から一緒にA組で過ごしてもらいます」

「そうですか、よかった」

俺が微笑んでそう返すと、ケビン先生も同様に微笑んで去っていった。

「何故お供に?」「何故A組に?」などと聞かないあたり、彼は頭が切れる。もし聞かれたら「彼女がまたいじめられないようにですよ」と皮肉たっぷりに言えたんだが。

「セカンド殿。ところで何故エコをA組に?」

……ああ、そういえばうちにはポンコツ女騎士がいた。

「なんで?」

エコも聞いてくる。

俺は言葉に詰まった。またいじめられないように。そう答えるのは簡単だが、本当は違う。

一時はエコをいじめていた有象無象に復ふく 讐しゆう してやろうかとも考えた。逆に、エコはこんなにも成り上がったのだと、こんなにも役に立つ奴やつ なんだと、見せつけて回ってもよかった。

しかし、本人はそれを望まなかった。

たった一言、一緒にいたいと、彼女はそう言った。ただそれだけだった。

「……仲間だからだよ」

だから、俺はそう呟つぶや いて、席を立った。

何はともあれ図書室だ。残りの留学期間は限られている。早くシルビアに魔術を覚えさせなければならない。そして俺も参ノ型の魔導書を手に入れる方法を考えなければ。

さぁて、忙しくなりそうだ。俺は少し熱くなった顔を冷ますように、早歩きで図書室へと向かった。
それから一週間が経た った。

俺の懇切丁寧な講義が功を奏したか、シルビアは三日ほどで早くも【魔術】《火属性・弐ノ型》を習得した。

マインに「こいつ一週間足らずで覚えたぞ」と自慢したら「天才ですね!? 」と驚いていた。普通はいくら短くても二週間はかかるらしい。ちなみにその最短というのはマインが覚えるまでにかかった時間だとか。こいつもこいつで才能があるんだな。

その上、シルビアは何かコツを摑つか んだのか「不思議と参ノ型も行けそうな気がするんだ」と言って、司書さんにその旨を伝えていた。

すると司書長シルクがずんずんとやってきて「シルビアさん素晴らしい才能ですわ! 是非とも貸し出させていただきますわ!」と随分あっさり許可が出ていた。俺の時はなんだったんだオイと言いたくなる。「覚えられる見込みのない三流に貸すわけねーだろボケ」ということだろうか?

ただまあ、そのおかげで俺にも習得のチャンスが巡ってきた。シルクに気に入られているっぽいシルビアに頼んで四属性分をごっそり借りてもらって、横からチラ見する。結果、俺は晴れて参ノ型を四属性全すべ て習得することができた。棚からぼた餅もち だ。

シルビアもかなり頑張っているようで、四日前から「後少しで~後少しで~」と何かに取と り憑つ かれたように机に齧かじ りつき、図書室にこもりっきりである。

俺はもうシルビアに教えるべきことは全て教えてしまったので、その間とても暇だった。エコと二人で中庭でごろごろしたり、マインを加えて三人で簡単なゲームやキャッチボールなどをして遊んでいた。

マインは特に〝こしとり〟が好きなようで、ことあるごとに俺へ挑戦してくる。この前なんかは授業中にノートの切れ端に〝コットン〟なんて書いて渡してきた。トルクメニスタンと書いて返すと「知らない」「ずるい」みたいな顔をしてこっちを睨にら んでくるので、せせら笑ってやった。マインは頰ほお をぷくっと膨らませて「ふーんだ」とそっぽを向くが、また次の授業時間になったら〝タンバリン〟と書かれたメモ紙を渡してくる。なかなか可愛いやつだが、王子らしさみたいなものは欠片かけら もないのでこいつ大丈夫かなとは思う。

授業の合間の小休憩中、マインが何か黙々と読んでいたのでこっそり後ろから覗のぞ いてみたら、あいつ〝ん〟で終わる単語を辞書で引いていやがった。流石にそれはズルだぞと、次のこしとりの開始時に「今回から最後が〝ー〟になる単語な。サッカー」と言ってやったら四よ つん這ば いになって落ち込んでいた。何やってんだ第二王子……。

とまあこんな感じでまったりとした日々を過ごしている。一見して停滞しているようで、実は俺にはある目的があった。

それは、マインに気に入られることだ。

もう既に目的は達成しているようだが……というか俺が特別何か行動しなくてもあっちから勝手に懐いてくるのだが、これじゃあまだ弱いと思う。

何な 故ぜ マインに気に入られたいのか。それは肆ノ型の魔導書だ。

肆ノ型は王宮にある。マインは確かにそう言っていた。甲等級ダンジョン『アルギン』──甲等級の中では最も簡単なダンジョンだが──肆ノ型全属性の魔導書はここのボスからそれぞれ約10 %の確率でドロップする。

現状、俺とシルビアとエコでは『アルギンダンジョン』を周回するのはキツイものがある。ただ、そうでなくてもダンジョンの周回は面倒くさいのだから、できれば周回しないに越したことはない。

俺はそう考えた末「お願いしたら王宮に連れていってもらえるくらいの関係」になるまでマインと仲良くしようとしているのだった。

「せかんど、これなに?」

そんなことを考えながら中庭でぼけーっと寝転がっていると、エコが何処かから拾ってきたチラシのようなものを見せてくる。

後になって気付いたのだが、エコは字があまり読めない。

すなわち、この世界の共通言語である日本語が不自由なのだ。

何故か。俺はすぐに思い当たった。そういえばメヴィオンの時、主要なNPCノンプレイヤーキヤラクター 以外の獣人は『獣人語』を喋しやべ っていたのだ。

つまりエコは、この学校に来るために日本語をわざわざ覚えたのだろう。そして、辞書を引きながら魔導書を読むというハンデを背負いながらも、驚くべきことに、風と土の弐ノ型を習得していた。INTが低いので全く使えないが。

もしかしたらこいつアホそうに見えて実は凄すご く頭が良いのかもしれない。教会に行けば【回復魔術】《回復・小》の魔導書は置いてあるはずだ。自力で覚えられるなら、さっさと連れていって習得させるのが吉か。

「ほ?」

……いや、このぽかーんと口を開けたままのアホ面はとてもじゃないが頭が良さそうには見えないな。俺の思い違いかもしれん。

「ちょっと見せてみろ」

「うん!」

俺が手を伸ばしながら言うと、エコはチラシを渡してきた。

チラシの内容は『第五十一回魔術大会開催 参加者募集中』というもの。

どうやらこの王立魔術学校のバカに広いグラウンドで開催するみたいだ。日時は、俺たちの短期留学の最終日だな。

「魔術大会があるんだとさ。毎年恒例みたいだな。優勝者には賞品もあるらしいぞ」

「へぇーっ。なにがもらえるの?」

「ん? ええと……──ッ !? 」

俺は目を疑った。

優勝賞品は『追撃の指輪』と書かれている。

「……エコ。魔術大会出るぞ」

俺は即座に参加を決定した。
◇◇◇
追撃の指輪。こいつはその非常にダサい名前とは裏腹に、非常に強力なアクセサリーだ。

効果は「魔術発動後に10 %の確率で追加攻撃」という単純なものだが、なかなかどうしてこれが多大な恩恵をもたらしてくれる。

例えば、とてもHPヒツトポイント の高いボスに対して【魔術】をしこたま撃たなければならない状況があったとしよう。百発どころか千発以上が必要な場合、その千発のうちの10 %が二回攻撃 になるのだ。すなわち約百発分お得になるのである。

「大した効果じゃないな」「そんな状況なんて滅多にないだろ」と思ったそこの奥さん。違うんだなそれが。

実は、このアクセサリーは三段階の強化ができる。いずれ高位の『鍛冶かじ 職』を仲間にして装備の《性能強化》が可能となれば、追撃の指輪は化け物じみた性能へと進化するのだ。

具体的に言うと、三段階強化後は追加攻撃確率が10 %から25 %に上がる。なんと四回に一回だ。千発撃てば約二百五十発分お得。とんでもない効果である。もうお肌つやつやの血液サラサラだ。

しかし。それだけ高い性能を秘めたアイテムが、レアでないわけがない。お値段なんと十五億CL。低反発まくらを三個つけてのご提供だ。

とまあ冗談はさて置き、メヴィオン時代でそれだけ高価だったのである。この世界では一体いくらするかわかったもんじゃない。

……………… 欲しい。

これはここで絶対に手に入れておきたい。たとえどんな手を使ったとしても、だ。

俺は決意を胸に、魔術大会への参加を願い出た。

幸運なことに、魔術大会の開催は留学の最終日である。異国の者だからと魔導書を珍しがっていた俺が弐ノ型や参ノ型をバンバン使うことで一部の人たちに大変怪しまれるだろうが、素早くトンズラこけばまぁなんとかなるだろう。

……いや、なんとかなると思いたい。というかもう怪しまれてもいいからとにかく追撃の指輪が欲しいのだ。
「マイン、魔術大会出るか?」

魔術大会前日。昼食時になんの気なしにそう聞いてみたら、マインの表情がパキッと固まった。

「う、うん。第二王子は絶対参加だよ……セカンドさんは出るの?」

「ああ。出るぞ」

「ぶっふぅー!? 」

俺の横でシルビアが驚きのあまり口から飲み物を噴出させる。

「聞いてないぞ!? 」

「言ってないからな」

いつものことだ。今回はナイスリアクションだった。

「なあマイン、お前魔術大会に何か嫌なことでもあんの?」

俺は気になって問いかける。すると、マインは表情を曇らせながら沈黙を破った。

「明日は……兄上がいらっしゃるんだ……」

「第一王子か。嫌いなのか?」

「そういうわけじゃないけど、その、苦手で……」

こりゃ嫌いだな。

「……兄上は才能至上主義なんだ。ボクには魔術の才能くらいしかないから、剣術が得意な兄上はボクを軟弱者だって言って凄く見下してくる。それにボクにそのつもりがなくても、兄上とは王位継承を争う間柄で険悪なんだ。明日は第一騎士団長として視察に訪れるってことだけど、きっと本当の目的はボクを大勢の前でこき下ろすために来るつもりなんだと思う」

第一王子は第一騎士団の団長なのか。というか性格悪そうだな、そいつ。

「………… 」

ちらりとシルビアを見ると、苦にが 虫むし を嚙か み潰つぶ したような顔をしていた。

なるほどわかった。シルビアが苦しめられていた騎士団上層部の汚職連中、その一番上が第一王子ってなわけだ。

「魔術大会は欠席できないのか?」

「無理だよ! ボク第二王子だよ?」

「あー、仮病とか」

「兄上はこう言うだろうね。あの軟弱な愚弟は魔術学校に通っていながら魔術大会にすら出られん臆おく 病びよう 者の腑ふ 抜ぬ けだ!」

……第二王子だからという理由だけで賄わい 賂ろ や成績の改ざんを疑われていた現状を見ると、第一王子にそんなことを言われてはいよいよ学校に居場所がなくなるな。

だからと言ってのこのこと出ていけば今度は目の前で散々罵ののし られて、それに一々反論しなきゃならないんだろ? 王子は辛つら いなぁ……。

「なんか、すまん」

「……いいんだよセカンドさん。仕方ないんだ」

マインは諦あきら めているのか、悟ったような表情で言った。

そんな悲しい現実をちっとも気にせず、俺の横ではぐはぐとごはんを夢中で頰ほお 張ば るエコが、なんだかとっても癒いや しだった。

「ところでセカンド殿」

「ん、どうした?」

「参ノ型、習得したぞ。今け 朝さ 」

「マジで? は、今朝!?  聞いてないぞ!? 」

「言ってないからな」

「………… 」

くっそ、やり返された……。
魔術大会当日。グラウンドには大勢の観客が集まっている。

俺はシルビアとエコと別れ、一人で出場者控え室に待機していた。室内には同じく出場者と思われる学生たちが数人いて、みなガヤガヤと雑談をしている。人数は、だいたい十人くらいか。男ばかりだ。

「しかし優勝賞品のこの指輪……なんだこれ、聞いたこともない」

「去年も去年で五十周年なのに大したことなかったみたいだし、年々規模が縮小してるよな」

「参加者も減っていってるし、ルール変更もあったし、もう落ち目だな」

嫌でも耳に入ってくる雑談の内容。こいつら自分たち学生が低レベルになっていっている可能性を棚に上げてよく言うな。

それにしても、魔術師志望なのに追撃の指輪の価値を知らないのか? 確かに無強化なら10 %の追撃は微々たる効果だと思って然しか るべきだが、《性能強化》を知らないわけでもあるまいし……。

「でも、今年はクラウス殿下が視察にいらっしゃるらしいぞ」

「そりゃお前、A組に、ほら」

「あっ、そっか。第二王子」

「仲が悪いって噂うわさ だろ? どうして」

「エキシビションとか言ってボコボコにするんじゃねーか?」

「だっはっは! そいつはいいな」

その後はマインの陰口で盛り上がり始めた。本人がいないからと言いたい放題だ。

しっかし、この学校の何処へ行っても「第一王子 [image file=Image00018.jpg] 第二王子」の図式が完全に形成されてるな。なかなかに不自然だ。マイン本人に大きな原因があるとは思えないし、こりゃ第一王子側が印象操作している可能性がでかい。そこまでマインを嫌ってんのか? そのクラウスって男は。

「失礼します……」

暗く抑揚のない声。控え室のドアを開けて入ってきたのは無表情のマインだった。その瞬間、室内はシンと静まり返る。そりゃそうだ。直前まで散々言ってたもんなお前ら。

「おう、お前シードか?」

俺が声をかけると、マインは瞬く間に笑顔になって駆け寄ってきた。

「うん。ボクは準々決勝からだってさ」

「マジか。じゃあ決勝まで当たんねーな」

「ふふ、決勝で会おうね」

魔術大会はトーナメント方式で行われるらしい。参加者は総勢十五人。マインは左端、俺は右端だった。マインは二回勝てば決勝、俺は三回勝てば決勝だ。

なるほどなるほど。面白くなってきやがったぜ。

……しかし、一つだけわからない点がある。それは──

「ところでマイン。魔術大会って何するんだ?」

ドンガラガッシャーンと控え室のそこらじゅうでズッコケる音がする。

「そ、そんなことも知らずに参加したの!? 」

「すまん。なんだ、多分あれだろ? 魔術で殺し合うんだろ?」

「全然違うよ!」

「じゃあ、あれか、普通に殺し合うのか?」

「魔術は!?  魔術はどこいったの!? 」

「そうか。そうなるとやっぱり魔術で殺し合って……」

「違うよ! 殺し合わないよ! まず殺し合いから離れて!」

「ちょっと何言ってるかわからない」

「なんで何言ってるかわからないの!? 」

ボケとツッコミのサンドウィッチで凍い てついた控え室の空気も少しは温まった。マインも心なしか緊張がほぐれたように見える。

「全くもう、セカンドさんは……」

マインは呆あき れながらも説明のため口を開く。

「魔術大会は〝対局冠〟を使って行うんだ。だから命に関わったりはしないよ」

対局冠──主にPvPプレイヤー・バーサス・プレイヤー に使われるもので、各種装備の使用制限やスキル制限などこと細かにルールを定めた上で互いになんのリスクもなくPvPを行える便利アイテムだ。

どうしてなんのリスクもないのかといえば、それは対局冠を用いた『対局』中は、全すべ てが仮想 のものだからである。自身のHPもMPも仮想化し、与えるダメージも与えられるダメージも仮想なのだ。

本来PvPに用いられる〝決闘冠〟による『決闘』は、互いに仮想ではなく生身で行われるため、HPがゼロになれば当然の如ごと く死亡する。だが、全てが仮想である対局ならば、HPがゼロになっても対局が終了するだけでなんの問題もなく元通りである。ゆえにプレイヤーからは「チキン用」と呼ばれていたのだが、一部の物好きなゲーマーはその対局冠におけるルール設定の自由度に惚ほ れ込み、ありとあらゆるバリエーションを模索、通常の『決闘』とはまた違った面白い『対局』を発明し普及していたのだが……。

「攻撃は魔術じゃないとダメ。それが今回のたった一つのルールだよ。わかった?」

マインの言葉に、俺は確信した。

……クソゲーだ、それ。
「第七回戦! 一年A組セカンド対、一年F組ディーン!」

名前を呼ばれてグラウンドに出ると、ちょうど俺の後ろくらいの位置にシルビアとエコを見つけた。笑顔で手を振ると、エコがブンブンと勢い良く手を振り返してくれる。その手がシルビアの鼻に当たってシルビアは半ば悶もん 絶ぜつ していた。

「対局冠、着用」

審判の指示が出る。素直に従うと、俺とディーンとやらを包むように大きな円形の陣が現れた。半径五十メートルの円、この中が対局のフィールドである。外に出たら負けだ。

「両者、構え……始め!」

号令の直後、ディーンは詠唱を開始した。

彼の足元に出ている【魔術】の陣はその色と形状から《風属性・弐ノ型》だとわかる。

……こいつアホだ。

壱ノ型は通常攻撃。弐ノ型は範囲攻撃。参ノ型は強力な単体攻撃。肆ノ型は強力な範囲攻撃。伍ご ノ型は非常に強力な範囲攻撃。それぞれ壱 [image file=Image00008.jpg] 参 [image file=Image00008.jpg] 弐 [image file=Image00008.jpg] 肆 [image file=Image00008.jpg] 伍の順に詠唱時間は長くなる。

詠唱時間中に攻撃を受けてしまえば、詠唱は破棄される。ゆえに対局中は詠唱時間の長い弐ノ型以上の魔術はほとんど意味をなさない。これは常識だ。

………… ディーン君。それ、ナメプというやつだろう? どうやらどこかで「セカンドは魔術をまともに使えない」というような噂を聞いたな?

俺はぶちギレた。

舐な められたのだ……世界一位がッ! こんなガキに!!

あいつの詠唱が終わる後二秒の間に前進し《火属性・壱ノ型》でも叩たた き込こ めば一瞬で決着はつく。だが、それだとつまらない。この神聖な対局の場で侮辱された鬱うつ 憤ぷん を晴らせない。

「覚悟しろよお前」

俺は二歩だけ前進し、前方にゆっくりと《風属性・壱ノ型》を撃つ。それとほぼ同時にディーンから《風属性・弐ノ型》が放たれた。

【魔術】と【魔術】はぶつかり合う 特性がある。それを活い かした相殺防御の手法だ。少々のダメージは受けるが、壱ノ型使用後の硬直時間と弐ノ型使用後の硬直時間には倍以上の差があるので、補って余りある有利を作り出せる。

「んなっ!? 」

ディーンは驚いている。「話が違う!」「魔術めっちゃ使えるやんコイツ!」といったところか。

最悪なのは、コンマ何秒を争う対局中に放心し、次の手を打っていないことだ。こんな輩やから に舐められたのか。怒りを通り越して呆れる。

「このまま嬲なぶ り殺されるか命いのち 乞ご いをしながら無様に死ぬか選べ」

俺はそんなことを言いながら《火属性・参ノ型》を詠唱し、言い終わる頃ころ には発動準備を終えた。

ランクは五段。詠唱時間短縮が二段階上がっており、INTから換算された純火力の300%で攻撃できる。《飛車弓術》の九段が600%ということを考えると威力はそれほどでもないように思えるが、【弓術】の小スキルが歩兵~龍りゆう 王おう の九種類であるのに比べて、【魔術】の小スキルは四属性×壱~伍ノ型と二十種類以上にも及ぶため、それだけINTの絶対量が上がりやすい分、最終的な火力はかなりのものになる。

「ま、参っ──! 」

「うっ! 目にゴミがッ!」

ディーンが降参の言葉を叫ぼうとした瞬間、俺は食い気味に《火属性・参ノ型》を放った。

バランスボールほどに大きな、まるで凝縮された太陽のような火の玉がディーンめがけて轟ごう 音おん をたてながら迫っていく。現時点で、ディーンには防ぐ方法も躱かわ す方法もほぼ残されていない。

「うわああああっ!! 」

ディーンは悲鳴を上げながら被弾、一発でHPヒツトポイント が吹き飛んだ。くそっ、威力が強すぎた。一割くらい残して弄もてあそ ぶつもりだったのに……。

「……しょ、勝者、セカンド!」

対局が終了すると、グラウンドは何ごともなかったかのように元通りになる。この世界でも対局の仕様は同じみたいだな。

ちらりとディーンを見ると、股こ 間かん 部分が濡ぬ れていた。いくら仮想とはいえ、本体の生理現象は仮想ではないのか。それとも終わった後に出ちゃったのかな?

「おー。勝ったぞ」

控え室への道すがら、シルビアとエコの前を通り言葉を交わす。

「せかんど、つよい!」

「当たり前田の傾かぶ 奇き 者もの 」

「やり過ぎだぞ! いいのか?」

「構わん。いずれ世界一位になるしな。それにどうせ今日でおさらばだ。優勝賞品を搔か っ攫さら ったらとっととズラかるぞ」

「わ、わかったが、くれぐれもやり過ぎないようにな。くれぐれも!」

「わかったわかった! お前は俺のカーチャンか」

「せかんど、がんばって!」

「おう」

「カ、カーチャン……」とへこむシルビアの声と、エコの真ま っ直す ぐな応援を背に受けて、俺はその場を後にした。

その後、二戦目を難なく突破。

いざ準決勝となったのだが──俺はそこで、変わった敵と対面することになる。
◇◇◇
「準決勝第二回戦! 一年A組セカンド対、四年A組キース!」

これに勝った方がマインと決勝戦という一番。

俺の対局相手として出てきたのは、キースという第四学年の無骨な大男だった。

「対局冠、着用。両者、構え……始め!」

「…………っ! 」

対局が始まると同時に、キースは間合いを詰めてきた。

こいつ、なかなか心得ている。

中級者同士における【魔術】限定の対局となると、どちらが先手を取るかで勝敗がほとんど決まってしまう。となれば必然的に最も発動の早い壱ノ型をメインに戦うのが頭の良い選択となる。

俺はキースとの残り距離を見ながら《風属性・壱ノ型》を詠唱する。同時に、キースは射程距離ギリギリで前進する足を止めて《風属性・壱ノ型》の詠唱を始めた。

その状態で、互いに膠こう 着ちやく する。

……そら見たことか。こうなると千日手 だ。後は互いに【魔術】を発動するだけだが、ほぼ同時に発動された【魔術】はぶつかり合って相殺し、また振り出しに戻ってしまう。これがこの対局ルールの欠点、俺がクソゲーだと断定した所以ゆえん その一である。

絶対いると思ったんだ。こうして同属性の壱ノ型で睨にら み合って「これで手詰まりだろ?」なんてドヤ顔しちゃう学生さんが。全属性の参ノ型すら満足に覚えていないような初級者が嬉き 々き としてやりそうな作戦だ。確かに、初級者同士なら上う 手ま いこと手詰まりに持っていけただろう。だが、残念ながら、相手は元・世界一位なんだよなあ。

「……ここで負けていただきたい。相応の金品は差し上げる」

すると、キースが何やら話しかけてきた。観客席には届かない程度の小声だ。

「何な 故ぜ ?」

「貴様とマイン殿下を戦わせるわけにはいかない」

「だから何故?」

「マイン殿下に優勝していただき、優勝者とクラウス殿下との親善対局を実現する」

意味不明だな。それに人にものを頼む態度ではない。

「どうしてお前がそんなことを俺に言う?」

「貴様では相応ふさわ しくない。負けてくれ」

「それは俺がマインと第一王子に勝ってしまうからか?」

「違う。クラウス殿下とマイン殿下との対局にこそ意味がある」

「……つまり、この対局の場に政治 を持ち出すと……そういうことか?」

「………… このままでは決着はつかんぞ」

このキースとかいう輩、どうやら決勝でマインを勝たせるために雇われたクラウスの手先のようだ。

親善対局という形をとって観衆の目の前でマインをボコボコにする──控え室でされていた噂うわさ は、あながち間違いではなかった。

……うーん、気に入らない。何が気に入らないって、何もかも気に入らないが、このまま互いに手詰まりの状態で交渉して俺を諦あきら めさせようという浅はかな考えが一番気に入らない。

そう簡単に行くと思うか? 俺は拒否を叩きつけるように、壱ノ型をそのまま発動する。

「無意味だ!」

キースはそう叫ぶと同時に壱ノ型を発動させて対応し、俺がまた《火属性・壱ノ型》を詠唱するのに合わせて《火属性・壱ノ型》を詠唱する。

この対応力、なかなかの腕前だ。確かにこのままでは決着はつかない。このままでは。

「良い機会だからさ、お前らに本物を教えてやる」

「……ん? 貴様、それは……」

キースは気が付いたようだ。俺の左手には、先ほどの相殺時にインベントリから取り出したロングボウ が握られていた。

【魔術】限定の対局中に何故? と、そう思ったことだろう。だがもう全すべ てが遅い。

「シルビア! よく見ておけ!」

俺は背後に向けてそう声をかけると、《歩兵弓術》と《火属性・壱ノ型》を《複合》させて、キースへと放った。

【魔弓術】──これも立派な【魔術】での攻撃である。クソゲーたる所以その二だ。

ちなみに【魔弓術】は弓に【魔術】を番つが えるので、矢を使うことはない。【弓術】と【魔術】の《複合》、この習得条件は「【弓術】スキルでHPを75 %以上減少させた魔物を【魔術】スキルで千体仕留める」というもの。そこそこ複雑だが、条件を知ってさえいれば達成はあっと言う間だ。

「くっ……!? 」

キースは準備していた《火属性・壱ノ型》で対応せざるを得なかった。だが《歩兵弓術》七段の威力が上乗せされている分、単なる壱ノ型ごときでは相殺など不可能。

「ぐあっ!」

キースは被弾した。

直後、体勢を立て直し、後退して距離をとる。そこそこ良い動きだが、その判断は最悪だ。【弓術】相手に距離を取るなど愚の骨頂……舐められたものだな。これは思い知らせる必要がありそうだ。

「これが狙ねら いなんだろ? 第一王子の」

「──ッ!! 」

俺の言葉に驚きよう 愕がく の表情を浮かべるキース。図星だったようだ。

攻撃方法が【魔術】限定の対局……明らかなるクソゲー 。ゆえに起こり得る膠こう 着ちやく 状じよう 態たい 。クラウス王子はそれを打開するなんらかの術 を持っている。確か【剣術】が得意だと、ノワールさんが言っていた。恐らくは、そう、【魔剣術】だ。その切り札がある限り、対局においてクラウス王子がマインに負けることは決してないだろう。一方的にボッコボコにできるはずだ。この対局のようにな。

[image file=Image00019.jpg]

「卑劣だな。それがどれだけ愚かな行為か身を以て知ればいい」

対局を、一対一の勝負を、プロパガンダに利用しようと企てた下劣な王子のしもべに……鉄てつ 槌つい を。

俺は《桂けい 馬ま 弓術》で狙いを定めつつ《銀将弓術》で威力を底上げし、《土属性・参ノ型》で衝撃を上乗せする。三スキルの《複合》だ。【魔弓術】はこんなこともできるんだぞと、シルビアに知ってもらうためのサービスでもある。

「くそ……っ! 」

キースは俺の攻撃を躱すため、横方向に駆け出した。まるで逃げ回る鼠ねずみ だ。

「無意味だって」

意趣返しとばかりにそう言って、俺は【魔弓術】を放った。

ズドンッ! という重低音。キースの腹に着弾すると同時に土属性魔術の巨大な岩石が炸さく 裂れつ し、グラウンド全体が余波で振動する。キースはHPをゼロまで減らしながら、場外へと吹き飛ばされていった。

これは俺の怒りだ。対局を、PvPプレイヤー・バーサス・プレイヤー を舐な めるなという警告だ。神経をすり減らし命を削り合わなければ、PvPで頂は目指せないんだよ。それだけ真剣な場をお前は荒らしたんだ。周りが許しても俺が許さない。

「……勝者、セカンド」

審判の小さな声で、対局は終了する。

一秒、二秒、三秒後に──会場は歓声の嵐あらし に包まれた。

今までの対局と比べて、大いに見ごたえがあったのだろう。かつてない盛り上がりだ。

俺は気分を良くしながら控え室へと戻っていった。
◇◇◇
「も、申し訳ございません」

「構わん。予定は変更する必要が出てきたが、なかなか良い拾い物を見つけた」

頭を下げるキースに対し、クラウスは機嫌良く言葉を返した。

彼の視線の先には、颯さつ 爽そう と会場を去る見目麗しい男の背中があった。

「恐らくあのセカンドとやらが優勝する。奴やつ を配下に加えれば、あの愚弟も立つ瀬が無かろう」

「しかしあの男、かなり手て 強ごわ い相手かと」

「キース。奴がこのオレの、第一騎士団長の勧誘を断るとでも?」

「……いえ、そのようなことは」

「ハハ、まさか魔術学校ごときに魔術の複合を扱える者が潜んでいるとは……出向いて正解だった。奴は良い駒こま になる」

余裕の表情でほくそ笑むクラウスを、キースは不安の表情で見つめた。対局の場で相まみえたからこそ、彼にはわかるのだ。

魔弓術師セカンド。恐らく一筋縄ではいかないだろう──と。
◇◇◇
「セカンドさん、やっぱりとっても強かったんだね。ボク、なんだかそんな気がしてたんだ」

決勝戦。開始直前に、マインはそのようなことを話しかけてきた。

「まあな。隠してて悪かった。軽けい 蔑べつ したか?」

「まさか! もっともっと好きになりました」

いいやつだな、マイン。

「じゃあ今度王宮に連れていってくれ。肆ノ型を読みたいんだ」

俺がストレートに要求すると、マインは嬉うれ しそうに笑ってから口を開いた。

「もちろんですっ。あの、でも、その代わり……えっと、ボクと、とも──」

「両者、構え……始め!」

マインが何か言いかけた瞬間、審判が号令する。

決勝戦が始まった。

「……っ! 」

マインは会話を中断して即座に意識を切り替えると、すぐさま《風属性・壱ノ型》を詠唱する。

俺はほぼ同時に《風属性・壱ノ型》を準備した。当然だが【魔弓術】は使わない。【魔術】しか使えない相手にあんな反則 を出しては失礼だ。それに、何も面白くない 。

壱ノ型と壱ノ型。互いに一秒とかからぬ間に詠唱を完了し、そして発動する。

キースとの対戦と同じように、またぶつかり合って仕切り直しか──という俺の予想は、直後に裏切られた。

「やあっ!」

マインは即座に〝詠唱破棄〟をして、俺の放った《風属性・壱ノ型》へと無防備に飛び込んだのだ。

激しい暴風の塊がマインに直撃する。マインはHPヒツトポイント が三割ほど削れるが、それをものともせず、ダメージを食らいながら詠唱を開始した。

こいつ、無理矢理に詠唱時間をひねり出しやがった!

確かに、詠唱中に攻撃を受ければ詠唱は中断されるが、攻撃を受けている最中に詠唱を開始すれば中断はされない。その特性をマインは知っていたのだ。流石さすが は「うんちく王子」と言わざるを得ない、頭を使った戦術である。

それも……この陣は《風属性・参ノ型》! 覚えていたのか──!

「チッ」

舌打ち一つ、反省は後にするとして、俺は次いで《風属性・参ノ型》を詠唱する。

スキルランクはこちらの方が上。ゆえに詠唱時間もこちらの方が短い。

……結果、後出しにもかかわらず、マインの参ノ型と俺の参ノ型は同時に発動し、相殺された。

「くっ……! 」

マインは険しい表情をする。

PvPにおいて、絶対に見せてはならない顔。「今のが切り札でした」と暴露しているようなものだ。

「すまなかった」

俺は硬直するマインと距離を取りながら、一言だけ謝った。

侮っていたことへの謝罪だ。俺は、マインという男を無意識に舐めていた。「この程度だろう」と勝手に思い込んで、何も期待していなかった。他人に舐めんじゃねえと説教しておいて、自分はこれである。最低だ。

出さなきゃ駄目だろうが、本気を! 軽くあしらってやろうなんて考えちゃあ駄目だ。あいつは本気だ。本気と書いてマジだ。男が本気で向かってきたんなら、本気で返すのが男の礼儀ってもんだろうが……!

俺は拳こぶし を握りしめながら、適正距離へと素早く後退し、準備を済ませる。

……礼儀だ。敬意だ。友情だ。

メヴィウス・オンラインにおける【魔術】の最高峰、タイトル「叡えい 将しよう 」を二十二期連続防衛した男の本気を以て、それとする。

「しっかり見ておけ」

【魔術】を志す者なら、必ずや糧となる。確信ではない、厳然たる事実。即すなわ ち、PvPの極意。

俺はマインに向けて、《火属性・参ノ型》の詠唱を開始する。

「させません!」

マインは《風属性・参ノ型》で対応しようとするが、それはあまり意味をなさない。

この距離は、ギリギリ有効射程外 。長年で染みついた感覚だ、測らずともわかる。それに、そもそも俺は参ノ型を攻撃手段 として準備しているわけではないのだ。

「なっ!? 」

詠唱を済ませて発動すると同時に、マインが驚きの声をあげた。

俺の放った《火属性・参ノ型》が向かった先は、マインではなく俺から三メートルほど前方の地面だったのである。

ゴゥ! と大きな音をたて、着弾地点に火柱があがった。

瞬間、マインは驚愕とともに気付いただろう──魔術陣が見えない 、と。

「こういう使い方もあるんだ」

聞こえていないかもしれないが、一応教えておく。【魔術】は攻撃手段だけではない。こうして次の一手を隠すためにも使えるのだ。そして、その次の一手をも。

俺は火柱に隠れながら横方向へ移動し、《土属性・弐ノ型》を詠唱する。

弐ノ型は範囲攻撃のスキル。詠唱時間は長いが、その分、発動できた際の効果は申し分ない。

轟ごう 々ごう と燃え盛る参ノ型の火炎が鎮まる頃ころ 、弐ノ型の詠唱は完了した。

マインは俺を発見すると同時に準備していた《風属性・参ノ型》を発動しようとしたが、もう遅い。否、発動できたとしても無意味。依然として有効射程外なのだから。

「うわっ!」

マインの前方二メートルほどの場所へ、俺の弐ノ型が発動する。瞬間、マインの目の前で土が積み重なり、彼の身長ほどの壁と化した。

壱ノ型や参ノ型が点の攻撃だとすれば、弐ノ型は言わば線の攻撃。真横に線を引くように放てば、それは面となり、壁となる。

相手の自由を邪魔する壁を生み出す。これもまた歴れつき とした【魔術】の戦術の一つである。

「魔術戦闘の基本中の基本だ。覚えておいて損はないぞ。そして、次が決め手だ」

俺は《水属性・参ノ型》を詠唱しながら語りかける。

常に最善手での対応を要求し続け、微み 塵じん の間違いも許さない──これが俺の戦い方だった。

今回、マインは三つだけ間違えてしまった。一つ、俺の適正距離への後退を許したこと。二つ、俺の参ノ型に合わせて参ノ型を詠唱したこと。三つ、今まさに土の壁をよじ登って乗り越えようとしていること。これらの間違いがなければ、もう少し長引いた 。

「迂う 回かい しときゃよかったな」

詠唱を終えた俺は、土の壁を登り終えたマインのその足元へ《水属性・参ノ型》を放つ。

「わぁっ!? 」

参ノ型の威力で、土の壁が崩壊する。マインはその余波でダメージを受けながら、地面に落下して尻しり 餅もち をついた。

即ち、ダウン状態。起き上がるまでには、相応の時間を要する。

その隙に、俺は走って距離を詰め、《風属性・参ノ型》の詠唱を済ませる。

「あ……っ」

起き上がったマインが、悟った──自身の敗北を。

一つも【魔術】を準備していないマインと、参ノ型をいつでも放てる俺。これで、詰み である。

「……負けちゃいました」

マインはそう言って、悲しげに笑いながら降参した。

「勝者、セカンド!」

審判の判定が下る。

……駄目だな。こんなんじゃ駄目だ。

「おい、どうして笑ってるんだ?」

俺は内心で自じ 嘲ちよう したのち、マインに突っかかった。

態度で示す必要があった。

対局の前に、こいつは言おうとしていたんだ。青臭くて照れ臭くて、ついつい笑って誤ご 魔ま 化か しちまうようなことを、拳を握りしめて、頰ほお を赤らめて、大真ま 面じ 目め に、だ。

応えてやらないといけない。今までは「まあいいか」と見逃していたこいつの軟弱さを、包み隠さず指摘してやらないといけない。それが心を許し合うってもんだろうと、俺はそう思ったんだ。

「えっ……だって、セカンドさん強くて」

「いいや。お前の参ノ型が五段以上だったら俺は負けていたかもしれない。危ない場面ばかりだった。俺はお前を無意識に侮っていた。そこに強さなんて微塵もないぞ」

「……でも、とっても強いじゃないですか」

「違う。強さってのは、そこじゃない、ここだ」

「そことかこことか言われても、よくわかりません……」

おっと、熱くなりすぎてジェスチャーを忘れていた。まあいいや。

「悔しくないのかっつってんだよ。侮られた相手に負けたんだぞ。悔しくないのかよ」

「いや、別に、それは」

「自分を騙だま すな。ここで悔しくなかったらお前、一生そのままだぞ」

「………… 」

マインは黙り込む。

そこで不意に、パチパチと拍手の音が近寄ってきた。

「素晴らしい指摘だセカンド君。君の言う通りだ。我が愚弟にはその気概が足りない。オレは常々言い聞かせてきたのだがな」

やはり、現れたか。それは金色の長髪を後ろで束ねた鋭い目の美男、クラウス第一王子だった。

クラウスは俺の方を見ると、余裕の笑みを浮かべて口を開く。

「君の腕前、見させてもらった。実に良い腕だ。特別に許可をする。オレの下に付き、指揮を学びたまえ」

ざわり……周囲の人々が驚きの声をあげる。

クラウス第一王子の直属に付くということは、第一騎士団幹部の地位が約束されるということ。ひいてはクラウス新国王が誕生した暁には、更なる大出世が約束される。

とんでもないことだ。俺にだってわかる。

この公衆の面前で勧誘したということは、これが第一騎士団長としての正式な勧誘であり、クラウス第一王子が俺の実力を公に認めたというこれ以上ない証明となる。

だが、逆に。この勧誘を断るということは、クラウス第一王子を敵に回すと大勢の前で宣言することと同義となる。

──断れるワケがない。誰だれ もがそう考える。

クラウスはそれを狙ねら っていたのだ。

まともな人間には、断れるはずのない勧誘。そう、まともな人間には。

「嫌です」

たった一言、俺はそう返した。

「なんだと?」

クラウスは聞き返してくる。

「お断りします」

再度、俺はゆっくりと言ってやった。マインはぽかんとした顔でこっちを見ている。

大丈夫だ。俺は予想していた。俺のせいでクラウスがお前をボコれなくなった段階で、どうせこんな感じで取り込み に来るとわかっていた。だって、あの胡う 散さん 臭くさ い騎士団の一番上だぜ? 同じ手が二度も通用するほど世界一位は甘くない。

「…………~ッ 」

クラウスの顔がみるみる赤くなっていく。怒髪天を衝つ くとはまさにこのことだろう。

しかし、怒れまい。ここは公衆の面前。勧誘を断られたからと取り乱すようでは、次期国王の器ではない。

「……いいんだな?」

クラウスは真ま っ赤か な顔で震えながら言った。

ここで俺は用意していたジョーカーを切る。

「対局の前に、マインと約束しましたので。今度、王宮へ伺うと」

「──っ! 」

マインの目が見開かれた。

そう。この場におけるこの言葉の意味、それは「俺は既に第二王子の傘下にある」という宣言。

つい数分前、確かに約束を交わした。それは近くにいた審判が証明できる。

「ッ……そう、なのか?」

クラウスは額に青筋を立てながら、マインと審判へと視線をやる。

マインはこくりと頷うなず いた。審判も深く頷くように頭を下げる。

「……そうか」

第二王子と俺との間には、既に契約があった。

そこへ割り入って勧誘をするということは、すなわち、公の場で引き抜き を行おうとしたことになる。それは如何な第一王子と言えどマナー違反だ。

引き下がらざるを得ない。形勢は逆転した。

「非常に、ザンネンだ。では、今後とも精進をしたまえッ」

クラウスは赤い顔を更にどす黒くして去っていった。

ふぅ……と、一息。とりあえずの難は回避した。

「セカンドさん……っ」

マインは頰を染めてこちらを見上げている。こいつ、さっきまでの説教をすっかり忘れてやがるな。

「さて、説教の続きだぞ。そうだなあ、お前が悔しいと感じるようになるまで俺と対局でもやるか」

「……え、えぇーっ!?  勘弁してくださいよ! 勝てるわけがないよ!」

「バーカお前、そういうところが駄目なんだよ。だから軟弱貧弱の愚弟って言われるんだ」

「そんなぁ、酷ひど いですよ……セカンドさん、やたらボクに厳しいですよね。まるで兄上みたい」

「一緒にするな」

「え……?」

「友達だからだ、馬鹿野郎」

俺はマインの頭にごつんと拳をぶつける。

痛かったのか、マインは目の端に涙を溜た めながらも、出会ってから一番の笑顔で「はい!」と頷いた。
◇◇◇
「クソッ! マインめぇ……! 」

クラウスは校舎の中に入り、忌々しげに弟の名を吐き出しながら校長室へと向かっていた。

愚かな弟に先を越される。たったそれだけのことで、クラウスのプライドはずたずたに引き裂かれたのだ。

「ポーラ・メメント! いるんだろう!? 」

「どうか心をお鎮めに、クラウス殿下」

「うるさい! さっさとあのセカンドとかいう気色の悪い輩やから の情報を全すべ て渡せッ!」

王立魔術学校校長のポーラは怒りを爆発させる第一王子に溜め息をつき、机の引き出しから一束の資料を取り出した。

「よこせ!」

クラウスは資料をポーラの手から奪い取ると、その場で目を通す。

「……これだけか!? 」

そこに書かれていた内容は、セカンドが校内でどのように過ごしていたかという程度の、ほんの些さ 細さい な情報だった。

「幾分、謎の多い人物です。彼の出身であるジパングという島国についても、未いま だ何ら明らかには」

「く……そ、がァッ!! 」

クラウスは資料を床に叩たた きつけ、校長室を後にした。

「やれやれ、癇かん 癪しやく 持も ちとは聞いていましたが」

ポーラは呆あき れながら床に散らばった資料をまとめる。

「……しかし、セカンド君。彼のことはよく調べなければなりませんね」

俯うつむ いた顔に掛かる黒縁の眼鏡めがね が、怪しく光っていた。

閑話二 ファンクラブの日常

『セカンドファンクラブ』という秘密結社がある。

彼が王立魔術学校へと短期留学にやってきたその初日に結成された巨大組織だ。会員の99 %が女子学生であり、その数なんと百人はくだらない。

彼女たちの活動内容はたった一つ。「セカンドを遠巻きに見守る」これだけだ。

具体的に言うと「学内で見かけたセカンドの一挙手一投足を定例会議で報告し合い、それをネタに色々と妄想して盛り上がる」ことが主たる活動である。

彼女たちは決してセカンドに近付かない。だが、その視線をセカンドから外すことはない。

YESセカンドNOタッチ──鉄の掟おきて である。

ちなみに定例会議は毎日欠かさず放課後に空き教室で開かれている。参加人数は日に日に増加中だ。

一体何が彼女たちをそこまで駆り立てるのか。それは主に二つの理由があった。

第一の理由は、まずなんと言ってもセカンドのその美び 貌ぼう である。異常なまでに整った顔と非の打ちどころのない肢体は、まさに見る者の目を奪い去った。一目見たその瞬間から虜とりこ になった女子学生も少なくない。一日でファンクラブが組織されるのも頷うなず けるレベルの容姿であった。

そして第二の理由。それはセカンドの豪ごう 放ほう 磊らい 落らく な性格だ。一見して隙がないように思えるセカンドも、心を開いた相手との会話にはその本当の性格が垣かい 間ま 見み える。例えば、時たま大胆な言動をとったり、意外とお茶目で悪いた 戯ずら 好きだったり、目的のためには容赦をしない苛か 烈れつ さや強引さを見せたり、いついかなる時も決して余裕を崩すことのない優雅さがあったり、クールに見えて熱血で、時にはおバカなところもあったりする。

彼女たちはそんなセカンドの秘めたる性格がちらりと窺うかが える度に、ファンクラブの沼へとズブズブ引き込まれていった。

「今日のセカンド様は中庭でのんびりとされていて、エコさんを膝ひざ の上に乗せてお撫な でになられていたわ」

「あぁ~ギャップ萌も え」

「尊い」

「絵画にして学校中に飾るべき光景ね」

ある日の会話である。

「今日のセカンド様はシルビアさんをからかっておられましたわ」

「マジ? うわアタシもからかってほし~」

「わかる。むしろ靴のまま踏みつけて罵ののし ってほしい」

「えっ、それは………… うん。アリね」

また、ある日の会話。

「今日のセカンド様はマイン殿下とこしとりで遊んでおられたわ」

「むきになるマイン殿下と、手玉に取るセカンド様……」

「セカ×マイ……なんたる耽たん 美び 」

「は? マイ×セカの下げ 剋こく 上じよう 敬語攻めこそ至高なんですけど?」

「いや、いやいやいや。俺様攻めの完全固定って既に答え出てるんだが」

「 [image file=Image00020.jpg] ?」

「お? やるか?」

時折このような抗争も勃ぼつ 発ぱつ する。ファンクラブの日常である。

また、ファンクラブ内には〝解析班〟なる精鋭も存在する。

セカンドが留学期間を終え、学校から去ってしばらく経た った頃ころ 。セカンド熱を持て余した彼女たちの前に、解析班はとんでもないものを引っ提げてその姿を現した。

「エコ・リーフレットさん泥だらけ事件。おおよその概要を把握できましたので発表させていただきます」

定例会議の際、解析班はこうして独自に調査してきたレポートを発表することが多々ある。

それらは全てセカンドに関することなので、ファンクラブ会員たちの興味は尽きない。

「落ちこぼれ獣人と呼ばれ、一年F組の学生に加えてその他多数の学生からいじめられていたエコさんですが、調査の結果、彼女が泥だらけで道に倒れていた原因は、そのF組のクラスメイトによるものだと判明いたしました」

発表の内容に、教室内がざわついた。「やはり」「許せない」など、意見は様々である。

「発端はエコさんに雑用を押し付けた男子学生です。彼は普段から雑用を押し付けては邪魔をして楽しんでいたようですが、今回は更に計画的に邪魔を行いました」

計画的とは何か。解析班は黒板に図を描きながら説明する。

「エコさんは雑用にやりがい を感じていました。魔術はダメでも雑用なら役に立てる、そう思っていたようです。ゆえに健けな 気げ に雑用をこなしていました。件くだん の男子学生はそれが気に食わなかったのでしょう」

黒板には、エコが台車で何かの袋を運ぶ絵が描かれていた。その何かとは、大量の〝土〟だった。そしてその土へと矢印が伸びており……その根元には意地の悪そうな顔をした男子学生の絵。

「袋の中身を土と知らされていないエコさんはこれを校門付近まで運びます。同級生が自分を頼ってお願いしてくれた雑用だと思い込んでいるので、役に立つために一生懸命です。そこへ男子学生の仲間が来て、土めがけて水属性魔術壱ノ型を撃ちました。土と水が弾はじ けて泥が飛び散ります。エコさんはこれを至近距離で浴びました」

会員たちは俄にわ かに騒がしくなる。考えていた以上に酷ひど いいじめだったからだ。

「セカンド様と共にいる姿を見ていればわかると思いますが、エコさんはとても利口なお方です。恐らく、その一瞬で袋の中身が土であり、自分を泥だらけにするために運ばされていたのだと気付きました。そして、そもそも今まで本気で雑用など頼まれていなかったこと、誰だれ の役にも立っていなかったこと、役に立てば認めてくれるという勝手な思い違いと、現状のどうしようもない絶望を理解して、座り込んでしまったのでしょう」

解析班の考察に、教室内の空気が重くなる。誰もが「かわいそうに」と思った。しかし。

「……現場から二百メートルほど離れた場所に、洗い流されていましたが、ほんの僅わず かな血けつ 痕こん が残されていました」

流れが変わった。

「何な 故ぜ エコさんがセカンド様にあれほど懐いているのか。あの場にセカンド様が颯さつ 爽そう と駆け付けたのは皆さんご存知でしょう。その後どうなったのか。この度、我々解析班が調査して参りました」

いよいよ本題である。それまでの空気が一変、教室内は異様な熱気に包まれた。

「泥だらけになったエコさんを発見したセカンド様は怒りに身を震わせて『こんなことをしたのは何ど 処こ のどいつだ言ってみろクソ猫』恐らくこう言います。拒絶するエコさんですが『ほう、この俺様に逆らうと言うのか?』と壁ドン。エコさんは頰ほお を染めつつ涙目でF組の男子学生が去っていった方向を指さします。『いい子だ、付いてこい』そう言って泥をものともせずエコさんを小脇に抱えたセカンド様はその青黒く美しい髪を風になびかせながら校内を疾駆して男子学生に追い付きました。それが先ほどの血痕が残されていた袋小路の場所です」

解析班の女子学生の口からセカンドっぽいセリフが出るたびに、聴衆はキャーキャーと盛り上がりを見せる。

「『俺の眼前でいじめだなんて良い度胸だな先手を譲ってやる』セカンド様はそう言うと男子学生に詰め寄ります。男子学生は後ずさりしますが逃げ場はありません。『ハァ!』セカンド様がお殴りになると、男子学生は倒れ伏して血ち 反へ 吐ど を垂れこう言います『せ、先手を譲るって……!』そこへこう言ってやるのです『噓うそ だよバ [image file=Image00011.jpg] [image file=Image00012.jpg] [image file=Image00012.jpg] カ!』」

Yeaaaaaah!!  Foooooooooooo!!

教室は歓声と拍手に包まれた。

「こうしてセカンド様はエコさんをお救いになり、学校に平和な日々が戻りました。留学生ってスゲェ、改めてそう思いました」

以上で発表を終わります。と言って壇上を後にする解析班に、ファンクラブの女子学生たちは立ち上がり惜しみない拍手を送った。

「……は、入るのはやめておこっかな……」

ちらりと様子を覗のぞ きにきたマイン王子がその光景を見てファンクラブ入会を考え直したことは、まだ誰にも知られていない。

エピローグ 新たなる暮らし、新たなる仲間

優勝賞品の『追撃の指輪』を受け取り表彰式を終え、俺たちは逃げるようにして王立魔術学校を後にした。

マインとの約束については、互いに落ち着いた頃、俺の方から訪ねると伝えておいた。

不思議なことに、ポーラ校長や司書長のシルクから問い詰められることもなく、ノワールさんや騎士団から問い合わせが来ることもなかった。俺が第二王子直属の魔術師となったからか、滅多なことではちょっかいを出せないのだろう。

こうして、俺の魔術習得計画は一ひと 先ま ず成功した。肆し ノ型と伍ご ノ型はのちのち覚えればそれでいい。

「さて諸君。当面の目標を発表する」

俺の言葉にシルビアとエコはピンと背筋を伸ばした。その表情には「いざ新生活」という期待と不安の入り交じったような気持ちが見え隠れしている。

「とにかくひたすらダンジョンで経験値稼ぎだ。特にエコが中級者くらいに成長するまではずっと周回するぞ」

俺はここまでトントン拍子に【弓術】【剣術】【魔術】ときて、さてお次は【召喚術】……と行きたいところであったが、現状はスキルの平均水準を底上げすることがまず何より優先だと考えた。ゆえに、今日からしばらくの間、俺たちはダンジョン周回に精を出すこととする。三人での連携も練習しないといけないし、シルビアとエコを強くするというのも大切だ。ついでに何か攻略報酬を狙えればそれもまた一興。一石四鳥のよくばりセットである。

「むっ。またロイスダンジョンか?」

「だんじょん!」

「ロイスではない。今回は乙等級ダンジョン『リンプトファート』を周回する」

「ふむ。まあ乙等級ならば……」

「おつ!」

エコはただ復唱しているだけなのだが……理解しているんだろうか。少々不安だが、とりあえず話を先に進めてみる。

「リンプトファートダンジョンは出現する魔物が少数で、防御力は高いが攻撃力は低い。連携の良い練習になるだろうな。それにボスの岩石亀からは『岩甲之盾』がドロップする。エコの装備にちょうどいい」

「そうか……ん? 待て、盾だと? エコに盾?」

「エコは前線で魔物からの攻撃を防御する役割に適しているから、今日から盾術を上げていこうな」

「うん、わかった!」

「待て。待て待て待て! セカンド殿!」

「盾で防いでもダメージが通る時がある。そのために回復魔術も習得しておこう」

「りょーかい!」

「おい! こ、こんな幼いたい 気け な少女を、前線に立たせる気か!? 」

「大丈夫だ。近いうちにビクともしなくなる」

「そういうことではなくてだな!? 」

ガミガミとうるさいシルビアと従順なエコを引き連れて、俺は武器防具屋へと向かった。

入店するやいなや、エコの身長ほどもある大盾を迷わず購入。防具はエコの体に合った鎧よろい がなかったので、代わりに高級なレザー装備を買った。全身セットで四百万CLと俺の装備より高い。店主のおっさんはホクホク顔である。

その後、コミケへ寄ってエコに《歩兵盾術》と《香きよう 車しや 盾術》の二つを覚えさせた。エコは辞書を使ってスキル本を一冊あたり三十分ほどかけて読んだだけでスキルを習得できていた。やはりこいつメチャクチャ優秀なのかもしれない。

それからコミケを出て『カメル教会』へと向かう頃には、シルビアも完全に沈静化していた。エコのポジションについて納得したのかと聞くと、図書館と教会だから仕方なく静かにしているだけらしい。教会を出たらまたうるさくなるのか……。

「よし、エコ。回復魔術の魔導書を見せてもらうぞ」

「いいの……?」

「大丈夫だ。シスターに言えば見せてもらえるはずだ」

正面から教会へ入り、シスターに目的を話す。シスターは快諾し、すぐに【回復魔術】《回復・小》の魔導書を持ってきてくれた。

エコは魔導書を受け取ると、辞書を片手に黙々と読み始める。その様子がどこか必死なように見えて、俺は少しばかり不安だったのだが……。

「おぼえたっ! せかんど、ありがとう! あたしおぼえられた!」

エコは魔導書を読みだしてから二十分と経た たずにそう言うと、満面の笑みで俺に抱き着いてきた。

教会なのに大声で。人目など気にしないストレートな感情表現。シルビアが「よかったな!」とまるで自分のことのように喜びながら言った。俺はエコの頭を撫な でながら、シスターに向けて困ったように笑う。シスターも微ほほ 笑え ましいものを見るように笑顔で頷うなず いてくれた。

「よし、じゃあ行くか」

目的は達成した。もう教会に用はないな。

「ちょちょちょ、待て! え、そのまま帰るのか!?  お祈りくらいしていけ!」

……出た出た、シルビアお母さんが。

「はぁ~」

「はあー」

俺が溜た め息いき をつきながらカメル神の像の前まで戻ると、エコも俺の真ま 似ね をして後を付いてきた。「全く仕方ないな」という視線を俺とエコに向けられたシルビアは「何な 故ぜ ……」と首を傾かし げながらも共に祈りを捧ささ げていた。
王都から馬で片道四時間。農業の街『ペホ』から更に三十分ほど進んだ先に『リンプトファートダンジョン』はある。

飛ひ 龍りゆう で移動しないとこんなに時間がかかるのかと辟へき 易えき したが、この世界に来てからそもそも飛龍で移動している人を見かけた覚えがない。こりゃ飛龍をテイムしたところでそう簡単に移動できるわけじゃなさそうだ。

ちなみにエコにも馬を買ってやった。名前はリーフインパクトだ。うーん、速そう。

ふと気になったのでシルビアの馬の名前はなんだと聞いてみると、彼女は自信満々に「白銀号だ!」と答えた。白銀って、どう見てもその馬は栗くり 毛げ なんですが……シルビアのセンスがわからない。

そんなこんなでペホの街に到着した俺たちは、宿屋を拠点にして翌日から早速リンプトファートダンジョンの周回を開始した。
最初の二~三周はエコの【盾術】スキルの習得を優先しながらまったりと進む。

序盤に【盾術】で覚えておきたいスキルは五つだけ。基礎の《歩兵盾術》と《香車盾術》に加えて、《桂けい 馬ま 盾術》と《金将盾術》と《角行盾術》である。その他はどちらかというと盾を使った攻撃スキルなので、防御に徹するためのスキルならばこの五つで十分なのだ。

エコは《角行盾術》以外を難なく習得した。効果はそれぞれ《歩兵盾術》が通常防御、《香車盾術》が貫通反射、《桂馬盾術》が防御+ノックバック、《金将盾術》が範囲誘導防御+ノックバックである。

中でも《金将盾術》が【盾術】の要かなめ とも言える使い勝手の良いスキルだ。範囲誘導防御というのは、スキル発動時の一定範囲内に侵入した攻撃を自動的に自分の盾へと誘導し防御してしまうことを言う。メヴィオンでは「吸い込み」とか「蟻あり 地じ 獄ごく 」とか、有名な掃除機メーカーの名前をとって「ダイ○ン」などと呼ばれていた。そのうえノックバックまでしてしまうのだから、スキルの強力さが見て取れる。

そして、それから何日か経ち。十周目くらいになると、エコの『筋肉僧そう 侶りよ 』としての頭角がめきめきと現れ始めた。

「なっ、エコ! 大丈夫か!」

バコーンという大きな音。リンプトファートダンジョン内でも特に攻撃力の高い魔物である『ヨロイリザード』の一撃が、盾を構えたエコにクリティカルヒットする。

「ほ……?」

ド派手なエフェクトにビビったシルビアが駆け寄ると、エコは「え、なんかあった?」みたいな顔で振り向いた。

「………… あれっ?」

混乱するシルビア。まさか、ヨロイリザードの攻撃をクリティカルで受けて、そんなはずはない──そう思っているのだろうが、そのまさか である。

「盾術のおかげでHPヒツトポイント とVIT防御力 がかなり上がってきたみたいだな」

「そ、そうなのか……」

エコのHPは一割も削れていなかった。

「よいしょっと」

エコは自分で《回復・小》を発動し、HPを回復する。だんだん壁役として頼もしく成長してきたな。

「そろそろ角行盾術か」

俺は頃合だと思い、ダンジョンの最奥にいるボスを目指して歩を進めた。

リンプトファートダンジョンのボスは岩石亀という巨大な亀型の魔物である。防御力が高いだけで、大した強さではない。

「いいかエコ。俺の声に合わせてスキルを発動させて防御しろ。ノーミスでもだいたい十五分はかかる。ミスったらまた最初からだ。できるか?」

岩石亀と対たい 峙じ する前に指示を出す。

「……うん。できる」

エコは珍しく口を閉じた真剣な表情で頷いた。

「行くぞ」

俺の声とともに、岩石亀の前に躍り出る。

これまで十匹ほど倒してきた岩石亀。今まではエコが前線で防御を引き受けながら俺とシルビアが後方から【弓術】でボッコボコにして瞬殺していたが、今回は違う。

[image file=Image00021.jpg]

《角行盾術》の習得条件は「【盾術】を用いて自分より強いボスの攻撃を百回連続で完全に防御する」こと。

ネックなのは完全に という部分だ。これはつまり、たったの1ポイントもダメージを受けてはならないということ。ゆえに、防御方法は限られてくる。

遠距離貫通攻撃を《香車盾術》で弾はじ き返すか、《桂馬盾術》もしくは《金将盾術》で〝パリィ〟しつつノックバックさせるかだ。パリィとは敵の攻撃に合わせてタイミング良く防御した場合に発動する現象で、ノーダメージ+弱ノックバックの追加効果をもらえる。ちなみに《歩兵盾術》でパリィした場合、弱ノックバックしか発動しないため追撃までの猶予が少なく即座に防御せざるを得なくなり、ダメージを受けてしまう確率が大幅に増してしまう。

さて。こうなると、もはやリズムゲーと化す。

慣れるまでは大変だ。しかしタイミングさえ身に付けてしまえば、常にパリィで防御ができるようになり、非常に有利に戦闘を行うことが可能となる。

今回は《角行盾術》の習得条件を埋めながら、エコにパリィのタイミングを練習させて感覚を摑つか んでもらうことも狙ねら いの一つだった。

「桂! 金! 桂! ……香!」

岩石亀の攻撃に合わせて指示を出す。我ながら完かん 璧ぺき なタイミングである。ばっちり付いてきているエコも大したものだ。

比較的単調でゆっくりとした攻撃をしてくる岩石亀だが、それでも初見でパリィのタイミングを摑むことは難しい。これは思った以上に難航しそうだ。

「あうっ!」

エコがパリィを失敗し、攻撃を受けてしまう。

「今のは少し遅かった。もう一度できるか?」

「できる!」

エコは力強く頷いた。自分で《回復・小》を数回かけて、また立ち向かっていく。

それから約二時間。俺たちは岩石亀と対峙し続け、そして、エコはついに《角行盾術》を習得した。
◇◇◇
「さてシルビアよ。そろそろ魔弓術を覚えたくはないか?」

エコが《角行盾術》を覚えたその翌日。俺は朝っぱらからシルビアとエコの部屋を訪ねて、そんなことを問いかけた。

「当然だ。覚えられるのならば覚えたいぞ」

「覚えられるぞ。よし今日から魔弓術の習得をやっていこう」

シルビアは嬉うれ しそうに「そうか!」と返事をして、いそいそと準備を始める。

「あたしはっ? あたしはっ?」

エコはここのところ毎日楽しそうだ。今日は何やるの、明日は何やるのと聞いてきて、何か答えると「きゃーっ」と飛び跳ねて喜ぶ。こいつ猫の獣人のはずなのだが、中身は完全に犬みたいだ。

「今日のエコは、ダンジョンで角行盾術の具合を確かめながら岩石亀を倒しつつ岩甲之盾を狙ねら う感じだな」

「きゃーっ! 」

つまるところ、特に指示はなし……なのだが、エコは案の定喜ぶ。もうなんでもいいんじゃないかなと思う。

「よし行くぞー」

俺たちは露店で朝飯を買いつつ、もう通い慣れつつあるリンプトファートダンジョンへの道を進んだ。
「じゃあまずは弓術と魔術を複合させる条件から満たしていけ」

「うむ。承知した」

【魔弓術】における《複合》スキルの習得条件は「【弓術】でHPを75 %以上減少させた魔物を【魔術】で千体仕留める」こと。スライムの森で経験値稼ぎをした時にシルビアもある程度やっていたはずなので、一周かそこらで難なく埋まりそうだ。

「エコは角行盾術を試してみろ。驚くぞ」

「うん!」

エコに指示を出し、まず最初の魔物と当たる。

「えいっ!」

向かってきたヨロイリザードに対してエコが《角行盾術》を発動させると……ガキンッという硬そうな音とともに、ヨロイリザードの攻撃が弾かれた。エコはビクともしていない。受けたダメージ量は驚きよう 愕がく の4ポイントだ。これは多分、俺の感覚が間違っていなければ「蚊に刺されたところをかきすぎてヒリヒリしてきた」程度のダメージ量である。

「んなっ!? 」

シルビアが驚いている。エコも「おお~っ!」と声をあげた。

《角行盾術》の効果は〝強化防御〟というもの。自身のVITを一時的に倍率強化しながら防御を行う。九段ならばVIT600%で防御することができる。高VITキャラクターならば、ボス級の魔物の攻撃でさえ「蚊ほども効かぬわ」と言葉通りに悠々と弾けるくらいの強力なスキルだ。

「めちゃ強いスキルだが、SPスタミナポイント をかなり消費するからここぞという時に使え。ランクはとりあえず5級まで上げろ。これ絶対。後は1級止めか六段止めがベターだな」

5級からクールタイム減少かつ発動時間が短縮される。1級から更にクールタイム減少。六段でVIT500%の防御が可能となり、パフォーマンスは十分だ。

ちなみにこのスキル、MGR魔術防御力 も同倍率で強化される。上級者になってくると魔術を防がなければならないシーンも増えるので、非常に役に立つスキルと言えるだろう。

……なんてことを考えていたら、エコが急に泣き出した。

えっ。

「ど、どうした!? 」

俺が慌てて尋ねると、エコは「すごいよぉ」「やくにたてるよぉ」と涙ながらに言う。《角行盾術》のあまりの有用さがエコのよくわからない琴線に触れたのだろうか。いまいち謎だが、とりあえずよしよしと慰めてやって、彼女が落ち着くのを待ってから先を進んだ。

「覚えたぞ!」

ダンジョンの終盤に差し掛かったあたりで、シルビアが嬉き 々き として報告してきた。

「おっし、試してみようか」

「うむ!」

シルビアは炎狼之弓に矢を番つが えず引き絞り、《歩兵弓術》に《火属性・壱ノ型》を上乗せする。

「ゆくぞっ」

掛け声と同時に射う った。

ボゥッと炎の唸うな る音とともに射出された壱ノ型は、魔物の腹部に命中。火炎は瞬く間に拡散し、魔物の全身を焼いた。

シルビアの《歩兵弓術》は五段、《火属性・壱ノ型》は三段。クリティカルヒットは出ず、魔物に与えたダメージは581であった。まあ駆け出し魔弓術師としてはこんなものだろう。

「次は参ノ型でやってみろ」

「うむ!」

シルビアは素直に頷うなず き、同じようにスキルを準備する。

弓の中心にぐるぐると渦を巻く火の玉が凝縮されていき、まるで小さな太陽となったそれは赤黒く蠢うごめ く。

「………… 」

なんかヤバそうだけど大丈夫か? というような表情でシルビアはこちらを見た。俺は「やってみ」と一言。

シルビアは射る。直後──

「うわっ!? 」

ドッカン! という大砲のような轟ごう 音おん と衝撃と共に射出された《火属性・参ノ型》が魔物に着弾する。その瞬間、ピンポン玉ほどに小さかった火の玉が魔物の体の二倍ほどの大きさに膨れ上がって爆発した。

《火属性・参ノ型》のランクは9級。クリティカル出ず。ダメージは1612だった。ギリギリ実用範囲内かな。《歩兵弓術》を銀将か飛車に変更して、参ノ型のランクを上げていけば後衛の主力スキルになるだろう。是非とも頑張ってほしい。

ちなみに今の魔物を相手に、俺の《飛車弓術》九段の一撃でクリティカルが出ずに大体6200だ。《飛車剣術》六段では5000付近をうろちょろだろう。リンプトファートダンジョンではこれだけ火力が出ていれば十二分である。

「しるびあ、すごい!」

「……あ、ああ。凄すご いな」

当の本人は初めて使った【魔弓術】に半ば放心状態だ。

こうして、シルビアは魔弓術師としての第一歩を踏み出した。
「………… したい」

その日の夜。俺はどうしても堪たま らなくなり、シルビアにずいと顔を近付けてそう打ち明けた。

「ん……んんっ!?  何!? 」

シルビアは顔を真ま っ赤か にして聞き返してくる。

「したいんだシルビア……もう、俺……俺……」

「 [image file=Image00022.jpg] っ!?  ま、待て、まだ早いんじゃあないか!?  その、もっと、関係を深めてからというか、なっ!? 」

「俺──強化したくて堪らんッ!」

「きょっ……?  …………~っ !! 」

痛ぇ! 叩たた かれた。

「折角この追撃の指輪を手に入れたんだ。強化しない手はない」

「あーはいそうですねはいはい」

すげえおざなりだ……こりゃ悪ふざけが過ぎたな。

[image file=Image00023.jpg]

「すまんすまん。でもな、これはお前の炎狼之弓にも関わってくるんだぞ」

「………… ふむ」

おっ、食いついた。

「エコ、お前がいずれ手に入れる岩甲之盾もだぞ」

「zzz」

寝とるがな……。

「まあいい。よく聞け、装備の強化ってのはクソ重要なんだ。お前今さ、飛車弓術でダメージいくら出てる?」

「むぅ、大体3000くらいか」

「炎狼之弓を最終段階まで強化すれば、それだけで12000になる」

「噓うそ だろォッ!? 」

シルビアが驚きのあまり変な声を出した。どれだけ装備の強化が大切かということは理解してもらえたようだ。

「3000+強化で12000だ。四倍だぞ四倍」

「あ、ああ。強化がそれほどのものだったとは。確かに重要だなっ」

こくこくと頷くシルビア。

「うーむ……しかし強化といえば」

お、気付いたか。

「そうだ。鍛冶かじ 師が必要だ」

「どうするのだ?」

「四つ考えている」

俺は考えていた案を一つずつ話した。

「一つ。俺たち三人でチームを組んで、冒険者ギルドに登録。そこで募集をかける」

個人で呼びかけるよりチームメンバー募集で呼びかける方が人員は集まりやすい。しかし、良い鍛冶師に巡り合えるまでどれだけかかるかわからないし、信頼の置ける鍛冶師が来るとも限らない。

「……それは、なかなか難しそうだ」

加えて、俺は過去に第三騎士団のお偉いさんに冒険者ギルド入りを勧められ、それを断っている。今更入りづらいというのもある。あまり良い案とは言えないだろう。

「二つ。片っ端から鍛冶の適性がありそうなやつを探して勧誘する」

「……気が遠くなりそうだな」

運良く見つけられれば「一から鍛冶師として育成できる」などの利点は多いが、出会える可能性は万分の一にも満たないだろう。そのうえ街行く人に「ステータス見せて」と聞いて回るなど、また第三騎士団のお世話になってしまうに違いない。昨今じゃ「良い天気だね」なんて話しかけるだけで通報される世の中だ。いくら今の容姿が良かろうと油断はならない。

「三つ。現役鍛冶師を勧誘する」

「うむ、それが一番現実的か。しかし……」

「ああ。望みは薄いな」

鍛冶師というのは重宝される役職である。既に働いている職場を捨てて名も知れぬチームに付いてこいというのはなんとも無理な話だ。逆に居場所のない鍛冶師なら簡単に勧誘できるだろうが、そのような鍛冶師は必ずなんらかの欠陥を抱えているということ。求めている人材ではない。

「さて、四つ。これが本命だ」

「む、何か良い案があるのか?」

俺は「他に手段がないんだ」「仕方ないんだ」「だから怒らないでね?」という雰囲気を出して、口を開いた。

「奴ど 隷れい を買おう」
◇◇◇
奴隷の購入──俺はそう提案してすぐ、衝撃に備えてぎゅっと目を瞑つぶ った。

シルビアの「馬鹿者!」が来る。それがわかっていたからだ。しかし、シルビアの反応は俺の予想とは正反対のものだった。

「ふむ。なるほど奴隷か。それならば確かに探しやすい」

「……あれ? 怒らないのか?」

「ん、何な 故ぜ だ? 鍛冶師の適性がある奴隷を探すんだろう? 良い案だ。奴隷市ならばステータスを見て回っても問題はないからな」

おおっ、許された。THE女騎士様のことだから顔を真っ赤にして「けしからん! 奴隷に乱暴する気だろう! ポルノグラフィみたいに!」とか言いながら殴りかかってこられるかと思っていたが、そんなことはなかった。

「よし。じゃあ明日は王都に戻って奴隷商を訪ねるぞ」

「承知した。ああ、セカンド殿。あの服を着ておいた方が良いかもしれん」

あのレア服か。確かに金持ちに見えてサービスが良くなりそうだ。

「そうだな、わかった。準備しておく」
翌朝。俺たちはペホの街を一時後にして、王都ヴィンストンへと舞い戻った。行き先は王都で一番大きな奴隷商会『モーリス』だ。

「ようこそいらっしゃいました。私は商会長のフィリップと申します」

案内された店の奥の応接室、そこで待ち構えていたのは小太りのにこやかなオッサン。この界かい 隈わい で一番偉い人だった。やはりこの服の威力は凄すさ まじいものがある。たった一着で最大級の効果を発揮しやがった。

「鍛冶師の奴隷を探したい。ステータスを見て吟味することはできるか?」

「もちろんで御座いますとも。それではさっそく連れて参りましょう」

フィリップが指示を出すと、彼の秘書だと思われる女性が静かに退室する。

それから十分と経た たずに、彼女は首輪をつけた十五人ほどの奴隷を連れて戻ってきた。

「………… なるほどな」

その瞬間。俺は、シルビアが何故怒らなかったのか、その理由を完全に理解した。

目の前に立ち並ぶ奴隷たちは、見事に全員、むさ苦しい筋肉質のヒゲ面をしたおっさんだった。

……そっか。そうだよな。なんか勝手に勘違いしてたわ俺。そりゃそうだよ、鍛冶師だもん……いやでも奴隷って聞くと期待しちゃうだろうが。だって男の子だもの。はぁ……。

「お気に召す奴隷はいましたでしょうか?」

「ん。ああ、少し待て」

おっさんショックでいまいちよくわからない落胆をしつつ、俺は一応十五人それぞれにステータスを見せてもらい、選別作業をしていった。

鍛冶師にあってほしいステータスはSTRとDEX、次いでLUK幸運 、加えてINTもあればなお良い。その条件をきっちりと満たす成長タイプはやはり『鍛冶師』くらいなものだろう。また、世界一位を目指す俺の武器を強化する鍛冶師となるのだから、ステータスは先天的に優良であってほしい。

「……駄目だ。この中にはいない」

おっさんたちの中に優秀と思える鍛冶師はいなかった。俺の言葉を聞いて、心なしかおっさんたちが残念そうな顔をしている。

「そうでしたか、申し訳ありません。そうなると、うちで取り扱っている中では後は犯罪奴隷となってしまいます」

犯罪奴隷? 普通の奴隷と何が違うのかわからん。まあ優秀な鍛冶師ならなんでもいいや。

「わかった、見せてくれ」

「かしこまりました。犯罪奴隷ですので連れてくるわけには参りません。奥の奴隷房にお越しいただくことになります」

「そうか。ではシルビアとエコはここで待っていてくれ」

俺はそう言い残して、フィリップの後を付いていった。

モーリス奴隷商会の奴隷房はまるで刑務所のようで、部屋が広く、清潔で、管理が行き届いていた。モーリス商会はかなり金の回りが良いみたいだ。奴隷たちもイキイキとはいかないまでもそこそこの生活をさせられているようで、絶望の表情を浮かべている者は見たところ数えるほどしかいない。

「ここから犯罪奴隷房となります。全三十三人おり、うち一人が鍛冶師です」

「案内を頼む」

「はい。こちらになります」

フィリップは廊下を進み、奥から一つ手前の部屋で止まった。犯罪奴隷の部屋だからか、かなり厳重な造りになっている。

ガシャンと小窓を開けると、鉄格子越しに中の様子が窺うかが えた。案の定おっさんだった。

「………… 駄目だな」

俺は彼のステータスを見て首を横に振る。このおっさんにも優秀な鍛冶師の適性はない。

「そうですか……ご期待に添えず申し訳ありません」

頭を下げるフィリップ。「気にしなくていい」とそう労ねぎら おうとした時、俺はふと奥の部屋が気になった。

「あの部屋はやたら厳重だが、どんなやつが入っているんだ?」

「ああはい、あの房で御座いますか」

フィリップは「せめてものお詫わ びに」と、最奥の部屋の二重になっている小窓を鍵かぎ を使って開け、中を見せてくれた。

「こちらは先日処刑された女公爵に仕えていた暗殺者です。隷属契約で一方的に縛られ暗殺をさせられていたために、彼女自身に罪はないと判決が下され、処刑を免れて我が商会へとやってきました」

「暗殺者? ふーん」

俺は中を覗のぞ き込む。

……褐色の肌、白と紫の交じった長髪、切れ長の鋭い三白眼、豊満で張りのある胸、芸術的なまでの稜りよう 線せん を描く腰のくびれ、引き締まった足。彼女はその冷たい表情をピクリとも変えることなく、ジトリとした目だけを動かして小窓から覗く俺を見つめ返した。

そう、そこに座していたのは──

「……ダークエルフ」

「ええ。腕の立つ女でございます。ですがキャスタル王国から契約に攻撃不可 を加えるよう指示が出ておりますので、使い道というと性奴隷や家政婦くらいにしか……それもご覧の通りダークエルフですから、このご時世ではちっとも買い手がつかず困り果てております」

攻撃不可……攻撃ができないということか? 大変な制約だな。しかし、ダークエルフだと買い手がつかない? 何故だ? こんなに美人なら引く手数多あまた に思えるが。

「規制規制とうるさくて困ってしまいますよ」

フィリップはそう言って「ハハハ」と困ったように笑う。

……ああ。そうか、なるほど。少し前にシルビアが言っていた「獣人差別とダークエルフの迫害」というやつだ。その対策としてキャスタル王国が何らかの規制法を制定したのか。

つまり今の時流だと、ダークエルフを性奴隷として扱うどころか奴隷として連れているだけですこぶる外聞が悪いというわけだな。

「ステータスを見せてくれ」

俺は折角なので催促をした。彼女は沈黙の後、渋々といった風に従った。

「………… ほう」

まず、非常に高いDEXが目に付く。次いでSTRとINTも相当な高さだ。ダークエルフは【剣術】も【弓術】も【魔術】も得意なマルチタイプの種族というゲームの設定通りのステータスである。だが、何故だろう。彼女はLUKとAGIもかなり高い。

「スキルは何がある?」

「……剣術、弓術、魔術、糸操術、暗殺術」

彼女は淡々と単語を発した。少し低めで冷徹な雰囲気を感じさせる透き通った声だった。

そうか、納得した。異常に高いDEXは【弓術】に加えて【糸操術】も上げているから。AGIも高い理由は【暗殺術】を上げているからだ。

と言うことは、彼女の成長タイプは『鍛冶師』の線が濃厚となる。

………… で、あれば。うん……〝攻撃不可〟というのは少し痛いが、鍛冶に専念するならばまあ問題ない。それこそメイドのように身の回りの世話をしてもらったり、戦闘以外のことで色々とサポートをしてもらったり。

──よし、決断だ。俺はフィリップに向き直り、言った。

「彼女はいくらだ?」
◇◇◇
俺はその場でダークエルフの犯罪奴ど 隷れい の購入を決めた。値段は千六百万CL。光り輝く一流鍛冶師の卵がこの値段とは世も末である。

「それでは隷属契約を行います」

フィリップはそう言って、一枚の紙を取り出した。《隷属魔術》に使用する契約書だ。メヴィオンでも見たことがある。《隷属魔術》を使って契約された主人と奴隷は、あの契約書に記入されている内容にそぐわない行動は一切とれなくなる。契約を破ったらどうとかこうとかではなく、不思議な強制が働いて破れなくなるのだ。まあ、実はペナルティなく破る裏技なんていくらでもあるのだが……。

ところで。《隷属魔術》は、メヴィオンのあってないようなストーリーを進めていく中で何度か登場する特定NPCノンプレイヤーキヤラクター の固有スキルだったはずだ。もちろんそのNPCはフィリップではないし、プレイヤーは習得することができなかった。つまり、この世界ではNPC固有スキルの取得条件が新たに設定されており、NPC固有スキルを扱えるNPC以外の人間が複数存在しているということになる。

「契約書の内容は如何いかが ですかな?」

おっと、余計なことばかり考えて一つも読んでいなかった。何、ええと? 主人・奴隷(以下甲・乙)間において下記の通り契約を締結す。其そ の壱、甲は乙に対し適切且つ妥当な衣食住の提供即すなわ ち人間的尊厳を損なわぬ水準の扶養義務が課せられ……えー………… うん、なるほど。ザッと読んだが、まあ要するに「主人は奴隷を人道的に扱え、奴隷は主人に従順であれ」ってことだな。まともな内容だ。

ただ一つだけ気になる点がある。それは最後に書き足されている項目。

『其の拾九、乙は如何なる人間に対しても攻撃行動をとることができない』

いやあ、キツイだろこれ。元暗殺者への沙さ 汰た にしては軽い方なのかもしれないけど、これじゃ誰かに襲われたら襲われっぱなしじゃないか……。

「これはどうしようもないか?」

「ええ。国からの指示ですので、どうにも……」

フィリップが苦々しい表情をつくる。

「仕方ない。この内容で契約を頼む」

「かしこまりました」

まあ「人間に対して」と限定されているから、及第点だな。魔物さえ攻撃できれば経験値稼ぎは問題ない。それ以外の場合は護まも ってやればいい。

俺は渋々納得して、契約書にサインした。ダークエルフの奴隷もサインをする。

フィリップはそれを見届けると、隷属魔術を発動した。俺とダークエルフとの間に見えない何かが繫つな がる。得も言えぬ新感覚だ。彼女の細く形の良い眉まゆ がピクリと動いた。

「これにて隷属契約が完了しました。セカンド様、ご購入ありがとうございます。モーリス商会一同またのお越しを心よりお待ちしております」

あっさりと契約が終わる。

鎖から解かれたダークエルフはこちらへ歩み寄ってくると、俺の斜め後ろに無言で直立した。

「………… 」

なんだろう。凄すご い気まずい。

「お前、名前は?」

「ございません」

「そうか。ゴザイマセン、応接室に戻るぞ」

「……名前はありません、という意味ですが」

「………… 」

俺の渾こん 身しん のギャグが通じなかった。それどころかこのダークエルフ呆あき れ顔をしている。奴隷だというのに肝の据わったやつだな。

……しかし名前がないとは。一体どんな生活を送ってきたんだろうか。

「冗談だ。だがこのままだと呼びづらいな。俺が名前をつけてもいいか?」

「構いません」

うーん、名前ねえ……ダークエルフ、褐色、ナイスバディ……紫色の髪、紫色、パープル、バイオレット、紫、ナイスバディ……。

俺はその場で腕を組み、うんうんと唸うな りながら五分ほど考え続け、彼女の名前を決めた。

「ユカリでどうだ?」

そう伝えると、彼女の目がほんの僅わず かに見開かれる。

「わかりました。私はユカリです。よろしくお願いいたします、ご主人様」

ユカリは綺き 麗れい なお辞儀をした。思わずこちらもお辞儀し返してしまいそうになるくらいの美しい所作だった。

「セカンドだ。後で仲間も紹介しよう」

「かしこまりました」

俺は「ご主人様」という言葉に少々動揺しつつも、それを悟られないようユカリに背を向けて、シルビアとエコの元へ急いだ。後ろを静々と付いてくるユカリ。流石さすが は元暗殺者と言うべきか、足音一つ感じない。

「戻ったぞ」

「おお、セカンド殿。良い鍛冶かじ 師は見つかっ──」

応接室に戻ると、シルビアが笑顔で出迎えて……その視線がユカリに合うと同時に硬直した。

「……セカンド殿。まさかその美人のダークエルフの女は」

「ああ。彼女はユカリだ。今日から鍛冶師として育成していく」

「………… おうふ」

シルビアが崩れ落ちた。「女鍛冶師なんて予想外だぁ」「何な 故ぜ その可能性を考慮しなかった」「しかもデカイ!」とかなんとかぶつぶつ呟つぶや いている。

「あたしエコ! ゆかり、よろしく!」

「よろしくお願いします、エコ様」

「エコサマじゃないよ? エコだよ?」

「よろしくお願いします、エコさん」

「エコサンじゃないよ? エコだよ?」

「……エコ、よろしくお願いします」

「うん!」

エコのコミュ力は凄すさ まじいものがあるな。それでも表情を変えずに落ち着きを崩さないユカリもユカリで凄まじい。

「あいつはシルビア。ああ見えて立派な魔弓術師だ」

一応紹介しておいてやる。ユカリは「魔弓術師?」と首を傾かし げたが、「いずれわかる」と言うと頷うなず いてくれた。

「じゃあ、ユカリの馬と服を買ってからペホの街に戻るぞ。そしたら今後について会議だ」

俺の音頭でモーリス商会を後にする。

こうして、鍛冶師の卵ユカリが仲間に加わった。
……最初は緊張しているのかと思っていた。

だが、それは違った。

ペホの街への道すがら、俺はユカリと親しん 睦ぼく を深めるために様々なことを話しかけた。

結果は鳴かず飛ばず。俺が何を言ってもユカリは無表情で、事務的というかなんというか、非常に味気ない応答をする。

それは俺だけでなくシルビアやエコが話しかけても同じことだった。

心を殺しているのだろうか?

彼女の素がわからない。唯一、素を出したかなと思ったのは「ゴザイマセン」の時だけ。

呆れるような視線──この半日で彼女から垣かい 間ま 見み えた感情らしい感情は、たったのそれだけだった。

元々コミュニケーションが上う 手ま くない俺は早くもお手上げである。

奴ど 隷れい とはいえ、折角の新しい仲間だ。できれば仲良くしたい。良好な関係でなければ優秀な鍛冶師に育成しても離れていってしまうかもしれない。

どうすればいいのか……俺は考えに考えた。

そして。結局、いつもこの答えに行きつくのだ。

もうストレートに聞いちまおう、と。
「ユカリ。お前の過去を聞いてもいいか?」

宿屋に到着してすぐ、ユカリを俺の部屋に呼んだ。

「それはご命令でしょうか」

俺の問いかけに対し、ユカリは冷淡に言う。その瞳ひとみ は、微かす かに揺れていた。

「言いたくないなら言わなくていい」

「……では、黙秘させていただきます」

断られる。キッパリと。

俺は平静を装い「そうか」と一言、「後十五分したら晩飯だから隣の部屋に集合だ」と続けて、彼女を部屋に帰す。実に短いやりとりだった。

「………… ふ、ふふふ」

[image file=Image00024.jpg]

おおっと、思わず笑みがこぼれた。しかし、まさかこれほど収穫があるとは思わなかった。

何故なら俺の直球な質問に対して、ユカリは今までで最も感情を晒さら したのだ。

それは、動揺であり、虚勢であり、罪悪感であり……恐怖。

彼女の過去に何かがある。ゆえに彼女は多くを語らず、当たり障りのない奴隷の演技をしている。そして、過去を知られることを怖がって いる。

過去を隠す理由──恐らく暗殺者として活動していたことが関わっているのだろう。

だが、それは既に知っている。彼女も知られていることがわかっているはずだ。

では何故隠す? 何故怖がる? 何故演技をする……?

「ああ、そうか」

俺はふと思い当たった。

まだ俺が世界一位だった頃ころ だ。「sevenさんお仕事何されてるんですか?」俺はこの質問に対して、先ほどのユカリと似たような感情を覚えていたような気がする。

本当のことを言いたくない。ゆえに噓うそ をつかなければならない。俺はいつも「不動産業です」と業だけ返していた。

何故隠していたのか。今の当たり障りのない関係が崩れるからだ。無職ということを知られれば、以降は必ずそういう目 で見られる。それが怖かった。だから他人と距離を置いた。常に演技していた。「金も時間もあるからね、道楽でやってて世界一位なんだ」という演技を。

……ユカリはそんなに軽い理由ではないだろう。だが、俺と近い部分も少なからずあると思う。現実から目を逸そ らしている部分が。

「どうせ明かしたって受け入れてもらえるわけがない」そんな考えが彼女にもあるはずだ。

「ネトゲに人生を賭か けるだって? とても素晴らしい!」そんな風に言ってくれる人なんているわけがないと、諦あきら めてしまっている。

で、あれば。俺たちが彼女の素を引き出すためにすべきことは。

「この人たちなら過去を明かしても絶対に受け入れてくれる」と確信させること。

難しいな。非常に難しい。だが、方法がわかっていながら、挑戦せずにどうするというのか。

「よし!」

俺はパァンと膝ひざ を叩たた き、気合を入れて立ち上がった。

「何はともあれ、晩飯だ!」

特別編 それもまた一興

「有り得ないわっ!」

王立魔術学校一年A組所属の女子学生アロマ・ヴァニラは、独りわなわなと震えながら怒りをあらわにしていた。先日留学してきた二人の内の一人、セカンドという男子生徒に対して。

アロマ・ヴァニラは礼儀を重んじる。湖の養殖産業で名を馳は せたヴァニラ子爵家、彼女にはその令嬢としての矜きよう 恃じ があった。

「まるで殿下を知らぬかのような白々しい態度! なんとまあ失礼な言葉遣い! 挙句の果てにそっちの気があるなどと! 許せません!」

噂うわさ によれば、セカンドという男は異国の貴族らしい。それを聞いてアロマは更に激げき 昂こう した。キャスタル王国を馬鹿にされた──そう感じたのだ。

まだほんの少しだけ幼さの残る可愛かわい らしい顔、その額にピキピキと青筋が立つ。子爵令嬢である彼女が自分の暮らす国を見下されて怒らないはずがなかった。

「殿下も殿下です。何な 故ぜ あのような男とあれほどに仲なか 睦むつ まじく振舞うのでしょう」

しかしアロマの怒りとは裏腹に、マインはセカンドと非常に仲が良い。また、最近になってA組へとやってきたセカンドの新たな供であるエコ・リーフレット。彼女も相当にセカンドへと懐いている。どうしてそこまで仲良くできるのか、どうしてそこまで懐けるのか、彼女には全く理解ができなかった。

ゆえに、何か裏があるはずだ──と、アロマは邪推してしまう。その圧倒的なまでの第一印象の悪さから、セカンドのことを悪人としか思えないのだ。そして彼の周囲にいるシルビアやエコまでもを同類として見てしまう。坊主憎けりゃ袈け 裟さ まで憎いとはまさにこのことであった。

「私は騙だま されません……」

セカンドたちのことは絶対に信用しない。アロマはそう心に決めていた。
◇◇◇
「特別授業?」

「そうなんです。明日から一泊二日の野営訓練なんですけど、セカンド様もご一緒に参加なさいませんか?」

エコを仲間にしてから数日後の昼時。エコと一緒に中庭で日なたぼっこをしていると、四人組の女子生徒が話しかけてきた。

「ああ、いいよ。暇してるから」

俺が頷うなず くと、女子たちは「きゃあっ」と盛り上がる。なんだかアイドルにでもなったような気分で悪くはないが、四人全員に目の前で騒がれるとなると流石さすが に鬱うつ 陶とう しいな。

「絶対絶対いらっしゃってくださいね!」

「はいはい」

「ぜひ私たちの三班に入ってくださいね!」

「はいはい」

わいわいがやがやと何か言っている女子たちに適当な返事をして追い払う。

しかし、なるほど野営訓練か。そこそこの退屈しのぎにはなりそうだ。ここのところシルビアは参ノ型を覚えるため図書室に缶詰だし、教えられることはもう全すべ て教えたし、俺はもう覚えちゃったし、授業はクソつまらないからサボりまくっていたし、エコとのんびり日なたぼっこも連日となると飽きが来るしで……つまるところ、超絶に暇していたのである。渡りに船ってなもんだな。

「エコ。明日と明後日あさつて はシルビアと一緒に過ごしてな」

「ふもっもー!」

わかったー、だろうか? 口の中いっぱいにサンドイッチが詰まっていてエコが何を言っているのかわからない。ただ頷いてはいたので、肯定の意味で間違いなさそうだ。

「さて、俺も食いますかね……」

………… あれ? 俺の分のミックスサンドがない。

もしや。ちらりとエコを見やる。しれっとした顔でもぐもぐしている。俺はそのくりっとした目をじっと見つめる。見つめて見つめて、ずずずと顔を近付けて見つめて、更にこれでもかと言わんばかりに見つめると……エコは口の中のものをごくりと飲み込んでから、目を逸そ らしやがった。

「食ったんか」

「………… 」

「食ったんかぁーッ! 」

「もきゃーっ! 」

やはりお前か! 許すまじ。俺はエコをくすぐり地獄の刑に処した。エコは息も絶え絶えにひぃひぃ笑いながら「ごめんなさい!」と謝ってくるので、三分で解放してやる。今日も平和な一日でした。
翌日。俺は野営訓練とやらに参加するため、数日ぶりに一年A組の教室を訪れた。

参加者が全員揃そろ うと、何故か既に決まっている班のメンバーごとに分かれる。俺は三班だった。昨日きのう 誘ってくれた子たちの班だ。班員は俺を含めて六人、俺以外全員女子だった。おい待て、ふざけんな。

俺は担任のケビン先生に駆け寄り説明を求めた。野営訓練ってことはだ、普通なら班員は皆同じテントで寝る。つまりは女子と同じテント。そりゃおかしいだろ、と。すると、ケビン先生は大丈夫だと言うように微ほほ 笑え んで答えた。曰いわ く、天幕は班ごとではなく男女で分けて張る、と。じゃあなんのための班なんだよと反射的にツッコミかけたが、多分、班は班で何かをするために分けたんだろうな。全く紛まぎ らわしい。

渋々引き下がった俺は三班の場所へ戻った。直後、出発の時間となる。ケビン先生の引率のもと、これから付近の森へ歩いて移動するらしい。そこで、俺はふと気付いた。

「あれ、マインのやつ不参加か?」

何ど 処こ を探しても姿が見当たらない。サボりだろうか? これで顔見知りが一人もいないとなると、不思議なもので少々寂しい気分になる。俺はもしかしたら列の中にマインがいるかもしれないと思い、しばらくの間、ぞろぞろと歩く生徒たちをキョロキョロ見回していた。すると、背後から同じ三班の女子が話しかけてきた。

「マイン殿下はここキャスタル王国の王子です。野営訓練などにいらっしゃるはずがありません」

振り向くと、そこにいたのは茶髪の童顔女だった。誰だこいつ。

「何故だ? 危険だからか?」

「いいえ……まさか貴方あなた 、王子という立場のお方に野営の訓練が必要だとでも思っているんですか?」

そうか! そりゃいないわけだ。あいつあんな感じでもモノホンの王子だからな、野営なんか必要ないわな。

「あーなるほどそういうことか。ありがとうスッキリした」

馬鹿にしたような表情で言ってきた茶髪童顔女に対して、俺は素直に感謝を伝える。実際にわかっていなかったんだ、馬鹿にされるのも仕方ないだろう。

「……張り合いのない」

何やらぼそっと呟つぶや いて、俺を抜かして先を歩いていく茶髪童顔。なんだぁ? 感じ悪いなあいつ。気になった俺は、隣を歩いていた昨日の女子生徒たちに「あいつ誰だれ ?」と聞いてみた。すると、彼女たちはとても丁寧に教えてくれた。

あの茶髪はアロマ・ヴァニラという名前で、ヴァニラ子爵家の令嬢らしい。姉はキャスタル王国第一宮廷魔術師団に所属している一流の宮廷魔術師で、妹のアロマもいずれは宮廷魔術師として活躍するんじゃないかと期待されているとか。ゆえにエリート志向でプライド高め、真ま 面じ 目め な優等生ポジションという印象を持たれているわけである。

へぇ、子爵令嬢ね。ほんで姉が宮廷魔術師と。結構なことだ。ただまあ、あまり面白そうな話ではなさそうだな。どちらかといえば、今は訓練内容の方が気になる。よし、ついでに聞いてみよう。

「ところで野営訓練って何をするんだ?」

「森に到着後、午後一杯は班ごとに偵察訓練です。日暮れ前までに拠点へ帰還した後は、皆でバーベキューをして、天幕で一泊、翌朝に学校へ帰ります」

「………… えっ、そんだけ?」

「え? ええ、はい。訓練内容はこれだけですよ」

いや訓練じゃねえよ。ただのキャンプだよこれ。

まあ、でも、日がな一日ぼけーっと日なたぼっこしているよりかはずっと有意義な時間を過ごせそうだ。特に偵察訓練とやら、何処となく刺激的な香りがする。俺は若干の期待を胸に、皆と共に目的地の森へ向けて歩を進めた。
さて。目的地に到着し、皆で協力して天幕を設営。その後、いよいよお待ちかねの偵察訓練が開始された。

内容は至って簡単。拠点付近にどのような魔物が潜んでいるか調査して、日暮れまでに拠点へ戻るだけである。

「……………… はぁ」

本日何度目かの溜た め息いき が漏れる。当初、俺はどんな魔物が出現するかワクワクしていた。あわよくば隙を見て単独行動してこっそり経験値を稼いでやろうとか、レアドロップを狙ねら ってやろうとか、そんな風なことを考えていた。それがどうだ。そもそも戦闘が目的じゃねえしさぁ、この森クソ雑ざ 魚こ スライムしか出ねぇじゃねーか!

何か見覚えあるなと思ったら、ここ『スライムの森』だ。それも浅瀬も浅瀬、ただのスライムしか出現しないパーフェクト初心者ゾーン。まあ、そっか……そうだよな。学生の訓練ごときで、経験値を稼げる魔物が出るような危ない場所に行くわけないもんな。はぁ……くっそつまんねぇ。

「セカンド様は魔術を覚えてらっしゃいますか?」

「あー? あー、いやー、ぜんぜんー」

「そ、そうですか! でしたらもしも何かあった時は私たちがお護まも りいたしますねっ」

「おー、そうかー。ありがとー」

本当は全属性を参ノ型まで使えるし、今すぐにでも魔物相手にぶっぱなしたいくらいの退屈極まりない気分だが、異国から【魔術】を見学に来た貴族という設定上あまり目立つようなことはできない。ゆえに俺は全てを諦あきら めて、意識を日なたぼっこモードへと突入させた。こうすることで、俺の意識は限りなくエコに近い状態と化す。端的に言えば、暇で暇でどうしようもない人間が一人でしりとりを始めるくらい、暇つぶしに貪どん 欲よく で遊びのハードルが下がっている状態である。退屈を強引に楽しむための知恵と言えよう。

「アロマさん。次はどちらへ向かうのですか?」

「次は南西です。ええと、この方角ね」

「流石さすが 、アロマさんは頼りになりますね!」

「ええ。アロマさんが同じ三班で良かったです」

「……では行きましょうか」

のんびりとした偵察訓練の中、若干の眠気とともに姦かしま しいなあと彼女たちの会話を聞いていた。どうやらアロマ・ヴァニラは随分と頼りにされているらしい。姉が宮廷魔術師だからだろう。当の本人も満更でもなさそうな顔をしている。

「セカンド様、こちらです」

「んー。いまいく」

時刻は十六時ほど。思いのほか退屈だった偵察訓練は、終盤へと突入した。
「ね、ねえ。アロマさん。ここって……」

「………… おかしいわね。こっちで問題ないはずなのだけれど」

「どんどん森が深くなっているような……」

十七時頃。事態はおかしな方向へと急変していた。

「もしかして、私たち……迷ったんじゃ」

「馬鹿言わないで。この方角で合っているわ」

もしかしなくても、俺たちは絶賛迷まい 子ご 中である。いや、正確には俺以外か。俺が勝手知ったるスライムの森で迷子になるわけがない。

そして、アロマとかいう子爵令嬢。こいつ、えげつないほどの方向音痴 だ。彼女が班長として皆に指示する進行方向は、ことごとくが完全に間違っている。そのくせ無駄にキリリとした顔で言うものだから、彼女の言葉に班員の女子全員が騙されていた。

「なあ、帰るならこっちの方向だと思うぞ?」

見かねて助け舟を出してみる。

「異国の方にこの森の何がわかるのかしら? 拠点はこっちの方向よ」

アロマは鼻で笑ってそう言うと、真逆の方向を指さした。

俺は一応「真逆だぞ」と口にしてみたが、相手にもされない。確かに俺はジパング国の貴族という設定だからな、彼女がそう思うのも当然っちゃあ当然だろう。まあ、仕方がない。時折口を挟みつつ、しばし様子を見守ろう。迷い迷って森をぶらつく、いいじゃないか。それもまた一興だ。
十七時半。徐々に日が傾いてくる。

「おかしいわね。どうして戻れないの……? きっと地図がおかしいんだわ」

アロマのやつ、散々迷った挙句、地図のせいにし始めやがった。その表情は焦りの色に染まっている。

彼女以外の女子たちもいい加減そろそろ彼女を疑い始めたようで、皆が「セカンド様の指示に従おう」というような風向きであった。しかし、如何いかん せん遅すぎたな。木の種類や土の色からして、もうかなり森の奥まで入り込んでいるとわかる。日暮れまでに帰還するのは難しいだろう。

「アロマさん、セカンド様の意見を……」

「い、嫌よ。この男が合っているはずがないもの。こっちよ、こっちに進むわ」

何をそんなに意地を張っているんだか、俺のアドバイスに全く聞く耳を持たないアロマ。もしかしたら引っ込みがつかなくなっているのかもしれない。彼女、子爵令嬢で、姉が宮廷魔術師だろ? ほら、プライド高そうだ。

「あの、アロマさん。セカンド様の仰おつしや るようにしてみましょう?」

「そうよ。思い返してみれば、セカンド様だけずーっと冷静ですもの。きっと正しい道がわかっていらっしゃるんだわ」

ついには班員たちにまで強く言われ始める。アロマは「ぐぬぬ」と実にわかりやすい表情をしてから、諦めるかと思いきや、何とこちらに背を向けた。

「……絶対にこっちよ」

そして独断で先へ進み始める。何な 故ぜ それほどに自信満々なのかは知らないが、またしても逆方向だ。しかし面倒なことに、一人で放っておくわけにもいかないので、彼女を連れ戻すべく俺たちも急いで後を追った。

──その直後、であった。

「あっ」

班員の一人が声をあげる。瞬間、俺も発見 した。

ずんずんと突き進むアロマの横五メートルほどの地面に、鈍にび 色いろ の物体がぽつんと佇たたず んでいたのだ。

「スライム……!? 」

向こうに気付かれた 。それがわかったアロマを含む五人は、即座に戦闘態勢へと入る。全員が緊張に覆われた。

鈍色の物体の正体は、アッシュスライムという魔物。そこそこ強い中級魔物である。どれくらいの強さかといえば、シルビア含む第三騎士団数人をボコボコにしていたスカーレットマンティスのちょうど半分くらいだろうか。まあ、やはりそこそこと言う他ない。

「私が!」

先制攻撃をしたのは、俺の隣にいた女子生徒だった。彼女は「これでもくらえ!」とばかりに《水属性・弐ノ型》を放った。

「ばッ──! 」

俺はつい馬鹿野郎と罵ののし りかけて、寸前で言葉を飲み込んだ。スライム系の魔物を相手に水属性の【魔術】を撃つなど、将棋で言えば二歩をするような〝ベタ中のベタ〟である。敵に【回復魔術】をかけているようなものだ。

「えっ、どうして……!? 」

彼女の【魔術】を受けて体が倍ほどに膨張しイキイキとしだしたアッシュスライムを見て、彼女は驚きの声をあげた。いや、声をあげたいのは俺の方だよ。スライムに水はダメゼッタイって小学校で習わなかったのか? というかこの世界に小学校なんてあるのか? ないんだろうな。駄目だこりゃ。もう見ていられなくなった俺は、一言「スライムに水は効かないぞ」と注意してみた。

「そうなんですか!? 」

「え、私、水属性しか使えない!」

「私もです!」

「わ、私は火属性しか……でも山火事が怖いし」

我らが三班はもうてんやわんやだった。そうして彼女たちが右へ左へとテンパっているうちに、アッシュスライムはどんどんと接近してくる。

「あ、アロマさん! お願いします!」

「アロマさん! なんとか倒せませんか!? 」

最終的に、アロマ一人に頼る始末。いくら学生だからといって、これはどうだろうな?

アロマは見るからに狼ろう 狽ばい している。今まで班長として皆に頼りにされ、本人も本人でいい気になって苦手な道案内を安請け合いしてしまった、そのツケを払う時が来たのだ。

今更、引き下がることなどできない。色々と背負っているのだろう。彼女は思いつめた表情で俺たちに背を向けて、アッシュスライムと対たい 峙じ した。

……こいつ、良い根性してる。俺は感心した。そして共感した。誰だれ だって意地を張らなきゃいけない時があるもんだ。だから、俺はアロマを少々手助けすることにした。

「んな!?  な、何を──っ」

「静かに。そのまま手を前に出せ」

腰が引け足が震えているアロマの背後へ、俺は体が触れるくらいまで接近し、耳元でそう囁ささや いた。

「これは、お前が撃った魔術ということにしておけ」

俺はアッシュスライムへ向けて《土属性・参ノ型》を準備し、即座に発動する。虚空からバスケットボールほどの大きな岩石が生み出され、ギュルルルともの凄すご い勢いで回転しながら飛んでいった。岩が直撃したアッシュスライムは、ぶちゅっと嫌な音をたてて見るも無残に潰つぶ れた。

【魔術】は発動の際、必ず術者の足元に魔術陣が浮かぶ。ゆえに、俺たちの後ろにいる四人には、まるでアロマがこの【魔術】を撃ったかのように見えたことだろう。

「あ、貴方、魔術を使えないのでは……!? 」

「秘密だ」

驚きよう 愕がく するアロマに一言だけ伝えて、俺は体を離した。そして、後ろの女子たちへ向かって口を開く。

「いやあ、怖くてつい抱きついちゃったけど、アロマのおかげでなんとかなったな!」

ちょっと白々しかったかもしれない。だが、彼女たちは信じてくれた。「そういうことにしておいてあげよう」という大人の対応かもしれないが、俺が【魔術】を使ったかもしれないことに対して言及してきた子は一人としていなかった。

「むむ、今の騒動でアロマの地図が破れてしまったぞ。これはいけない。俺の地図を使ってくれ」

ついでに迷子問題も解決しておく。俺はアロマへ、自身の現在位置が自動で表示される上位版の地図を手渡した。これは、この世界ではいくらの値段が付くかもわからない、メヴィオン時代の必ひつ 須す 課金アイテムである。受け取ったアロマは「貴方これ……!」とまたしても大きなリアクションを取ろうとしたので、顔を近付けて「後で返せよ」と言って黙らせておいた。

それから、日が暮れ始めた森の中を俺たち三班はひた走った。数十分後、拠点の明かりが見えてきた頃合で「やはりアロマの持っていた地図が間違っていたんだな」とわざとらしく呟つぶや いて、追加のフォローを入れておく。

こうして、多少のハプニングはあったものの、全員無事に帰還することができた。その後は遅ればせながらバーベキューに参加して、テントで男どもと雑ざ 魚こ 寝ね して、日の出とともに何ごともなく撤収した。

まあ、アロマたちのおかげでそこそこ退屈せずに済んだ一泊二日であった。また今日からエコと日なたぼっこの日々が始まる。あーあ、何か面白そうなイベント起きないかなあ。巨大怪獣が出現したり、学校にテロリストが襲撃してきたり、エコが何かすげぇもの拾ってきたり、急に武術大会みたいの開催されたりしねーかな。ま、あるわけないよなぁそんなこと。
◇◇◇
アロマ・ヴァニラは動転していた。

セカンドが【魔術】を、それも参ノ型を使えるという事実も要因の一つであったが、何より「全すべ てをアロマ・ヴァニラの手柄にしてくれた」ことに驚いていたのだ。

彼女はセカンドのことを「口だけは達者ないけ好かない異国のぼんぼん」だと思っていた。信用してなるものかと、敵意をむき出しにしていた。

それが、どうだろうか。アロマはセカンドに反抗して意地を張るあまり、道に迷ってしまった。班員に頼られていることもあり、行きがけにセカンドを馬鹿にしてしまった手前、迷ったとも言い出せぬ始末。そうしてどんどんと深みにはまっていき、結果的に三班の全員を危険にさらすこととなった。

「…………っ 」

不意にあの時のことを思い出したアロマの心臓がドキリと跳ねる。背後から抱きつかれ、耳元で囁かれ、窮地を救われたのだ。アロマは「当たり前でしょうが!」と開き直りたくなった。そして、心底こう思う。「それは反則だろう」と。誰もが羨うらや む超絶美形でそれをやるなんて、彼女にとっては明らかに反則だったのだ。

その内容も内容だった。アロマのプライドを損なわないよう、気遣いに満ち満ちていた。かと思えば一転してコミカルで、可愛かわい らしく、その下手くそな演技がアロマの母性本能を甚だくすぐった。まさしく予想外。アロマは思いっきり不意を突つ かれたのである。一部始終で垣かい 間ま 見み えたセカンドの本性は、アロマが今までに出会ったことのある誰よりも落ち着いていて、冷静で、ミステリアスで、愛あい 嬌きよう があって、そして優しかったのだ。

就寝前。アロマは借り受けた地図を手に持って、セカンドを天幕から少し離れた木の裏へ呼び出した。しばし緊張の面持ちで待っていると、セカンドはすぐにやってきた。

「あの……これ、どうもありがとう」

「ああ。はいはい」

二人のやりとりは実に呆あつ 気け ないものであった。セカンドは地図を受け取ると、すぐさま男子の天幕へと帰ろうとする。そんな素っ気ないセカンドを、アロマは呼び止めた。

「待って! あの………… ええと、私、あの……」

だが、言葉が出ない。彼女の中でも何を言いたかったのか整理がついておらず、酷ひど くこんがらがっていた。

──何故、あれほど悪態をついていた私を助けてくれたのか。どうして全てを私の手柄にしてくれたのか。何かワケあって【魔術】が使えることを隠していたのなら、私に明かしてしまうのはリスクでしかなかったのではないか。だとすれば、どうして余計なリスクを冒してまで私を? 聞きたいことは、山ほどあった。しかし、ようやっと彼女の口から出た言葉は、質問などではなく。

「………… 貴方に、感謝を」

たった、それだけであった。アロマはそう口にした直後から、かぁっと耳まで顔を赤くする。一体何を言っているんだろう私は、という後悔が俄にわ かに彼女を襲う。

そんなアロマの様子を受けて、セカンドはおもむろに沈黙を破った。

「良い暇つぶしになった。そのお礼だ。あまり気にしなくていい」

アロマはきょとんとする。そして、徐々に、沸々と、笑いがこみ上げてきた。

セカンドという男は、元から、裏も表もない、このように至極失礼な輩やから だったのだ。留学してきた時からずっと変わらずそうだった。裏があるに違いないと勝手に邪推していたが、それは大きな間違い。実際は、こんなに失礼でも、それに負けないくらい皆に好かれる不思議な魅力を持っているという、ただそれだけの話だった。この瞬間、アロマはその真実に気が付いたのだ。

「貴方、失礼ですね!」

「よく言われる」

アロマは立ち去るセカンドの背中に微ほほ 笑え みながら声をかけた。セカンドは振り返ることなく、右手をひらひらと振ってそう返した。

この日を境に、彼女はセカンドのことを自然と目で追うようになった。それが恋だと自覚するのは、もう少し先の話。そして、彼女は紆う 余よ 曲きよく 折せつ を経てファンクラブへ入会することになるのだが……それはまた別の話である。

あとがき

初めまして、沢さわ 村むら 治はる 太た 郎ろう と申します。この度はお買い上げいただき誠にありがとう御座います。

さて、あとがきに何を書こうかと考え始めて早数十分。なんとなく自己紹介が良いのではないかと思うに至ったので、恐る恐る鍵けん 盤ばん を叩たた いてみようと思います。
楽しい。全てはこの一言に尽きましょう。

そもそもどうして小説を書こうと思ったのか。思い返してみれば、私は私の知らぬうちなんとはなしに〝楽しさ〟を追い求めるようになっていました。身も心も躍るような楽しさ。様々な作品を読むにつれ私は楽しさの虜とりこ となり、いつしかそれを自分で表現したいと考え始めたのです。

幼い頃からそうでした。人から与えられたものを楽しむより、人に何かを与え楽しませることに何倍もの集中力を注いでいました。その性分は大人になってもなんら変わりないと確信をもって言えます。現にこうして小説を書いているのですから、なかなかに説得力があるでしょう。

学童時代、私は〝箱庭〟というものを初めて知りました。小さな箱の中に自身の思うがままに景観を創りあげる、なるほど実に楽しそうではないかと感心し……しかしいざやってみると、これが存外に難しい。色彩の調和、手先の器用さ、道具選び、どれをとっても私にはこれっぽっちも向いておりませんでした。生来の出不精だった私は道具を買いに行くという発想に全くもって至らない。「有りものでなんとかしよう」という熟練の主婦のような考えで、サブレーの缶箱の蓋ふた にそこらの土を敷き詰め近所に生えていた雑草を植え、考えなしに車の模型を並べて「箱庭ができた」と言い張っていました。ですが数分も経た てば冷静になります。どうも、思っていたものと違う。想像ではもっと上う 手ま くできるはずだったのです。「頭の中ではバチクソ素敵な箱庭ができてるってのに!」私は嫌になって叫びました。勿もち 論ろん 、頭の中で。

小説とは箱庭のようなものだと、勝手ながらに思います。小学生を懐かしめる歳とし になって随分と経ちますが、私が今やっていることは「幼い頃に上手くできなかったことのやり直し」なのではないかと感じるようになりました。根底は何も変わりません。ただ少し、そのやり方が稚拙ではなくなっただけなのでしょう。ムキになって口を尖とが らせながら書いた世界一の小説を「面白かろう!」と皆に見せびらかし、鼻の穴を膨らませていたあの少年の時分のままなのです。

現代日本は多種多様な面白さに溢あふ れています。全く、嫌というほどに。私は幼い頃からカラフルな〝面白さのプール〟に頭頂部まで浸つ かって育ってきました。のべつ幕なし次から次へと〝面白さの実〟を手に取っては食べられる部分だけ食べてきました。

面白さのプールが枯渇することなど決してなく、面白さの木は春夏秋冬しっかり実をつける……当然のことのように思っておりました私ですが、しかしそれは揺るぎない供給があってこそ成り立つものだったのだと、恥ずかしながらこの歳で知るに至りました。

ある種、これは恩返しです。私を育んでくれた「面白さ溢れる世界」への恩返し。ゆえに私は来る日も来る日もプールに原液を注ぎ込み、休日はせっせと植林に出かけます。あの日あの時、幼い私を面白がらせてくれたアレやコレや、私はどうしてもそれになりたい。だからこそ、次の世代に私の大好きな面白さを繫つな ぐため、私は今日も駅前の喫茶店へと足を運ぶのです。そして、やはりここに帰結します。人を面白がらせる活動というのは、楽しい。ガチのマジでね。
さあさあ。話は変わりますが、どうしても語りたいことがあります。まろ先生についてです。

まろ先生は、この小説を初めて絵にしてくれたお方。言わば神です。それ以外に言いようはないものかと色々考えましたが、やはり神がしっくりくるのでこれからは個人的に神と思って崇あが め奉ることに決めました。皆様も既にご覧になったことでしょう。そう、まろ神様の絵は、大変に素晴らしいものなのです。初めて目にしたその瞬間、私の脳にある快楽物質の蛇口はぶっ壊れてゆるゆるになり源泉かけ流し状態と化しました。あの絵はひょっとすると禁断の果実的なものだったのやもしれません。以来、なんだか顔がニヤケたまま戻らなくなってしまいました。今も尚なお そうです。あとがきがなんかオカシイのも、きっとそれが原因です。そうに違いありません。
続きまして、どうしても語りたいこと其そ の二が御座います。はてさて、もうお気づきの方もいらっしゃいますでしょうか? 実は、原作の発売よりも前に『月刊少年エース』にてコミカライズ版の連載が始まっているのです!

皆々様は、前まえ 田だ 理り 想そう 先生によるコミカライズ版第一話をご覧になりましたでしょうか? まだ読んでいないという方はなんとしても読んでいただきたい。私は読みました。読みに読みました。駅の乗降場で、バスの座席で、時には堤防で釣り糸を垂らしながら、昼食にツナマヨおにぎりとエビマヨおにぎりを食べ比べながらも読みました。

感想はとても一口では言えませんが、ざっと書き表すならこうでしょう。「最高にイカす!」そう思うこと屢しば 々しば 、今度は「打って変わって可愛らしい!」かと思いきや「なんとまあ愉快痛快!」そして「これでもかというほど恰かつ 好こう が良い!」からの「実にCOOL」な読後感。

前田先生の漫画はなんにつけ私の心を震えに震わせ、とっくにぶっ壊れている私の脳汁の蛇口を根元からもぎ取っていきました。それくらい感動したのです。自分の考えたキャラクターが漫画となって動き出すというのは、これほどまでに「脳にクる」ものなのかと頭を抱えました。
私の箱庭が小説となり、書籍となり、絵となり、漫画となる。

これほど面白く、そして楽しいことは、他に知りません。
それもこれも、数多くの方々のご協力あってのことと深く存じております。

つまるところ、感謝すべき方がとても多いのです。まろ先生、前田先生、編集様、関係者の皆様。両親に、友人に、職場の方々に、ご先祖様も。

そう、そして、貴方あなた 様。

お陰様で、念願の書籍化と相成りました。重ねて御礼申し上げます!

元もと ・世せ 界かい 1位い のサブキャラ育いく 成せい 日につ 記き

~廃はい プレイヤー、異い 世せ 界かい を攻こう 略りやく 中ちゆう !~

沢さわ 村むら 治はる 太た 郎ろう

カドカワBOOKS

2019年1月10日 発行

©Harutaro Sawamura, Maro 2019

本電子書籍は下記にもとづいて制作しました

カドカワBOOKS『元・世界1位のサブキャラ育成日記 ~廃プレイヤー、異世界を攻略中!~』

2019年1月10日 初版発行

発行者 三坂泰二

発行 株式会社KADOKAWA

KADOKAWA カスタマーサポート

[WEB]https://www.kadokawa.co.jp/

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